カンカンと木を叩く音が広場に響く。
周囲には子供や暇をしている大人達が観客として、俺達を見ている。
「ずいぶんと防御が上手くなったじゃないか」
「先生のおかげでね」
あれから五年。俺はナッツの指導を受け着実に成長した。
加護の扱いは勿論、剣術についてもだ。
だが、ナッツには加護付きの木剣を使わないと中々勝てない。
今回の模擬戦で、俺は普通の木剣を使っている。
理由は単純。強力な武器に頼る癖を作らないためだ。
「やっぱり盾と剣の組み合わせは強いね」
「歴史が証明しているからな」
盾に身を隠し剣で仕留める。
これがこの世界における戦士のスタンダード。
だが、俺は違う。
盾を構えず、片手は常に空けているし、ポケットや腰袋、背中にも何かを隠していると分かるほどに膨らみがあるのには勿論、理由がある。
「防御はもういいだろう。攻めてこい!」
ナッツが腰を落とし、本格的に防御の姿勢を取った。
盾があればシールドバッシュを使い攻めるが、俺はポケットから石を取り出す。
「爆ぜろ!」
「!?」
ナッツの足元に石を投げ、叫ぶ。
石は白煙を上げ、互いの視界を塞いだ。
これは即席の煙幕。石に『煙』と『白』と刻んで作ったもの。
盾持ちの攻略は背後から攻めるのがセオリー。
だからここは、敢えての正面突破!
「燃えろ!」
今度は木製の投げナイフを二つ、投擲した。
刻まれているのは『狙』と『火』。これで簡易的な炎魔法のようになる。
「くうっ」
煙を割いて現れる炎へナッツは盾を構え防御した。
これで一瞬の隙が生まれるが、この程度で一撃を与えられるとは思っていない。
「次!」
再度、石を投げて煙幕を作る。
ナイフで散った煙の隙間を埋め、再度俺達の視界は閉ざされた。
この隙に俺は服と背中の隙間に隠していた三節棍を取り出し、剣を投擲してナッツへ肉薄する。
ナッツが盾で剣を受けてから、自身の剣を薙ぎ払い、煙を散らす。
煙が晴れた瞬間のナッツにとって、剣とは違う軌道を描く棍の動きに、正確に対処するのは難しかったのだろう。
下段に振られた棍を受けようとしたナッツの剣に鎖が掛かり、先端の棒が回り込んで膝裏を打つ。
「ぐおっ!?」
膝の裏を叩かれ、体勢を崩した喉元へ三節棍の先端を当てる。
残った煙が薄れる頃、観客も誰が勝利したのか理解した。
「……どうでしょう」
「手札が増えたな……よくやった」
肩で息をする俺を笑いながら頭を撫でるナッツ。
俺が何か達成する度に、こうして頭を撫でてくれるのだが、そろそろ子ども扱いはやめて欲しいものだ。
「戦術と技術で俺に勝った。問題ないだろう」
「……ありがとうございました」
それは、俺とナッツの修行が終わりを迎えた合図だった。
「学園の受験は春の終わりに行うのが通例だ。ギリギリに向かって間に合わないと意味がない。エリサへ報告し、早めに向かえ」
「わかってます」
そうだ。
ナッツに勝てば終わりじゃない。
俺はまだ義姉へ今年、学園に向かうことを話していない。
義姉は周りから聞いている入試の難度や費用の件で、お金を貯めてから受験すると思っており、今年出発するとは考えていない。
そこで俺は圧倒的な実力を示し、特待生として入学することで金銭面を解決しようとナッツと計画した。
「出る日が決まれば言いに来い。餞別くらいはくれてやる」
俺はナッツへ頭を下げ、家路についた。
義姉が仕事へ向かう前に話をする必要があるから。
「ただいま」
「おかえり」
義姉はもう、世間では行き遅れと呼ばれる年齢になりつつある。
村の有力者や商人から粉を掛けられたが俺を理由に断っていた。
……それももう、今日で終わらせる。
「義姉さん、話があるんだけど」
「先に汗を流してきなさい。お茶を入れておくから」
背を向けたまま義姉はこちらを振り向かない。
言われたとおりに俺は裏手にある井戸で水を浴び、汗を流してから戻る。
テーブルには茶が置かれ、いつもの席に義姉が座っていた。
「それで、話って?」
「学園の試験が近いうちにあるんだ」
「……行くのね」
義姉の問い掛けに首肯する。
俺と視線を合わせたあとコップに口をつけ、一口飲んでから義姉は話した。
