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明石は多忙だった。
うなるような暑さに冷房設置も許可されず、艦娘なので水分補給や食事をとらせてもらえない。
ずっとそうで、これからもそうなるだろうと彼女は考えていた。
作ることは好きだし、研究や発明も好きだ。
たまに店を開くと、艦娘たちに喜ばれるし、妖精さんたちに分けてもらった特別資源セットを売ることも以前はできていた。
彼女に戦果を期待する者はいない。
命令はいつも、装備の手入れを万全にのみ。
装備の改修も行った方がいいのだが、特殊な資材を消費するので、強い装備が欲しくても、努力して資材を手に入れようとはしない。
最初の提督は、紳士だった。
整備する私の苦労が分かっているから、たまに缶コーヒーを差し出してくれた。
だがその提督も辞めて次に着任した提督は、私なら何でもできるという勘違いをする人だった。
私は未来から来たわけでも、天才でもない。
ただモノ作りが好きな艦としての記憶を持つ女の子だ。
戦果が芳しくないと私に当たり散らし、全艦娘の装備の整備、点検、管理をやらせた。
自分が楽をしようと発明を作ることもあったが、ことごとく破壊され、要領の悪い方法や何度も似たような報告をせねばならない。
駆逐艦たちの顔を見なくなって久しい。
寂しい。
私が数隻いただけで勝てた戦争もあったはずだ。
そう考え私のことを大切にする提督の噂を同僚の整備兵たちから耳にする。
せっかく女の子の体になったのだからもっと自由な時間や服が欲しい。
大淀がそう愚痴りそうになったのを思い出す。
彼女も労働環境がブラックになるにつれて睡眠もろくに取れず、アンドロイドのような対応になっていくのが怖かった。
私は機械油まみれ、汗まみれの作業着をふと見る。
拭っても拭っても汗が吹き出し、軍手からは変なにおいがした。
風呂に入れるのは週に一度。
それも数分。
入渠する艦を優先するから仕方ないとはいえ、辛い。
高齢の整備兵もいて大声で意思疎通を図る。
別に女ばかりも嫌だけど、こうも男ばかりでむさくるしいと。
海防艦が私の作ったおもちゃに喜んでいたことはいつの日のことだったろう。
別にお金がもらえるわけでも名誉だと称えられることも仲間と勝利を分かち合うこともない。
新しい提督が着任しても私は変わらない。
明石はそう思っていた。
昼休憩。
白い軍服を着た若いともおっさんともいえない年齢の男が、工廠を訪れる。
整備兵が敬礼をするのを見やりながら、凛々しい表情で誰かを探している。
なじみの高齢整備兵から場所を聞き出すと、小走りで明石の元へ向かう。
新しい提督だとわかると明石はあわてて敬礼した。
「いいよ、楽にしてくれ」
彼は自己紹介をした。
「にしても暑いな、ここ。クーラーないの?」
「ないです」
「それは物理的にダメだから?許可が下りないから?」
「許可が下りないから…………です」
「じゃあ、許可出すから冷房つけて」
「いいのですか?」
「いいよ。後明石だけは特別に敬語をやめていい」
「は、はぁ」
「野郎にため口だとむかつくが、美人なら別にくだけた話し方の方がいいからな」
「あ、あの用件は?」
「あぁ、まぁ」
「?」
「待遇の改善と業務の効率化を図る目的の視察だな」
「そ、そうですか」
提督が明石の耳元に声を当てる。
「霞がうるさくて逃げてきたんだ。あいつ明日の仕事までやらせようとするし、隙あらば歴史の座学を一日中やろうとするから」
明石は驚く。
いやぁなんともいろんな設備があるなぁと目を輝かせたふりをする提督を彼女は見る。
心の底からそう思っているというより間が持たないからとりあえずそんな反応をしておけばいいというような感じだった。
