翌日の放課後。⠀
⠀緑谷出久は、再びサポート科の開発工房を訪れていた。⠀
昨日預けた装備の調整について、確認してほしいことがあると発目から連絡を受けたためだ。⠀⠀
工房の扉を開ける。⠀⠀
「失礼します」⠀⠀
昨日のことを思い出し、ほんの少しだけ身構えたが、今日は爆発しなかった。
代わりに聞こえてきたのは、細かな機械音と、恐ろしいほど速いキーボードの打鍵音だった。
緑谷は足を止めた。
「……何だ、この音」
工房の奥。
昨日と同じ白い車椅子に座った明星ヒマリが、一人で作業していた
ただし、車椅子の姿が少し変形しており、左右のアームレストから薄型のモニターが展開され、その下には専用のキーボードが滑らかにせり出している
複数に分割された画面には、設計図、数値、グラフ、プログラムらしき文字列が同時に表示されていた
その中央で、ヒマリの指が動いている
あまりの速さに、緑谷にはそれ以外の感想が出てこなかった。
両手がキーボードの上を滑るように動き、次々と文字列が書き換わっていく。一つの画面で数値が変わったかと思えば、すぐ隣の設計図が更新され、別のウィンドウが開いては閉じる。新しいデータが表示され、それも数秒もしないうちに処理されて消えていった。
⠀その光景に緑谷は入口に立ったまま、しばらく声をかけられずにいた。⠀⠀
やがてヒマリの手が止まる。⠀⠀
「そこでいつまで見ているのですか、緑谷くん」⠀⠀
「あっ」⠀
⠀ヒマリは画面から目を離さない。⠀
⠀「す、すみません!」⠀⠀
「謝る必要はありませんよ。超天才の仕事風景ともなれば、つい見入ってしまうのも無理からぬことです」⠀
⠀ようやく顔を上げたヒマリは、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべる。⠀
⠀「もっと近くで見ても構いませんよ?」⠀⠀
「いいんですか!?」⠀⠀
「ええ。機密情報を開いているわけではありませんから」⠀⠀
緑谷は遠慮がちに近づき、画面へ目を向ける。⠀⠀
「これ……昨日の僕の装備ですか?」⠀⠀
「その一部です」⠀⠀
昨日預けた装備の立体モデルが表示されており、緑谷が使っていたものとほとんど同じだが、細かな部分が少しずつ違っていた。⠀⠀
「発目さんの案を元に、負荷のかかり方を再計算しています。あなたの場合、戦闘中の動きに偏りがありますからね」⠀⠀
「偏り……」⠀⠀
「ええ。脚を主体にするようになったとはいえ、動作そのものはまだ洗練されていません。急な方向転換や着地時に、特定の箇所へ負荷が集中しています」⠀⠀
画面が切り替わり、人型のモデルが動き始めた。⠀⠀
走り、跳び、空中で身体を回し、着地する。⠀⠀緑谷は目を見開いた。⠀⠀
「これは、僕……?」⠀⠀
「あなたの動きを簡略化したシミュレーションです」⠀
「いつの間にこんなデータを……」⠀⠀
「昨日、使用感を聞いたでしょう。それと装備に残っていた摩耗箇所から推定しました」⠀⠀
ヒマリは何でもないことのように言った。⠀⠀
緑谷はもう一度画面を見る。⠀⠀
人型モデルが着地するたび、脚部の一部が赤く表示される。⠀⠀
「ここです」⠀⠀
ヒマリが画面を指す。⠀⠀
「発目さんの設計自体は悪くありません。むしろ発想としては優秀です。ただし、あなたの現在の動きに対しては少々余裕が足りない」⠀⠀
「じゃあ、そこをもっと頑丈にすれば……」⠀⠀
「安直ですね」⠀⠀
「うっ」⠀⠀
「頑丈にするだけなら簡単です。しかし、その分だけ重くなり、重くなれば動き方が変わる。動き方が変われば、別の場所へ負荷が移る。装備とはそういうものですよ」⠀⠀
ヒマリがキーを数回叩くと、モデルの一部が変化し、それまで赤かった表示が薄くなった。⠀⠀