「ナディなら、本当に合格できるかもしれない。でも、お金はどうするつもり?」
「試験費用は狩りや畑仕事の手伝いで持ってる。それに、先生が特待枠なら学費や寮のお金も心配ないって」
「いつ出るの?」
「王都方面へ行く行商人の護衛をするから、それ次第。期限までに見つからないと一人旅かな」
これもナッツと計画したことだ。
行商人と行動し、俺の力を見せれば少しではあるが加護も強まるから。
「……待ってて」
義姉は立ち上がるとベッドを少し移動させ、床板を外す。
床下から袋を取り出し机に置いた。
ドサリという音と膨らみから、重いものが入っていると分かる。
「これを持っていきなさい」
「お金じゃないか。それもこんなに」
中は小銭が大量に入っており、長い年数をかけて少しずつ貯めていたのだと理解する。
「もし特待枠になれず、帰る必要があるなら、これを使いなさい」
「……でも」
「アナタは優しい。駄目ならそのまま帰らないつもりでしょう?」
俺の考えを見透かされ、義姉の言葉に何も言い返せない。
ここで話をしたら、その優しさに甘えてしまい、袋を受け取ってしまうから。
沈黙の中、義姉が立ち上がり俺の横へ来る。
そして俺の両頬へ手を添えて視線を合わせた。
「ナディ」
「……義姉さん」
「私の人生に負い目を感じる必要はないの。アナタを育て、見守ることは自分で選んだ。アナタが強くても弱くても関係ない。姉として、弟がいつでも帰れる場所でありたいの」
歯を食いしばっても、涙が溢れるのは止まらない。
アナタの愛したナイディスはもう居ないのに、俺がアナタを家族だと思っている。
負い目を無くすことは出来ないけど、アナタの誇れる弟でありたい。
「ありがとう、義姉さん。このお金は大切に使わせてもらいます」
「うん」
「でも、必ず何倍にもして返す! そして、義姉さんを支えるよ」
「……期待してるね」
義姉の涙ながらに微笑む顔を、俺は生涯忘れないだろう。
必ず、恩返しをしてみせると胸に深く刻んだ。
「よし! 湿っぽい話は終わり。仕事に行くからナディも行商人を探しなさいよ」
「……任せてよ」
それから数日後の早朝。
村から王都方面へ続く道の上に俺は立っている。
「忘れ物はない?」
「大丈夫だよ」
見送りは義姉とナッツだけ。
事前に村の人達へは挨拶を済ませている。
「手紙は落ち着いたらでいいからね」
「うん。必ず出すよ」
「ナイディス。これを」
ナッツは一つのバッジを取り出した。
表には騎士の紋章、裏には年号とナッツの名前が刻まれている。
「これは?」
「学園から騎士の道へ進むものに贈られるものだ。気休めにしかならんが、ただの平民と思われるよりはマシだろう。それと、これは俺が世話になった教師のリストだ」
ナッツの作ったリストには数人の名前が書かれている。
「学園はどうしても血統や家柄で差別が生まれやすい。早めに差別意識の低い教師を見つけろ」
「ありがとうございます」
別れに長い時間は必要ない。
ここは帰ってくるところで、いつでも戻れるのだから。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「無理はするなよ」
二人に背を向けて行商人の馬車へ近づく。
「本当に歩いて行くのかい?」
「これも修行ですから」
王都までは早くても一週間。
特待枠を得るために、俺はもう出し惜しみはしない。
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彼の生まれは決して有名な家ではない。
しかし、神代の文字を扱うことから、古い家柄の出ではないかという説が有力だ。
生涯大切にしていたとされる騎士のバッジからも騎士の教えを受ける環境だったと考えられている。
※バッジの裏は掠れており、年号や名前は確認できない。
彼の学園試験についての記録は多くないが、同時期に不思議な詩が広まっていたという記録もある。
吟遊詩人であった行商人の娘が残した詩には、奇妙な文字を刻んだ木剣を使う少年が登場しており、彼と同一人物ではないかと考察されている。