俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!   作:本郷カキツバタ

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第十一話 なんだか街が騒がしい

 六月六日。

 朝から、王都大神殿の鐘が鳴っていた。

 

 食卓に届いた新聞を開く。

 一面の大きな文字を、もう一度読む。

 

 『レグリアに八十年ぶりの聖女誕生』

 

 その下に、少し小さな字で『レーヴェル公爵家のセレスティア様』とあった。

 

 八十年。

 前世と今世を足しても、俺はそんなに生きていない。

 そんな歴史的な出来事が起きたとされる三分間、俺は猫の顎の下を撫でていた。

 

 いや、神様だった。ちゃんと話もした。

 したけど、新聞の見出しに見合う厳かな光景を思い出そうとしても、俺の手に頭をぐいぐい押しつけてくる猫しか浮かばない。

 ……これで歴史に載るのか、俺?

 

「お嬢様。お祝いのお手紙が届いております」

 

 侍女が盆を差し出した。

 見覚えのある紋章も、ない紋章も重なっている。国の外の封蝋まで混じっていた。

 

「これで全部かしら」

 

「今朝までに届いた分でございます」

 

 今朝までに。

 つまり、昼にはまだ来る。

 

 俺は新聞を閉じた。

 午後には両親と王宮へ、祝いの挨拶を受けに行く。それまでここに座っていたら、届く手紙を一通ずつ数えて過ごすことになりそうだ。

 

 そういえば、注文していた本が届いたと、書店から知らせが来ていた。

 

「午前中に、本を受け取りに行きたいの。支度をお願いできるかしら」

 

「かしこまりました」

 

 今日は、一つくらい普段どおりのことをしたい。

 本を買って、帰って、読む。

 たったそれだけだ。さすがに聖女になってもできるだろ。

 

◇

 

「お待ちしておりました、お嬢様。このたびは、おめでとうございます」

 

 いつもの書店主に迎えられ、俺は侍女と店へ入った。護衛は入口のそばに立つ。

 

「ありがとうございます。お願いしていた本を、受け取りにまいりました」

 

「はい。こちらに取り置いてございます」

 

 店主が奥の棚から本を出す。

 その本を台に置いて、先に来ていた男性へ釣りを渡した。

 

 台の端で本を選んでいた女性が、俺の顔を見た。

 

「もしかして、聖女様では……?」

 

「セレスティア・レーヴェルと申します」

 

「ああ、やっぱり。今朝の新聞でお名前を拝見しましたの。おめでとうございます」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

「私も、お祝いを申し上げてもよろしいでしょうか」

 

 代金を払い終えた男性まで、こちらへ向き直った。

 断る理由はない。お祝いを言ってくれるだけだ。

 ありがたい。ありがたいんだけど、本がまだ会計台の向こうにある。

 

「ありがとうございます。お帰りのところを、お引き留めしてしまって」

 

「いえ。せっかくお目にかかれましたので」

 

 礼を返すと、今度は通路の向こうで本を選んでいた老婦人が顔を上げた。

 

「それなら、私も一言だけ」

 

 俺はそちらを向いた。

 店主は本を差し出しかけて、また引っ込めた。

 

「私の祖母は、前の聖女様がいらした頃の話を、よくしてくれましたの。自分もこんな日に立ち会えるとは思いませんでした」

 

「そうでしたか。お祖母様のお話が、今も残っているのですね」

 

「ええ。それで、ぜひ申し上げたくて――」

 

 老婦人は大事そうに言葉を選びながら、祝いを伝えてくれた。

 その間に、最初の女性もこちらへ寄ってくる。

 

「私には祖母の話などありませんけれど、本当に嬉しくて」

 

「ええ。皆様のお気持ちは、十分にいただきました」

 

 にこやかに礼をして、会計台へ戻ろうとしたところで、背後から声がかかった。

 

「あの、私も――」

 

 またか。

 振り向くと、本を二冊抱えた若い男性が立っていた。

 

「そちらの棚を見ても、よろしいでしょうか?」

 

「……ええ。どうぞ。失礼いたしました」

 

 俺が塞いでいた。

 本屋で本を探したい人を止めてどうする。すみません。

 

 店主が、俺の本を会計台に置いた。

 

「お嬢様のお品は、こちらでございます。皆様も、お選びになった本をこちらへお持ちください」

 

 俺はようやく台の前へ戻った。

 老婦人が一冊選んで持ってきたので、先を譲ろうとする。

 

「お先にどうぞ」

 

「とんでもない。聖女様こそ」

 

「私が、お待たせしていたでしょう」

 

「お祝いを申し上げていたのですから、どうぞお気になさらず」

 

「お嬢様、この本は、朝から順番を待っております」

 

 店主が俺の注文品を指した。

 老婦人が笑って頷く。

 

「では、本を待たせてはいけませんね」

 