「素材そのものを増やすのではなく、負荷を逃がす構造にします。それと可動域を少し調整すれば、重量増加も最低限で済むでしょう」⠀⠀
「なるほど……」⠀⠀
緑谷は画面へ顔を近づけた。⠀⠀
「ここの構造を変えて力を分散してるんだ……。でも、それだと横方向から力が入った時に――」⠀⠀
「おや」⠀⠀
ヒマリの口元が上がる。⠀⠀
「気づきましたか」⠀⠀
「はい! ここ、着地だけなら大丈夫ですけど、戦闘中に横から衝撃を受けたら――」⠀⠀
「その通りです。ですから、こちらを――」⠀⠀
「あっ! なるほど!」⠀
⠀緑谷の声が大きくなる。
⠀
⠀そのまま二人で画面を覗き込んでいると、工房の奥から足音が近づいてきた。⠀⠀
「緑谷くん!」⠀⠀
「うわっ!?」⠀⠀
発目だった。⠀⠀
両手にはいくつもの部品を抱えている。⠀⠀
「来てたんですね!」⠀⠀
「う、うん。今、明星先輩に説明してもらってて」⠀⠀
「ちょうどよかったです! 新しい案を思いついたんですよ!」⠀
⠀発目は部品を作業台へ広げた。⠀⠀
「これを追加すれば、着地した瞬間に――」⠀⠀
「却下です」⠀⠀
ヒマリが即答する。⠀⠀
「まだ最後まで言ってませんよ!?」⠀⠀
「その部品構成を見れば分かります。重量超過です」
「軽量化します!」⠀⠀
「昨日も聞きましたよ、それ」⠀⠀
「じゃあ小型化します!」⠀⠀
「出力が足りなくなります」⠀⠀
「二つ付けます!」⠀⠀
「重量が戻っているではありませんか」⠀⠀
発目が止まった。⠀⠀
「……なるほど!」⠀⠀
「何がなるほどなのですか」⠀⠀
ヒマリがため息をつく。⠀⠀
緑谷は思わず笑った。⠀⠀
昨日も見た光景だったが、少し印象が違う。⠀⠀
発目は自分の案を否定されても気にする様子がない。それどころか、ヒマリの指摘を聞きながら早速別の部品を探し始めている。⠀⠀
「だったら、こっちならどうですか!?」⠀⠀
「ふむ」⠀⠀
今度はヒマリもすぐには否定しなかった。⠀⠀
発目から部品を受け取ろうとして――途中で手を止める。⠀⠀
「発目さん。そこへ置いてください」⠀⠀
「はい!」⠀⠀
作業台へ置かれた部品を、ヒマリが確認する。⠀⠀
「先輩?」⠀
⠀緑谷が首を傾げた。⠀⠀
ヒマリは部品から目を離さないまま答える。⠀⠀
「何でしょう」⠀⠀
「今、自分で持たなかったのって……」⠀⠀
「重いからですが?」⠀⠀
あまりに平然とした返答だった。⠀⠀
「あ……」⠀⠀
緑谷はそれ以上の言葉を飲み込んだ。⠀
昨日、ヒマリ自身が名乗っていた。⠀⠀
病弱美少女技術者。⠀⠀
冗談めいた自己紹介の一部だと思っていたが、どうやら『病弱』まで飾り文句というわけではないらしい。⠀⠀
ヒマリは気にした様子もなく、作業を続けている。
「腕力で解決する必要などありません。持てないものは持てる人に任せればよいのです。私がすべきなのは、これをどう使うか考えることでしょう?」⠀⠀
「……はい」⠀⠀
「適材適所です」⠀⠀
そう言って、ヒマリは作業台の上の部品を眺める。⠀
「もっとも、私ほど優秀ですと頭脳労働へ役割が偏ってしまうのが悩ましいところですが」⠀⠀
「そこはやっぱり言うんですね」⠀⠀
「事実ですので」⠀⠀
さらりと言い切る。⠀⠀
そこへ低い声が飛んできた。⠀⠀
「明星」⠀⠀
ヒマリの指が止まった。⠀⠀
「……おや」⠀
⠀工房の奥からパワーローダーが歩いてくる。⠀
⠀その手には一枚の書類が握られており、なぜか少し機嫌が悪そうだ。⠀
⠀「これは何だ」⠀⠀
書類がヒマリの前へ置かれる。⠀⠀
一瞬だけ視線を落とし、ヒマリは涼しい顔で答えた。⠀
「発注書ですね」⠀⠀
「それは見れば分かる」⠀⠀
