摩耶は考えていた。
無茶な出撃をしなくなった。
一人で突撃するような状況には出くわさなかったし、潜水艦を気にせずに戦艦と打ち合えて空母の艦載機に集中できる。
それで活躍できれば駆逐艦の奴らにしっかり自慢できて休みももらえる。
この間、提督に摩耶さまのお蔭だな。お前も摩耶さまには敵わないだろと挑発した。
高雄姉さんたちが聞いたら叱りそうな態度にも提督は態度を崩さず、媚びへつらわず、
「おぉ~そうだな~。摩耶は頼りになるな~」
と言っていた。
拍子抜けである。
ただ―――――。
作戦を考えるあいつの真剣な横顔はどこか頼りがいがあってカッコいいかもしれない。
何を考えているんだと摩耶は頭を振る。
「調子狂うぜ、たくよぉ」
第二改装が終わった。
へそと谷間がむき出しの服に若干の恥ずかしさを覚えたが、提督はちゃんと見ているだろうか。
対空性能が高い重巡なんて扱いずらい。
けどちゃんと仲間を守れるように、心置きなく戦えるように。
あたしが知らないだけで、いろんなところを気にかけてくれる。
頼りになる上官から一人の男性への評価へとつながっていることに摩耶はまだ気づかない。
制服への視線が若干いやらしいが、それを隠そうともせず、暢気に昼寝する彼を見て摩耶はもっと役に立ちたい。
そう思うのだった。
※ ※ ※
初雪は、惰眠をむさぼっていた。
布団は気持ちがいい。
最初の提督は真面目過ぎて遠征の頻度すごかったし、前任は論外だとしても、今の提督は最初にあったころは怖かった。
何を考えているかわからなかったからだ。
吹雪姉に叩き起こされ、執務室へに入って、司令官の前で一応、敬礼する。
思わず欠伸をしてしまい、吹雪に、こらと言われる。
まだ朝の9時なのに呼び出すなんて、一体何の用だと思った。
前の提督ならいざ知らず、今度の提督は挨拶もそこそこに私には休みをくれてちょっと嬉しいと初雪は思っていた。
共倒れになるような艦隊運用は少なくともしないだろう。
「初雪、お前の練度は正直低い」
「うん、じゃなくてはい」
「でも、正直、お前は見ていて、そんなに仕事したいタイプじゃないだろ?」
「そうです」
「座学の成績も平均だし、艦としての性能も燃費も可もなく不可もない」
何が言いたいんだろうと初雪は首をかしげる。
「休みばかり与えると、他の艦の士気、つまり特別扱いされて不公平だと言われる」
「そんなことはないと思います。初雪は体力もないし、艤装の手入れもさぼりますが、最低限のことはしっかりやっているので陰口を言う艦娘は」
吹雪が説明する。
「フォローになっていない……」当の初雪本人はそんなこと気にはしていないようだ。
「まぁ、なんだ。つまり週に一度の演習全てに参加と、あと、大雨や、夜勤をすれば、周りの艦娘もとやかく言わない。艤装の手入れは面倒だとしても、最低限明石に渡すくらいはできるだろ?」
「うん、できる。いやできます」
「そうか。よかった。それと給料は出せないが、何か欲しいものはあるか?」
「お菓子とゲームと漫画」
即答する初雪に提督は微笑む。
「じゃあ、これで好きなだけは無理だが今度の週末買ってきてくれ」
十万円をぽんと提督は初雪に渡す。
「やった」
金を受け取り、目をキラキラさせる初雪に提督は「ただし!」という。
「夜のお菓子とゲームは禁止。あと鎮守府内でみんなでゲームするときは、ちゃんとゲームを貸すこと。あと俺も時々部屋で遊ぶから」
「うん。いいです。じゃあ部屋に引きこも…………戻ります!」
敬礼して嬉しそうな初雪と、お辞儀して去っていく吹雪を見送る。
秘書の狭霧が嬉しそうにニコニコと微笑んで茶と菓子を渡す。
翌日の早朝。
初雪の部屋で提督は夜勤を終えた初雪を立ったまま抱きしめて頭を撫でる。
「夜、怖い」
「はいはい」
足をがくがく震えさせながらも、しっかりと働いた初雪を撫でる。
「もっと撫でて」
「どれくらい?」
「あ、あと三十分」
「はいはい」
初雪は提督に褒められることで少しづつ、自分らしく生きられる幸福をかみしめるようになった。
※ ※ ※
世界初の空母であり、終戦まで生き抜いた実績。
そして、赤城空母など空母のすべてに艦載機の発着艦などの訓練を艦娘として施した知る人ぞ知る歴戦の空母である鳳翔。
決して性能は高くないが救助作戦では多くの人を助けた。
だから大本営は例外的に居酒屋を鎮守府のみではあるが経営することを特別に彼女に許可した。
変人提督が着任する前の提督には酒で付き合い、最初の提督にも献身的に尽くす彼女に信頼が厚い艦娘も少なくない。
変人提督の鎮守府の艦娘は100隻未満であり、そのうち、酒を好む艦娘は十隻程度なのである。
営業は夜だけなので悠々自適な生活をおくれるようになった。
戦時中なので高級な酒はめったに提供できない安い芋焼酎くらいしか出せないのだが、それでも酒を飲んで味わい、世間話をしたり愚痴を聴いたりする時間が鳳翔は何よりも好きだった。
珍しいことに変人と他の艦娘から言われている提督が居酒屋を訪れる。
鳳翔が他の艦娘たちのようにすぐに信頼するというわけでもなく、かといって失望や絶望することもなく淡々と自分の仕事をこなしている。
だから彼のことも人づてで変人だと聞いていたが、艦娘たちが別に本気で彼のことを変だと思っていないことは初対面の礼儀正しい彼から鳳翔はすぐに見抜いた。
鳳翔は人のことを見抜く。
というか、母性の強い鳳翔にみんな本性をさらけ出してしまうのだ。
結論から言えば変人提督に対する鳳翔の評価はかなり高かった。
酒の飲み方も上品で高いウィスキーをうまそうに飲みながら、にやにやと自分の世界に浸りながら時折目をつむり、鼻歌を歌う。
まぁ艦娘と触れ合うことを思い出していることはなんとなくわかった。
彼はあげ出汁豆腐や、甘いたれのかかった唐揚げが好みだった。
普通に間宮さんの食堂では足りない味付けを居酒屋で堪能し、高い酒をちびちびあおる。
仕事の愚痴を聞いたことがなく、それとなく聞き出しても、まぁ少しずつやるよといつも言う。
吐くほど酔うことはなく、いつもありがとうといって外に出る彼の成熟した男性の姿はとても立派だと思うのだが、最初の頃のように不満を抱え込んでいないか鳳翔は少し心配だった。
だが、それも杞憂だとすぐにわかる。
霞曰く、よく昼寝するし、お茶休憩はさんで、甘味をよく食べ、休日は長めの散歩と近所のジムで体を鍛え、自己啓発本から文学に至るまで多彩な本を読むという。
「なんで、あんなに人生楽しそうなのかしら。こっちは命がけだっていうのに」
本気ではなく、なんとなく、面白くないからという態度の霞の愚痴を聞きながら、鳳翔は思う。
「案外、あのようなお方が、戦争を終わらせるのかもしれませんね」
月夜で居酒屋の暖簾を片付けながら鳳翔はそう思うのだった。
鳳翔と一緒に二人だけで熱燗をちびちび飲むなら酒も悪くないかも