ガリガリと木を削る音が響く。
灯りも貴重なこの家で、俺が頼れるのは月明かりだけだ。
義姉は酒場で家にいない中、俺は外で一人、黙々と木を削る。
「まずは木剣を作る。そこからいい感じに文字を彫る」
これは練習。木剣の形にどこまで文字を彫れるかを確かめるんだ。
ナッツに教えてもらった俺の体格に合う剣のサイズに木を削り、数度の試し振りを行う。
両手でも片手でも問題なく振れることを確認したら、文字に取りかかる。
「ナッツにバレたら大目玉だな」
文字を刻んだモノで何かをするときは俺を呼べと言っていた。
つまり、文字を彫ることは禁止されていないし、多少の実験は黙っておこう。
少しでも、加護について研究しないと。
「まずは何を彫るか……だな」
『斬鉄剣』は枝で石を斬れる程度の力があった。
ただ、ここで確認したいことが何個かある。
一つ、文字だけで効果があったのか。
二つ、俺がイメージしたアニメキャラクターは効果を及ぼしたのか。
三つ、あの時、ナッツの認識がどの程度作用していたのか。
四つ、ナッツが少し信じているだろう今。加護の効果は変わっているのか。
五つ、漢字一字と単語、文章で効果は変わるのか。
「先に枝で試すか」
俺は持って帰ってきた『斬鉄剣』の枝を手に、刃こぼれして捨てる予定だった包丁を地面に突き立て、水平に斬る。
素振りの効果だろうか、今度は剣筋がぶれることなく、刃の中央に枝が当たった。
「やった!」
枝は何の抵抗もなく包丁を切断する。
断面も石と同様に、綺麗だ。
ナッツの認識が作用しているのか、元からこの程度の鉄は切れたのか不明だが、『斬鉄剣』が鉄を斬れることは証明された。
「次はイメージをなくす」
ただ無心で包丁を斬る。
すると、切れたのだが僅かに抵抗されたような感覚があった。
断面もガタついていて無理やり千切ったように見える。
「イメージは大事か」
次は文字について。
検証の結果、単語や文章ではなく、一字ごとに効果が出ていると思う。
斬と書けば切れ味が上がり。
鉄と書けば曲がりにくくなって。
剣と書けば斬と鉄には及ばないが、両方の効果を得られた。
「剣の効果が重複してるけど、効果が掛け算なのか足し算なのか分からないな」
これは追々研究するべきか。
今分かったことは、文字の効果を明確にイメージすることが大事らしいこと。
一文字で効果があるなら、刻めるだけ刻むのが良さげだということ。
「木材を補強する文字……切れ味を上げる文字……」
地面に思いつくだけの文字を書き、その中から彫りやすいものや、効果をイメージしやすい物を選ぶ。
剣先から柄にかけて、どのような配置にすれば見栄えが良いかも考える。
『鋭』『斬』『硬』『耐』といった文字や『剣』『鉄』『刃』を刀身や柄に刻む。
線が潰れて、字の形が崩れないように。
雲が月を隠せば休憩し、握力が無くなればまた休憩。
木剣が汗を吸い、色が濃くなった頃……それは完成した。
「やった……出来たぞ」
木剣を離し、大の字に寝転がる。
いつの間にか月は頭上で輝き、結構な時間が経過していたことを知った。
「終わったの?」
視線を移せば義姉がこちらを見ている。
「うん」
「まったく、ご飯も食べずに……なにしてたの」
「剣を作ったんだ」
手探りに木剣を掴み、掲げた。
「これ、何て書いてるの?」
「記憶にある故郷の文字。意味は剣に役立つもの」
「……そう」
義姉の表情が曇る。
ナイディスの記憶に両親のことはない。
両親については、いつもはぐらかされていた。
話したくないのか、義姉も詳しく知らないのかもしれない。
「覚えてるの?」
一瞬、言葉に詰まる。
「ほとんど何も。ただ、古い言葉だけは忘れるなって……」
「何て書いているか読めないけど、綺麗な文字ね」
「ありがとう」
そこからは、互いに何も言わず家へ戻り夕食を食べ、一日が終わった。
「先生! これ!」
翌朝、広場でナッツへ木剣を見せる。
ナッツは刻まれた文字を一つ一つ丁寧に確認した。
「昨日見たのと同じ文字があるな。他の文字も意味が?」
「えっと、剣に必要だなって意味や材質について彫ってる」
俺はそれぞれの文字が持つ意味をナッツへ説明する。
「……言葉ではなく、文字を刻んでるのか」
「大変だったよ。月明かりしか無くてさ」
「昨日は斬鉄剣だったか? 言葉を刻んだのに、よく文字だけで効果があると気付いたな」
ギロリとナッツの鋭い視線に射抜かれた。
顔に出たのか、俺が実験したことを察してナッツの拳が脳天に叩き込まれる。
「ギャッ!?」
「……約束をしただろう! 俺の認識がどう影響するか不確かなのに、死にたいのか!」