飄々としているが人畜無害。
だけど理知的な瞳とがっしりとした体格。
私たち艦娘に本音を漏らす人柄。
不思議な人だった。
クスッと彼女は笑う。
「それにしても」
提督は彼女の胸元を見やる。
明石はいつもそうだったから気づかないが、上半身の艤装は汗だくである。
「暑いのはわかるが、大丈夫か?」
「こ、これは、急に提督が来るからですよ!いつもなら、ちゃんとシャワー浴びて」
「ほうほう―――んで」
「はい?」
「装備の改修を頼みたいんだが、いけそうか?」
「改修資材がいりますがなにを改修するんですか?」
「うーん、いろいろあるがとりあえず―――」
明石は身構える。
主砲や魚雷の改修だろうか。
それも大事だが、今大切なのは―――。
「加賀の彩雲と電探だな」
「へ?」
「なんだ、ダメなのか?」
「いや、ダメというわけではないのですが」
「正直、電探二個積むと他の火力や犠牲になるし、かといって1個だと心もとないから艦娘たちに聞いても、改修するならそれがいいって」
「その聞いた艦娘って」
「大淀だな」
「大淀は!」
彼女は提督に詰め寄る。
「ちゃんとご飯食べてますか?眠れてますか?上層部とあなたで神経すり減らしていませんか?」
「お、おう。まぁ信じられないかもしれないが大丈夫だ。上層部は戦果で黙らしている」
「そ、そうですか」
胸を撫で下ろす。
「あ、あとこれ」
ぽんと提督は札束を明石に渡す。
「へ?」
「必要なら使ってくれ。足りなかったらついでにおろしてくるから」
「いやいや、何の金ですか怖いですよ!」
「俺の給料」
「え?」
「だから、俺の給料。整備兵には給料出るのに明石には給料なしなのはちょっとアレだし、発明とかに必要だろ?せめて明石には渡しておいた方がいいと思って」
「は、発明って大淀から聴いたんですか」
「うん、そうだけど」
「発明って言ってもくだらないものですよ。自分が楽をしようとする補助機械ばかりつくろうとして」
「むしろつくってくれ。作業効率が上がる」
「わ、わかりました」
「あぁ、それと風呂に入れ。ちょっとにおいがきついぞお前」
「んなっ―――!」
「海防艦と駆逐艦も自分たちの装備は自分で管理しろって言っておいたから。明石が方法を教えてくれればいい。あとちゃんと布団で寝ろよ」
そういって彼は毛布のかかったソファーを指さす。
「そんな急に言われても」
明石はだらしないことを叱られているようで恥ずかしくなった。
提督は妖精と会話しその妖精が明石に敬礼し話しかける。
「家具職人妖精さんどうしたの?え?布団と露天風呂を私の部屋の個室に?それと小型冷蔵庫とエナジードリンクをたくさん入れとくって―――」
至れり尽くせりの対応に戸惑う。
そそくさと去ろうとする提督に明石は追いかける。
「ま、待ってください提督!」
「どうした?金足りなかったか?すまん相場が分からなくてな」
「い、いえ提督の給料はいりませんから!もう十分ですから」
明石は両手で彼に彼の給料の札束を突き返す。
そうすると提督は苦笑いする。
「いやあ、そうか。よかった。あまりにも予算的にも厳しいのかと思ってひやひやして提案しただけで毎月要求されたらってちょっと後悔し始めてたんだ」
「あなたは―――!」
明石はお人好しな提督に注意しようとするが。
本気で怒れない。
「間宮さんもお前のこと待っているから。甘味、深夜でも食べに来ていいってさ。でも大淀と間宮には第4日曜は休みにしてあるから忘れるなよ」
「あ、あの」
工廠を後にする提督の背中に私はお辞儀する。
そして前を向くと提督の周りには怒った霞と夕立ちゃんと雷ちゃんがついてまわる。
この提督なら―――。
明石は意気揚々と笑顔で自分の持ち場へと戻るのだった。