王立学園は王都にある……といってもど真ん中にあるわけじゃない。
広大な敷地が必要な学園は、王都の端に門を構えていた。
「じゃ、試験頑張ってね」
ベンさんの好意で学園の近くまで送ってもらった俺は、深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
「ナイディスならいけるよ! あんなに強いんだから」
リンさんにも激励を受けて、俺は学園の門を通る。
「試験会場は……あっちか?」
ナッツから、生徒は制服を着ていると聞いていたので、統一された服を着ていない集団が向かう方向へ歩く。
俺の前を行く集団は主に二つのグループに分かれていた。
一つは緊張せず、複数人で和気あいあいと談笑しており身なりが良い。
もう一つは周囲を見渡し、浮き足立っている。
「試験への参加を希望する者は受付を!」
職員の案内に従い、受付へ向かう。
「ようこそ、王立学園へ。代筆は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
渡された受付用紙へ必要事項を記入する。
出自:平民
氏名:ナイディス
使用武器:剣
使用魔法:無し
「お願いします」
「ありがとうございます。確認します……え?」
職員は記入用紙と俺をチラチラと見る。
「あの、何か?」
「いえ。なんでもありません。健闘をお祈りします」
用紙に不備が無いとのことで、受験費用を渡し奥へ進む。
試験会場は開けた場所で、すでに試験は開始されているようだ。
周囲には教員と思われる大人と、全員同じ服を着た同年代の集団がいるので、先輩だろうと当たりをつける。
「あの、すみません」
「……なによ」
受験生が並ぶ列の最後尾。
身なりはいいが、一人で行動している少女へ声をかける。
ナッツから孤立している奴は没落した貴族か、軍属出身で派閥に属していないと聞いていたからだ。
稀に性格が悪くて友人がいないパターンもあるとも言っていたが……
少女は金髪碧眼で、身の丈程の大剣を背負っている。
鞘と柄には獅子をモチーフにした紋章が刻まれていた。
「今年の試験について、ご存知ですか?」
「……アタシを知らないの?」
キッと少女に睨まれる。
これは、性格の悪いパターンだったか?
「不勉強なもので、すみません」
「……そう。あれ、見える?」
少女が顎で示した先を見ると、受験生が鎧を着た試験官と思われる相手に、剣や魔法を撃ち込んでいる。
「王城勤務の第一騎士団へ、自信のある一撃を与える。それだけよ」
「模擬戦じゃなく?」
「戦っても勝てないし、誤って騎士が貴族の子弟を死なせたら大問題じゃない」
言われて納得する。
プロとアマチュアでスパーリングをするのではなく、ミット打ちの成果を確認するようだ。
話している間にも俺の後ろに続々と人が並んでくる。
これだけの人数、一人に時間もかけられないのだろう。
「アンタ、魔法を使うの?」
「なぜです?」
「それ、珍しい形だけど杖でしょ?」
彼女は神剣へ目を向ける。
「いえ、俺は剣士です。これは得物です」
そう言って神剣を抜いて見せた。
周囲から嘲笑とバカにする言葉が発せられるが、少女はジッと神剣を観察する。
「見たことない模様。それが自信の秘密?」
「君もその大剣。普通なら振れない重さだろ? それと同じだよ」
「いいわねアンタ。合格したら自己紹介しましょ」
「平民のナイディス。よろしく」
俺は笑いながら手を差し出す。
「自信満々ね……アタシはレオナ。レオナ・レオンハルトよ」
レオナは俺の手を握り返してくるが、周囲の嘲笑は俺からレオナへと移った。
『あの大剣……やはりレオンハルトの』 『あの没落貴族、まだ潰れて無かったのか』
「気にしてないわ。全員黙らせるために、アタシはいるの」
レオナはそう言って、名を呼ぶ職員に先導され騎士の前に立った。
「レオナ・レオンハルトだね。新米の頃、君のお父上には何度か指導していただいたことがあるよ」
「世間は狭いですね。父には合格の知らせと共にお伝えしておきます」
レオナの言葉に、騎士は苦笑した。
「こっちも仕事だからね、身内贔屓はしないよ」
騎士が剣と盾を構え、準備を整える。
レオナは背負っている大剣を片手で易々と持ち上げた。
「家名の加護を使うことは?」
「残念だけど、広範囲系は禁止。俺が受け損ねも、治癒魔法師がいるから安心して」
「わかりました」
レオナは大剣の側面中央に彫られた獅子の顔を撫でる。
「我が一族、レオンハルト家守護の神! 金色の獅子よ! その爪を刃に宿し、碧き瞳に映る敵を切り裂け!」
