俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!   作:本郷カキツバタ

18 / 18
第十八話 レストに土産でも買うか

「それでは、私は先に戻るよ」

 

「はい。道中、お気をつけください」

 

 七月二十四日の朝。

 リーヴァ村の入口には、王都へ戻る馬車が一台と、その前後を固める騎士たちが並んでいた。雨は上がっているものの、馬の脚はもう泥だらけだ。御者が車輪の脇を確かめている。

 

 俺はマルタや現地の職員と一緒に、レストの見送りに来ていた。

 

 ここ数日で避難路はどうにか通れるようになった。ただ、フェルド橋はまだ使えないし、家へ戻れない人も多い。

 

「修理の手配は、こちらの担当者に引き継いだ。何かあれば、いつもの経路で王宮へ知らせてほしい」

 

「承知しました。救護の方も、マルタ様と相談して報告をお送りします」

 

 近くには騎士も職員もいる。俺はいつもどおりに答え、礼をした。

 

 レストは馬車へ乗り込む前に、俺の顔を見た。

 

「そうだ。帰ったら、君の好きな本屋へ寄れるように時間を作ろうか」

 

「……このところ、本を開く時間もあまりありませんでしたね」

 

「私もだ。帰ったら、一度くらいは仕事以外の話をしたい」

 

「それはぜひ。殿下が珍しく、先におっしゃいましたね」

 

「珍しく、は余計かな」

 

 馬車の扉が閉まり、騎士たちが動き出した。俺は曲がり角へ消えていく車体を見送る。

 

 見慣れた顔が見えなくなったところで、背後からマルタに呼ばれた。

 

「セレスティア様。午後の診察について、少しよろしいですか」

 

「はい。すぐに参ります」

 

 俺もまだ仕事がある。

 

 レストの方は、王都に着いたらまた山ほど仕事があるんだろうな。せめて馬車の中くらい、寝ていればいいのに。

 

◇

 

 レストがいなくなっても、村では同じように朝が来る。

 

 具合の悪い人を診て、薬の残りを調べ、避難所へ移った患者の通院方法を相談する。最初の頃に比べて怪我人は減ったが、今度は「いつ家へ帰れるか」という相談が増えた。

 

「窓を開けて、せめて布団だけでも干したいんだけどねえ」

 

 先日、肋骨を治した女性が言う。寝台へ腰掛けたまま、膝に置いた手で掛け布を何度も撫でていた。

 

「川沿いのお家でしたね。床下まで水が入ったと伺っています。まずは建物を見てもらいましょう」

 

 マルタが答える。

 

「そんなことをしている間に、何もかもかびてしまうよ」

 

「お気持ちは分かります。でも、咳をするたび胸を押さえておられるでしょう。今は休んでください」

 

 女性は渋々頷いた。

 

 分かる。自分の家のことだ。人に頼むより自分で確かめたいだろう。……もっとも、この人はさっきから立ち上がるたびにマルタに睨まれている。こう続くと、俺も止める側に回る。

 

「お布団のことは、避難所の担当の方に相談してみますね」

 

「聖女様が持ってきてくれるのかい?」

 

「いえ、私が干すわけでは……。できる方にお願いできないか、聞いてみます」

 

 危ない。俺が運びに行く話になるところだった。

 

 マルタが横から咳払いをする。

 

「セレスティア様には、このあとも治癒の予定がございますから」

 

「……承知しております」

 

 患者が笑った。

 

 助けたいのは本当だ。でも俺が一枚ずつ布団を運んでいたら、救護院の馬車で来た意味がなくなる。分かっているんだけどなあ。

 

 昼食の時、例の若い記録係にその話をした。

 

「よくありますよ。昨日なんて、鍵を取りに戻ると言い張った方が二人。まだ立入禁止だとお伝えしているのに」

 

「鍵、ですか」

 

「戸締まりが気になって眠れないんですって。私も気持ちは分かるので、困りました」

 

 記録係は汁物を吹き冷まして口に運んだ。机の隅には、避難先の変更を記した紙が積まれている。

 

