雄英高校の超天才清楚系病弱美少女   作:サブ0119

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第9話 約束

相澤から死穢八斎會について聞かされてから、数日が経った。

 

その間に捜査は進み、突入作戦の日程も決まっている。

 

そして、作戦を翌日に控えた放課後。

 

サポート科の開発工房で、ヒマリは一人、モニターに表示された確認表へ目を通していた。

 

協力を引き受けて以来、自分に任された仕事は一つずつ片付けている。

 

必要な資料の整理。

 

技術面から確認するよう求められた情報の抽出。

 

装備に関する点検や調整。

 

自分に任された範囲を越えて、余計なことに手を出すつもりはない。

 

今は、自分にできることを確実に終わらせればいい。

 

ヒマリは確認表の最後まで目を通すと、指先で画面を閉じた。

 

残っているのは、あと一つだけだった。

 

ほどなくして、工房の外から足音が近づいてくる。

 

「ヒマリ、今いいか?」

 

聞き慣れた声に、ヒマリが顔を上げる。

 

入口に立っていたのはミリオだ。

 

片手には、ヒーローコスチュームを収めたケースを持っている。

 

「おや」

 

ヒマリは車椅子を回した。

 

「ようやく来ましたか、通形さん」

 

「遅かったかな?」

 

「いいえ。予定通りです。では、そちらを」

 

ミリオが持っていたケースを作業台へ置く。

 

ヒマリもその横へ車椅子を進めた。

 

ミリオが留め具を外す。

 

中に収められているのは、彼が現在使用しているヒーローコスチュームだ。

 

ヒマリはそれを受け取ると、作業台の上へ丁寧に広げる。

 

明日は実戦だ。

 

今必要なのは、使い慣れた装備を確実に使える状態にして送り出すことだ。

 

「では、始めます」

 

「頼むよ」

 

ヒマリが手元を操作すると、作業台の横に置かれていた測定器が起動する。

 

薄い光がコスチュームの表面をゆっくりと走り、読み取られた情報が車椅子のモニターへ表示されていく。

 

ヒマリは繊維の状態を確認しながら、過去の点検記録を呼び出す。今回の結果と照らし合わせ、以前から負荷のかかっていた箇所にも変化がないか、一つずつ確かめていく。

 

ミリオは作業台の向こうから、その様子を眺めている。

 

しばらくして、ヒマリの指が止まる。気になった箇所をもう一度拡大し、別の記録と照らし合わせたあと、再度測定器を走らせる。

 

「……問題ありませんね」

 

「そこ、何かあったのか?」

 

「念のため確認しただけです」

 

「そっか」

 

ヒマリは次へ進む。

 

少しして、また手が止まる。

 

今度はコスチュームの位置を僅かに変え、測定器を当て直す。

 

数秒。

 

「……こちらも問題なし」

 

「ヒマリ」

 

「何です?」

 

「今日、いつもより細かくないか?」

 

ヒマリの指がほんの一瞬だけ止まり、すぐに画面の操作を再開する。

 

「何を言っているのです」

 

「いや、同じところ何回か見てるからさ」

 

「実戦前の最終確認ですよ」

 

ヒマリはモニターから目を離さずに答える。

 

「普段より慎重になるのは当然でしょう」

 

「そういうもんか」

 

「そういうものです」

 

きっぱりと言い切る。

 

ミリオは「なるほどなぁ」と頷き、それ以上は何も言わない。

 

ヒマリも再び作業へ集中する。

 

数値を確認する。

 

過去の記録と比べる。

 

少しでも気になるところがあれば、もう一度見る。

 

異常がないと分かっても、その次へ進む前に一拍置く。

 

普段ならもっと早く終わっている。

 

それを一番よく分かっているのは、ヒマリ自身だ。

 

だが、手を抜く理由はない。

 

明日、これを身につけてミリオは現場へ向かう。

 

だから細部まで確認する。

 

「ヒマリ」

 

「今度は何です?」

 

「俺、何かした方がいいか?」

 

「何もしないでください」

 

「即答だなぁ」

 

「検査中の装備に不用意に触れられる方が困りますので」

 

「じゃあ見てるよ」

 

「お好きにどうぞ」

 

ミリオは本当にそのまま見ている。

 

ヒマリが画面を切り替えるたび、視線もなんとなくそちらについてくる。

 

もっとも、表示されている内容の大半は専門的なものだ。

 

数分もすると、ミリオが首を傾げる。

 

「これ、何見てるんだ?」

 

「説明してほしいのですか?」

 

「俺にも分かるかな?」

 

「三時間ほどあれば、基礎から教えて差し上げますよ」

 

「そんなにかかるのか?」

 

「当然です。この超天才清楚系病弱美少女技術者の知識を、数分程度で理解できると思わないことですね」

 

ようやく、いつもの調子が戻る。

 

ミリオが笑う。

 

「ハハハ! じゃあ今回はやめとくよ」

 

「賢明な判断ですね」

 

「でも、ヒマリがちゃんと見てくれてるなら安心だな」

 

ヒマリの指が止まる。

 

「…………」

 

