俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!   作:本郷カキツバタ

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第二十一話 約束の続きは、本屋で

 七月三十一日。

 俺は、昨夜から机に置いていた小箱を、侍女と一緒に包み直していた。

 

 蜂蜜と木の実の焼き菓子は、割れずに残っている。家族の分とは分けておいた。今日はこれを持って、レストのところへ行くつもりだ。

 

「こちらを、殿下へお届けするのですね」

 

「ええ。私が持っていきたいのだけれど、殿下のご都合を確かめていただける?」

 

 明日、届けさせる。

 そう言ったのは俺だが、使いの者に任せる気はなかった。箱を包む前に、つい中身も覗いてしまった。

 

 侍女が紙の端を折り、紐を掛けた。俺はその箱を見ながら、菓子を楽しみにしていると言ったレストの顔を思い出した。

 頬には、もう傷もない。昨日、何度も確かめた。

 

 ……今日も、普通に笑っているんだろうな。

 

 侍女は結びかけた紐を押さえて、顔を上げた。

 

「では、ご返事があるまで、こちらに置いておきますね」

 

 俺は頷いて、机の端を空けた。

 約束を守るついでに、顔を見てこよう。菓子を受け取ったレストがどんな顔をするか、使いの者の報告で聞くより、自分で見たい。

 

 王宮からは、昼前なら時間を取れると返事が来た。

 俺は小箱を持って馬車へ乗った。

 馬車の前後には、王宮から付けられた護衛が、村へ行く前より二人多く並んでいた。

 客間へ通される前に、廊下で二度、名前と用件を確かめられた。扉の前に立つ騎士も、いつもより一人多い。

 

◇

 

「お待たせしました。昨日お話しした、お土産です」

 

 王宮の客間で箱を差し出すと、レストは俺と箱を交互に見た。

 

「君が持ってきてくれたんだね。ありがとう」

 

「お口に合うとよいのですが」

 

 侍従が茶を用意し、菓子を皿へ移してくれた。

 レストがしばらく二人で話すと伝えると、侍従は給仕を終えて下がった。扉が閉まり、廊下の足音が遠ざかってから、俺も椅子へ深く座り直す。

 

「……お前、箱を見た時から嬉しそうだな」

 

「君が来てくれたことも嬉しいよ」

 

「昨日も来たんだけど」

 

「昨日は土産がなかったよ?」

 

「やっぱり菓子じゃねえか!」

 

 レストが笑った。

 今日は俺も、すぐ笑えた。

 

 最初の一つを食べると、レストは皿を見直した。

 

「これは、美味しいね」

 

「だろ。ちゃんと味見してから買ったんだぞ」

 

「蜂蜜がたっぷり入っている」

 

「お前の分は惜しまないって、店の人が言ってた」

 

「……私の分?」

 

「甘いものが好きなやつへの土産だって話したら、そう言ってくれたんだよ」

 

 レストはもう一つ取り、今度は半分に割った。断面に埋まった木の実を見てから食べる。

 真面目な顔で眺めても、さっきの笑顔を見たあとでは、そんなに格好はつかないぞ。

 

「君の分も、あるのかな?」

 

「家に残してある。こっちは、お前の分だ」

 

「では、遠慮なく」

 

「今、全部食うなよ」

 

「まだ二つ目だ」

 

 もう二つ目だ、とは言わなかった。

 村で想像したとおりの顔を見られて、満足してしまっていた。

 

「店は、もう開けられていたんだね」

 

「棚は傾いてた。でも、窯が無事だったからって。帰る前には、菓子も増えてたよ」

 

「そうか。次に報告を受ける時は、店の再開のことも聞いてみよう」

 

 レストは残りの半分を食べた。

 

 俺も茶を飲み、王都へ戻ってからの話をする。まだ旅荷を全部片付けていないと言うと、今日出かけてきてよかったのかと聞かれた。

 

「急いで片付けなきゃいけないものは、昨日済ませた。今日は本でも読もうと思ってたんだ」

 

「それなら、本屋の約束はどうする?」

 

 村を発つ前に、レストが言い出した約束だ。

 俺も、すぐに頷いた。

 

「行きたい。お前は、いつ空いてる?」

 

「今日は午後に空きがある。このあと一つ面談を済ませれば、次まで時間を取れるよ」

 

「じゃあ、今日行こうぜ」

 

 返事をしてから、小箱を見た。

 菓子を渡しに来ただけのはずが、もう一緒に出かける話になっている。

 

 最初から、それをしに来たみたいじゃないか。

 ……まあ、本屋へ行きたいのは本当だ。約束もしていた。

 

「ただ、先に警護の者と相談しよう。外出の予定は入れていなかったからね」

 

 俺は頷いた。

 襲撃から、まだ一週間も経っていない。帽子をかぶったら自由に歩ける、というわけにはいかない。

 

◇

 

 レストが面談へ向かう間、俺は控えの部屋で昼食を用意してもらった。

 午後、王宮の警護担当が来た。何度か顔を見たことのある、年嵩の騎士だ。

 