レオナが大剣を振る。
騎士はそれを剣で受けたが、粉々に砕けた。
一瞬の判断で騎士は盾を使い受け止め、大剣は静止する。
レオナが大剣を盾から離す。
盾は大きくへこみ、もう少しで腕ごと断ち切れそうに思えた。
「レオンハルト家。流石は名門だな」
「……ありがとうございました」
レオナは不服そうな表情を浮かべ、頭を下げる。
「試験官、彼女については?」
「文句なしで合格ですね。特待枠については……」
騎士は後方にいる男性へ目を向ける。
男性は古く、傷だらけの鎧を着ており威厳がある。
明らかにここにいる騎士達の上席とわかる。
男性は首を振って騎士から視線を反らした。
「特待枠でなく、一般枠の入学でお願いします」
「わかりました。では、これを帰りに受付へ。詳細な説明は受付から聞いてください」
レオナは職員から用紙を受け取り、俺の方へ来た。
「さぁ、次はアンタでしょ? その剣の力、見せてみなさいよ」
レオナの言う通り、職員は俺の名を呼ぶ。
試験官を務める騎士の下へ向かい、頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ナイディス。平民だね。何で勝負する?」
「この剣でお願いします」
俺は神剣を抜き、騎士へ切っ先を向けた。
「……ただの木剣じゃないね。何か加護が?」
流石は本職の騎士。ナッツと同様に神剣を警戒している。
「これは古くからある神剣です。消えた世界樹の枝に神代の文字を刻んでいます」
自慢するのではなく、平坦に、淡々と事実を述べる。
ただし、声は少しだけ通るようにすることを心がけた。
「なるほど。剣で受けるほうがいいかな?」
騎士は新しく渡された剣を抜いて見せる。
「いえ。ただの鉄ではこれを防げません。盾に打ち込みます」
神剣を構え、呼吸を整える。
騎士が構える盾に向けて、叩き込む。
神剣が盾を抵抗なく切った瞬間、腕を落とされると察し後ろに退く。
それを見て俺も神剣を止めたのだが、切っ先が鎧を裂いた。
「……凄いじゃないか」
騎士が胸からボトボトと血を落とし、膝を付く。
「すみません! 大丈夫ですか?」
「ああ。君が止めてくれたお陰でね、見た目ほど深くはないよ」
騎士は治癒魔法師を呼び寄せ、治療を受ける。
「さて、文句なしに合格なんだけど、特待枠だよね」
「それについては、俺が見てやる」
レオナの際に首を振っていた騎士が、いつの間にか試験官の後ろに来ていた。
「団長!」
「ボウズ。名前は?」
「ナイディスです」
「そうかそうか。俺はソイツの言う通り、試験官やってる奴の面倒見てる団長だ。つまり、ここにいる誰よりも強い!」
団長は刀身に王家を始めとする様々な紋が刻まれた剣を構える。
「さぁ、打ってこい! 一合で判断してやる」
今までに感じたことのない威圧感。
どこに打ち込んでも、勝てるイメージが浮かばない。
得物の差じゃない。経験と技術の差だ。
「……闇雲に来ないのは好印象だが、後が詰まっているぞ?」
張り詰めた空気の中、団長に一瞬の隙ができる。
「しまっ!?」
誘われたと思ったときにはもう遅い。
振るった剣を止められず、団長の剣と触れ合った。
「耐えたか」
神剣と剣が鍔迫り合いをし、団長と目が合う。
団長が力を抜き、互いに距離を取る。
「学園職員の皆様方! 国王陛下より本試験の特待枠を決める権利を一任されている。第一騎士団長アルコンが宣言する。受験生ナイディスに特待枠を与える!」
アルコン団長の宣言に周囲がざわつく。
「ありがとうございます」
「おう! 卒業時に暇なら訪ねてこい。拾ってやるよ」
アルコン団長へ改めて頭を下げ、手を握る。
第一の関門を突破した。
内心で義姉さんとナッツへ思いを馳せていると、レオナから背中を叩かれる。
「やるじゃない!」
「……ありがとう」
一つのグループからは鋭い視線を。もう一つからは尊敬の視線を集めながら、俺はレオナと受付へと歩く。
この世界に来て五年。
ようやくスタートラインに立てた。
「ここからだ。ここから成り上ってみせる」
「いい心意気ね! 祝勝会しましょ」
「いい店があるのよ」とレオナは前を行く。
義姉さん、頂いたお金は使わずに済みそうです。
******
彼の学園での試験結果は広く知られている通り、特待枠である。
当時の第一騎士団長アルコンが認めたと記録されており、後年に彼はこう語っている。
『俺が持つ剣は王家を始め、歴代の家紋を刻んで加護を強くしているんだ。そんな剣と打ち合える木剣が普通な訳ねぇ。あれは間違いなく神剣だ』