「……はい。いただきます」

 

 代金を渡した。店主が包みを侍女へ預けてくれる。

 俺は店の客たちへ一度、頭を下げた。

 

「お買い物のお邪魔をいたしました。お祝いのお言葉、ありがとうございます」

 

「こちらこそ、お引き留めして」

 

「いえ、そんな――」

 

 そこまで言って、止めた。

 続けるな。終わった話を自分で始めるな。

 

 店主に会釈をして、今度こそ店を出る。

 侍女の持つ包みを見て、ちゃんと買えたことを確かめた。

 

 本を一冊買うだけで、こんなに疲れるのか。聖女の称号ってこんなに大変なのかよ……。

 

◇

 

 通りには祝飾りが増えていた。

 雑貨店の軒先でも、店主が飾りを結び終え、余った紙と紐を片づけている。

 

 俺たちがそばを通る時、店主が隣の店の男性へ声をかけた。

 

「救護院で相談したら、うちの母も診てもらえるだろうか」

 

「具合が悪いのか?」

 

「腰を長いこと悪くしていてな。立つ時も、つらそうなんだ。聖女様がいらっしゃるならと思って」

 

 足が止まった。

 隣の男性が俺に気づいて口を閉じる。

 

「失礼いたします。お母様のお具合が、よろしくないのでしょうか」

 

 思わず俺から声をかけると、雑貨店主も振り向いた。

 手に持っていた紐を落としかけ、慌てて握り直す。

 

「これは……。お話を聞かせるつもりでは」

 

「ええ。私のほうから、伺ってしまいました」

 

 店主は頷いて、片づけた紙を脇へ寄せた。

 

「母が、もう長いこと。椅子から立つのに、手を貸すことも増えまして」

 

「今は、どなたかに診ていただいていますか?」

 

「ええ。ただ、なかなかよくならないので。一度、救護院にも相談してみようかと」

 

 俺は、その母親を見てもいない。

 どこがどう悪いのかも、本人が何を望むのかも知らない。

 

「お力になれるかは、まだ分かりませんけれど。まずは救護院で、お具合をご相談いただけませんか」

 

「……はい。まず母と話してみます。出かけるのを、億劫がるものですから」

 

「そうですか。お母様と、よくお話しなさってくださいね」

 

 店主は、俺の顔を見て頷いた。

 

「声をかけてくださって、ありがとうございます」

 

 礼を返し、歩き出す。

 

 馬車まで戻る間、さっきの店主が紐を握り直した手を思い出していた。

 

◇

 

 午後、両親と王宮へ向かった。

 昼食の席で母に書店の話をすると、受け取った本をちゃんと読めるよう、今日は帰ってから休みましょうね、と言われた。

 まだ一頁も読めていない。

 朝から本を買うために出かけたんだぞ。せめて読むところまではたどり着きたい。

 

 国王エドワード・レグリア・アークライト陛下が、俺たちを迎えた。

 

「おめでとう、セレスティア。レーヴェル卿も、気が休まらない一日だろう」

 

「それが、娘は今朝も『本を買ってまいります』と出かけまして。普段どおりなのは、ありがたいのですが」

 

 父が答えると、陛下が俺を見た。

 

「本は、買えたのかな?」

 

「……はい。お祝いをいただくたびにご挨拶をしておりましたので、少し時間はかかりましたが」

 

「ちゃんと買って帰ってまいりましたよ」

 

 母が横から添えると、陛下が笑った。

 王妃ヴィクトリア・レグリア・アークライト陛下が、俺へ手を差し伸べた。

 

「おめでとう、セレスティア。今日は、落ち着いて朝食を取れましたか?」

 

「はい。新聞を読むまでは」

 

「それは、私も同じでした。こんなに大きな見出しになるのですね」

 

 俺の手を取ってから、王妃陛下は微笑んだ。

 

「食事まで後回しにしないでね。まずは、あなたが元気でいてくれなくては」

 

「ありがとうございます」

 

 王太子妃に向いていないと思わせるつもりが、聖女として王家に祝われている。

 待て。そっちの評価を上げる作戦じゃなかっただろ、俺。

 

 正式な祝いの挨拶を終えると、両親は別件の面談へ向かった。

 

 国の外からも、祝いの使者を送りたいという打診が届き始めているらしい。

 近くの国々には、今は聖女が一人もいない。使者が祝いだけを持ってくるとは限らないから、受け方を先に陛下と決めておくとのことだ。

 

 ……そういう話が、今朝のうちにもう始まっているのか。

 俺は二人を待つ間、小広間で休ませてもらうことになった。

 

 先に置かれていたのは、茶と焼き菓子の皿。

 席に着いたところへ、レストが入ってきた。

 

「次の会議まで、少し時間があるんだ。ご一緒しても?」

 

「ええ。どうぞ」

 

 侍従がレストにも茶を用意し、入口のそばへ下がる。

 レストは菓子を俺へ勧めてから、自分も一つ取った。

 

「午前中は、何をしていたんだ?」

 

「本を受け取りに。買うまでに、ずいぶんかかってしまいました」

 

「まだ届いていなかったのかな?」

 

「いえ、届いてはいたのです。ですが、お祝いをいただくたびに、私がそちらを向いてしまって」

 

 老婦人と順番を譲り合った話まですると、レストは菓子を置いて、おもむろに片膝をついた。

 

 ……どうした?