「殿下。率直に申し上げます。本来であれば、外出はひと月ほどお控えいただきたいところです」

 

「分かっている。無理を言っているのは私だ」

 

「ただ、殿下が急に表へお出にならなくなれば、何かあったと勘づく者も出ます。事件を伏せておく以上、普段どおりのお姿を見せることにも意味はございます」

 

 騎士は手元の紙を広げた。

 

「行き先は書店のみ。馬車は店の裏手へ着けます。店には先に私どもの者を入れ、客として棚の間に立たせます。お戻りは、お伝えした時刻までに。一つでも守れなければ、その場でお連れ戻しいたします」

 

「ああ。全部守るよ」

 

「セレスティア様も、殿下のお隣を離れないでください。私どもの者が近づいても、声はおかけにならないように」

 

「承知いたしました」

 

 騎士が店と通りを確かめに出て、戻ってきてから、俺たちは支度を始めた。

 

 帽子の下へ髪を収めていると、レストが自分の帽子を持ってきた。

 

「では、レスティ。支度はできた?」

 

「ええ、アレス。今日は、お名前を間違えないでくださいね」

 

「君にも頼むよ」

 

 俺は帽子のつばを直し、にこやかに頷いた。

 それ、先にレストって呼びそうなのは俺だと言いたいのか。……いつも言われるな。

 支度を済ませ、護衛とともに馬車へ乗った。

 

◇

 

 書店の扉を開けると、紙と革の匂いがした。

 棚の間に、客が三人いた。そのうち二人は、さっき王宮の廊下で見た顔だ。入口と裏口にも、帽子を深くかぶった男が一人ずつ立っている。

 

 片方は、さっきから同じ頁を開いたまま、一度もめくっていない。……客のふりが下手すぎるだろ。王宮の騎士がそれでいいのか。

 

「いらっしゃいませ。お探しの本はございますか?」

 

「今日は、見てから選びたいと思いまして」

 

 俺が答えると、店主は会釈して、別の客の会計へ戻った。

 そのまま旅行記が並ぶ棚へ向かおうとした俺の横で、レストが足を止める。

 

「外国の衣装の図案集は、どちらに?」

 

「奥の棚にございます。舞台衣装を集めたものもありますが」

 

「両方、拝見しても?」

 

 意外なものを探している。

 店主に教えられた棚へ一緒に進み、俺はレストの手元を覗いた。

 

「アレス、衣装にご興味が?」

 

「この前、妹に頼まれてね。外国の布や服について、参考になる本を探してほしいと」

 

「では、こちらはどうでしょう。模様が大きく載っています」

 

 隣の本を抜き、台の上で開いた。

 服の全体図の横に、袖や裾の柄を描いた図がある。レストも自分の本を並べた。

 

「こちらは色がきれいだが、舞台用の衣装ばかりだね」

 

「普段の装いとは、分けて見たほうがよさそうです。ほら、こちらの袖。大きく広がるでしょう?」

 

「妹は、そちらも喜びそうだ」

 

「ええ。以前も、袖の形についてずいぶん熱心にお話しくださいました」

 

「模様を真似するだけではつまらない、とも言っていたよ。どこに使われているか知りたいらしい」

 

 俺は図の下の説明を読んだ。布の使われ方と、舞台向けに変えた箇所が、別々に記されている。

 

「こちらなら、比べられますね」

 

「それなら、こちらにしよう。帰ってから妹にも見比べてもらいたいね」

 

 俺も気になる図をもう一つ見て、本を閉じた。

 

「妹君に、よろしくお伝えください。またお話を伺いたいです」

 

「ありがとう。喜ぶと思うよ」

 

 図案集が決まったので、今度こそ俺の本を選びに行く。

 最近、本を買っても読む時間がなかった。今日は、ゆっくり……はできないが、せめて中を見てから買いたい。

 

◇

 

「そっちの本も気になっているのかな?」

 

 レストが隣から覗き込んだ。

 旅先の食べ物や宿の話を集めた旅行記を、一冊開いているところだった。

 

「ええ。食べ物の話が多いそうなので」

 

「それは、私にも貸してほしいな」

 

「まだ、買うと決めておりませんよ」

 

「決まったら、ぜひ」

 

 返事が早いな、おい。菓子の箱を開けるより先に喜ぶ男が、今度は買う前の本まで楽しみにしている。

 

 開いた頁には、宿の台所の絵があった。大鍋の横で女将が包丁を握り、旅人が山盛りの玉ねぎを前に座っている。手帳にも、床にも、剥いた皮が落ちていた。

 

「煮込みの作り方を教わったそうです。お手伝いをするのが条件で」

 

「それで、玉ねぎを?」

 

「ええ。『女将は親切にも、皮の剥き方から教えてくれた。私の覚えが悪いと思ったのか、三籠も復習させてくれた』」

 

 そこまで読み、俺は挿絵を見直した。手帳が邪魔なのか、旅人は膝の上まで使って皮を溜めている。

 習うのをやめていいとは言われなかったらしい。

 

「女将のほうは、ずいぶん助かっただろうね」

 

