俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ! 作:本郷カキツバタ
「姉上! 列の最後尾は、こちらです!」
肩越しに声をかけてきたのは、アルフレッド・レーヴェル。十三歳の末弟で、家ではアルと呼んでいる。
「ええ。分かっているわ」
俺はパンの屋台に並んだ。
昨日は金遣いで失敗した。
今日は、別のところを崩す。
民と話すくらいなら王族だってやる。それでも、王家の顔としての格式は保つ。なら今日は、「公爵令嬢に話しかけてる」って意識されなくなるところまで崩してやろう。
護衛が俺へ声をかけた。
「お嬢様。お品はこちらで求めてまいりますので」
「今日は、私が選びたいの。こちらで待ってもよろしいかしら」
護衛は列のそばに立ち、通りへ目を向けた。
アルが目を輝かせて屋台の看板を覗き込む。
「この先に、串焼きのお店もあるんです」
「お昼の前に、食べすぎてはいけませんよ」
「分ければ大丈夫です」
俺を食い物の頭数に入れるのが早い。
せめて、俺にも食うかどうか聞きなさい。
◇
前にいた女性が、俺たちへ順番を譲ろうとした。
「こちらへ、どうぞ」
「ありがとうございます。でも、皆さんと同じ順番で結構です」
女性は一度屋台を見て、困ったように笑う。
「でしたら……お好きなものは、まだ残っていますかね」
「何がお勧めでしょう?」
「私は、干した果物入りのパンを買います。孫が好きなので」
「あら。では、私もそちらを」
話している間に、列は進んだ。
店主が俺へ礼をしかけたところで、注文を伝える。
「果物入りのパンを、いただけますか」
「はい。おいくつでしょうか?」
「一つお願いいたします」
「承知しました」
代金を支払って受け取る。これは後で食べよう。
侍女が手を出してくれたが、首を振る。
「このくらいは、自分で持つわ」
次は、別のパンの屋台に並んだ。
俺たちの番になると、横からアルの手が伸びた。
「こちらは、何が入っているのですか?」
「肉と香辛料です。辛いものがお好きでしたら」
アルが俺を見る。
いいことを思いついた顔だ。
「殿下へのお土産は、こちらにしませんか。果物入りのと、同じように包んでいただいて」
「いけませんよ。中身を黙って差し上げるつもりでしょう」
「殿下は、平気だっておっしゃいますし」
「そうおっしゃる時ほど、先に確かめるのですよ」
辛いパンを食べたレストが、王太子の顔で涙を堪えるところまで見えた。
見たい。俺も見たい。
でも、そのために本人の舌を犠牲にするな。かわいそうだろ。
「では、僕の分に」
「小さいものにしましょうね。串焼きも食べるのでしょう?」
店主が笑いながら、小さいものを選んで包む。
代金を払い、俺は包みを受け取った。
通りの端へ寄り、二種類のパンを半分ずつに分けた。
アルは受け取った二つを見比べている。
「姉上、辛いほうはいかがですか?」
「では、一口いただこうかしら」
包みの端に載せて、二人で食べた。
美味い。
肉の旨味が先に来て、あとから舌がひりつく。俺はもう一口なら平気だ。でも、レストが平気だと言ったら、嘘だな。
「姉上、果物入りのも残してくださいね」
「ええ、分かっているわ」
「今、同じところをもう一口召し上がろうとなさいました」
俺は包みを畳んだ。
言い返せないところを見られた。
「そちらも美味しいんですよね。うちの孫には、まだ辛すぎますけど」
さっき順番を譲ろうとしてくれた女性が、同じパンの包みを持って話しかけてきた。
「私の弟には、ちょうどよいようです」
「もっと辛くても食べられます」
張り合わなくてよろしい。
女性は笑って、この先にある美味しい串焼きの屋台を教えてくれた。
俺が場所を聞いている間に、アルが袖を引く。
「姉上。今日は何かの練習ですか?」
「……何の?」
