俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!   作:本郷カキツバタ

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第九話 嫌な予感しかしない

 今日は、何も質問しない。

 挨拶をして、報告を聞いて、帰る。

 

 王都大神殿へ着くまで、俺はそう決めていた。

 

「セレスティア。先方から何か尋ねられたら、お答えはできるわね?」

 

「もちろんです、お母様」

 

「それなら結構。黙っている練習をしに来たわけではないもの」

 

 母には、報告会で質問しすぎた話が伝わっていた。

 そのあと仕事が増えたことも。

 

 今日は毎年五月の終わりに開かれる、救護事業の報告と慰問の行事だ。

 俺と母は、救護院から支援先の暮らしや、これから必要になる品について説明を受けた。

 

 毛布の話が出た時だけ、俺は資料の該当する箇所を探した。

 担当した分は、ちゃんと載っている。

 質問せずとも、聞きたかったことまで説明してもらえた。

 

 ここまでは順調だった。ここまでは。

 

◇

 

 報告のあと、神託院の広間へ案内された。

 行事に合わせて、普段は目にする機会の少ない神具を拝観できるという。

 

「神託院のユリウス・フェインと申します。こちらをご案内いたします」

 

 細身の若い男性の神官が、礼をした。

 母が救護院の神官との話を終えるまで待ち、揃ったところで広間へ進む。

 

 入口の卓には、救護院の子供たちが作った押し花の栞が並んでいた。

 拝観に来る支援者へ渡す品だそうで、子供たちは神官と一緒に、台紙を揃えて袋へ入れている。

 

 俺は男の子から一枚受け取った。

 

「ありがとう。こちらは、あなたが作ったのですか?」

 

「花を選んで、貼ったんだよ。袋も折れるよ」

 

 隣の女性神官が、折り上がった袋を見せてくれた。

 救護院では、子供たちの身の回りの世話をしているそうだ。

 角をきちんと合わせた、小さな紙袋だった。

 

 男の子は、次の栞へ手を伸ばす。

 人差し指に巻かれた布が見えたが、本人は気にしていないようだった。

 

 俺は受け取った栞をしまい、母と神具の台へ進んだ。

 

 広間の奥には、透明な大晶石――《神響晶》が石の台に据えられていた。台座を含めると、俺の胸ほどの高さになる。

 中には模様も色もなく、向こう側の神官の衣が透けて見えた。

 

「こちらが、《神響晶》です」

 

「お名前は存じております。神託に用いる神具ですね」

 

「はい。儀式のない時間に限って、ご覧いただいております」

 

 ユリウスの説明を聞き、俺は《神響晶》を眺めた。

 帳簿と違って、眺めているだけで次の仕事を頼まれたりはしない。

 

 そう思っていたところで、入口から女性神官の声がした。

 

「あら、また血が出てしまったわね。今日は、ここまでにしましょう」

 

 振り返ると、さっきの男の子が指を押さえていた。

 女性神官は栞を脇へ寄せ、布を解いている。

 

 俺は男の子の元へ戻った。

 

「お怪我ですか?」

 

「朝、台紙の端で指を切りまして。手当てはしたのですが、動かしているうちに開いてしまったようです」

 

 女性神官は、用意してあった水で指の周りを拭いた。

 子供の傷の手当てには慣れているようだった。

 男の子は、途中で止まった袋のほうを見ている。

 

「あと、これだけなのに」

 

「残りは、こちらで入れるわ。指を休ませておきましょうね」

 

「よろしければ、私が治しましょうか」

 

「よろしいのですか?」

 

「ええ。私には、光属性の適性がございますので」

 

 女性神官が「よろしくお願いいたします」と頭を下げ、男の子も頷いた。

 女性神官は、男の子の手を俺のほうへ差し出した。

 

 俺はしゃがんだ。

 

「すぐに済みますから、そのままでいてくださいね」

 

 浅い傷へ、光を流す。

 

 指先の傷が、すっとふさがった。

 

「はい。もう大丈夫ですよ」

 

 男の子が指を曲げ、開いた。

 

「痛くない」

 

「よかったわ。でも、今日はもう休んでくださいね」

 

 女性神官へ手を戻した時、広間に細い音が響いた。

 

 長く伸びる、器を擦るような音。

 

 思わず俺は振り返った。

 ……透明だった《神響晶》が、内部から光っている。

 

 ユリウスも、こちらを見ていた。

 台へ一歩近づき、そこで足を止める。

 

「今、魔法をお使いになったのは……」

 

「……私です。子供の指を治しました」

 

 ユリウスは《神響晶》と俺を見比べた。

 すぐに脇の神官を呼び、奥へ知らせるよう頼む。

 

「っ――! こちらの反応を記録します。拝観は、いったんお待ちください」

 

 最初の一言は、声がかすれていた。

 そこでようやく、俺も立ち上がった。

 

 母が隣へ来た。

 

「セレスティア、あなたの手を見せて」

 

「私は怪我をしておりませんよ、お母様」

 

「ええ。でも、苦しいとか、何か変わったことはない?」

 

 差し出した手を母が確かめる。

 俺は首を振った。いつもどおりの治癒だし、疲れてもいない。

 

 母は手を放してから、ユリウスへ向き直った。

 

「何が起きたのか、ご説明いただけますか」

 

