バキリと嫌な音を立てて神剣が砕けた。
「……木?」
俺の剣を砕いた男が、散らばる木片に眉をひそめる。
「木であの強度と切れ味。刻んだ模様が原因か」
ああ、そうだよ。
コイツは……古代に枯れた世界樹の枝で作った神剣じゃない。
ただの木剣に日本語を刻んで、神剣っぽく見せた偽物だ。
部屋に戻ればストックは七本あるし、素材の角材は三本転がってる。
「そんな……神剣が」
後方で膝を付いているコレオが絶望した表情を浮かべる。
やめてくれ。材木屋で売ってる安物と俺の労力しか使われていない品にそんな表情をするんじゃない。
「下がって!」
俺と男の間に遊撃を担当していたレオナが剣を振って割り込む。
男は黒い霧を広げて目晦ましにし、後方へ距離を取った。
「神剣は……ダメそうね」
レオナの視線を追うように、手元の剣を見る。
柄から先は砕け、ささくれ立ち、突き刺すくらいしか使い道は無さそうだ。
「一合くらいは保つと思ったんだけどな」
いやホント。神剣のストックなんて持ち歩けないから、持久戦に弱いことは改善する必要があるな。
「……ごめんなさい」
「なに謝ってるんだよ」
「リーダーが撤退を提案したのを、無視したアタシの責任よ」
レオナは壁際に寝かせている負傷者たちと、治療に専念するタニアへ視線を向ける。
「お前の意見を受け入れた。だからこれはリーダーの責任だ」
「逃げて応援を呼びなさい。時間は稼ぐから」
レオナはそう言って剣を構え、呼吸を整える。横顔には覚悟の表情が見える。
「僕も、まだ少しなら……」
杖を支えにコレオが立ち上がる。眼は虚ろで焦点は定まっていない。
出口は一つ。男の背後にある階段のみ。
男は余裕があるのか、最後の抵抗を見たいのか、ニタニタと笑いながら此方の出方を窺っている。
俺はこちらを窺うタニアへ視線を向けるが、彼女は言葉を発さず首を振った。
負傷者を抱えての移動はまだ出来ないのだろう。
仲間を置いて助けを呼ぶのが最適解……だけど。
「ここで逃げたら。義姉さんに顔向けできないな」
「……なに? 策でもあるわけ」
「少し、時間を稼いでくれ」
腹を括る必要があるからな。
俺の言葉に、レオナは不敵に笑う。
「作戦会議はお終いか?」
こちらが動くと悟ったのだろう、男が黒い霧で双剣を作り出す。
「ええ。出し惜しみはナシ! 全力で行くわよ!」
レオナが地を蹴り、男へ接近する。
「我が一族、レオンハルト家守護の神! 金色の獅子よ! 碧き瞳に映る敵を薙ぎ払え!」
この世界ではお約束。如何に自分が強く、優れているのかを世界へ認識させる詠唱は、何度聞いても恥ずかしい。
レオナの髪と瞳が輝き、剣先に獅子の顔を模したエネルギーが形作られた。
そんな彼女を援護するように、コレオが詠唱を開始する。
「風よ風よ! 目に見えぬ其方よ、今ここに集い、眼前の敵を打ち抜け!」
風が集まり、杭の形へ変わり男に向かって放たれた。
レオナを追い越し、男へ迫った風の杭は剣の一振りで掻き消される。
ただの一振り。だが、その動作が隙となり肉薄した彼女の攻撃が届く。
「吠えよ! ロア!」
獅子の顔からエネルギーが放たれ、眩い閃光が男を包む。
「もう、限界」
背後でコレオが前のめりに倒れる。
気を失ってはいないが、指先一つ動かせないようだ。
「レオンハルト家。没落すればここまで落ちるか」
閃光の晴れた先、多少の傷を負い、ブスブスと煙を上げながらも男が立っている。
「没落したという事実。世間の認識。全盛期であれば、危うかったな」
男の言葉に、レオナは舌打ちをしたが現実は変わらない。
振るわれた剣を受け止めるも、吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「さて、どうする?」
男が俺を見る。
所詮、子供の悪足掻きだと決めつけ、余裕の表情は変わらない。
「保ってくれよ、俺の精神!」
文言は整った。覚悟もできてる。あとは……勇気だけだ。
「ッ!」
折れた木剣を手の平に突き刺して、投げ捨てた。
ドクドクと血が流れ、叫びたいほどの痛みに襲われるが耐える。
噛むな、上擦るな、胸を張れ。
『さぁさぁご観覧あれ! 八百万の神々よ! これよりお見せするは英雄譚の始まり! 英雄の始祖たる我が血を用いて、眼前の敵を屠って見せましょう!』
