ヒーローインターン。
仮免許試験を終えた1年A組に、相澤から新たに説明された制度だった。職場体験よりもさらに実践的に、プロヒーローの活動へ参加する。
その話をするために1年A組の前へ現れたのが、通形ミリオ、天喰環、波動ねじれの三人だった。
雄英高校ヒーロー科のトップに位置する三人――通称、ビッグ3。
もっとも、最初からその肩書きにふさわしい威圧感を放っていたわけではない。
明るく堂々と話すミリオに、大勢の後輩を前にして早々に壁へ向かいたくなっている環。ねじれは気になったことを次々と質問してくる。
三人とも、あまりにも個性的だった。
だが、彼らが『雄英トップ』と呼ばれる理由については、すぐに1年A組も思い知ることになる。
話の流れから始まった、ミリオとの手合わせ。
爆豪は謹慎中のため、この場にはいない。また、仮免許試験に不合格だった轟も戦闘には加わらず、少し離れた位置から見学していた。
結果だけを言えば、圧倒的だった。
「――後ろ!」
緑谷の声が飛ぶ。
振り返った時には、すでにミリオの姿は地面へ沈んでいた。次の瞬間には別の場所から現れて一人を倒し、また消える。
拳を振るっても、その身体をすり抜ける。距離を取れば地面へ潜り、死角へ回り込まれる。
どこから来るのか、いつ透過を解除するのか。分かった時には、もう遅い。
「速――」
声を上げる間もなく、また一人倒された。
緑谷は必死にその動きを追う。ただ透過しているだけではない。相手の視線や攻撃の瞬間、位置取り、地形まで利用している。
やがて手合わせが終わる頃には、参加した1年A組の生徒たちは、ほとんど何もできないまま倒されていた。
見学していた轟も、黙ったままミリオを見ている。
「強すぎだろ……」
上鳴が呆然と呟いた。
「これが……ビッグ3……」
切島も起き上がりながらミリオを見る。
一方のミリオは変わらない笑顔を浮かべ、自分の“個性”も最初から使いこなせたわけではないと話した。
何度も失敗し、練習と経験を積み重ねて今の使い方へ辿り着いた。だからこそ、インターンで得られる経験には大きな意味がある。
先ほどまで一方的に倒されていただけに、その言葉を軽く受け取る者はいなかった。
雄英ビッグ3。
その呼び名が大袈裟なものではないことだけは、十分に伝わっていた。
◇
放課後。
「はぁ……まだ身体痛ぇ……」
上鳴が廊下を歩きながら肩を回した。
「情けねえな上鳴!」
「切島は硬化あるからいいだろ! 俺なんか普通に食らったんだぞ!」
「いやー、でもすごかったよな、通形先輩!」
切島はむしろ楽しそうにしていた。
その横を歩く緑谷も頷く。
「うん。特に透過の切り替えがすごかった。単純に全身を透過してるんじゃなくて、必要な場所を必要な瞬間だけ透過させて、その直後には解除して反撃してた。それに地面から出る位置も毎回――」
「緑谷ちゃん、また始まってるわ」
蛙吹の声に、緑谷は我に返った。
「あ、ご、ごめん!」
「でも、本当にすごかったね」
麗日も感心したように言う。
実際に戦ったのはミリオだけだったが、彼が雄英のトップと呼ばれるだけの実力を持っていることは十分すぎるほど理解できた。
「天喰先輩と波動先輩もビッグ3なんだよな?」
切島が腕を組む。
「ってことは、あの二人も相当強いってことか」
「3年怖ぇ……」
上鳴が遠い目をする。
そんな話をしながら廊下を進んでいた時だった。
「あ」
緑谷が足を止める。
廊下の先から、一台の車椅子が進んできていた。
白を基調とした、一般的な車椅子とは明らかに違う洗練された車体。車輪が床を転がる音は小さく、膝掛けの上には細い両手が置かれている。
透き通るような白髪の少女も、こちらに気づいた。
「あら? これはこれは」
明星ヒマリである。
その視線が集団の中を動き、まず緑谷で止まる。
「緑谷くんではありませんか」
「明星先輩! こんにちは!」
「ええ、こんにちは。麗日さんも」
