旗艦は軽巡天龍を選んだ。
随伴艦は島風、暁、雷、夕立、霞。
第一改装を終え、鋼材の貯蓄のほとんどを使いタービンを入手整備し、全ての艦に装備。
小型電探も全艦に配備した。
天候も曇りで降水確率は30%。
天龍は味方機動部隊との演習でひたすら回避運動と、突撃の練習をさせた。
魚雷の信管が早期爆発しないように念入りに整備を行い俺は出撃する艦隊を海岸から見送った。
俺が手を振っても、応えてくれたのは夕立と暁だけだった。
「天気予報ではあのあたりで霧が出るはずなんだが」
念入りな警備と遠征で敵の補給時間を大淀に予測させ、出撃させた。
天龍にも余計な戦闘は一切するなと伝えてある。
キス島はすでに深海棲艦に包囲され、大破した味方艦娘がいまだ救助されずに彷徨っているという。
本部で作戦内容を報告した際には上司にこういわれた。
「奇跡の作戦だな。成功すれば」
「まぁそんなところです」
「奇跡は二度と起きないから奇跡なのだ」
俺は沈黙で返す。
「まぁ水雷戦隊だけで損害は軽微だろう。やるだけやってみるがいい」
「ありがとうございます」
「この作戦が成功し大破した味方艦娘の救助に成功すれば貴様は定年までこの職につけるのだ。ぬかるなよ」
「はっ」
俺は空を見上げる。
どんよりとした空に霧がかかることを期待しなければならないというのは自分の無力さを痛感する。
※ ※ ※
単縦陣で最大船速で向かうと島風が天龍を追い越そうとする。
「こら、島風陣形を乱すな」
「だって、みんなおっそーい。いやはやいかも?タービン周りの整備していいかんじー」
「隠れろ!」
「おう!?」
汗が天龍の頬を伝い顎から落ちる。
岩陰に隠れて、敵の索敵機を発見し隠れる。
主砲を持たず、機銃をもつより、隠れたほうが得策だ。
幸い障害物は多い。
敵の哨戒部隊にすぎるのを待つ。
赤い瘴気を纏った敵重雷装巡洋艦中心の艦隊が過ぎるのを待つ。
以前、駆逐艦だけで挑んだ鎮守府はこの警戒部隊にことごとく邪魔をされた。
「気づかれた!最大船速!」
敵の魚雷が発射される。
「きゃう!」
「暁!」天龍が叫ぶ。
「だ、だいじょうぶよ、小破だわ」
損害は軽微だが、額から流れた血が暁の片目を塞ぐ。
「くっやっぱり一筋縄じゃ行かないか」天龍は悔しそうに呻く。
しばらく最大船速でとばすと、警戒部隊は諦め、退却した。
「油断するなよ」
天龍が敵をまいたことを確認すると爆発音が後方から発生。
「どうした!」
霧が発生。電探使用による周囲警戒。
「潜水艦よ!」霞が騒ぐが爆雷を持ってきてはいない。潜水艦を発見するには電探ではなくソナーが必要だったが、北方で潜水艦だと。
撤退すべきか悩む天龍に雷が叫ぶ。
「私にかまわず、進んで!中破だから!」雷が片腕を負傷しだらんと垂れさがり、もう片方の腕で支える。
妖精さんが確認して天龍に合図をだす。
「クソが…………見えたぞ!あれが主力部隊だ!」
補給している戦艦ル級が見えた。
周辺には囮の大破した艦娘阿武隈とピンク髪の駆逐艦卯月がいる。
「外道が……突入だ!」
天龍の前に敵重巡洋艦リ級を旗艦とした護衛水雷戦隊が立ちふさがる。
「邪魔だ、どけえええええええ」
天龍の剣がリ級の腕に当たる。
金属同士の摩擦音が鳴る。
敵はひるまず、天龍を振り払う。
敵が至近距離で魚雷を発射する。
「避けろ、お前ら!」宙に浮いた天龍が号令を出す。
着地すると同時にリ級の剛腕が天龍に振り下ろされる。
天龍は剣で受け止めるが、もう片方の腕の主砲が天龍の顔面を狙う。
「ちぃっ!」
リ級の放った魚雷が後方で爆発。
「硝煙の臭いが最高じゃねぇか」天龍は不敵に笑う。
「ぽい!」
夕立がリ級の横腹に蹴りを入れる。
リ級は、後ずさりし、血を吐き捨てる。
「夕立!」
「この距離なら!」
夕立は魚雷を手にする。
あたるはず。
あたる。
当たれ。
当たれ。
ドクン。
夕立が魚雷を持つ手から握力が亡くなり魚雷がそのまま下に落ちる。
夕立は右手で胸のあたりの艤装(服)をつかむ。
「な、ん、で――――」
夕立はその場にへたり込む。
天龍は勘が鋭い。
夕立がPTSDであることを理解する。
「夕立、下が―――、いや駆逐をやれ!」
荒い息で喉の渇きを堪えながら、夕立は周囲を確認する。
はっと顔をあげた夕立は立とうとするが足が震えて立てない。
今はへたり込んでいる場合じゃない。
立たなきゃ。
立て――――。
「うああああああああああ」夕立は己を奮い立たせる。
夕立は立ち上がり両腕を前に突き出す。
夕立は汗と埃にまみれて鼻血が垂れる。
違和感に気づいた夕立はそれを片手で拭う。
主砲、発射。
黒い鯨のような敵駆逐艦に命中、轟沈。
暁、雷は敵の弾幕を避けながら、敵軽巡と格闘する。
「島風!」天龍が叫ぶ。
「おう!」島風の返事と共に、天龍は島風に活路を見出すべく、魚雷を発射、随伴艦の駆逐2体が沈む。
突進したリ級が噴煙を払い、天龍の前でにやりと笑う。