「《神響晶》が共鳴しております……。記録では、何十年も起きていなかった反応です。実際に共鳴するのを、まさか見られるとは思っておりませんでした……」

 

 ユリウスは、まだ《神響晶》を見ていた。

 

 男の子は女性神官に連れられ、ほかの子供たちと広間を出ていく。

 入口の卓が片付けられる間も、《神響晶》の光は消えなかった。

 

「私の治癒魔法が、こちらへ影響したのでしょうか」

 

「いえ、魔法の出力が強いというだけでは、この神具は反応いたしません。神様との接点や加護を持つ方が、神具と同じ広間で魔力を使うと共鳴します」

 

 神様との接点。

 俺は母に見せたばかりの手を、もう一度見た。

 

 待て。俺は子供の指を治しただけだぞ。神様へ連絡した覚えはない。今のが挨拶扱いになるとか、そういうことじゃないだろうな。

 

 知らせに行った神官が戻り、ユリウスへ書物を渡した。

 ユリウスは記録の頁を開き、《神響晶》の反応と照らし合わせる。

 頁をめくる指が、一か所で止まった。

 

「セレスティア様には、この春、照会のご案内をお送りしておりますね」

 

「……はい。頂戴しております」

 

 頂戴して、引き出しにしまった。返事は、まだ書いていない。

 

「本来は、お返事をいただいてから、日を改めてこの広間で確かめるものでした。お返事のない方には、秋に改めてお伺いすることになっております」

 

 責める声ではなかった。記録の順番を確かめただけらしい。

 母が、ちらりと俺を見た。

 ……返事を出す前に、神具のほうが先に答えてしまった。

 先送りにした俺も悪いけど、神具のほうが先に答えるのはずるいだろ……。

 

 母と俺は、脇の席へ案内された。

 

「この反応があると、どうなるのでしょうか」

 

 今日は質問しないという目標は、もうどこにもなかった。

 

「聖女候補として、正式な神託をお受けいただきたいと存じます」

 

「……候補、なのですね」

 

「はい。神具の共鳴だけで聖女と認定されるわけではありません。神託で、神様と実際に意思を通わせられるかを調べます」

 

「こちらから祈るだけではなく、お答えが返るかを?」

 

「仰るとおりです」

 

 母が、また俺のほうを向いた。

 ユリウスも、返事を待っている。

 

 受けたくない、と言うだけなら簡単だ。

 神具が反応した以上、理由もなく突っぱねれば、家にも神殿にも余計な迷惑がかかる。

 

 それに、本当に神様が俺に関わっているなら、聞きたいことがある。

 なぜ転生したのか。なぜ、女として生まれたのか。答えられる相手がいるなら、会ってみたい。

 

「……神託を、お受けいたします」

 

 母はすぐには頷かなかった。

 

「セレスティア。神様と話すのよ。報告を聞いて返事をすれば済むお仕事とは違うわ」

 

「はい。それは、分かっております」

 

 分かってはいる。

 ただ、話せるとは限らない。祈っても何も返ってこなければ、そこで終わるのだろう。会って理由を聞きたい気持ちと、会いたくない気持ちが、半分ずつある。

 

 母は俺の返事を聞いてから、ユリウスへ準備を尋ねた。

 ユリウスは共鳴の記録と俺の返答をまとめ、神託院の責任者へ実施の承認を求めた。

 

 しばらくして、記録を届けた神官が戻ってきた。

 ユリウスは返された書面を読み、俺たちへ告げる。

 

「神託院の責任者が記録を確かめ、実施を承認いたしました。立会いの神官を揃えられるのは、二日後の午前です。ご都合はいかがでしょうか」

 

 母と予定を確かめ、俺は頷いた。

 

 正式な案内を受け取り、礼をした。

 その間も、目の端で《神響晶》が光っている。

 

 頼むから、今からでも消えてくれ……。

 

◇

 

 帰りの馬車で、母は最初に俺の顔を見た。

 

「本当に、身体は何ともないのね?」

 

「はい。いつもと同じです」

 

「それならよかった。急に光り始めたから、あなたに何か起きたのかと思ったわ」

 

「私も、壊してしまったのかと」

 

 母が笑った。

 

「壊したのなら、あの神官の方もあんな顔はしなかったでしょうね」

 

 俺も笑いかけて、案内を見た。

 場所と時間。その下に、神託の文字がある。

 

「お母様。もし神様にお会いできたら、何をお話しすればよいと思われますか?」

 

「そうね。私も、直接お話ししたことはないから分からないわ」

 

「でしたら、まずは、ご挨拶でしょうか」

 

「ええ。それから、あなたが話したいことを考えてみたら?」

 

 神様に話したいこと。

 あるといえば、山ほどある。なんで俺を女にしたのか、とか。男との結婚を回避する方法はないのか、とか。

 

 だが、誰が出てくるのかも分からない。

 いきなりその二つを聞いてよい相手かどうか、判断がつかない。

 

「帰ってから、考えてみます」

 

「怖くなったら、それも言いなさい。案内ばかり読んで、眠れなくならないようにね」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は案内を閉じた。

 

 何も話せなければ終わる。

 そう思ってはいても、頭にはもう、何を話すかが並び始めている。

 

 嫌な予感しかしないなあ……。

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