 この人も随分忙しそうだ。患者の居場所に、毛布の数に、今度は家の鍵まで。

 

「そういえば、通りの菓子店が明日から開けるそうですよ」

 

「お菓子のお店が?」

 

「ええ。棚を直しながららしいですが。お店が開けば、皆さんも少しは気が晴れるでしょう」

 

 その言葉より先に、頭に浮かんだものがある。

 

 黄金色の髪と、菓子の皿を前にして妙に慎重になる男の顔だ。

 

 ……いや、菓子の話をされたんだから、甘党の知り合いを思い出してもおかしくない。

 

 レスト、今頃は馬車の中か。ちゃんと食事は取っているんだろうな。菓子だけで済ませていないだろうな。

 

「聖女様も甘い物がお好きですか」

 

「ええ。時々いただきます」

 

「でしたらぜひ。最初のお客さんになってあげてください」

 

「そうですね。休憩の時間に伺えたら」

 

 俺も焼き菓子は好きだ。

 

 別に、土産を買うためとは限らない。……買ってもいいけど。

 

◇

 

 二十五日。

 朝から少しだけ青空が見えた。

 

 泥の残る庭先に洗った布が干され、壊れた柵のそばには新しい板が積まれている。復旧したと呼ぶには早い。それでも、村の人たちは昨日より一つ多く仕事を片付けようとしていた。

 

 その中に、見覚えのある靴下が並んでいた。俺のだ。十三組あっても、泥の中では一組も余らなかった。

 後で「ありがとう」って言っておかないとな。

 

 昼過ぎ、マルタに休憩を命じられた。

 

「昨日も遅くまで記録を読んでいらしたでしょう。今日こそお休みください」

 

「まだ診る方が……」

 

「次の方は夕方です。今ここにいらしても、診察は早まりませんよ」

 

 ……その言い方はずるい。

 

 護衛の騎士に道の様子を確認してもらい、一人についてきてもらった。

 菓子店は集会所から歩ける距離にある。表の戸は開いていたが、店主らしい男性が木槌を持って棚と格闘していた。

 

「こんにちは。もう、お買い物はできますか」

 

「これは、これは……聖女様。半分だけ、というところです」

 

 店主は木槌を下ろし、奥の台へ手を伸ばした。

 

「ここに並べた物でしたら、お売りできます。棚は、明日にはどうにかなるはずです」

 

 台の上には、蜂蜜と木の実を練り込んだ焼き菓子がいくつか並んでいた。温かい甘い匂いに、焼いた木の実の香ばしさが混ざっている。

 

 ……こんな匂いを嗅いだのは、村へ来てから初めてかもしれない。

 

「こちらは、どのくらい日持ちしますか」

 

「硬く焼けば一週間ほど。ただ、湿気だけは気をつけてください。今日のは、少し柔らかいんです」

 

「王都へのお土産にしたいのですが、硬めの物をお願いできますか」

 

「できますとも。明日、まとめて焼きましょう」

 

 よかった。それなら帰るまで保つ。

 

 いや、まずは味だな。食わずにレストへ渡して、俺だけ知らないのも癪だ。

 

「今日の分を、一ついただけますか」

 

「どうぞ」

 

 買った菓子を割ると、硬そうな見た目に反してほろりと崩れた。蜂蜜の甘さのあとに、炒った木の実の味が残る。

 

 ……美味い。

 

 これ、あいつ絶対好きだろ。

 

 菓子を口へ運ぶレストを想像して、つい笑いそうになった。初めは遠慮して一つ取る。そのうち俺の皿を見て、余っていないか確かめる。八年も見ていれば手に取るように分かる。

 

「いかがです?」

 

「とても美味しいです。明日の分を、少し多めにお願いしてもよろしいでしょうか」

 

「もちろん。ご家族へのお土産ですか」

 

「家族にも。それから、甘い物に目がない方がいまして」

 

「そりゃ、蜂蜜を惜しめませんね」

 

 店主が愉快そうに笑った。

 

「店が開けられて、よかったです。娘に、もう休んだらどうかと何度も言われていたんですがね」

 

「お店は大丈夫だったのですか」

 

