「ここらで野営するか」
「わかりました」
行商人をしているベンさんは、恰幅の良い体を持ち上げ、馬車から降りる。
「ナイディス。川で水を汲んできて」
「はい」
馬車の後ろから、ベンさんの娘であるリンさんが、取っ手のついた桶を渡して来たので受け取り、川へ歩く。
あれから三日。旅は順調に進んでいる。
ベンさんが言うには、王都までは比較的治安が良好で、運悪く魔物に遭遇するかどうかだという。
「今日は野宿で、明日が宿だったな」
今回の契約は、俺とベンさんに金銭のやりとりはない。
宿泊費と食費を見てもらうからだ。
俺は無名だが、学園の試験に参加することと、騎士であるナッツのお墨付きで成立している。
「どうぞ」
「ありがとう」
吟遊詩人もしているリンさんの声は心地よく、少し義姉を思い出してしまう。
おっさんになってもホームシックになるのかと、思わず笑ってしまった。
「どうしたの?」
「……なんでも」
夜は焚火を囲み、干し肉と薄いスープを食べる。
この世界で目覚めて数年。日本食が恋しくなるが食事には随分と慣れたように思う。
「明日は町に入るから、飯は期待して良いぞ」
「俺は干し肉でも構いませんよ」
顔に出ていたのか、ベンさんが食事についてフォローしてくれた。
「食事に詩は欠かせないよね」
リンさんがリュートに近い弦楽器を使い、曲を弾く。
メロディーは村で聞いたことはないが、詩は義姉が好んでいた建国物語。
「あれ?」
「どうした?」
「いえ。村で聞いたのと少し違うので」
俺の言葉を拾ったのか、リンさんが演奏を止める。
「詩人はね、アレンジするの。みんなが同じ内容だと詰まんないでしょ?」
「歌い手が変われば話も変わる。それを楽しめたら、通だよ」
「……なるほど」
声と演奏だけでは飽きが来る。だから各々脚色して歌うのか。
リンさんは「原典を大事にする人もいるけどね」と付け足し、再び歌う。
大筋は同じでも台詞や場面が違う。
それでも、建国物語に違いはない。
俺の知らない文化の話。
「村ではどんな話だったんだい?」
「そうですね……」
彼女の詩をBGMに俺はベンさんへ義姉の詩を伝える。
リンさんは聞き耳を立てているので、面白い部分を自分の詩に取り込むのだろう。
口伝で詩は変わり、どれが本物か分からなくなる。
それでも、みんなが『建国物語』を信じられるのは、物語に出てくる家が伝承を加護に使っているからだと思う。
「それじゃ、火の番を頼むよ」
「夜通しになるけど、昼には町に入る予定だから、頑張って!」
「ええ。おやすみなさい」
ベンさんとリンさんが馬車に入り床に就く。
俺は焚火の明かりで木剣を照らす。
素振りや打ち込み、模擬戦で使い古した木剣はヘコミや傷の影響で所々、文字が潰れそうになっている。
「ハッタリを効かすには、見た目も大事だよな」
知らない土地で木剣への加護を強める方法は、考えてある。
それを成すために、俺は新しい木材を取り出した。
「失われた世界樹の枝。それでいこう」
地球でも多くの神話に世界樹や信仰の対象になった樹が存在しているんだ。この世界でも世界樹の一つや二つ、あるだろう。
そのために、この木材は少しだけ値が張り、いい色艶をしている。
月と焚火の明かりを頼りに剣の形に整える。
もう何年もしているので、慣れたものだ。
素振りをし、重心と握りを整えて、文字を彫る。
手先が器用になり、刻める文字数が増え、切っ先から柄までビッシリと文字を刻む。
茂みで物音がすれば確認しに行き、警戒することも忘れない。
「あとは……艶出しだ」
ニスや漆に近い材料を塗り込み、木片に刻んで作った即席のドライヤーで乾かして、また塗る。
太陽が顔を覗かせる頃になると、木剣は飴細工のような輝きを放つようになった。
「試し切りだな」
俺は古い木剣を宙に投げ、新しい木剣を叩き込む。
木剣への加護は、俺が握る剣に宿るのだろうか? 鉄をも切り裂いたはずの古い木剣は何の抵抗もなく切断された。
「……要検証だな」
古い木剣を火に投げ入れる。
成長に合わせて作り直した品がパチパチと焼ける音を聞いていると、ベンさんがやってきた。
「その剣は?」
ベンさんの視線は俺が持つ木剣へ向けられる。
