俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ! 作:本郷カキツバタ
今日は、何も質問しない。
挨拶をして、報告を聞いて、帰る。
王都大神殿へ着くまで、俺はそう決めていた。
「セレスティア。先方から何か尋ねられたら、お答えはできるわね?」
「もちろんです、お母様」
「それなら結構。黙っている練習をしに来たわけではないもの」
母には、報告会で質問しすぎた話が伝わっていた。
そのあと仕事が増えたことも。
今日は毎年五月の終わりに開かれる、救護事業の報告と慰問の行事だ。
俺と母は、救護院から支援先の暮らしや、これから必要になる品について説明を受けた。
毛布の話が出た時だけ、俺は資料の該当する箇所を探した。
担当した分は、ちゃんと載っている。
質問せずとも、聞きたかったことまで説明してもらえた。
ここまでは順調だった。ここまでは。
◇
報告のあと、神託院の広間へ案内された。
行事に合わせて、普段は目にする機会の少ない神具を拝観できるという。
「神託院のユリウス・フェインと申します。こちらをご案内いたします」
細身の若い男性の神官が、礼をした。
母が救護院の神官との話を終えるまで待ち、揃ったところで広間へ進む。
入口の卓には、救護院の子供たちが作った押し花の栞が並んでいた。
拝観に来る支援者へ渡す品だそうで、子供たちは神官と一緒に、台紙を揃えて袋へ入れている。
俺は男の子から一枚受け取った。
「ありがとう。こちらは、あなたが作ったのですか?」
「花を選んで、貼ったんだよ。袋も折れるよ」
隣の女性神官が、折り上がった袋を見せてくれた。
救護院では、子供たちの身の回りの世話をしているそうだ。
角をきちんと合わせた、小さな紙袋だった。
男の子は、次の栞へ手を伸ばす。
人差し指に巻かれた布が見えたが、本人は気にしていないようだった。
俺は受け取った栞をしまい、母と神具の台へ進んだ。
広間の奥には、透明な大晶石――《神響晶》が石の台に据えられていた。台座を含めると、俺の胸ほどの高さになる。
中には模様も色もなく、向こう側の神官の衣が透けて見えた。
「こちらが、《神響晶》です」
「お名前は存じております。神託に用いる神具ですね」
「はい。儀式のない時間に限って、ご覧いただいております」
ユリウスの説明を聞き、俺は《神響晶》を眺めた。
帳簿と違って、眺めているだけで次の仕事を頼まれたりはしない。
そう思っていたところで、入口から女性神官の声がした。
「あら、また血が出てしまったわね。今日は、ここまでにしましょう」
振り返ると、さっきの男の子が指を押さえていた。
女性神官は栞を脇へ寄せ、布を解いている。
俺は男の子の元へ戻った。
「お怪我ですか?」
「朝、台紙の端で指を切りまして。手当てはしたのですが、動かしているうちに開いてしまったようです」
女性神官は、用意してあった水で指の周りを拭いた。
子供の傷の手当てには慣れているようだった。
男の子は、途中で止まった袋のほうを見ている。
「あと、これだけなのに」
「残りは、こちらで入れるわ。指を休ませておきましょうね」
「よろしければ、私が治しましょうか」
「よろしいのですか?」
「ええ。私には、光属性の適性がございますので」
女性神官が「よろしくお願いいたします」と頭を下げ、男の子も頷いた。
女性神官は、男の子の手を俺のほうへ差し出した。
俺はしゃがんだ。
「すぐに済みますから、そのままでいてくださいね」
浅い傷へ、光を流す。
指先の傷が、すっとふさがった。
「はい。もう大丈夫ですよ」
男の子が指を曲げ、開いた。
「痛くない」
「よかったわ。でも、今日はもう休んでくださいね」
女性神官へ手を戻した時、広間に細い音が響いた。
長く伸びる、器を擦るような音。
思わず俺は振り返った。
……透明だった《神響晶》が、内部から光っている。
ユリウスも、こちらを見ていた。
台へ一歩近づき、そこで足を止める。
「今、魔法をお使いになったのは……」
「……私です。子供の指を治しました」
ユリウスは《神響晶》と俺を見比べた。
すぐに脇の神官を呼び、奥へ知らせるよう頼む。
「っ――! こちらの反応を記録します。拝観は、いったんお待ちください」
最初の一言は、声がかすれていた。
そこでようやく、俺も立ち上がった。
母が隣へ来た。
「セレスティア、あなたの手を見せて」
「私は怪我をしておりませんよ、お母様」
「ええ。でも、苦しいとか、何か変わったことはない?」
差し出した手を母が確かめる。
俺は首を振った。いつもどおりの治癒だし、疲れてもいない。
母は手を放してから、ユリウスへ向き直った。
「何が起きたのか、ご説明いただけますか」