 

「それで、聖女様。本日はいかがなさいますか?」

 

「……殿下までおやめください!」

 

 お前までやめろ! わざわざ芝居までするな! というか王太子が膝をつくなよ。入口に侍従がいるんだぞ!? 怒られるのは俺なんだからな!

 

 口元を引き締めているが、目は笑っている。

 この野郎、この前から面白がりやがって……。

 

「では、何とお呼びすれば?」

 

「今までどおりで、お願いいたします!」

 

「では、セレスティア」

 

「はい」

 

「今日も、私に菓子を譲ってくれる?」

 

「それは、呼び方の問題ではございません!」

 

 我慢していたらしい笑いが、とうとう漏れた。

 俺もつられて笑ってしまう。

 

「先ほど、ご自分の分を召し上がったでしょう」

 

「まだ、ここに一つ残っている」

 

「ええ。私の分が残っていますね」

 

 俺は残っていた菓子を取った。

 聖女になったら、お前への菓子の配分まで増えるのか。そんな加護はないぞ。

 

「実は、私もこの春に照会を受けたんだ」

 

「……殿下も、でございますか」

 

「私にも光属性の適性があるからね。だけど駄目だったよ。神具は、私の前では光らなかった」

 

 椅子に座り直したレストと茶を飲み、話を続ける。

 

「本は、受け取れたんだね」

 

「はい。けれど、帰りに気になることがありまして」

 

 レストが俺の言葉の続きを待つ。

 俺は雑貨店で声をかけたことと、腰を悪くした店主の母親の話をした。

 

「治して差し上げられるかも分からないのに、私から伺ってしまいました。相談にいらして、やはりできませんとなったら……」

 

「その場で、治す約束をしたのかな?」

 

「いいえ」

 

「そうか」

 

 レストは、まだ聞いている。

 俺は言葉を探した。

 

「何も知らないまま、治せますとは申し上げられません。でも、聞こえてしまったのに、通り過ぎるのも嫌だったのです」

 

「うん」

 

「今朝は、お祝いにどうお返事するかばかり考えていたのに」

 

 レストは、すぐには口を開かなかった。

 

「……私も、今朝は返事に困ったよ」

 

「殿下が、ですか?」

 

「君へのお祝いの席を、もう少し増やせないかと聞かれてね。まず君の都合を確かめたいと言ったんだけれど」

 

「それで、いけませんでしたか?」

 

「『殿下のお考えだけでも』と。私が頷けば、君の予定が一つ増えるだろう?」

 

「……私の予定ですのに」

 

「そう。だから、まだ返事をしていない。何も決めない王太子と思われたかもしれないけれどね」

 

「先ほど、私に『治すと約束しましたか』とお尋ねになりましたね」

 

「うん」

 

「殿下も、知らないことをお約束なさらなかったのでしょう?」

 

「……そうだね。君にそう言ってもらえると、助かるよ」

 

 レストが茶器を手に取った。

 

「今も、お考えになっているところですか?」

 

「今は、お茶を飲んでいる」

 

「でしたら、安心いたしました」

 

「君には、よく聞かれるね。まだ考えているのか、ただ菓子を見ているのか」

 

「そちらは、区別がつきますので」

 

「……そこまで分かるのは、君くらいでいい」

 

 レストが茶を飲んだ。

 俺も茶器を持つ。

 

「殿下も、大変でいらっしゃいますね」

 

「そうだね。だから、君といるときくらいは休ませてほしいな」

 

「それは、私も同じです。次は、名前だけで呼んでくださいね」

 

「分かったよ、セレスティア」

 

 今度は、余計な肩書きがつかなかった。

 俺は頷き、残っていた茶を飲んだ。

 

 入口で待っていた侍従が進み出る。

 

「殿下。お時間でございます」

 

 レストが茶器を置いた。

 

「ああ。今行くよ」

 

 俺も席を立つ。

 休みたいと話している間に、休みが終わった。せめてもう一杯分くらい、時間が延びてくれてもいいだろ。

 

「お茶をご一緒できて、嬉しゅうございました」

 

「私もだよ。帰ったら、本を読む時間を取ってほしいな」

 

「はい。殿下も、お休みになる時間を」

 

 レストが会釈を返し、侍従と出ていく。

 俺も入口で待っていた侍女と、両親のところへ向かった。

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