「ナディ。先生のところへ行く時間よ」
この世界で目覚めて数日。
義姉に連れられて俺は村の外れにある広場へやって来ていた。
祭りの時にはここに櫓が立ったりするらしいが、普段は何もない。
「先生って、駐在さんでしょ?」
「そう。ナッツさん」
ナッツ。記憶にあるのは王都から派遣されている駐在騎士。
戦っている場面は知らないが、そこらの荒くれ者よりは強いのだろう。
この村では、子供に自衛手段として騎士から手解きを受けるみたいだ。
「こんにちは。ナッツさん」
「やぁ、エリサ。ナイディスの体調はもういいのかい?」
ナッツは義姉と俺の姿を認識すると、朗らかな笑みを浮かべた。
騎士としての服装は革の上に鉄板を張り付けた鎧。盾を背負い剣は腰に下げ、ヘルムを脇に抱えている。
「先生。今日はよろしくお願いします」
「ああ。ナイディスも10歳だからな。剣や魔法の練習をしてもいいだろう」
広場の子供たちは、体を動かすだけの年少組、剣や魔法の訓練をする年長組に分かれているようだ。
「ではエリサ。ナイディスを預かるよ」
「よろしくお願いします」
「怪我には注意してね」と言いながら、義姉は俺の頭を撫でて去っていく。
「さて、ナイディス。早速だが、戦う上で大事なことがある」
「……大事なこと?」
何だろう、心構えだろうか。
「訓練も加護もない今のお前は、貴族は勿論。騎士や兵士、冒険者には絶対に勝てないことを忘れるな」
……勉強で貴族に勝てないと言われれば、教育水準の違いで納得できるが、戦闘となれば話は別じゃないか?
「才能があって、努力をすれば貴族にだって勝てるでしょう?」
「まぁな。俺も学園へ入学したころはそう思ったよ。平民でも貴族に勝てるって」
ナッツは確か……王立学園で平民から騎士になったと記憶している。
「戦いはな、認識の加護で左右される」
「……認識の加護?」
加護についての記憶は……ナイディスにない。
「ああ。例えば、我が家は代々武門の名家です。これを自分だけじゃなく、周囲もそう認識していると、加護が強まり本来の実力以上に強くなる。騎士で言えば、周囲が騎士だから強いという認識。俺の騎士であるという自認や、厳しい訓練を乗り越えた自信なども影響してくる」
……つまり、家柄が古く、実績を周囲が認知するほど強いし、立場や自信も影響してくると。
「だから貴族には勝てないと?」
「ああ。アイツら、初代当主は神話の誰某から加護を受けている。なんて伝説を引っ提げてるからな。同じ魔法の打ち合いだと、勝負の土俵にすら上がれん」
じゃあ、ナッツはどうやって平民から騎士になれたんだ?
「先生はどうやって騎士に?」
「……自慢じゃないが、剣の腕はよかったんだよ。だから学園内や冒険者として名声を高め、周囲に認められたことで加護を得て、騎士になった」
そう言いながらナッツは背負っていた盾を見せる。
「この盾もな、騎士の紋章を刻むことで、普通の盾よりも強固になるんだ」
「騎士の盾という認識が働くから?」
「そうだ。呑み込みが早いな」
魔法についても、高名な魔法使いを輩出している家の方が有利に働くらしい。
「今は魔法も詠唱を普及させたことで、それなりのモノは誰でも使えるようになったんだ」
詠唱を聞けば何の魔法が来るか皆が知っているから、補正が乗るのか。
「だから。お前達には剣の扱いと普及している魔法を教えてるんだ」
不味いな。
生まれで強さがある程度決まっているなら、強くなって成り上ることは現実的じゃない。
「因みに、平民が力で成り上ることは出来ますか?」
俺の問いにナッツは顎に手を当て、首を捻る。
「俺のように学園へ行き、騎士か軍人になるのが一般的だ。もしくは冒険者として名を上げるかだな。冒険者は名声が広まりやすく、加護を得やすい」
「学園って誰でも行けるんですか?」
「貴族の子供や軍属なら確定で入学するな。一般入試もしているが倍率は高い」
ナッツの言葉に頭を悩ませる。
日本知識を生かして商売をしようにも、資金も人脈もない。
学園へ行くか冒険者としてなんとか成り上るのが無難に思える。
ある程度余裕を作り、そこから商売もやるべきだろう。
「ま、将来についてはもう少し後で考えよう。まずは魔法を使ってみるか!」
ナッツは一冊の本を開き、俺に渡した。
ページには魔法について記載されている。
「最初は水魔法だ。人や物に当たっても被害が少ないからな」
そう言ってナッツは手の平を正面へ向ける。
「詠唱の意味を自身で理解すれば、威力はもっと上がるがそれは追々な。……青き魔力、水の形となり、前方へ飛び出せ」
ナッツが詠唱をすると、手の平に水がボコボコと集まり打ち出された。
数メートル先の地面に水溜まりが生まれる。
「こんな感じだ。やってみな」
……いや出来ねぇわ!