天龍に抱き着く。
「しまっ」
自爆。
天龍が気絶、大破。
敵戦艦が主砲を斉射。
夾叉弾。
島風が敵戦艦に魚雷を放とうと肉薄する。
「酸素ぎょら――――!?」
敵戦艦は、大破した阿武隈を護衛軽巡の手で正面にもたせる。
「ひきょうもの―――!」
「だらしないったら!」後方に回り込んだ霞が魚雷を放つ。
旧式の魚雷であることを敵戦艦は見抜き、鼻で笑い、味方軽巡を盾にする。
一瞬阿武隈が敵の手から離れる。
島風は阿武隈を抱きかかえる。
霞は、敵戦艦に持ち前の機動力で、撹乱しながら、卯月を回収。
天龍は気絶し、夕立が肩を組んで運び出す。
戦術的敗北—————。
報告書を読みながら俺は考える。
電探の数によって壊滅的な被害は避けられたが、反面、決定打にかける。
天龍は入渠するが、数日は治らない。
傷を治し、報告書を渡した夕立がうつむく。
「阿武隈や卯月を回収できたし、敵随伴艦は壊滅した。天龍が回復すれば――――」
「提督さん」
「ん?」
「夕立を」
解体して――――――。
彼女は自身の胸をつかみ、訴えかける。
その切実な瞳に俺は言葉を失う。
※ ※ ※
「報告書に書いてあるが、本当に魚雷を打てなくなったのか?」
「ぽい、じゃなくて、うん、じゃなくてはい」
「そっか。まぁ解体したい気持ちも分かる。心療内科に見てもらうのが普通だが、人間の受診で手いっぱいで、艦娘まで診る余裕はないからな」
「病院に行けば治るの?」
「まぁ俺も医者じゃなく、患者側だったからよくわからないが……明石にはみせたのか?」
「明石さんは、艤装の修理でこれは夕立に問題があるから」
「そうなのか?」
俺は大淀を見やる。
大淀は深刻そうに頷く。
「ちょっと今日はとりあえず休んでくれ、退役手続きにもある程度時間がかかるから」
「失礼します」夕立はぽいという語尾を忘れて、部屋を後にする。
とりあえず近隣の鎮守府に連絡する。
「ソロモンでの戦いで由良が、そうか、うんわかった」
キス島攻略は夕立を外し、代わりに練度に少し不安があるが雪風を入れた。
タービンを全艦隊にのせて修理した阿武隈による先制雷撃と、電探を乗せた暁の探照灯による囮、霞と、雷、島風に魚雷を多くのせて攻略は無事成功した。
復活した天龍に文句を一時間程度言われたが、なんとか納得してくれた。
夕立は食事をとるが、それも次第にしなくなり数週間引きこもりがちになる。
「こればっかりは俺が言ってもどうにかなるわけじゃないからな」
「解体なさるんですか?」大淀が俺に茶を淹れる。
「いや、あの練度の艦娘の解体には大本営の許可がいるし、まぁ対策もしたから大丈夫だろ」
「対策とは?」
※ ※ ※
私の部屋のドアがノックされる。
「いないっぽい」
ドアの前の艦娘二人は一瞬ためらう。
「今は誰とも会いたくないから!ほっといて!」
ガチャリとドアが開く。
私はうつぶせになった顔をあげる。
いくら提督さんでも、今は――――。
「大丈夫?夕立」
「由良、五月雨」
そこには私の鎮守府にはいないはずの二人が微笑んで由良が頭を撫でてくれた。
「どうして、ここに?」
「ここの提督さんに頼まれたの」
「なんで」
「あなたに会いに来たの」
「由良の鎮守府の夕立はいたんじゃないの?」
「退役したわ」
「なんで?」
「敵姫級を倒したけど損傷がひどくてね」
「夕立はその夕立の代わりじゃないっぽい」
由良の表情が固まる。
五月雨が声をあげようとするのを由良が手で制す。
「少し、外に出てお話ししない?これを食べた後」
五月雨がよく見ると、塩むすびとお茶をのせたお盆を持っていた。
私はいらないと言おうとしたが、腹の虫は正直だ。
正直食べたくはなかったが、食事するのがめんどくさくなり空腹による気持ち悪さのほうを克服したかった。
五月雨に渡された塩むすびを食べると懐かしい感情が湧き出てきた。
ポロポロと涙を流す。
由良が私を抱きしめ、五月雨が微笑む。
「ごめん、ごめんなさい」
「大丈夫よ」
「由良を守れなくて、ごめんなさい」
「うん」
「辛かった」
「うん」
由良は私の背中を撫でてくれる。
「ずっと、この姿になってから」
「よく、頑張ったね」
私は慟哭する。
五月雨も泣いていた。
由良も強く抱きしめてくれた。
私は一人じゃなかった。
※ ※ ※
「報酬で由良と五月雨を配属させる予定ならおっしゃって下さいよ」
「いったら夕立が知るだろ?」
「そうですか」
「あの」大淀は口ごもる。
「ん?」
「提督はなぜ――」
「使える使えない、役に立つ、立たない」
大淀は提督の言葉に耳を傾ける。
「そんな考え方だけで何かを定義するのはもう嫌だからな」
彼は窓の外を見やる。
夕立と五月雨、由良がベンチに座って笑いあうのを見る。
きっと正しいだけが強さじゃない。
大淀はそんなことを思いながら彼の大きな背中を見つめるのだった。
次からはほのぼのへ。