「では、何をお聞きになりたいのでしょう?」⠀⠀
「お前が発注したこの素材の量についてだ!」⠀⠀
発目が興味津々で覗き込む。⠀⠀
「わあ、いっぱいですね!」⠀⠀
「発目、お前は感心するな!」⠀⠀
「分かりました!」⠀⠀
パワーローダーは額へ手を当てた。⠀⠀
「明星。前にも言ったはずだ。高価な素材を使う時は先に相談しろ」⠀⠀
「もちろん覚えておりますよ」⠀⠀
「じゃあなぜ勝手に発注した」⠀⠀
「必要だったからです」⠀⠀
迷いがない。⠀⠀
「私の車椅子の演算系を更新するにあたり、従来素材では性能上の損失が無視できませんでした。長期運用まで考えれば妥当な投資です」⠀⠀
「だから先に相談しろと言ってるんだ!」⠀⠀
「おやおや。完成後に性能向上という結果を提示した方が、先生も判断しやすいかと思いまして」⠀⠀
「それを事後報告って言うんだ!」⠀⠀
緑谷は目を瞬いた。⠀⠀
昨日の印象では、ヒマリは発目を制止する側だった。⠀
どうやら方向性が違うだけで、この人も十分サポート科らしい。⠀⠀
「まったく……お前は技術のことになると――」⠀⠀
パワーローダーが言いかけたところで、ヒマリが再びキーボードへ手を置く。⠀⠀
「ご安心ください。費用対効果については資料をまとめてあります。こちらを見ていただければ――」⠀⠀
「今はいい」⠀⠀
「ですが、三分もあれば説明できますよ?」⠀⠀
「後で聞く。それより、昨日から何時間作業してる?」⠀
⠀一瞬だけ、ヒマリが黙る。⠀⠀
「……その質問に答えることに、何か技術的な意味が?」⠀⠀
「ある。お前を作業台から引き剥がす判断材料になる」⠀⠀
「横暴ですね」⠀⠀
「休め」⠀⠀
「先生。私は今、緑谷くんの装備調整という非常に重要な――」⠀⠀
「それも後だ」⠀⠀
「教師が生徒の作業意欲を削ぐのはいかがなものかと」
⠀⠀
「お前の場合は止めないと倒れるだろうが」
言いながらも、ヒマリは作業を止めない。⠀⠀
パワーローダーも無理に端末を取り上げようとはせず、しばらくその様子を見ていた。⠀⠀
緑谷は二人を交互に見る。⠀⠀
怒っているようにも見えるが、昨日の発目への注意とはどこか違った。⠀⠀
「明星先輩って、いつもこんなに作業してるんですか?」⠀⠀
緑谷が小声で発目へ尋ねる。⠀⠀
「はい!」⠀⠀
発目は元気よく頷いた。⠀⠀
「集中すると全然止まらないんですよ!」⠀⠀
「発目さん」⠀⠀
画面を見たままヒマリが呼ぶ。⠀⠀
「何ですか?」⠀⠀
「聞こえていますよ」⠀⠀
「そうなんですか!」⠀⠀
「この距離なのですから当然でしょう」⠀⠀
「でも本当のことですよ!」⠀⠀
「否定はしません」⠀⠀
しないんだ、と緑谷は思ったが、口には出さなかった。⠀⠀
ヒマリの手がさらに速くなる。⠀⠀
設計図を更新してシミュレーションを走らせ、結果を見ては修正する。それを何度も繰り返していた。⠀⠀
発目が横から別案を出せば、その場で組み込み、問題があれば即座に戻す。⠀⠀
緑谷も途中から質問を挟んだ。⠀⠀
「明星先輩、ここなんですけど」⠀⠀
「はい」⠀⠀
「僕、蹴ったあとにそのまま身体を回すことがあって、その時――」⠀⠀
「でしたら回転方向への余裕も必要ですね」⠀⠀
ヒマリが数回キーを叩く。⠀⠀
「あっ」⠀⠀
「これでどうです?」⠀⠀
「すごい……」⠀⠀
さっきまで存在しなかった調整案が、もう画面に表示されている。⠀⠀
「これなら動きを邪魔しない……」⠀⠀
「でしょう?」⠀⠀
ヒマリが得意げに笑った。⠀⠀
「装備は使用者に合わせるものです。使用者が装備に合わせて動きを制限されていては本末転倒でしょう」⠀⠀
「はい!」⠀⠀