「こちらの方も、よく覚えられたでしょうね。……あら、皮を剥くのにかかった時間まで書いてあります」

 

 肉の量、玉ねぎの大きさ、鍋の絵。手帳を写した図では、隅へ寄るほど字が小さく、記録も細かくなっている。

 ところが、味見の記録は急に大きい。

 

『肉は匙でほどける。玉ねぎは形を失って、甘くなった。汁はパンで拭うとよい。女将に鍋を洗う手間をかけずに済む』

 

「……この方、食べたいだけではありませんか」

 

「鍋洗いまで手伝う気になったのかもしれない」

 

「パンで、ですか?」

 

 レストが真面目な顔で頷くので、俺は声を抑えて笑った。

 本文では、一口目で味が分かるとは限らないと著者が主張している。味を覚えなければ料理はできない、という女将の言葉も、律儀に書き添えてあった。

 

「随分、熱心な取材ですね」

 

「レスティも、その煮込みを食べてみたくはない?」

 

「……いただきたいです。玉ねぎを三籠剥く前に、ですが」

 

 挿絵の旅人は、ちゃんと宿へ泊まっているのに、台所で日が暮れている。

 俺は次の頁へ伸びかけた指を止めた。熱心に書き留めたこの人が、本当に料理を覚えたかは、買ってから読もう。

 

 俺がぱらぱらと続きを見ている間に、レストは隣の棚へ移った。

 しばらくして戻ると、図案集の上に別の本が載っている。

 

「そちらは?」

 

「町で出会った人たちの話だよ。この著者は、祭りの旗を拾ってしまったらしい」

 

 俺は自分の本を台に置き、隣から覗いた。

 

『旗を拾った。礼を言われた。ここまでなら、よい一日だった』

 

 少し持っていてくれと頼まれたところで太鼓が鳴り、後ろに行列ができたそうだ。

 挿絵では、旗を持った旅人が胸を張っている。その顔だけなら立派だが、足は二本とも、背後の御者が示すほうを向いていた。

 

「御者が、代わろうかと聞いたらしいね。ここに、返事がある」

 

『私は「このくらい、任せておけ」と答えた。このくらいが町一周だと知ったのは、門が見えなくなってからだった』

 

「……先に伺えばよかったですね」

 

「続きもあるよ。『私は確かに先頭だった。ただし、曲がり角では御者を先に行かせた』」

 

 それはもう、先頭を譲ってるだろ。

 俺が挿絵の足元を示すと、レストも口元を押さえた。

 

 笑いをこらえてから、書店で立ち読みを続けている自分たちに気づいた。

 俺もレストも、まだ買う本を選んでいる最中だった。

 

「では、そちらをお読みになったら、貸してください」

 

「君の本と交換しようか」

 

「ええ。まずは、私が読むまでお待ちくださいね」

 

 選んだ一冊を抱えて棚へ戻る。気になっていた別の旅行記も見つけた。

 こちらは挿絵が多く、旅先の景色もよく分かる。

 

「アレス。私のほうが、先に選び終わりそうです」

 

「では、私もあと一冊だけ」

 

 レストが離れたあと、隣にあった短い話の本へ手を伸ばした。

 旅行記の二冊目は戻すつもりだったが、比べてみるとどっちも気になるな……。

 気がつけば、短い話の本がもう一冊、俺の手の中に収まっていた。

 

 戻ってきたレストは、俺の腕を見た。

 

「……先に選び終わるのでは?」

 

「……選んでいる最中です」

 

「増えているように見えるが?」

 

「私のせいではありません。並べ方が悪いんです」

 

 興味を引く本を、取った本の隣へ置かないでほしい。

 レストは俺の抱えた本から一冊取り、表紙を確かめた。

 

「本棚に抗議する前に、読める分を選ぼうか」

 

「ちゃんと読めます」

 

「それなら、私も待つことになるね」

 

「貸してほしいとおっしゃったのは、最初の一冊でしょう?」

 

「今は、こちらも気になっているよ」

 

 人の本まで増やすな。

 ……俺も、レストの持っている本が気になるんだが。

 

 護衛がそばへ来て、帰る時刻が近いと知らせてくれた。

 迷っていた本を一冊だけ棚へ戻し、買う分を会計台へ運ぶ。

 結局、先に選び終えたのがどちらかは、決まらなかった。

 

◇

 

 店主が本を包んでいる間、レストと次に読む順番を相談した。

 俺が旅行記から読むと言うと、自分も旅の記録を先にすると答える。

 

「また来よう。今度は、読んだ本の感想も聞かせて」

 

 店を出たところで、レストが言った。

 

「ええ。そちらのお話も、楽しみにしております」

 

 俺は頷いた。

 帰る時刻が来たのに、まだ話したいことが残っている。

 

 「また」がある。

 今日は、その言葉を聞くだけで嬉しかった。

 

 王宮へ戻る馬車で、買った本の包みを膝に載せた。

 明日はこれを読み始めよう。読み終えたら、レストに貸す。

 その時には、借りる本の感想も聞けるだろう。

 

 読む時間ばかり気にしていたのに、今は読み終わったあとのことが楽しみになっていた。

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