「こんにちは、明星先輩!」
ヒマリは小さく頷くと、二人の周囲にいる生徒たちへ目を向けた。
「……そちらの方々は?」
「あ、同じ1年A組のクラスメイトです!」
「なるほど。では、初対面の方が多いようですね」
上鳴が緑谷へ顔を寄せる。
「なあ緑谷、誰?」
「サポート科3年の明星ヒマリ先輩。前に飯田君と麗日さんと一緒に会ったんだ」
「3年?」
切島がヒマリを見る。
その会話は本人にも聞こえていたらしい。
「おや。私をご存じない?」
「えっ。いや、その……すんません」
「ふむ」
ヒマリは一度目を閉じると、片手を胸元へ添えた。
緑谷と麗日が同時に「あ」と小さく声を漏らす。
「仕方ありませんね。初対面の後輩たちのため、この私が直々に名乗って差し上げましょう」
背筋を伸ばし、堂々と言い放つ。
「雄英が誇る、超天才清楚系病弱美少女技術者――明星ヒマリです!」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……長っ」
上鳴が思わず呟く。
「上鳴君!」
緑谷が慌てるが、ヒマリは怒るどころか得意げに微笑んでいた。
「ふふん。あまりの完成度に言葉を失うのも無理はありません」
「いや、そういう意味じゃ――」
「上鳴、もういいって」
耳郎が横から口を挟む。
「いや、でも絶対勘違いしてるだろ!」
「おや、何か問題でも?」
「ほら!」
「でもすげえな!」
切島は素直に感心していた。
「自分で超天才って言い切るの、めちゃくちゃ自信あるんスね!」
「当然です。事実を事実として述べることに、何の問題が?」
「おお……! なんか男らしい!」
「私は美少女ですが?」
「そこ!?」
上鳴が突っ込む。
麗日は以前とほとんど変わらないやり取りに苦笑していた。
「相変わらずですね、明星先輩」
「何をおっしゃいます、麗日さん。私は常にこの通りですよ」
「そうでした……」
その横で、蛙吹がヒマリの車椅子へ視線を向ける。
「ずいぶん変わった車椅子ね、ケロ」
「おや。お気づきになりましたか」
ヒマリはアームレストを軽く撫でた。
「当然ながら既製品ではありません。この私が自ら設計・製作した特製品です」
「自分で作ったんスか!?」
「当然です」
「車椅子まで!?」
「『まで』ではありませんよ」
ヒマリは人差し指を立てる。
「これは私にとって脚であり、作業環境であり、生活を支える重要な機材でもあります。であれば、自分に最適なものを自分で作る。実に合理的でしょう?」
「すげえ……」
今度は上鳴も素直に声を漏らした。
「でしょう?」
「いや、これは普通にすげえっス」
「ふふん。ようやく私の偉大さを理解しましたか」
「車椅子の話ですけどね」
「細かいことは気にしなくて結構です」
満足そうに答えてから、ヒマリは改めて一同を見回した。
「ところで、皆さん随分とお疲れのようですが」
「あー……今日、3年の先輩と戦ったんスよ」
「ほう?」
「ビッグ3です!」
切島が答える。
「なるほど」
「通形先輩って人、めちゃくちゃ強くて!」
「でしょうね」
あまりにも早い返答に、上鳴が目を瞬いた。
「……知ってるんスか?」
「もちろん」
ヒマリは何でもないことのように答える。
「彼の透過を初見で攻略しろという方が無理というものです。あれは“個性”そのもの以上に、本人が積み重ねた技術と経験による部分が大きいですから」
「やっぱり明星先輩もそう思いますか!?」
緑谷がすぐに食いついた。
「僕も戦ってて、特に部分的な透過と解除のタイミングがすごいと思ったんです! それに地面から出る時の移動も、ただ透過してるだけじゃ説明できなくて――」
「ああ、結構です」
「まだ途中です!」
「あなたの目を見れば、このまま五分以上続くことくらい分かります」
「うっ……」
否定できず、緑谷は口を閉じた。
上鳴が首を傾げる。
「でも明星先輩、やけに詳しくないですか?」