「もっとも、装備だけで全てを解決できるわけではありません。あなた自身の動きも変化していくでしょうから、使って違和感があればまた持ってきなさい」⠀⠀
緑谷が頷く。⠀⠀
「ありがとうございます!」⠀⠀
「ふふん。感謝するのは完成してからにしてください」⠀⠀
そう言って、ヒマリは最後の処理を始めた。⠀
⠀画面上を大量の文字列が流れていき、緑谷は黙ってその様子を見つめていた。⠀⠀
昨日は分からなかった。自分を天才だ、美少女だ、高嶺の花だと堂々と言い切るものだから、最初はどこまで本気なのか判断できなかった。⠀⠀
けれど、今なら緑谷にも分かる。⠀⠀
単に作業が速いだけではない。発目の案も、緑谷の要望も、その装備が実際にどう使われるのかも考えたうえで、必要なものを選んでいる。⠀⠀
昨日、発目が言っていた。⠀⠀
ヒマリ先輩はすごい、と。⠀⠀
少なくとも技術者として、その言葉に誇張はなさそうだった。⠀⠀
「完了です」⠀⠀
ヒマリの指が止まると、画面には最終案が表示されていた。⠀⠀
「発目さん。こちらをベースに試作を」⠀⠀
「おお……! この構造ならいけそうです!」⠀⠀
発目はそう言うなり、勢いよく作業へ取りかかった。⠀⠀
「緑谷くんは、試作品ができたら一度装着して確認してください。実際の感覚を聞いて、そこから最終調整を――」⠀⠀
そこで、ヒマリの声が途切れた。⠀⠀
「……明星先輩?」⠀⠀
返事がない。⠀⠀
「ヒマリ先輩?」⠀⠀
発目が振り返る。⠀⠀
ヒマリは先ほどまでと同じ姿勢で座っていたが、目だけが閉じていた。⠀⠀
「……え?」⠀⠀
緑谷が固まる。⠀⠀
ほんの数秒前まで普通に話していた。⠀⠀
苦しそうな様子もなかったし、顔色が急に悪くなったわけでもない。⠀⠀
なのに。⠀⠀
「すやぁ……」⠀
⠀小さな寝息が聞こえた。⠀⠀
「寝た!?」⠀⠀
緑谷の声が工房に響く。⠀⠀
発目は平然としていた。⠀⠀
「寝ましたね!」⠀⠀
「えっ!? だ、大丈夫なの!?」⠀⠀
緑谷が慌ててヒマリへ近づこうとする。⠀⠀
「騒ぐな」⠀⠀
パワーローダーが制止した。⠀⠀「
でも、急に……!」⠀⠀
「いつものことだ」⠀⠀
「いつもの!?」⠀⠀
パワーローダーはため息をつくと、近くに置かれていた薄手のブランケットを手に取り、ヒマリの肩から静かにかける。⠀⠀
「いつも集中しすぎるとこうなる」⠀⠀
「病気……なんですか?」⠀⠀
緑谷の声が少し小さくなる。⠀⠀
パワーローダーは眠っているヒマリを見た。⠀
「こいつは元々、体力がない。頭を使いすぎれば、なおさらだ」⠀⠀
それ以上は説明せず、車椅子の端末へ手を伸ばす。⠀⠀
画面を閉じようとした瞬間。⠀⠀
「……保存済み、です……」⠀⠀
「起きてるのか?」⠀⠀
返事はない。⠀⠀
「すやぁ……」⠀⠀
「寝言かよ」⠀⠀
パワーローダーが呆れたように肩を落とす。⠀⠀
発目がモニターを見る。⠀⠀
「あ、本当に保存されてます!」⠀⠀
「そこは抜け目ないんだな……」⠀⠀
緑谷は思わず苦笑した。⠀⠀
眠っているヒマリを見る。⠀⠀
昨日初めて会った時から、ずっと堂々としていた。⠀
⠀自分を天才だと言い切り、何を聞かれても迷いなく答え、発目の暴走を止め、教師相手にも平然と理屈を並べる。⠀⠀
そんなヒマリが今は、ブランケットをかけられ、静かな寝息を立てている。⠀⠀
「……起こさなくていいんですか?」⠀⠀
「少し寝かせておけ」⠀⠀
パワーローダーはそう言って、ヒマリの端末を閉じた。⠀⠀
「どうせ起きたら起きたで寝てないと言い張る」
「え?」⠀⠀
緑谷が聞き返した、その時だった。⠀⠀
ヒマリの瞼が動く。⠀⠀
「……ん」⠀⠀
ゆっくりと目を開いた。⠀⠀
数秒、ぼんやりと前を見る。⠀⠀
「明星先輩?」⠀⠀
緑谷が声をかける。⠀⠀
