俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!   作:本郷カキツバタ

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第五話 庶民的すぎる令嬢になろう

「姉上! 列の最後尾は、こちらです!」

 

 肩越しに声をかけてきたのは、アルフレッド・レーヴェル。十三歳の末弟で、家ではアルと呼んでいる。

 

「ええ。分かっているわ」

 

 俺はパンの屋台に並んだ。

 

 昨日は金遣いで失敗した。

 今日は、別のところを崩す。

 

 民と話すくらいなら王族だってやる。それでも、王家の顔としての格式は保つ。なら今日は、「公爵令嬢に話しかけてる」って意識されなくなるところまで崩してやろう。

 

 護衛が俺へ声をかけた。

 

「お嬢様。お品はこちらで求めてまいりますので」

 

「今日は、私が選びたいの。こちらで待ってもよろしいかしら」

 

 護衛は列のそばに立ち、通りへ目を向けた。

 

 アルが目を輝かせて屋台の看板を覗き込む。

 

「この先に、串焼きのお店もあるんです」

 

「お昼の前に、食べすぎてはいけませんよ」

 

「分ければ大丈夫です」

 

 俺を食い物の頭数に入れるのが早い。

 せめて、俺にも食うかどうか聞きなさい。

 

◇

 

 前にいた女性が、俺たちへ順番を譲ろうとした。

 

「こちらへ、どうぞ」

 

「ありがとうございます。でも、皆さんと同じ順番で結構です」

 

 女性は一度屋台を見て、困ったように笑う。

 

「でしたら……お好きなものは、まだ残っていますかね」

 

「何がお勧めでしょう?」

 

「私は、干した果物入りのパンを買います。孫が好きなので」

 

「あら。では、私もそちらを」

 

 話している間に、列は進んだ。

 店主が俺へ礼をしかけたところで、注文を伝える。

 

「果物入りのパンを、いただけますか」

 

「はい。おいくつでしょうか?」

 

「一つお願いいたします」

 

「承知しました」

 

 代金を支払って受け取る。これは後で食べよう。

 

 侍女が手を出してくれたが、首を振る。

 

「このくらいは、自分で持つわ」

 

 次は、別のパンの屋台に並んだ。

 

 俺たちの番になると、横からアルの手が伸びた。

 

「こちらは、何が入っているのですか?」

 

「肉と香辛料です。辛いものがお好きでしたら」

 

 アルが俺を見る。

 いいことを思いついた顔だ。

 

「殿下へのお土産は、こちらにしませんか。果物入りのと、同じように包んでいただいて」

 

「いけませんよ。中身を黙って差し上げるつもりでしょう」

 

「殿下は、平気だっておっしゃいますし」

 

「そうおっしゃる時ほど、先に確かめるのですよ」

 

 辛いパンを食べたレストが、王太子の顔で涙を堪えるところまで見えた。

 

 見たい。俺も見たい。

 でも、そのために本人の舌を犠牲にするな。かわいそうだろ。

 

「では、僕の分に」

 

「小さいものにしましょうね。串焼きも食べるのでしょう?」

 

 店主が笑いながら、小さいものを選んで包む。

 代金を払い、俺は包みを受け取った。

 

 通りの端へ寄り、二種類のパンを半分ずつに分けた。

 アルは受け取った二つを見比べている。

 

「姉上、辛いほうはいかがですか?」

 

「では、一口いただこうかしら」

 

 包みの端に載せて、二人で食べた。

 

 美味い。

 肉の旨味が先に来て、あとから舌がひりつく。俺はもう一口なら平気だ。でも、レストが平気だと言ったら、嘘だな。

 

「姉上、果物入りのも残してくださいね」

 

「ええ、分かっているわ」

 

「今、同じところをもう一口召し上がろうとなさいました」

 

 俺は包みを畳んだ。

 言い返せないところを見られた。

 

「そちらも美味しいんですよね。うちの孫には、まだ辛すぎますけど」

 

 さっき順番を譲ろうとしてくれた女性が、同じパンの包みを持って話しかけてきた。

 

「私の弟には、ちょうどよいようです」

 

「もっと辛くても食べられます」

 

 張り合わなくてよろしい。

 

 女性は笑って、この先にある美味しい串焼きの屋台を教えてくれた。

 俺が場所を聞いている間に、アルが袖を引く。

 

「姉上。今日は何かの練習ですか?」

 

「……何の?」

 

「いつもなら、食べるところは先に決めていらっしゃるので」

 

