俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ! 作:本郷カキツバタ
第十二話 聖女は万能ではありません
六月九日。
俺は王都大神殿へ来ていた。
今日は祝ってもらうためではない。
「聖女として、どのようなお仕事をすればよいのでしょうか」
大神官長と、神託院のユリウスへ尋ねる。
出された茶の隣には、家で書いてきた質問の紙を置いた。
お祝いの手紙は山ほど届いた。だが、どこにも「聖女の仕事はこれです」とは書いていない。
街の人から見れば、病気を治してくれる人らしい。
なら、助けてほしいと言われた時、俺は何をすればいい? 今日はそれを聞きに来た。
ユリウスは持っていた冊子を開きかけ、俺の紙を見ると、手を止めた。
「先に、お尋ねになりたいことを伺いましょうか」
「ありがとうございます。街で、お母様の具合が悪いという方とお話ししたのです。救護院へご相談なさるようお伝えしたのですが」
「ご本人のお具合について、詳しくお聞きになりましたか?」
「椅子から立つのがおつらいと。それ以上は、私には分かりません。治療のお約束もしていません」
ユリウスが、手元の書類を一枚、俺の側へ寄せた。
救護院が受けた治療の依頼について、記入する項目が並んでいる。
「ご相談先は、救護院で結構です。診察を受けていただき、セレスティア様のお力を借りたい場合には、担当の治療師からお話しします」
「では、私へ直接お手紙が届いた場合も、そちらへお繋ぎすればよいのですね」
「はい。症状が分からないまま、治療の日を決めることはできませんので」
俺は質問の一つに、短く答えを書いた。
次にあの店主に会ったら、今よりは確かな返事ができる。
「神具や儀礼は神託院、治療の相談は救護院がお受けします。神殿の運営は、これまでどおり神殿会が担います」
ユリウスが手元の紙を分けて並べた。
「つまり、私がすべての書類に判を押すわけではないのですね」
「はい。聖女の認定によって、神殿の統治権まで移ることはございません」
大神官長が答える。
よかった。
聖女の仕事を聞きに来て、神殿の最高責任者まで兼任する羽目になったらどうしようかと思ってた。
「お祝いとして私へ届く品と、救護院への寄付も、別に扱うのですね」
「そのとおりです。送り主のご意向を確認し、用途を混同しないようにいたします」
「家の者にも、そう伝えておきます」
よし。ここは家でも区別しておこう。
それにしても、俺が神殿の金庫の鍵まで預かるわけじゃなくて助かった。
「聖女をお迎えするのは八十年ぶりですから、昔の日程をそのまま当てはめるわけにはいきません」
大神官長はそう言って、続けた。
「まず実際の救護と儀礼をご覧になってから、どのようなお務めをお願いするか、相談させてください」
「では、毎日神殿へ通う義務があるわけでは?」
「ございません」
毎日ここへ顔を出したって、あの店主のお母さんの腰はよくならない。肝心なのは、何をしに来るかだ。
「救護のために人員や物資が必要な時は、私からお伝えしてもよろしいのでしょうか」
「もちろんです。手配と費用の判断は、担当の責任者が行います」
毛布の納入について確認した時と同じだ。足りない物を見つけることと、勝手に人を動かしてよいことは違う。
「もう一つ。魔物の討伐や災害の救護へ同行するよう求められた時は、どうなるのでしょう」
「王家と神殿会、現場の責任者で必要性や安全を確かめます。騎士団の指揮をお願いするものではありません」
「私にできる治療があれば、できるだけお力になりたいと思っています。ただ、危険な場所で、治癒の力があるからと無理に使うよう求められた場合は――」
レグリアは平和だ。だけど、もし周辺の国と戦になったら。
俺が治した人が、また誰かの命を奪いに行く。そんなことには、なってほしくない。
こんなことを言ってもいいのだろうか……。
「……たとえば、戦のためにと言われたら」
俺がそれだけ口にすると、大神官長が静かに言った。
