俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!   作:本郷カキツバタ

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第七話 だからそうじゃない!

 十日後、事務局から来た封書には、面談の候補日が入っていた。

 

 感じの悪い質問をしてしまった相手から、また来てほしいと言われる。

 嫌な予感はしたが、輸送費の答えを見ないで済ませる気にはなれなかった。

 

 父と会議室へ入ると、事務局の責任者が二枚の請求書を並べた。

 先日の控えではなく、商会から受け取った原本だ。

 

「契約の変更はありませんでした。基本運賃は一便につき一度です」

 

「では、こちらはやはり」

 

「二度支払っております。ほかにも、同じ荷車で複数の施設へ届けた日に、届け先ごとに基本運賃を請求されていました」

 

 会計係が配送記録の写しを重ねた。二枚の請求書は、同じ日の同じ荷車に対応している。

 

「迂回していない東の施設への請求にも、追加費用が計上されていました。商会へ、内訳と返還を求めています」

 

 俺は、自分が毛布を手配した日の記録を指した。

 

「品物は、どの施設にも届いていたのですね」

 

「はい。届けた枚数も、受け取った側の記録と一致しました」

 

 よかった、と先に思った。

 金の話が片付いたわけではない。それでも、俺が頼んだ毛布は必要な場所へ届いていた。

 

 父は請求書の承認印を見たまま、責任者へ尋ねる。

 

「請求を分けたのは、どこだ?」

 

「輸送を請け負ったベルク商会の担当部門です。届け先別に基本運賃を載せるよう指示した書面が、商会から提出されています」

 

 ベルク商会。今回の輸送業者だ。

 その請求を承認していたのは、事業の監督を引き受けたグラウゼン子爵家の担当者だった。

 

「承認する際に、契約と照らし合わせたのか。その回答は?」

 

「まだ、説明が揃っておりません。届いた返答では、事務局の支払係にも見落としがあったとされています」

 

 責任者は、子爵家側から来た書面を父へ渡した。

 『支払いに関わった事務局の職員も処分すべきだ』と求めている。

 

 添えられた名前を見て、俺は口を開いた。

 

「この方は、倉庫の記録を写していた方ですね」

 

「はい。配送の記録を、会計へ送る係です」

 

「その写しに、誤りがあったのでしょうか」

 

「ありません。原本とも一致しております。ただ、配送記録と請求を扱っていた事務局にも、気づく機会はあったはずです」

 

 俺はその行をもう一度読んだ。

 運んだ日と枚数を、言われたとおり写した人だ。

 請求額を決めることも、支払いを承認することもできない。

 

 待て。間違えたのは請求を書いた側で、見逃したのは判を押した側だろ。なんで、この人の名前まで並んでるんだ。

 

 今日は、また細かいことを嫌な言い方で聞くつもりだった。

 だが、もう言い方を考えている場合ではなかった。

 

「では、この方まで処分の対象にする理由は、何ですか?」

 

 責任者は、書面の該当する箇所を示した。

 

「記録の提出から支払いまで、関係した係をまとめて挙げています。こちらでも、職員ごとの担当を調べているところです」

 

「この方は、請求書を見られる立場だったのでしょうか?」

 

「いいえ。会計へ配送記録を送るまでです」

 

「なら、疑うべき金額を知らなかったはずです。同じ事務局でも、記録を写した方と支払いをした方を、一緒にはできません」

 

 責任者は、すぐには頷かなかった。

 

「ですが、承認済みなら支払ってよいという手順を続けた責任は、こちらにあります。監督側の問題だけにしてしまうわけにも」

 

「はい。ですが、その手順を決めた方と、従うほかなかった方の責任も、分けていただきたいのです」

 

 会計係が、使っていた手順書を机に置いた。

 

「契約との照合は、監督側で済ませることになっていました。私どもも配送記録と請求を合わせて見ていれば、気づけたと思います」

 

 責任者が手順書を手に取った。

 

「……それは、私が業務を分けた時に定めたものです。職員だけの問題にはしません」

 

 俺は頷いた。

 

 俺の結婚をどうにかしたいからって、ちゃんと働いてた人まで割を食うのは違うだろ。

 

 父が、子爵家の書面をほかの報告と分けた。

 

「これは、監督側の言い分として残そう。出資者会議では、責任の所在と事業の対応方針を決める。職員の懲戒は、雇っている事務局の責任者が調査に基づいて判断することだ」

 

 父は、子爵家の書面を責任者へ返した。

 

「子爵家から要求されたというだけでは、処分の理由にならない」

 

「はい。まず担当と権限を整理します。商会と監督側には、それぞれが行ったことについて、回答を求めます」

 

 責任者は、次の書類へ移った。

 返還を求める額と、春の輸送をどう続けるかの案だ。

 

 俺は最初の請求書を脇へ置き、そちらを受け取った。

 今度の毛布まで止まっては困る。

 

 帰るころには、質問の言い方を気にしていたこと自体、忘れていた。

 

◇

 

 五週間後、倉庫から物資の引き渡しに立ち会ってほしいと連絡が来た。

 

 商会が請求の誤りを認めた分は、すでに返還されている。

 出資者会議はその金を物資の予算へ戻し、後回しになっていた毛布の買い替えを進めることにした。父から、決まった配分も見せてもらっていた。

 

 倉庫へ着くと、担当者は荷車への積み込みを指示していた。

 今日、施設へ出ていく毛布たちだ。

 