「今日は、歩きながら探してみたかったの」

 

「では、次は僕が決めてもいいですか?」

 

「ええ。お願いします」

 

 アルはすぐに串焼きの屋台を目指した。

 元気なやつだ。全く。

 

◇

 

 串焼き屋に行く途中で、泣いている子供を見つけた。

 

 俺は包みをアルに渡し、しゃがむ。

 

「大丈夫ですか? お名前を教えてくれますか?」

 

 聞けば、母親を見失ったらしい。迷子か。人も多いから仕方ない。

 聞いた名を護衛に伝え、近くで探してもらう。

 

「もう大丈夫ですよ。ここで一緒に待ちましょう」

 

 見ると、膝を擦りむいていた。探し回るうちに転んだんだろう。

 手のひらを当てて、魔力を集める。淡い光になったそれを、傷へ少しだけ流す。テオやアルが庭で転ぶたびに、家でやってきたことだ。しゃくり上げる声が、だんだん小さくなった。

 

 母親は数分で戻ってきた。

 子供を引き渡して立つと、侍女が俺の裾を示す。

 

「お嬢様、こちらが汚れてしまって」

 

「ありがとう。悪いけれど、戻ってから汚れ落としをお願いね」

 

「かしこまりました。では、お屋敷に戻られてから用意させていただきます」

 

「ええ。よろしく」

 

 俺はアルから包みを受け取り、また歩き始めた。

 

 串焼きの屋台には、店の横に食べる場所があった。

 俺はそこでアルと並び、串を持って食べる。少しはしたないかもしれないが、まあいいだろう。

 

「姉上、もう一本、いかがですか?」

 

「帰ってからお昼をいただくのだから、これで十分ですよ」

 

「半分ずつなら」

 

「それは、さっき聞きました」

 

 店主が笑い、アルも笑った。

 笑ってごまかすところまで込みで、さっきと同じだ。

 

「まず、そちらを召し上がって」

 

「は~い」

 

 アルが食べ始めたところで、横にいた男性が、自分の子供にも「今のを食べてから」と言った。

 子供は不満そうに頷く。

 アルは聞こえなかったふりをしていた。

 

 俺は笑いを堪え、自分の串へ戻る。

 

「お嬢様、それがお好きでしたら、次は玉ねぎを挟んだものも」

 

 店主が焼いている串を示した。

 

「この後、焼き上がるのですか!?」

 

「はい。もうすぐですよ」

 

「……姉上」

 

 こういう時だけ上目遣いで甘えるな。

 

「アル、いけませんよ」

 

「まだ何も言っていません!」

 

 店主がまた笑った。

 

「では、次にいらした時に焼きたてをお出ししますよ」

 

「ええ。その際はぜひそちらをお願いします」

 

 返事をしてから、アルを見る。

 アルは満足そうに頷いていた。

 

 今ので次の外出まで確保するな。

 

◇

 

 帰り道、最初の屋台へ寄った。

 母とテオの分を買い足すと、店主は包みをアルへ渡す。

 

「お二人とも、またいらしてくださいね」

 

 パン屋の店主が、軽く頭を下げてから笑顔で手を振った。

 

 さっきの子供が、母親の隣から手を振った。

 俺は反射で手を振り返してしまった。

 

 ……あれ?

 

 待て。なんで俺、王太子妃失格になるどころか普通に好かれてるんだ?

 

「姉上。お疲れですか?」

 

「いいえ。ただ……随分、いろいろな方と話したわね」

 

「はい。殿下にもお話ししようと思います」

 

「何を?」

 

「姉上が、殿下のお土産に辛いパンを選ばせてくださらなかったことを」

 

「いけませんよ。余計なことを言って、あなたまで辛いものを食べる約束をするかもしれませんから」

 

 アルが笑う。

 俺も笑いかけて、やめた。

 

 馬車の前で、侍女が午後の予定を確かめた。

 数日後の報告会に向けて、慈善活動と公共事業の資料が届くという。

 

「資料は、先に見せてくださる?」

 

「かしこまりました」

 

 今度の席では、笑って頷くだけでは終わらせない。

 普段なら後で確認する細部まで、その場で全部聞いてやる。

 

 俺は馬車へ乗り込んだ。

 アルは、母へ持ち帰るパンの数を確かめている。

 

 好感度が上がったのは、気のせいじゃないんだろうなあ……。

 だったら次は、感じの悪い女になってやる。

 

 もう、立って串を食うくらいで済ませてたまるか。

 

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