確かに目の前で魔法が出たことにはテンションが上がる。
でも、恥ずかし過ぎる。
十歳のナイディスならまだしも、精神年齢おっさんの俺には、僕の考えた最強の呪文という黒歴史があるんだ。
「失敗してもいい。何事も挑戦だぞ」
頭を抱える俺を、緊張していると勘違いしたのか、ナッツが肩に手を置いた。
視線で促され、嫌々ではあるが手を前に出す。
「えっと……青き魔力、み、水の形となり、前方へ、飛び出せ」
ダメだ……昔、自作した『相手は必ず死ぬ氷の魔法』の詠唱が脳裏をよぎって、集中できない!
声が上擦り、言葉に詰まる。
唱え終えると、体の中から熱い何かが手の先へ集まったのだが、水へ変わらず空気中に霧散し魔法は出なかった。
「恥ずかしがったらダメだぞ」
「すみません」
その後も何度か挑戦したのだが、どうしても黒歴史の数々が羞恥心を刺激し、成功しない。
魔法は諦めて剣でも振るかと思ったとき、あることに気付いた。
「先生の盾は騎士の紋章を彫って、強度を上げているんですよね?」
「ああ。他にも鎧や剣に家名や家紋を彫ることもあるぞ」
……つまり、意味のある記号や文字なら効果があるのでは?
ナッツも言っていた。自分でそう思うことも大事だと。
俺は一つ試してみるかと、手ごろな枝を拾い、ナッツからナイフを借りた。
「何をするつもりだ?」
「文字を彫るんです」
詠唱も、武具に彫られた彫刻も、意味を知っていると加護は働く。
日本語は俺にしか読めない。これを古い言葉だと言い張って、加護を得られるのでは?
古い言葉だと信じてもらうための手はある。
「出来た」
俺は枝に『斬鉄剣』と刻み、先端を削り剣のように見立てた。
「見たことないな。どこの文字だ?」
自分で考えたと言っても、子供の遊びにしか思われない。
だから、ナイディスの出自を上手く使う。
五歳で拾われ、義姉と血が繋がっていないのは周知の事実。
そこで、故郷に伝わっていた古い言葉という設定でハッタリを効かせる。
「これは『斬鉄剣』と読みます」
「……なんだって?」
「斬鉄剣。鉄をも斬る剣を指す文字です。両親から教わった神代の言葉です」
「神代の言葉」
さぁどうだ?
ナッツが本気で信じてくれたかは別として、そういうモノと認識しろ。
「試しにこの石を切ってみましょうか?」
「そうだな。嘘じゃないか見定めよう」
右手で枝を持ち、左手で石を上に放り投げる。
腰を落とし、石へ狙いを定めて枝を振るう。
イメージするのは国民的アニメの侍。彼のように、つまらぬものを斬って見せる。
「当たった……けど、切れてない?」
枝は石に当たったが、少し欠けただけで両断されていない。
「いや……成功だな」
ナッツは石を拾ってこちらへ断面を見せてきた。
「剣筋がブレて端を切ったが、見事な切れ味だ」
石の欠けた部分は僅かだが、鋭利な刃物で切られたようになっている。
「やった!」
成功だ! これで詠唱をせずとも、戦える可能性が出来た。
「その文字に加護が宿ったのは確かだが、神代の言葉かは不明だな」
ナッツを信じ込ませることは出来なかったか。
だがそれでもいい。この方法が有効なのは確実だから。
「先生。魔法はいいです。剣だけを教えてください」
「……そうだな。その言葉は、他にも知っているのか?」
知ってるも何も、母国語ですよ。
「はい。色々刻む文字を変えて、試してみます」
「わかった。文字を刻んだモノで何かをするときは俺を呼べ。思わぬ事故が起こるかもしれん」
その後は剣の素振りを習い、今日の稽古は終わった。
俺はナッツに頭を下げ、足早に家へ向かう。
道中で材木屋の人に不要な木板や材木を貰うことも忘れない。
「こいつで強くなって、学園へ入学して成り上ってやる!」
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彼の詠唱による魔法は『始祖の槍』が初出と記録されているが、神代文字自体はそれよりも前に確認されている。
彼は身近なものに神代文字を刻み、即席の武器としていたからだ。
しかし、多くの武器は出力に耐えきれなかったのか、木は燃え、石は砕け現存している品は少ない。