「こちらが買い替え分です。お手配いただいたものと、同じ寸法で揃えました」

 

 包みを開けてもらい、端の縫い目を確かめる。

 まだ使える回収品は洗浄と補修へ、擦り切れたものは入れ替える。担当者は施設と話し合って決めた枚数を、荷車ごとに数えていた。

 

「今回は、一度に交換できます。少しずつ替える予定でしたから」

 

「施設の方も、お待ちだったでしょうね」

 

 俺は包みを戻した。

 担当者は紐を結び直し、運ぶ職員へ渡す。

 

 荷車の脇には、先日の会議で見た新しい受領書が置かれていた。

 一便の番号に、複数の届け先を並べて書く様式だ。

 

「これなら、次に確かめる時も揃いますね」

 

「ええ。会計にも、同じ便番号の控えを送ります」

 

 倉庫係がそれを持って、御者のところへ行った。

 

 検品を終え、俺は荷車を見送る。

 ちゃんと出発してくれるのは、嬉しかった。

 

 ここへ来てよかったと思いながら、帰りの馬車へ向かう。

 

 ……来てよかったと思ってしまった。

 

 婚礼の話を聞いてから、二か月半近い。

 何をやっても、王太子妃から遠ざかる手応えだけがない。

 

 ……あれ?

 

◇

 

 その午後は、レストとお茶を飲む約束をしていた。

 

 レストは先に父と面談を済ませ、客間へ来た。給仕が終わるまで、俺たちは家族の近況を話す。

 二人きりになると、レストが先に口を開いた。

 

「公爵から、輸送の件の報告を受け取った」

 

「今日は俺も、毛布を見てきた」

 

「届くほうは、支障なく?」

 

「うん。そっちは大丈夫。子爵家の承認の話は、まだ残ってるけど」

 

「そちらは、担当部署が追う。王宮の会計でも、同じ商会に委託している輸送の契約を洗い直すことになった」

 

 レストは、父からもらった報告のうち、俺が見たことのない箇所を示した。

 王宮から資金が出ている事業にも、ベルク商会の名がある。

 

「俺も全部読むのか?」

 

「いや。調査の担当者はもう決まっている。君には、王宮へ出す報告のうち、君が手配した毛布に関する部分だけを見てもらいたい。公爵には、まず君の予定を確かめるよう言われた」

 

「報告って、どのくらい?」

 

「この部分だ。君が実際に行った手配や、照合に立ち会った輸送記録と食い違いがないか、確かめてほしい。来週、時間を取れるか?」

 

「……取れる。でも、今はやめてくれ。今日はもう仕事の話をしたくない」

 

 レストは紙を畳んだ。

 

「それは失礼した」

 

 謝られると、俺のほうが困る。

 

「俺、最初の報告会では、お父様から質問が細かすぎるって叱られたんだぞ……」

 

「聞いたよ。公爵が、次は先に質問をまとめて渡すように。と言っていた」

 

「それで、今度は王宮の報告まで見るのかよ……。あの聞き方をしたら、次からは呼びづらいと思われるはずだったんだけど」

 

「実際、困らせたのだろう。次は順番を変えれば、もっと仕事がしやすくなる」

 

「だからそうじゃない!」

 

 言ってから、俺は口を押さえた。

 レストが菓子を持ったまま、こちらを見る。

 

「……何が?」

 

「仕事がしやすくなる方向へ、話をまとめないでくれ……」

 

「では、どうまとめたい?」

 

 それを、お前に聞かれると困る。困るんだよ。

 

 レストは菓子を皿へ戻した。

 笑うかと思ったが、今度は笑わなかった。

 

「最近、何かあるんだね」

 

「……ちょっと、うまくいかないことがある」

 

「今の仕事とは、別に?」

 

「別に」

 

 レストは頷いた。

 俺も、もう紙の話へは戻らなかった。

 

「お前と会ってまで帳面の話をしてると、休んだ気がしないんだよ。今日は菓子を食って、どうでもいいことで笑いたかった」

 

「それなら、まだできる。私は、このあとしばらく空いている」

 

 レストが、戻した菓子を取り直す。

 食いたかったのに、俺の話を聞くために置いたらしい。相変わらず律儀なやつだ。

 

「……悪い。愚痴しか出なくて」

 

「謝らなくていい。せっかく二人でいるんだから」

 

 その笑顔を見て、俺もやっと笑えた。

 

 菓子を見ているうちに、店で食べるタルトを思い出す。

 今ごろなら、苺のが出ているはずだ。

 

「レスト。明日の午後、暇か? 久しぶりに《リュミエール》で菓子でも食いに行こうぜ」

 

「もちろん。何時に迎えに行こうか?」

 

 返事が早い。

 さっきまで報告を読んでいた顔が、もう明るくなっている。

 

 そんなに甘いものが好きなら、普段から隠すなよ。菓子の話をしただけで、全部出てるぞ。

 

 俺も、久しぶりに羽を伸ばしたい。

 レストとゆっくり話す時間まで、帳面で埋めてしまうのは嫌だった。

 

「じゃあ、午後二時。迎えに来てくれ」

 

「分かった」

 

「書類は持ってくるなよ」

 

「君もね」

 

「当たり前だ」

 

 そこは簡単に約束できた。

 明日は、ただ菓子を食って話す日にしよう。




次回、デート
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