ナッツの怒声に、広場にいた子供や周囲の大人たちが集まってくる。
痛みから反射的に目尻へ涙が溜まるが堪えて、頭を下げた。
「約束を破ってすみません」
「この文字には力があるんだ。不用意なことはやめなさい」
それから俺はナッツに確認したことを報告した。
「ふむ。普通は家紋や職業を示す紋を刻むのだがな。王国の文字を刻んでもそのような効果があるとは聞いたことがない」
「じゃあ、この文字は魔法の詠唱に近いんですか?」
詠唱は、言葉で魔法に意味を持たせていると聞いた。
同様の効果が日本語にはあるのかもしれない。
「俺も魔法は専門じゃない。剣で戦う時のサポート程度しか知らん。王都の魔法局なら仮説を立ててくれそうだが」
「先生。とりあえず、木剣の性能を確かめたい」
前に進まない話をしても埒が明かない。
ここはトライ&エラーでやっていこう。
「よし。まずは性能を確かめ、加護を強めていくか!」
ナッツは改めて、刻まれた文字の効果を確認してくる。
「つまり、炎が出たり、斬撃が飛ぶようなことは無いんだな?」
「そう思います。あの、剣を振ったらそんなことが起きるんですか?」
「……高位貴族や武家ではな」
ナッツは嫌なことを思い出したのか、顔を顰める。
改めて思う。凄いな、異世界。
「子供たち! あと周りの皆さん、ご注目ください!」
ナッツが木剣を掲げ、大声を出す。周りの人がナッツの持つ木剣へ視線を向けたり、近づいてくる。
「みなさん。これはナイディスの故郷で伝わる神代の文字らしい。その効果は私も確認しています」
ナッツは木剣を俺に渡すと広場の端に置いていた木製の人形を持ってきた。
人形には革鎧が着せられており、年長組が打ち込みに使っているのを見たことがある。
「先生。この鎧って」
「以前、盗賊から拝借したものだ。どうなっても文句は言わん」
ナッツは俺から『斬鉄剣』の枝を受け取ると、周囲に見せびらかした。
「昨日、ナイディスは枝に三文字刻み、石を斬った。そして、これほどに文字を刻んであれば、木剣であろうと、この人形を斬れるだろう」
周囲のざわめきが大きくなる。
視線が俺に注がれ、木剣へと向いて行く。
「昨日と違い、今日はどういう結果になるか分からない。みなさん、離れて」
ナッツは全員が十分な距離を確保したのを見届けると、人形の後ろに立った。
「やれ、ナイディス。縦でも横でも、思い切り剣を振れ」
「でも、先生」
「斬撃が飛ぶ可能性はゼロじゃない。万が一の為さ」
立ちはだかる人形とその後ろで盾を構えるナッツを見る。
人形は、打ち込まれた影響か革に傷や汚れはあるが、大きな損傷はない。
横なら、斬る距離が短い。
縦ならどうだろうか? 距離も長いし木の抵抗も大きいから難しそうだ。
「やるからには、少しでも前へ」
そうだ。どっちが難しいかじゃない。
俺はこの方法が通用するか確かめなきゃいけない、やるなら縦一択。
「いきます」
周囲の注目を無視するため、目を閉じ呼吸を整える。
剣を構え、文字が与える加護を強くイメージ。
「セイッ!」
掛け声と共に剣を振り下ろす。
手応えは何もなく。素振りをした感覚だった。
人形は縦に割れ、半ばまで食い込んでいるが、途中で固い何かに阻まれ、ナッツの苦悶の声が聞こえる。
「すげえ」「本当かよ」「マジか!」
周囲は目の前の現象に興奮し、大はしゃぎだ。
「……これ程とは」
ナッツの驚愕した表情。
それもそうだろう。加護を受けた騎士の盾に、木剣が半ばまで食い込んだ。
「先生! 怪我は?」
「……大丈夫だ。盾は潰れたが腕は軽く痺れた程度だ」
ナッツの報告に俺は安堵の息を漏らす。
遅れてやって来た達成感に俺は剣から手を離して拳を握る。
切れない道理を加護の力で抉じ開けた。
やれる! 振れる剣が大きくなれば、それだけ文字も刻める。
「先生! 俺、学園に行くよ。そんで、貴族に負けないくらい強くなって、成り上ってみせる!」
「……ああ。お前なら、本当にできるかもな」
俺の言葉に、ナッツは笑う。
子供の夢物語じゃない。現実味のあることだと理解してくれているからだろう。
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王国の各都市を繋ぐ場所に、とある村がある。
一説ではそこが彼の故郷と言われているが、当時を知る者はおらず、仮説の域を出ない。
しかし、この村の酒場には一振りの小さな木剣がある。
彼の使っていた神代文字が刻まれたその木剣は、彼が幼少のときに使っていたと言い伝えられている。
多くの学者は模造品と考えているものの、真相は誰も知らない。