「同学年ですからね」
「同学年ってだけで、あそこまで分かるもんなんスか?」
切島も不思議そうにする。
ヒマリが答えようとした、その時だった。
「――ヒマリ!」
廊下の向こうから大きな声が響く。
ヒマリの肩が僅かに揺れた。
「……この声量は」
1年生たちも振り返る。
こちらへ歩いてくる三人を見て、上鳴が目を丸くした。
「え?」
つい先ほどまで自分たちの前にいた、雄英ビッグ3だった。
先頭を歩くミリオが、満面の笑みで大きく手を振っている。
「やっぱりヒマリだ!」
「……ミリオ」
「ミリオ!?」
上鳴と切島の声が重なった。
ヒマリは二人を気にする様子もなく、近づいてきたミリオを見上げる。
「廊下で大声を出さないでください。あなたは昔から声量の調整というものを知りませんね」
「ごめんごめん!」
まったく堪えた様子もなく笑っている。
「今日はもう作業終わり?」
「誰に聞いているのです?」
ヒマリはふふん、と胸を張った。
「私ほどの超天才ともなれば、一般人が一日を費やす程度の作業など――」
「ヒマリちゃん!」
今度はねじれが飛び出してきた。
「あっ、今日は車輪なんだ! なんで? ホバーじゃないの? どっちが楽なの? 何か壊れた?」
「ねじれ」
「なに?」
「一度に質問を重ねないでください」
「じゃあ一個ずつ聞く!」
「質問自体をやめるという選択肢は?」
「ないよ?」
「でしょうね」
ヒマリが小さく息を吐く。
ねじれは気にすることもなく車椅子の横へ回り込み、興味津々といった様子で車体を覗き込んでいた。
少し後ろからついてきた環は、1年生たちを見て足を止める。
「……まだ人がいる」
「おや、環。そんなところで何をしているのです?」
「……人が多い」
「あなた、先ほどまで大勢の1年生を相手にしていたのでしょう?」
「だからもう疲れたんだよ……」
「相変わらずですね、環」
「放っておいてくれ……」
そのやり取りを見ていた上鳴が、小さく緑谷の肩を叩いた。
「……なあ」
「何?」
「あの人、今……通形先輩のこと『ミリオ』って呼んだよな?」
「……うん」
「天喰先輩も『環』だったよな?」
「……うん」
「波動先輩からは『ヒマリちゃん』って呼ばれてるよな?」
「……そうだね」
上鳴はもう一度、四人を見る。
「めちゃくちゃ仲良くね?」
「何を今更」
「今初めて知ったんですよ!」
「そうでしたね」
悪びれもしないヒマリに、切島が身を乗り出す。
「明星先輩、ビッグ3と仲良かったんスね!」
「まあ、腐れ縁というものです」
「えー! 仲良しだよ!」
ねじれがすぐに否定する。
「……ねじれ。もう少し言い方というものがあるでしょう」
「でも仲良しでしょ?」
「否定はしていません」
「じゃあ仲良し!」
「……まったく」
「ヒマリとは一年の頃からずっと一緒なんだ!」
ミリオが明るく付け加える。
「ミリオ。その言い方は少々語弊があります」
「そう?」
「そうです」
「でも一緒にいること多いよね?」
ねじれが首を傾げた。
「お昼も食べるし、ヒマリちゃんのところにもよく行くし。環も一緒にいるよね?」
「俺を巻き込まないでくれ……」
「事実でしょう、環」
「ヒマリまで……」
環がますます小さくなる。
上鳴たちは、しばらく四人のやり取りを眺めていた。
つい先ほど教室で紹介された雄英トップの三人と、サポート科の妙に自信満々な先輩。それなのに、こうして話している姿には変なよそよそしさがまるでない。
上鳴が四人を順番に見てから口を開く。
「じゃあ明星先輩も……ビッグ3みたいな感じなんですか?」
「上鳴ちゃん、それだと四人いるわ」
蛙吹が言う。
「あ」
「違いますよ」
ヒマリの声も重なった。
「私はヒーロー科ではありません。サポート科です」
「でもヒマリちゃん、学校じゃすっごく有名だよね!」
ねじれが言う。
「当然でしょう」
一切の間を置かず答えた。