「《神響晶》が共鳴しております……。記録では、何十年も起きていなかった反応です。実際に共鳴するのを、まさか見られるとは思っておりませんでした……」
ユリウスは、まだ《神響晶》を見ていた。
男の子は女性神官に連れられ、ほかの子供たちと広間を出ていく。
入口の卓が片付けられる間も、《神響晶》の光は消えなかった。
「私の治癒魔法が、こちらへ影響したのでしょうか」
「いえ、魔法の出力が強いというだけでは、この神具は反応いたしません。神様との接点や加護を持つ方が、神具と同じ広間で魔力を使うと共鳴します」
神様との接点。
俺は母に見せたばかりの手を、もう一度見た。
待て。俺は子供の指を治しただけだぞ。神様へ連絡した覚えはない。今のが挨拶扱いになるとか、そういうことじゃないだろうな。
知らせに行った神官が戻り、ユリウスへ書物を渡した。
ユリウスは記録の頁を開き、《神響晶》の反応と照らし合わせる。
頁をめくる指が、一か所で止まった。
「セレスティア様には、この春、照会のご案内をお送りしておりますね」
「……はい。頂戴しております」
頂戴して、引き出しにしまった。返事は、まだ書いていない。
「本来は、お返事をいただいてから、日を改めてこの広間で確かめるものでした。お返事のない方には、秋に改めてお伺いすることになっております」
責める声ではなかった。記録の順番を確かめただけらしい。
母が、ちらりと俺を見た。
……返事を出す前に、神具のほうが先に答えてしまった。
先送りにした俺も悪いけど、神具のほうが先に答えるのはずるいだろ……。
母と俺は、脇の席へ案内された。
「この反応があると、どうなるのでしょうか」
今日は質問しないという目標は、もうどこにもなかった。
「聖女候補として、正式な神託をお受けいただきたいと存じます」
「……候補、なのですね」
「はい。神具の共鳴だけで聖女と認定されるわけではありません。神託で、神様と実際に意思を通わせられるかを調べます」
「こちらから祈るだけではなく、お答えが返るかを?」
「仰るとおりです」
母が、また俺のほうを向いた。
ユリウスも、返事を待っている。
受けたくない、と言うだけなら簡単だ。
神具が反応した以上、理由もなく突っぱねれば、家にも神殿にも余計な迷惑がかかる。
それに、本当に神様が俺に関わっているなら、聞きたいことがある。
なぜ転生したのか。なぜ、女として生まれたのか。答えられる相手がいるなら、会ってみたい。
「……神託を、お受けいたします」
母はすぐには頷かなかった。
「セレスティア。神様と話すのよ。報告を聞いて返事をすれば済むお仕事とは違うわ」
「はい。それは、分かっております」
分かってはいる。
ただ、話せるとは限らない。祈っても何も返ってこなければ、そこで終わるのだろう。会って理由を聞きたい気持ちと、会いたくない気持ちが、半分ずつある。
母は俺の返事を聞いてから、ユリウスへ準備を尋ねた。
ユリウスは共鳴の記録と俺の返答をまとめ、神託院の責任者へ実施の承認を求めた。
しばらくして、記録を届けた神官が戻ってきた。
ユリウスは返された書面を読み、俺たちへ告げる。
「神託院の責任者が記録を確かめ、実施を承認いたしました。立会いの神官を揃えられるのは、二日後の午前です。ご都合はいかがでしょうか」
母と予定を確かめ、俺は頷いた。
正式な案内を受け取り、礼をした。
その間も、目の端で《神響晶》が光っている。
頼むから、今からでも消えてくれ……。
◇
帰りの馬車で、母は最初に俺の顔を見た。
「本当に、身体は何ともないのね?」
「はい。いつもと同じです」
「それならよかった。急に光り始めたから、あなたに何か起きたのかと思ったわ」
「私も、壊してしまったのかと」
母が笑った。
「壊したのなら、あの神官の方もあんな顔はしなかったでしょうね」
俺も笑いかけて、案内を見た。
場所と時間。その下に、神託の文字がある。
「お母様。もし神様にお会いできたら、何をお話しすればよいと思われますか?」
「そうね。私も、直接お話ししたことはないから分からないわ」
「でしたら、まずは、ご挨拶でしょうか」
「ええ。それから、あなたが話したいことを考えてみたら?」
神様に話したいこと。
あるといえば、山ほどある。なんで俺を女にしたのか、とか。男との結婚を回避する方法はないのか、とか。
だが、誰が出てくるのかも分からない。
いきなりその二つを聞いてよい相手かどうか、判断がつかない。
「帰ってから、考えてみます」
「怖くなったら、それも言いなさい。案内ばかり読んで、眠れなくならないようにね」
「ありがとうございます」
俺は案内を閉じた。
何も話せなければ終わる。
そう思ってはいても、頭にはもう、何を話すかが並び始めている。
嫌な予感しかしないなあ……。