戦闘描写どうやって書けばいいかわからない
翌朝、死穢八斎會への突入作戦が始まる頃、ヒマリは雄英の工房にいた。
車椅子のモニターを展開し、事件に関する資料へ目を通している。画面の隅には作戦関係者からの連絡を受け取るためのウィンドウが開かれている。
作業を始めて間もなく、そのウィンドウに最初の通知が届く。
作戦開始。
表示された短い文章を確認する。
昨日までに、突入へ参加する者たちの装備に必要な点検や調整は終えている。現場に存在する可能性のある設備についても、分かる範囲で整理して渡してあった。
それでも工房にいるのは、作戦中に技術的な確認が必要になった時、すぐに応じられるようにするためでありモニターには、死穢八斎會に関係する薬品や医療機器、搬入された設備の一覧が並んでいる。一度整理を終えた資料を開き直し、見落としがないか確認しながら整えていった。
しばらくして、画面の端で通知が点灯する。
ヒマリの手が止まり、すぐに連絡用ウィンドウを開く。
突入部隊が対象施設へ侵入。
「…………」
数秒待っても、新しい情報は表示されない。
ヒマリはウィンドウを端へ寄せ、再び資料へ視線を戻す。
現場は作戦の最中だ。細かな状況まで逐一こちらに届くはずもない。
問題は、その先の状況が何も分からないことだった。
エリちゃんは救出されたのか。突入した後輩たちは大丈夫なのか。そして、ミリオは今どこにいるのか。
届いた情報だけでは、そのどれもが分からない。
推測しようと思えば、いくらでもできる。
けれど、情報が乏しい推測はただの想像だ。
ヒマリは余計な仮説を組み立てる代わりに、目の前の資料へ戻った。
薬品の一覧を確認し、関連する医療設備との照合を進める。作業そのものは問題なく進んでいたが、記録を一つ保存したところで、画面右上の時刻がふと目に入る。
「……遅いですね」
思っていたほど時間は経っておらず、口から零れた言葉に、わずかに眉を寄せる。
作戦が始まってから、まだそれほど経ってはいない。指定敵団体への突入なのだから、数分おきに詳しい報告が届くはずもなかった。
そんなことは分かっている。
それでも資料へ目を戻してしばらくすると、また同じ場所へ視線が向いていた。
「まったく。時間というものは、普段はすぐに進むものではありませんでしたか?」
当然、時計は答えない。
ヒマリは小さく息を吐く。
連絡用ウィンドウには、現場側へ連絡を入れるための項目も用意されている。そこへ指を伸ばせば、状況を確認すること自体はできた。
エリちゃんは見つかったのか。
作戦はどこまで進んでいるのか。
負傷者はいないのか。
そして、ミリオは――。
そこまで考えたところで、伸ばしかけた指を止める。
それだけの理由で、作戦中の人間へ連絡を入れるべきではない。現場に必要なのは集中であって、支援側にいる自分がそれを乱すなど論外だ。
「……仕事をしましょう」
再びキーボードへ指を置く。
その頃、死穢八斎會の地下では、それぞれの場所で戦いが続いていた。
天喰環も、切島鋭児郎も、ファットガムも、自分たちの前に立ちはだかった相手と戦っていた。
そして通形ミリオは、そのさらに先へ進んでいた。
目的は一つ。
エリちゃんを助けること。
仲間たちから離れて先行したミリオは、やがて治崎たちへ追いつく。
そこには、あの日一度は自分たちの手から離れてしまった少女がいた。
怯えたまま、治崎のそばにいるエリの姿を認め、ミリオは声を上げる。
「エリちゃん!」
少女が顔を上げた。
そこで何が起きているのかを、遠く離れたヒマリは知らない。
治崎の危険な個性も、そこに残っている敵も、エリちゃんを守りながら戦わなければならない状況も。
ただ、その地下でミリオは、長い時間をかけて磨いてきた『透過』と、それを自在に扱うために積み重ねてきた技術を駆使し、エリを助けるために戦っていた。
雄英の工房に、新しい通知音が響くとヒマリはすぐに連絡用ウィンドウを開く。