「聖女は万能ではありません」
俺は顔を上げた。
「何でもできるわけではございませんし、何にでも使ってよいお力でもございません。聖女が戦の側に立たないことは、神殿会の古い定めです」
大神官長は、言葉を選ぶように続けた。
「傷を負って運ばれてきた方は、私どもも、敵か味方かを問わず治療いたします。ですが、兵をもう一度戦場へ戻すための治療は、お引き受けいたしません」
そこで少しだけ声を和らげた。
「この国が五百年、大きな戦をせずに済んでいるのも、その定めを歴代の聖女様が守ってこられたからだと、私どもは考えております。それに、いくら神のご加護があるとはいえ、セレスティア様も人の身です。ご自身を顧みずに力を使うことも、求められるものではございません」
「……ありがとうございます」
俺の治癒魔法が、人を傷つけるために使われることはない。
そう思えただけで、重かった気持ちが少しだけ楽になった。
「八十年の間、神殿でも、聖女を探していらしたのですか」
「毎年の春に、十八になられた光属性の方をお迎えしております。各地の神殿にも知らせを掲げておりますので、町や村からお越しになる方も大勢いらっしゃいます。ですが、共鳴した方はいらっしゃいませんでした」
引き出しにしまったままの案内が頭に浮かんだ。あれは、毎年ちゃんと誰かに届いていたものだったらしい。
「子供のうちには、確かめないのですね」
「いたしません」
大神官長は、すぐに答えた。
「重い傷を治すほど、魔力だけでなくお体にも負担がかかります。大昔、子供のうちに見出された聖女様がいらっしゃいました。神殿では治療の数を限っておりましたが、噂を聞いた方々が、遠くからも門の前へ集まってまいりました」
「……その方は、どうなさったのですか」
「周りがどれほどお止めしても、目を離した隙に門の外へ出て、待っている方を治してしまわれたそうです。まだ育ちきっていないお体でそれを続けられ、大人になる前にお体を壊されたと記録にございます」
大神官長は、一度言葉を切った。
「加護を知った子供は、止めても治そうとしてしまう。それからは、子供のうちにはお伝えしないことにしております」
止められても治そうとする子供。
あまり他人事には聞こえなかった。
大神官長も、それ以上は続けなかった。
俺は少し間を置いてから、質問の紙の次の行へ目を移した。
「国の外から、ご依頼が届くこともあるのでしょうか」
「すでに、いくつか届いております」
今度はユリウスが答えた。
「大陸を見渡しても、今、聖女様がおいでになるのは、海を越えた遠い国にお一人と伺っております。王家とご相談のうえ、救護院と王宮の外務を通していただくことになりました。少なくともご婚礼までは、国の外へお出かけいただく予定はございません」
俺は紙の端に、国の外は窓口を通す、と書き足した。
改めて、質問の紙を見直した。
どうやら、聖女になったからといって、神殿と王宮の仕事を片端から背負うわけではないらしい。
……待てよ。
聖女になっても、やらなくていい仕事がある。
だったら逆に、聖女になったせいで、やってはいけないこともあるんじゃないか?
例えば。例えばだ。
「聖女として、何か特別な誓約を立てる必要はございますか?」
「それは、どのようなことでしょうか」
「生活についての制限などです。公爵家の娘としての務めと、重なる部分もあるかと思いまして」
ここまでは真面目な質問だ。全部必要なことだ。
次も必要なことだぞ。少なくとも、俺にとっては。
「例えば、婚姻については」
ユリウスが冊子の後ろのほうを開いた。
あるのか。その項目は、あるのか。
「聖女は、独身でなければならないのでしょうか」
声は、普段どおりに出た。
答えを書こうと、ペンを持ち直した。
「いいえ。そのような定めはございません」
ペン先が、紙の上で止まった。定めがない……?
「……ございませんか」
「はい。婚姻や出産を禁じる誓約もありません」
そうか。そうなのか。
……いや、そこは「昔からの聖なる誓いが」とかないのか?