「ん?」

 

ミリオはただ笑っている。

 

他意などないのだろう。

 

いつものことだ。

 

ヒマリは小さく息を吐き、何事もなかったように画面へ視線を戻す。

 

「当然でしょう」

 

「うん」

 

「誰が確認していると思っているのです?」

 

「ヒマリ」

 

「そういう意味ではありません」

 

「違ったか?」

 

「まったく……」

 

ヒマリは僅かに顎を上げる。

 

「雄英が誇る超天才清楚系病弱美少女技術者、この明星ヒマリが直々に確認しているのですよ。安心するのは結構ですが、もう少しありがたみを理解していただきたいものですね」

 

「分かってるよ」

 

ミリオは迷いなく返す。

 

「頼りにしてる」

 

「…………」

 

また指が止まる。

 

ミリオは相変わらず何も気づいていない。

 

ヒマリは視線を少しだけ横へ逸らす。

 

「……でしたら、大人しく待っていてください」

 

「分かった」

 

いつもこうだ。

 

本人はただ思ったことを言っているだけなのだろう。

 

だから余計に質が悪い。

 

ヒマリは小さく咳払いをして、最終確認へ戻る。

 

それからしばらく、工房には機器の小さな作動音だけが続く。

 

最後の測定結果が表示される。

 

ヒマリはすぐには何も言わず、最初から順に記録を見直していく。

 

一度確認した箇所も、もう一度。

 

それが終わると、過去のデータとの比較結果にも目を通す。

 

問題はない。

 

分かっている。

 

それでも最後まで確認する。

 

そして、ようやくヒマリの手が止まる。

 

「……問題ありません」

 

静かな声だった。

 

ミリオが顔を上げる。

 

「終わったか?」

 

「ええ」

 

ヒマリは測定器を停止させる。

 

「使用に支障となる異常はありません。明日はこのまま使用して問題ありませんよ」

 

「そっか」

 

ミリオが笑う。

 

「それなら安心だ」

 

「当然です」

 

ヒマリは胸を張る。

 

「この私が問題ないと判断したのですから」

 

「うん。ありがとう、ヒマリ。助かったよ」

 

「…………」

 

ヒマリは少しだけ視線を逸らす。

 

「礼など不要です」

 

「でも、やってもらったんだから言うだろ?」

 

「それは……そうですが」

 

軽く咳払いする。

 

「まあ、どうしても感謝したいというのであれば、受け取ってあげましょう」

 

「うん」

 

ミリオが笑う。

 

ヒマリは返事をせず、作業台の上のコスチュームへ手を伸ばす。

 

測定器を外し、広げていたそれを元の形へ戻していく。

 

折り目を整え、ケースの中へ収める。

 

最後に留め具を閉じる。

 

「どうぞ」

 

ヒマリがケースを差し出す。ミリオがそれを受け取ると、ヒマリは作業台の片付けに取りかかる。

 

だが、明日になればミリオはそのコスチュームを身につけ、死穢八斎會のもとへ向かう。

 

あの少女を助けるために。

 

「これで、私からあなたにする確認はすべて終了です」

 

「分かった」

 

「今日はきちんと休んでください」

 

「大丈夫。ちゃんと休むよ」

 

「明日になって寝不足などと言われても困りますので」

 

「心配しなくても大丈夫だって」

 

「別に心配しているとは言っていませんが?」

 

「そうだったか?」

 

「そうです」

 

ミリオが笑う。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ」

 

「ええ」

 

ヒマリはいつも通りに答える。

 

工房の出口へ向かうミリオの背中を、ヒマリは黙って見送る。自分にできることは、もう済ませた。

 

あとは彼らに託すだけだ。

 

ミリオが扉へ手を伸ばす。

 

「ミリオ」

 

その手が止まり、ミリオが振り返る。

 

「ん?」

 

いつもの顔だ。

 

明るく、真っ直ぐで。

 

ヒマリは彼を見たまま、言葉を飲み込む。

 

無茶はしないでください。

 

一度はそんな言葉が浮かんだ。

 

けれど、ヒマリの脳裏に浮かんだのは、あの少女だった。

 

壊理。

 

治崎を恐れ、身体にいくつもの傷を負っていた少女。

 

今も、助けを必要としている。

 

ヒマリは僅かに息を吸う。

 

「……あの子を――」

 

一度、言葉が途切れる。

 

ヒマリはもう一度口を開く。

 

「助けてあげてください」

 

その言葉に、ミリオの表情が変わり、真っ直ぐにヒマリを見つめる。

 

「うん」

 

迷いのない返事だった。

 

「絶対に助けるよ」

 

ヒマリは数秒、ミリオを見つめる。

 

それから小さく頷く。

 

「……お願いします」

 

「ああ」

 

ミリオが笑う。

 

ヒマリはそれ以上何も言わず、ミリオを見送った。

 

扉が閉まり、足音が少しずつ遠ざかっていく。

 

やがて工房に静けさが戻る。

 

ヒマリはしばらく閉じた扉を見つめたあと、ゆっくりと車椅子を作業台へ向けた。




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