「床は濡れましたが、窯は無事でした。明日の分を焼けるなら、まだ店を閉めるわけにはいかんでしょう」

 

 店主は直しかけの棚を見た。傷のついた木板に、新しい釘が打ってある。

 

 俺が治せるのは怪我だ。棚は直せないし、この店の菓子も作れない。

 

 でも、買うことはできる。

 

「では、私の分も一つ増やしてください」

 

「おや。明日まで待てますか」

 

「……一日くらいは」

 

 笑われてしまった。

 

 違うぞ。俺はレストほど甘党じゃない。念のために言っておく。誰にだ。

 

◇

 

 二十六日の午後。

 同じ護衛についてもらい、菓子を受け取りに行った。

 

 店の棚はまだ少し傾いていたが、昨日より品が増えている。店主は包みを丈夫な紙で二重にし、さらに小箱へ入れてくれた。

 

「硬く焼いたから、一週間ほどは大丈夫ですよ。雨に当てないようにだけ注意してください」

 

「ありがとうございます。帰るまで大事にいたします」

 

「またお越しください。次は棚も真っ直ぐになっているはずです」

 

「ふふ。楽しみにしております」

 

 村から王都まで、道が直っても気軽に菓子を買いに来られる距離じゃない。けれど、またここで店が開いていると思えるのは嬉しかった。

 

 箱は馬車に積む荷のうち、濡れにくい場所へ預けた。うっかり潰されたら困る。特にレストの分は。

 

 ……いや、俺の分も困るけどな。

 

 レストは今日あたり王都に着いているはずだ。帰った途端、休まず仕事を詰め込んでいないだろうか。

 あいつ、俺には無理をするなと言うくせに、自分のことになると少し甘いからな。

 

 甘いのは菓子だけにしてほしい。

 

 その夜は、明日の診察予定を確かめてから早めに寝た。

 

 レストに渡すのは帰ってからでいい。本屋へ行く約束もある。次に会う時、菓子を渡してやろう。

 

 そんな当たり前のことを考えながら眠った。

 

◇

 

 二十七日の朝。

 

 診察が始まってすぐ、救護の受付で最初の患者の名前を確かめていると、地方行政庁の職員が訪ねてきた。

 

「聖女様。王都から、ご本人宛てのお知らせが届いております」

 

「……王都から?」

 

「行政庁に《伝信晶》で届いた知らせを、封書にしてお持ちしました。ご本人に直接お渡しするよう言われております」

 

 思わず紙から顔を上げた。

 

 王都から、俺へ。

 何だ。実家で何かあったのか。父か、母か。テオとアルは――。

 

「マルタ様、少し失礼いたします」

 

「ええ。こちらは任せてください」

 

 集会所の奥の記録室で、職員が封書を差し出した。

 

 封筒には、俺の名前が記されていた。

 

「中身については、私どもも伺っておりません。お返事が必要でしたら、お声がけください」

 

「ありがとうございます」

 

 職員が出ていき、扉が閉まった。

 

 封を切る。たった一枚の紙だった。

 

『王都にて、王太子殿下が襲撃を受けられました。

 現在、詳しい状況を確認中。

 襲撃の目的が判明していないため、聖女様にも危険が及ぶおそれがあります。

 警護を厚くしたうえで、王都へお戻りください。

 帰路の手配は、現地の護衛にも伝えてあります』

 

「……襲、撃?」

 

 誰もいない部屋で、声だけが落ちた。

 

 襲撃って、何だよ。

 

 レストが? 王都で?

 

 紙をひっくり返した。裏には何もない。

 

 おい。待てよ。怪我をしたとも、無事だとも書いてないじゃないか。

 

 三日前、馬車に乗る前に、本屋へ行こうと言っていた。いつもと同じ顔で笑って、また王都で、と。

 

 だから俺も、また王都で、と。

 

 ……確認しないと。

 

『殿下はご無事でしょうか。お怪我の程度は。分かり次第、至急お知らせください』

 

 紙を折って封じ、職員を呼んで預けた。

 

「急ぎで、お願いいたします」

 

「承知しました。すぐに行政庁へ戻る伝令に託します」

 

 礼をした。職員が出ていく。

 

 何かしていないと、頭の中が勝手に最悪のところへ行ってしまう。

 

 レストなら剣を使える。護衛もいる。だから大丈夫だろ。そうだろ?