「これが本当の得物です。昨日までの剣は、文字の加護しか宿っていませんでした」
呼吸を整え、素振りをする。
風を切る音が鳴り、少し離れた先にいるベンさんの髪を揺らした。
「故郷に伝わる、失われた世界樹の枝から出来ています。業物ですよ」
「……それはそれは。頼もしいね」
リンさんは寝ているが、町に着くのは早いに越したことはないとして、出発する。
道中で起きたリンさんから、木剣について訊ねられた。
「その世界樹はどうして失われたの?」
「この文字と同じです。神代の古いモノですから。口伝でしか伝わっていません。どこにあって、どうして消えたのか。俺も知りません」
「文字について教えてよ」
俺はリンさんへ文字について一つ一つ説明した。
意味や刻むことで得られる加護について、隠すことなく。
「あー、参ったな」
話に夢中になっていると、ベンさんが馬車を止めた。
「どうしました?」
「あれが見えるかい?」
ベンさんの視線の先には、小高い丘が見える。
「あの丘がなにか?」
「あれはヒルタートルってモンスターだ。丘のように大きな亀でね。歩くのがとても遅い」
改めて丘……いや、亀に視線を向ける。
初めて見るモンスターだが、昔見た恐竜の化石が比にならない大きさだ。
道を横断する形で歩く亀は、動いているようには見えない。
「ここは一本道で周囲は森。迂回は出来ませんよね」
「馬車が通れるのは三日後かな」
……それはマズい。
試験日には余裕を持っているが、今後もアクシデントが無いとは限らない。
「なにか、アイツを移動させる術はないんですか?」
「聞いたことがあるよ」
リンさんがリュートを鳴らしながら話す。
「移動が遅いのは天敵がいないとき。危険を感じ動くと地震のようだって」
「つまり、ビビらせろってことですね」
「……やれるのかい?」
ベンさんからの期待の眼差しへ木剣……神剣を抜いて答える。
「昨日までの剣なら自信はありませんでした。でも、この世界樹で作った神剣なら、話は別です」
頼む。少しでもいいからハッタリを信じてくれ。
あんなデカイの切ったことないんだから。
「頼む」
「頑張って!」
二人の声を受け、亀に向かい走る。
亀が危険を感じることってなんだ?
動物なら顔だが、丘登りをするのは不毛だろう。
「狙うなら……甲羅だな」
足を駆け上り、腹側の甲羅に傷を入れる。
甲羅に傷をつける存在は脅威と見て逃げてくれるだろう。
「跳ねろ!」
革靴に刻んだ加護が発動し、足裏に強烈な反発力が生まれる。
足裏にバネを仕込んだように跳ねながら走ると、グングンと速度が上がっていく。
亀が作る陰に入ると、その大きさに息を呑む。
怖気づいてはいられない。止まることなく亀の足を駆け上り、甲羅へ向けて跳ぶ。
「ハァアアア!」
神剣の刀身で甲羅を切っても、大した脅威にならない。
だからイメージしろ。斬撃が甲羅を食い破り、柔らかな肉を切り裂く結果を。
神剣は何の抵抗もなく甲羅を斬り、素振りで生まれる衝撃や風が攻撃となり、中の肉にまで刃を届かせた。
『ギィィィィィイイイイイ!』
溢れる血を頭から被り、亀の叫びが耳を打つ。
何が起きたか理解できていないのか、亀はその場で足踏みをし始める。
「うおっ!?」
着地をした瞬間、想像以上の揺れに思わず膝を付く。
このまま留まれば踏まれかねない。急いで亀の後方へ回り脱出する。
振り返れば、亀は予定通り移動を始め、道は開けたのだが、足跡が道の半分を陥没させてしまうという誤算が発生した。
「……通れるかな」
とりあえず、ベンさんに一言謝ろうと思った。
ベンさんの巧みな馬車操作で道を通れた俺達は、無事に町へ到着し、夜になった今は酒場で食事を摂っている。
ベンさんは旅路が予定通りに進みご機嫌なのか、酒を飲んでいる。
「本当に凄かったよナイディス! 流石は世界樹の神剣だな」
酔って上機嫌なベンさんは俺の神剣や文字について頻りに褒めてくれる。
「リンも詩を作っていたし、君も英雄譚の仲間入りだな!」
「それはちょっと勘弁してほしいですね」
「男なら、歌われることは誉れだぞ?」
ベンさんは俺の返事に不思議そうな顔をする。
思い返すのは聞いてきた英雄譚の数々。