ヒマリの視線が緑谷へ向く。⠀⠀
続いて発目。⠀⠀
パワーローダー。⠀
⠀最後に、自分の肩へかけられているブランケットへ。⠀⠀
沈黙。⠀⠀
「……」⠀⠀
「……」⠀⠀
「……明星?」⠀
⠀パワーローダーが呼ぶ。⠀⠀
次の瞬間、ヒマリの背筋がぴんと伸びる。⠀⠀
「……はっ!?」⠀⠀
さっきまでの眠そうな表情が一瞬で消え失せた。
「い、今のは寝ていたわけではありません!」⠀⠀
「寝てましたよ!」⠀⠀
発目が即答した。⠀⠀
「寝ていません!」⠀⠀
「寝息も聞こえました!」⠀⠀
緑谷も思わず口にする。⠀⠀
ヒマリが固まる。⠀⠀
「……緑谷くん」⠀⠀
「は、はい」⠀⠀
「聞き間違いです」⠀⠀
「でも――」⠀⠀
「聞き間違いです」⠀⠀
圧が強い。⠀⠀
「はい……」⠀⠀
緑谷は頷いた。⠀⠀
ヒマリは小さく咳払いをする。⠀⠀
「これは天才脳の急速冷却――クールダウンです。高度な演算処理を連続して行った結果、脳が最適な状態を維持するため、一時的に外部との接続を最低限まで落としただけなのですよ」⠀⠀
「それを世間では寝ると言うんだ」⠀⠀
パワーローダーが切り捨てる。⠀⠀
「違います」⠀⠀
「何が違う」⠀⠀
「名称が違います」⠀⠀
「同じだ」⠀⠀
「まったく……これだから凡人は困りますね」⠀⠀
「その凡人にブランケットをかけてもらった奴が言うな」⠀⠀
ヒマリが黙ったまま自分の肩を見る。⠀⠀
そして、ゆっくりとブランケットを引き寄せた。
「……これは」⠀⠀
「寒いといけないからな」⠀⠀
「余計なお世話です」⠀⠀
そう言いながらも、引き寄せたブランケットをそのまま肩に残していた。⠀⠀
発目はもう試作品の作業へ戻っていて、パワーローダーも、それ以上ヒマリを問い詰めることなく別の作業へ向かった。⠀⠀
工房の音が戻ってくる。⠀⠀
まるで、今の出来事など珍しくもなかったかのように。⠀⠀
緑谷だけが、まだヒマリのそばにいた。⠀⠀
「どうしました、緑谷くん」⠀⠀
ヒマリが髪を整えながら尋ねる。⠀⠀
「いえ……」⠀⠀
「まさか、この私の貴重なクールダウン姿を見られたことに感動しているのですか?」⠀⠀
「いや、そういうわけじゃ……」⠀⠀
「おやおや、遠慮する必要はありませんよ。もっとも、見学料は高くつきますが」⠀⠀
すでに、いつもの調子に戻っていた。⠀⠀
緑谷は少し迷ってから、笑った。⠀⠀
「明星先輩」⠀⠀
「はい?」⠀⠀
「昨日、先輩が自分のことを天才って言ってたじゃないですか」⠀⠀
「言いましたね」⠀⠀
「今日見て、分かりました」⠀⠀
ヒマリがわずかに眉を上げる。⠀⠀
「本当にすごい人なんですね」⠀⠀
数秒の沈黙。⠀⠀
そして。⠀⠀
「ふふん」⠀⠀
ヒマリは満足そうに胸を張った。⠀⠀
「理解が遅いですよ、緑谷くん」⠀⠀
「す、すみません」⠀⠀
「ですが、正しい結論へ到達したことは評価しましょう」⠀⠀
肩のブランケットを整えながら、得意げに顎を上げる。⠀⠀
「この明星ヒマリが天才であることなど、最初から明白なのですから」⠀⠀
その直後。⠀⠀
「そうだ、明星。今日はもう作業するなよ」⠀
⠀離れた場所からパワーローダーの声が飛んでくる。⠀⠀ヒマリの笑みが止まる。⠀⠀
「……先生。それとこれとは話が別では?」⠀⠀
「別じゃない」⠀⠀
「あと一時間ほどあれば――」⠀
「駄目だ」⠀⠀
「三十分」⠀⠀
「駄目だ」⠀⠀
「十五分」⠀⠀
「交渉するな」⠀⠀
「横暴です!」⠀⠀
工房にヒマリの抗議が響く。⠀⠀
発目は笑いながら作業を続けていた。⠀⠀
緑谷は笑いながら、もう一度ヒマリを見る。⠀⠀
どうやらこの工房では、これくらいが日常らしい。
ヒロアカ時空のヒマリの個性が関係しています。