俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ! 作:本郷カキツバタ
「では、春の物資配分について――」
「その前に、冬の納入分について伺ってもよろしいでしょうか」
担当者が、めくった頁を戻した。
向かいの出資者は、配分案へ挟みかけた栞を抜く。
王都の救貧事業の報告会。出資している家の者が集まり、事務局の物資担当者から支出と今後の予定を聞いている。その隣には、事務局の責任者と会計係が並んでいた。
父の隣に座る俺も、毛布の手配に関わっていた。
今日の作戦は、感じの悪い女になることだ。
難癖をつけるつもりはない。いつもなら後で書面で尋ねる細部まで、その場で全部聞く。
正しい質問でも、今それを聞くか、というものはある。
仕事はできるが、同じ席には座りたくない。そこを目指そう。
……嫌な女になるまで細かい目標が要るのかよ。
「南の救貧所へ届ける毛布が、一週間遅れた理由を教えていただけますか?」
俺は穏やかに微笑んだ。
「救貧所の寝室の壁の補修が延びまして。新品の二十枚は、受け入れ先から連絡が来るまで倉庫で保管いたしました。同じ荷車で回る東の施設の分も、合わせてお待ちいただきました」
「では、届いたのは記載されている日付で間違いないのですね」
「はい。受領書の控えにも、同じ日付がございます」
担当者が、また配分案を開く。
「冬の間にお貸しして、戻ってきた毛布のうち、補修が必要なものは何枚でしょう?」
担当者の手が止まった。
「その内訳は、倉庫の帳面にございます。こちらには、回収した枚数と再配布できる枚数だけを」
「洗い終わった分と、補修待ちの分は、別に数えていらっしゃいますか?」
「はい。ただ、正確な枚数は帳面を見なければ」
担当者が隣の会計係へ、倉庫から帳面を持ってこられるか尋ねた。
向かいの出資者が、卓に置かれた時計を見る。
「先に配分案を伺えませんか。私は、午後の打ち合わせまでに返事をまとめたいのです」
「申し訳ありません。すぐにご説明いたします」
謝ったのは担当者だった。
俺が口を開く前に、父がこちらを向く。
「セレスティア。その内訳は、後で尋ねればよい」
「……承知いたしました」
叱られた。
そうだ。これだ。今日の俺は、ちゃんと面倒な女になっている。
ただ、担当者に謝らせたのはよくなかった。これは違う。俺が謝るところだ。
出資者と担当者へ、「申し訳ございません」と頭を下げた。
配分案の説明が再開する。
俺は質問を飲み込み、輸送費の頁へ目を戻した。
去年と今年で、配った毛布の総数はほぼ同じだ。
届け先も変わっていない。だが、費用は大きく増えている。
『南へ向かう街道の補修による迂回』
増額の理由は、欄外にそう書かれていた。
毛布の届け先別に支出を並べた一覧と、俺が手配の時に受け取った配送予定を見比べる。
東の施設へ二十枚。続いて南の救貧所へ二十枚。
同じ荷車で届ける予定になっていた。
ところが、一覧ではそれぞれに一便分の基本運賃がついていた。
一台の荷車で二か所を回っただけなのに、基本運賃を二回取られている。書類の上では、荷車が二台走ったことになっていた。
請求を一枚ずつ見れば、どちらも正しい額だ。二枚が同じ荷車の分だなんて、毛布を手配した本人でもなければ分からない。……その本人が、俺だった。
質問の仕方より、中身のほうが気になってきたぞ……?
配分案の説明が終わるのを待って、手を上げた。
「輸送費について、一点よろしいでしょうか」
父が時計を見た。
「今、判断する必要があることか?」
「このままの額を基準に、春の予算を決めてよいか分かりません」
会計係が、閉じかけた綴りを開いた。
「どちらの項目でしょう?」
俺は、東と南の二つの欄を示した。
「こちらの二件は、実際も一便だったのでしょうか?」
担当者が、配送予定の日付を見た。
「はい。この日は一台です。別便は出していません」
「では、基本運賃が二度載っているのは、届け先ごとの費用なのでしょうか?」
「一便ごとです。追加費用とは分けております」
一便ごと。なら、一便で二度取られている。
会計係が控えを繰り、二枚の請求書を机の中央へ置いた。
東の分にも、南の分にも、基本運賃がある。
「一覧の分け方ではなく、元の請求から二度載っているのですね」
「はい。この冬の請求を承認した監督側へは、先月から追加費用の内訳を照会しております。基本運賃の扱いについても説明を求め、契約と支払いの記録を照らし合わせます」
担当者は、照合に加わるため、午後の受け入れ先との打ち合わせを同僚へ頼めるか、事務局の責任者に尋ねた。
責任者は首を振った。
「あちらの予定は変えられません。まず、配送記録の所在だけ教えてください。照合は会計の者と私で進めます」
父が、請求書の承認印を確かめた。
「私の会計担当も出そう。承認した側の説明と、実際の記録を分けて調べたい」
「お願いします。支払い済みの分についても、契約変更がなかったか照会いたします」
春の予算のうち、輸送費だけは結論を持ち越すことになった。
ほかの配分を決めて会議を終えると、俺は席を立った。
質問する順番を考えてきたはずなのに、今、頭にあるのは請求書の金額だけだった。
◇
帰る前に、父と事務局の倉庫へ寄った。
届ける日を待つ新品の毛布と、洗浄・補修を待つ回収品は、別の棚に置かれていた。
倉庫係が手を拭き、配送の帳面を開いてくれる。
「この日なら、こちらです」
東で二十枚を降ろし、南で残りを降ろす。
出発と帰着の時間も、一便の記録として残っていた。
「原本はここに置き、会計へは月末に写しを送ります」
倉庫係の説明を聞いて、父は問題のあった日を指した。
「その日の分を、もう一度写してもらえるか。会計側にある写しとも比べよう」
「はい。届け先から返った受領書の控えも添えます」
倉庫係が、写すための紙を取りに行った。
父は俺と廊下へ出てから、口を開く。
「セレスティア、今日はどうした?」
「……何がでしょう?」
「納入日と回収品の内訳は、普段なら書面で済ませるだろう。担当者も、全部の帳面を会議へ持ってくるわけではない」
見られていた。
帳簿ばかり見て、娘の態度を見ていないと思っていたのに。
「……細かな点も、気になりまして」
「気になったことを聞くのはよい。ただ、相手の予定も考えなさい。今日のように判断に関わるものから聞けば、必要な時間も取りやすい」
「はい……。申し訳ありませんでした」
父は頷いたが、すぐには歩き出さなかった。
「婚礼の準備で、落ち着かないことがあるのか?」
今度は返事が遅れた。
「……まだ、分からないことが多いので」
「そう、だな……。私も、お前の気持ちを何もかも分かっているわけではない」
父が困ったように笑った。
いつも話をまとめるのが早い人なので、その返事は予想していなかった。
「だから、何でもその場で片付けようとしなくていい。今日、帰ってからの資料は私が見る。お前は休みなさい」
「輸送費のお答えだけは、私にも見せていただけますか?」
言ってから、俺は自分の口を恨んだ。
父は、さっきとは違う顔で笑う。
「ああ。分かった。そこまで聞いたのだから、結末も知りたいだろう」
「……はい」
倉庫係が戻ってきた。
俺は礼を言い、父に続いて馬車へ向かう。
質問の仕方については、ちゃんと注意された。
そのくせ自分から、輸送費の調査結果は知らせてほしいと頼んだ。
膝の上の配送予定をしまいかけて、東と南の欄をもう一度見る。
嫌われる算段はできてたはずなんだけどなあ……。