なんだよ、英雄の始祖って。こちとら普通の男の子だぞ。
内心で嗤うと、魔法の制御がブレた。
自分の言葉を疑うな。今だけは、本気で信じろ。
口角を上げるな、視線をあの男から背けるな。
誰も言葉の意味なんて、理解していないのだから。
「なんだその詠唱は!? どこの言葉だ!」
狼狽える男を見て、レオナは声を上げて笑う。
「知らないでしょうね。アイツの神剣は、神代の文字が刻まれていたのよ」
「あの木剣に?」
男の視線が、捨てられた木剣へ向く。
「あの詠唱は神代の言葉。アタシたちにも、アンタにも意味が分かるわけないでしょ」
彼女の言葉により、この空間にいる人物の認識が変わる。
それに呼応するように魔法の出力は上がっていく。
足元に広がる血溜まりが宙に集まり球体となり、今なお手から零れる血もそこへ集まる。
『我が後ろに在るモノには繁栄を! 我が前に立つ障害には裁きを! その勇姿を見たければ、奮って加護を与えたまえ!』
球体は徐々に細く、長く伸びつつ捩じれ、回転していく。
回転数が増していくと、甲高い音が空間を満たす。
異様な光景を見た男が、霧の剣を弓へ変え、矢を放つも俺の血がそれを弾く。
『今ここに……解き放て! 始祖の槍!』
眩い光を放ち、血の槍が放たれる。
刹那に加速した赤い光は、男に一切の抵抗を許さず飲み込んだ。
「キレイ」
レオナがポツリと言葉を漏らす。
後ろのコレオも、タニアもその光景を黙って見ている。
閃光がしばらく続き、静寂と共に男の存在を消し去った。
「終わった……よな」
結構な威力だったと思うが、壁や出口には傷が一切ない。
本当に、ファンタジー世界はふざけてる。
詠唱の文言を思い出し、恥ずかしさに顔が熱を帯びてくるのを隠したくて、顔を手で覆ってしゃがみ込む。
「大丈夫!?」
力を出し尽くしたと思ったのだろう。
レオナが駆け寄って肩を貸してくれる。
「ありがとう」
「まったく。アンタが詠唱して魔法を使うの、初めて見たわ」
改めて周囲を見渡すと、重傷者を含めてみんなボロボロだけど、生きている。
「……使った甲斐があったよ」
「神代の言葉による詠唱……流石だよ」
動けないはずのコレオが、好奇心に瞳をキラキラと輝かせ、今にも立ち上がりそうな勢いだ。
頼むから、詠唱のことは忘れてくれ。
******
「始祖の槍! これは、彼が初めて神代の言葉で詠唱した魔法と記録されています。かの大魔導士が本人に聞き、翻訳したものです」
午後の日差しが教室内を照らす中、教師が本に書かれている詠唱について話している。
私は挿絵に描かれている少年が、銅像より若いことに気が付いた。
「先生!」
クラスメイトの一人が手を上げ、質問した。
「名家の生まれでないのに、英雄の始祖と自分で言ったのですか?」
「いい質問です。彼は王国の歴史上、出自は不明です。しかし、誰にも解読できない神代の文字を書き、唱えることが出来ていました。恐らく、とても古い一族の末裔だったのでしょう」
人の認識が力となるこの世界で、誰も知らない言葉を操り、徐々に認められた英雄の始祖。
名家の子弟とは違う本当の成功者。
本の末尾には、数々の文献を参考にしていると記載されている。
彼の仲間の自伝、歴史書、吟遊詩人の詩などだが。それぞれの記述が微妙に食い違っており、何が本当なのか分からないと注釈されていた。
気にならないと言ったら、嘘になる。
「今日はここまで、演習場で自習するものは届出を怠るなよ」
教師の言葉にみんなが立ち上がり、教室を出ていく。
私は後片付けをしている教師へ近づき、話しかけた。
「……どうしました?」
「この本は、彼の生涯を綴っていますけど、参考文献によって記述が違う部分はどうなっていますか?」
「多くの研究家が、この本を作るのに協力していますので、ここに書かれていることが概ね事実として認識されています」
「彼と直接会った人は、まだ存命でしょうか」
私の質問に、教師は思案する。
「長耳族と交友があった記載がありますので、彼らならあるいは……」
長耳族の住んでいる場所へは、今すぐには行けない。
まずは、図書室で彼の出自から調べよう。