脚色、誇張された話は黒歴史としか言いようがない。
自分があんな風に歌われるのは冗談じゃない。
「では、次は最後の歌になります」
リンさんの曲が終わり、周囲へ声をかける。
「これは新曲で今日、道を塞ぐヒルタートルを退けた剣士のお話です。彼は古に消えた世界樹の枝から作られた木剣に、神代の文字を刻むことで神剣となった剣を持つ者です。嘘だと思う人は下りの道を進みなさい。大亀が残した足跡があるでしょう」
詩の説明に観客は指笛や、声を上げて盛り上げている。
リンさんが手を上げると店内は静寂に包まれ、彼女の歌い出しを皆が待つ。
今までの盛り上げるような曲ではなく、落ち着いた曲が奏でられる。
「王国も、数多の国も興っていない古の、神々の時代。
今は無き、世界樹があった。
消えた世界樹の枝が一つ、いつからか、剣へと姿を変える。
その剣へ古い文字を刻む者あり。
彼の者は古い一族の末裔なれど、誰もその興りを知らない。
古き神剣を握り、彼の者は流浪の旅へ。
道中、丘と見違う大亀と出会い、神剣の一振りで甲羅を砕き、地面を血の海へ変える。
大亀は暴れ、大地は地震で隆起した。
彼の者は優しき故、大亀の命は取らず見逃した。
今はまだ、旅の途中。
彼の者が歩んだ後は、英雄譚が残る」
リンさんの歌は、終始穏やかで子守歌のようだ。
内容としては神剣や文字の由来が、思ったより盛られているが、俺の話したことをアレンジしてくれたのだろう。
しかし、周囲の客が俺の剣をチラチラと見てくる。
やめてくれ。彼の者は確かに俺なんだけど、俺が歩いた後は英雄譚が残るわけないだろ!
だが、ここで恥ずかしがってはいけない。
もう世に出された以上、考えを変えないとダメだ。
この歌を信じる人が少しでもいれば、少しでも噂が広まってくれれば、俺の加護は強まるはずだから。
「せめて……俺のいない時であれば」
ついに我慢できず頭を抱える俺を見て、ベンさんが気遣う。
「武に生きるなら、詩を作られることは避けられない。詩はどこまで行っても空想だ。加護が強まってくれる程度で受け止めなよ」
「……努力します」
ステージを降りたリンさんがこちらへやって来る。
「お疲れ様です」
「えへへ。どうだった? ナイディスの詩」
「恥ずかしいですけど、よかったと思います」
俺の答えに満足したのか、リンさんは笑う。
だが、俺の詩と明言したことで周囲の視線はより一層強まる。
「ナイディス。折角だから、パフォーマンスをしたほうがいい」
ベンさんはポケットから金属のプレートを取り出す。
「心臓を守る気休めの鉄板さ。予備はあるから使いなよ」
鉄板は持つとズシリと重く、鏃を防げそうな厚みだ。
ここで時間を使ってはいけない。
鉄は熱いうちに打て。熱と期待が冷める前に、動け。
俺は周囲を見回し、ズンズンとステージへと歩いて行く。
「お集まりのみなさん! 今日は実に運がいい」
何のための社会人経験か。
プレゼンの一つくらい出来て当たり前。
「お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、先の詩は私のこと。そしてこれが、ヒルタートルを退けた神剣であります!」
神剣を掲げ、周囲に見せる。
ランタンの明かりを受けて鈍く輝く。
「そしてこちらは鏃すら弾く鉄板。これを見事、切り裂いて見せましょう!」
酒に酔った観客はテンションが上がり、叫び出す。
いつも通り、やる事は変わらない。
ナッツの盾よりも柔らかいんだ。落ち着いてやれ。
「行きます!」
鉄板を投げ、切り上げようとして止める。
切るだけでは芸がない。
「切らずに……切る」
ヒルタートルの時と同じ。
神剣を振るうが、刀身は当てない。
周囲には空ぶったように見えただろう。
しかし、鉄板が床に落ちた時、それは起こった。
「えっ」
誰かの声。
店内は静まり、床の一点を見つめている。
真っ二つに切られた鉄板。
素振りの風で鉄を斬る。
「これが、大亀の甲羅を斬り、退けた技です。神剣で鉄を斬るなど当たり前。今夜の余興は……いかがでしたでしょう」
頭を下げ、ステージを降り席へ向かう。
ベンさんへ宿に戻ることを伝え、店を後にする。
店を出ると、背後から大歓声が聞こえてきた。