「いつもなら、食べるところは先に決めていらっしゃるので」
「今日は、歩きながら探してみたかったの」
「では、次は僕が決めてもいいですか?」
「ええ。お願いします」
アルはすぐに串焼きの屋台を目指した。
元気なやつだ。全く。
◇
串焼き屋に行く途中で、泣いている子供を見つけた。
俺は包みをアルに渡し、しゃがむ。
「大丈夫ですか? お名前を教えてくれますか?」
聞けば、母親を見失ったらしい。迷子か。人も多いから仕方ない。
聞いた名を護衛に伝え、近くで探してもらう。
「もう大丈夫ですよ。ここで一緒に待ちましょう」
見ると、膝を擦りむいていた。探し回るうちに転んだんだろう。
手のひらを当てて、魔力を集める。淡い光になったそれを、傷へ少しだけ流す。テオやアルが庭で転ぶたびに、家でやってきたことだ。しゃくり上げる声が、だんだん小さくなった。
母親は数分で戻ってきた。
子供を引き渡して立つと、侍女が俺の裾を示す。
「お嬢様、こちらが汚れてしまって」
「ありがとう。悪いけれど、戻ってから汚れ落としをお願いね」
「かしこまりました。では、お屋敷に戻られてから用意させていただきます」
「ええ。よろしく」
俺はアルから包みを受け取り、また歩き始めた。
串焼きの屋台には、店の横に食べる場所があった。
俺はそこでアルと並び、串を持って食べる。少しはしたないかもしれないが、まあいいだろう。
「姉上、もう一本、いかがですか?」
「帰ってからお昼をいただくのだから、これで十分ですよ」
「半分ずつなら」
「それは、さっき聞きました」
店主が笑い、アルも笑った。
笑ってごまかすところまで込みで、さっきと同じだ。
「まず、そちらを召し上がって」
「は~い」
アルが食べ始めたところで、横にいた男性が、自分の子供にも「今のを食べてから」と言った。
子供は不満そうに頷く。
アルは聞こえなかったふりをしていた。
俺は笑いを堪え、自分の串へ戻る。
「お嬢様、それがお好きでしたら、次は玉ねぎを挟んだものも」
店主が焼いている串を示した。
「この後、焼き上がるのですか!?」
「はい。もうすぐですよ」
「……姉上」
こういう時だけ上目遣いで甘えるな。
「アル、いけませんよ」
「まだ何も言っていません!」
店主がまた笑った。
「では、次にいらした時に焼きたてをお出ししますよ」
「ええ。その際はぜひそちらをお願いします」
返事をしてから、アルを見る。
アルは満足そうに頷いていた。
今ので次の外出まで確保するな。
◇
帰り道、最初の屋台へ寄った。
母とテオの分を買い足すと、店主は包みをアルへ渡す。
「お二人とも、またいらしてくださいね」
パン屋の店主が、軽く頭を下げてから笑顔で手を振った。
さっきの子供が、母親の隣から手を振った。
俺は反射で手を振り返してしまった。
……あれ?
待て。なんで俺、王太子妃失格になるどころか普通に好かれてるんだ?
「姉上。お疲れですか?」
「いいえ。ただ……随分、いろいろな方と話したわね」
「はい。殿下にもお話ししようと思います」
「何を?」
「姉上が、殿下のお土産に辛いパンを選ばせてくださらなかったことを」
「いけませんよ。余計なことを言って、あなたまで辛いものを食べる約束をするかもしれませんから」
アルが笑う。
俺も笑いかけて、やめた。
馬車の前で、侍女が午後の予定を確かめた。
数日後の報告会に向けて、慈善活動と公共事業の資料が届くという。
「資料は、先に見せてくださる?」
「かしこまりました」
今度の席では、笑って頷くだけでは終わらせない。
普段なら後で確認する細部まで、その場で全部聞いてやる。
俺は馬車へ乗り込んだ。
アルは、母へ持ち帰るパンの数を確かめている。
好感度が上がったのは、気のせいじゃないんだろうなあ……。
だったら次は、感じの悪い女になってやる。
もう、立って串を食うくらいで済ませてたまるか。