ヒマリは文章を最後まで読み、念のため別の連絡欄も確認したが、そちらにも追加情報は届いていなかった。
「……これだけですか」
しばらく画面を見つめたあと、静かに呟く。
普段なら、一つの情報があればそこから関連する資料を探し、条件を絞り込み、さらに先へ進むことができる。
けれど今回は、そのための情報そのものが足りていない。
地下で交戦が起きている。
班が分かれた。
負傷者がいる。
読み取れるのは、せいぜいその程度だった。
「……これでは、判断のしようがありませんね」
ヒマリは連絡画面を閉じずに端へ寄せ、整理済みの資料をもう一度開いた。
今できるのは、新しい情報が届いた時にすぐ対応できるよう、ここで自分の仕事を続けることだけだ。
遠く離れた地下では、その間にも状況が変わっていた。
ミリオは治崎たちを相手に、エリちゃんを守りながら戦い続けていた。
戦いの中で、個性を破壊する弾丸が持ち出され、その銃口は、ミリオではなくエリに向けられていた。
次の瞬間、銃声が地下へ響く。
ミリオは迷わずエリちゃんの前へ飛び込み、その身で弾丸を受ける。
それまで当たり前のように存在していた『透過』が失われていく。
それでも、ミリオはエリの前から退かずに個性を失ってなお、少女を守るために戦い続けた。
その頃、雄英の工房では、機器の作動音と換気設備の低い音だけが続いていた。
ヒマリは資料の一項目を修正して保存し、別の資料を開く。その合間にも連絡用ウィンドウへ視線を送り、新しい通知がないことを確認しては作業へ戻った。
何度かそれを繰り返した頃、手元に置いていた飲み物へ手を伸ばす。
一口含んでみると、すっかりぬるくなっていた。
「……連絡一つ寄越すのに、随分と時間がかかるものですね」
誰もいない工房で口にして、カップを元の位置へ戻す。
画面の片隅には、昨夜行ったミリオの装備点検記録が残っている。
使用に支障となる異常はなく、このまま使って問題ない。
そう判断し、昨夜ミリオにも伝えた。
記録を目で追ううちに、その時の声がふと脳裏を掠める。
『うん。ありがとう、ヒマリ。助かったよ』
「…………」
ヒマリはしばらく画面を見つめたあと、無言で記録を閉じた。
必要な確認はした。渡せる情報も渡した。準備はすべて終えている。
今から現場へ向かったところで、状況は変わらない。
ならば、ここで待つのが最善だ。
ヒマリは再び画面へ視線を戻した。
「……まったく」
背もたれへ身体を預け、小さく息を吐く。
最善だと分かっていても、納得できるかどうかは別の話だった。
その時、連絡用ウィンドウに新しい通知が表示されヒマリは身体を起こすと、すぐにそれを開く。
作戦は継続中。
重症者数名、軽症者多数。
救出対象を確認。
「……確認」
ヒマリはその文字を見つめた。
エリが見つかったことだけは分かった。
ヒマリはしばらく画面を見つめたあと、連絡用ウィンドウを端へ寄せ、再び資料を開いた。
何かが届いた時、すぐに動けるように。
工房の時計が、静かに次の一分を刻んでいく。
その後も、現場での戦いは続いた。
ヒマリのもとへ届くのは、途切れ途切れの報告だけであり、
負傷者の搬送
突入部隊による作戦の継続
何度通知を確認しても、ミリオの名前はなくやがて、工房に再び通知音が響く。
ヒマリはすぐに連絡用ウィンドウへ視線を向けた。
作戦終了。
救出対象を保護。
その文字を見た瞬間、ヒマリの指が止まる。
「…………」
エリちゃんは助かった。
ようやく、そのことだけは確かなものになった。
張り詰めていたものが、ほんのわずかに緩んでいったのがわかる。。
だが、報告には続きがあった。
負傷者あり。
詳細は追って報告。
ヒマリは画面から目を離さない。
それでも、ミリオの状況だけは分からないままだった。
ヒマリはしばらく画面を見つめたあと、小さく息を吐く。
死穢八斎會への突入作戦は、これで終わった。
しかし最後まで、ミリオからの連絡はなかった。
わからないって怖いね