 

 でも、無事なら無事だと、どうして書いていない。

 

 さっきまで考えていた明日の患者の名前が、一つも思い出せなくなった。

 

 封書は、俺の手の中に残っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

幼馴染の勇者を庇って女になったボク、見た目が勇者の好みど真ん中らしい(作者:本郷カキツバタ)(オリジナル:ファンタジー/恋愛)

魔王との最終決戦。▼勇者カイルへ放たれた最後の一撃を、幼馴染の魔法使いリオは術式を書き換え、自分へ逸らした。▼魔王は倒れた。▼カイルも生き残った。▼――けれど、リオは魔王の魔法の影響で女になった。▼身体は健康。▼記憶も人格も男性だった頃のまま。▼けれど、元の身体へ戻る方法はない。▼ならば今の身体に慣れて、魔法使いとして戦後を生きていけばいい。▼リオ自身は、そ…


総合評価:235/評価:8.2/完結:30話/更新日時:2026年10月19日(月) 18:00 小説情報

終生のライバルに負けたオレ。女になってそいつの嫁になりました ~死んだことになった元公爵令息と、救国の英雄の辺境新婚生活~(作者:APP3)(オリジナル:ファンタジー/恋愛)

 ルシアン・アルヴェイン・ド・レグリアは、天才であり、クズである。▼ 公爵家の嫡男として生まれ、類稀なる魔法の才を持ち、幼い頃から誰もが自分に従うことを当然と思っていた。▼ そんなルシアンが、生まれて初めて敗北した相手。▼ それが、剣の天才──カイルだった。▼「覚えとけよ! 次は必ずオレが勝つ!!」▼ 何度負けても挑み続けるルシアンと、それを迎え撃つカイル。…


総合評価:644/評価:8.75/連載:24話/更新日時:2026年10月19日(月) 07:13 小説情報

TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います(作者:Fiomia)(オリジナル:ファンタジー/恋愛)

伯爵令嬢ロザモリアには、地球でシステムエンジニアとして働いていた前世の記憶がある。▼そして何より、前世は男だった。▼五歳のとき、大病をきっかけに前世を思い出した彼女は、「男性とは結婚したくない」と考えるようになる。しかし貴族令嬢である以上、いずれ結婚は避けられない。▼ならば、魔法研究者として自立しよう。▼そう決意したロザモリアは、魔法と錬金術を学び、国内最高…


総合評価:65/評価:-.--/完結:60話/更新日時:2026年09月24日(木) 07:00 小説情報

主人公に全てを託して死ぬタイプのヒロインにTS転生したっぽいし、きっちり役割を果たすぞ!(作者:匿名退場予定)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

いい感じのところで主人公に未来を託して死ぬヒロインにTSしちゃった▼でも、原作再現とかできるなら楽しくね?▼だから死ぬまでの余生を楽しむぞ!▼……なんかいきなり主人公くんと仲がいい状態から物語がスタートしちゃったけど、まあいっか▼そんな話


総合評価:2233/評価:8.69/連載:23話/更新日時:2026年11月05日(木) 07:05 小説情報

TS娘と情緒をぐちゃぐちゃにされる相棒(作者:べべべたろう)(オリジナル:ファンタジー/恋愛)

▼なお、TS娘本人の情緒もぐちゃぐちゃな模様。▼【ちゃんとしたあらすじ】▼その日、冒険者ニコは女になった。物理的に。▼冒険者としての相棒兼幼馴染で親友のカイは無類の女好きである。ニコは当然、貞操の危機を覚えずにいられなかった。▼が、予想に反してカイはニコに手を出さなかった。なぜなら、奴はTSしたニコによって情緒をぐちゃぐちゃにされていたからである。▼*後天T…


総合評価:1282/評価:8.83/完結:15話/更新日時:2026年09月07日(月) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>