「ヒーロー科の最高峰がこの三人であることに異論はありません。ですが、だからといって私まで同じ枠へ収まる必要はないのですよ」
「違う分野ってことか」
切島が言うと、ヒマリは満足そうに頷く。
「その通り。彼らはヒーロー科。そして私はサポート科」
そこで少し間を置き、胸元へ片手を添えた。
緑谷と麗日が同時に察する。
また来る。
「何しろ私は――雄英が誇る、超天才清楚系病弱美少女技術者――明星ヒマリなのですから!」
「二回目!」
上鳴が思わず突っ込んだ。
「重要なことですから」
「そこ二回言う必要あります!?」
「あります」
「あるんだ……」
耳郎が呆れたように呟く。
その横でミリオが豪快に笑った。
「ハハハ! ヒマリは今日も絶好調だね!」
「当然です。誰に言っているのですか」
「うんうん!」
「……なぜあなたが満足そうなのです」
「ヒマリが元気だから!」
「…………」
ヒマリの口が止まった。
ほんの一瞬だけ黙り、すぐにミリオから顔を逸らす。
「……まったく。相変わらず意味の分からない人ですね、あなたは」
「そうかな?」
「そうです」
「ところでヒマリ、このあと時間ある?」
「内容によります」
「食堂に行こうと思ってるんだ」
「ヒマリちゃんも行こう!」
ねじれも続く。
ヒマリは少し考えてから、「……まあ、構いませんよ」と答えた。
「やった!」
「ただし、私は先ほどまで作業をしていました。疲労困憊の病弱美少女を最大限労ること。それが同行の条件です」
ミリオが不思議そうに首を傾げる。
「ヒマリ、さっき『この程度の作業』とか言ってなかった?」
「ミリオ」
「うん?」
「細かいことを気にしていると大物にはなれませんよ」
「もう十分大物だと思うけど……」
環がぼそりと呟いた。
ヒマリが振り返る。
「何か?」
「何でもない」
即答だった。
「じゃあ行こう!」
ミリオが歩き出し、ねじれもその隣へ並ぶ。環が少し遅れて続き、ヒマリも車椅子を動かした。
「それでは皆さん。またいずれ」
「あ、はい!」
緑谷が頭を下げる。初対面だった上鳴たちも、それぞれ挨拶を返した。
「またな、明星先輩!」
切島が大きく手を振る。
「ええ。また」
「今度その車椅子詳しく見せてくださいよ!」
上鳴が続けると、ヒマリの車椅子がぴたりと止まった。
「ほう?」
ゆっくり振り返る。
「私の最高傑作の一つに興味がおありで?」
「え? いや、普通にすげえなって……」
「なるほど、なるほど」
明らかに機嫌が良くなった。
「良いでしょう。そこまで熱望するのでしたら、機会があれば特別に解説して差し上げます」
「そこまで熱望はしてな――」
耳郎が上鳴の脇腹を小突く。
「言わせとけば?」
「……はい」
満足したヒマリが再び進み始める。
「ヒマリちゃん、結局今日はなんで車輪なの?」
「校舎内の通常移動だからです。ホバーへ切り替える必要がありません」
「じゃあ外に出たらホバー?」
「路面状況次第ですね」
「今変えてみて!」
「嫌です」
「ヒマリ、何食べたい?」
「ミリオ。ねじれと同時に話しかけないでください」
「ごめんごめん」
「ヒマリちゃん、甘いもの食べる?」
「話を聞いてください!」
「……帰りたい」
「環、今から食堂だよ?」
「そういう意味じゃない……」
四人はそんな調子で廊下を進み、そのまま角を曲がって見えなくなった。
上鳴がしばらくその方向を見つめる。
「……なんか」
「どうした?」
切島が聞く。
「どこにでもいる普通の四人組だったな」
「あー……分かる」
麗日が頷いた。
「明星先輩、すげえ人たちと仲いいんだな!」
「逆じゃない?」
耳郎が口を挟む。
「向こうから見たら、明星先輩も『すごい人』なんでしょ」
「あー……確かに」
上鳴は納得したように頷く。
「デクくんたち、行こ?」
「あ、うん!」
麗日に呼ばれ、緑谷も歩き出した。
廊下の先からはまだ、ミリオの大きな笑い声と、それを窘めるヒマリの声が微かに聞こえていた。