俺は、独身の義務なし、と書いた。
自分で質問しておいて、こんなに答えを書きたくないことがあるとは……。
「私の場合、いずれ王太子妃としての務めもございますが、両立は認められるのですね」
「ええ。制度上、差し支えることはございません」
大神官長の返事に、迷いはなかった。
おい、もう少し考えてくれてもいいぞ。なんなら冊子の端から端まで探してくれてもいいんだぞ。
……いや、待て。結婚できることと、すぐにできることは別じゃないのか?
「認定から婚礼までに、神殿で済ませなければならない務めなどは、ございますか。婚礼を延期する必要が生じるような――」
「聖女の認定を理由に、婚礼を延期していただく規定はありません。ご懸念でしたら、過去の記録もご覧になりますか?」
ユリウスが尋ねた。
俺は頷いた。
「拝見してもよろしいでしょうか」
その記録のどこかに、見落とされている条件があるかもしれない。
細かい但し書きでも、見逃さない。見逃してたまるかよ。定番じゃないか。聖職者は独身を貫くとかなんとかって。
差し出された冊子には、栞が挟まっていた。
ユリウスが頁を開き、指で行を示す。
「こちらに、聖女としてお務めになっている間に、結婚なさった記録があります。その後にも、救護に関わっておられます」
確かに、そう書いてあった。
家庭を持ったことも、子供を育てながら活動したことも。
下まで読んだ。
何度も読み直した。
救護の記録は、婚姻の日付のあとにも続いていた。
「……家庭を持っても、お務めを続けられるのですね」
「はい」
ユリウスの声が和らいだ。
「聖女になられたことで、殿下とのご婚礼に障りが出ないか、ご心配だったのですね。あまり熱心にお尋ねになるので、そうではないかと思っておりました」
……はあ?
「どうぞご安心ください。お二人のご婚礼を妨げるものは、神殿のどこにもございません」
違う。逆だ。俺は妨げるものを探してたんだよ。
独身の義務も、延期の規定も、記録の但し書きも、全部そっちのために聞いたんだ。
だが、ここで「いえ、むしろ妨げていただきたかったのです」と言える聖女がどこにいる。
「……はい。安心いたしました」
していない。一つも。
根拠のある説明を、ありがとう。できれば今日は根拠が薄くあってほしかった。
大神官長も、穏やかに頷いた。
「八年前からのご婚約と伺っております。殿下も、さぞお待ちでしょう。王宮や公爵家とも連絡を取り、務めに支障が出ないよう相談してまいります」
そこまでしてくれるのか。
俺が何も頼んでいないのに、逃げ道のほうを丁寧に片付けてくれる。ちくしょう。
ユリウスは、俺が読み終えた冊子を閉じた。
「本日のご説明は、写しをお持ち帰りいただけます。ほかに、ご不明な点はございますか?」
紙の上には、独身の義務なし、とある。
その下には、婚礼の延期規定なし。
持って帰って読み直しても、答えは変わらないだろう。
俺はペンを置きかけ、家から持ってきた質問の紙の上のほうを見た。
俺が最初に書いたのは、治療の依頼についてだ。
「救護院のお仕事を、拝見したいのですが」
ユリウスが、治療依頼の書類へ手を戻した。
「そちらも、ご相談しようと思っておりました。十二日でしたら、担当の治療師がご案内できます」
「では、その日に伺います。治療をお引き受けする前に、どのように患者の方をお迎えしているのか、教えていただきたいのです」
「承知いたしました。救護院へ伝えます」
俺は、紙の最後に十二日の訪問を書き入れ、そこだけ丸で囲んだ。
説明の写しを受け取り、礼をして席を立つ。
独身の義務なし。婚礼の延期規定なし。
救護院の訪問日だけは、きっちり決まった。
聖女としての仕事の話は、ちゃんとできた。
そのついでに、俺の婚姻の逃げ道まで片付けなくてもよかったんだけどな!