学園を出た先に広がる道には、学生向けの店が並んでいる。
飲食店や武具店が並ぶ大通りから一本外れ、レオナは立ち止まった。
「ここよ」
「……獅子食堂」
コック帽を被った獅子の看板。
ドアの前にある立て看板には本日のオススメが書かれ、値段は良心的だ。
「レオナの実家?」
「祖父の店。立ってても仕方ないから入るわよ」
中に入ると客はおらず、ドアベルが虚しく響く。
レオナが祖父を呼ぶと、奥の厨房から屈強な男性が顔を出した。
「よー来たな、レオナ。それと……」
「ナイディスです」
「凄いわよ! 平民で特待枠を勝ち取ったんだから」
孫娘の言葉に目を開いた祖父は、奥のテーブルへ向かうよう言い、厨房へ戻って行った。
「合格したら来るって伝えてたから、メニューは決まってるの。苦手なものが出たら言ってよね」
レオナは卓上に置かれているコップを取ると、簡易的な水魔法を唱えてお冷を用意する。
「……飲まないの?」
俺の前に置かれた空のコップにレオナの視線が向けられる。
背嚢から水筒を取り出してコップへ注いだ。
「魔法が苦手なんだ」
「その文字が関係してるのね」
「そんなとこ」
嘘です。
水を作るだけの詠唱も上手く出来ません。
無詠唱ができればと試したが、駄目だった。
「改めて、合格を祝って」
「乾杯」
ガラスとは違う、木の触れ合う音が響く。
「ナイディス……明日の入学式は注意しなさいよ」
「貴族の子弟か?」
思い返すのは俺の特待枠が決まったとき、向けられた複数の視線。
「例年、入学式の後はクラスで集まるの。そこで絡まれると思う」
「貴族のことや学園については何も知らないんだが、絡むって何をされるんだ?」
前世のお約束ではイジメか決闘なんだが。
「コネじゃなく、実力で勝ち取った特待枠を馬鹿にするのは、ソイツが大馬鹿よ。アルコン団長の決定に異議を唱えるのに等しいわ。多分、派閥に取り込もうとするわ」
「懐柔策か」
面子や誇りを大切にする貴族なら、そうなるのも理解できる。
入学時典でトップクラスの実力を持つ平民を青田買いして、家の威光を強めたいわけだ。
「だからアナタにお願いがあるの」
レオナは頭を下げる。
「貴族に取り入らず、アタシと行動を共にしてほしい」
頭を下げたままのレオナを見つつ、水を飲む。
……どうしたものか。
貴族に取り入り、それなりの地位を約束してくれれば、将来は安泰だろう。
前世知識を活かした商売のコネ作りも、容易になるかもしれない。
だが、貴族が介入してきたときに、抵抗できるのだろうか?
王国の法律を俺は何も知らない。日本のように著作権だの特許だのがあるとは思えない。
上に貴族がいる以上、取り入った貴族以上に成り上れる可能性は低いだろう。
では、レオナと行動を共にするとどうなる?
レオンハルト家は没落したと周囲が言っていた。
だが、騎士団にレオナの父を知っている人がいるのなら、使えるコネが少しは残っているかもしれない。
俺が成り上ろうとも、レオンハルト家の介入は多くないと思える。
「そんなことしなくていい」
思考に耽り、沈黙していたテーブルに、レオナの祖父がやってきた。
食事を置いて「冷めないうちに食べなさい」と言いつつ、レオナの頭に手を置いた。
「レオンハルト家は、古くから武勲で王家に貢献してきた。派閥を作らず、ただ王家の剣で有り続けたから、しがない一代貴族だ」
祖父の目が俺に向けられる。
「この子には、家の武功を子に語ってくれるだけでいい。世襲貴族の地位など不要だ」
政争に参加せず、前線で戦い続けた老兵は、ただ自分たちの歴史を絶えさせたくないと言う。
大きな戦争がなくなり、役目を失った剣は忘れられることを恐れている。
「アタシは、そんなこと望んでない」
レオナが下げていた頭を上げて、祖父を睨む。
「アタシは家を再興させる。受けた恩は何倍にもして返す。それがレオンハルトの誇りでしょ!」
どうしてだろう。
レオナの覚悟は、没落したと嘲笑してくる周囲を見返してやるというだけに思えない。
何か……俺と同じ罪悪感を滲ませていた。
「レオナ。まずは料理を食べよう」
「……ごゆっくり」
祖父はそう言って、厨房へ戻る。
レオナは肩を怒らせながら、食事を口へ運んだ。
しばらく無言で食べ進めて、俺はレオナへ話す。
「さっきの話だけど、いいよ」
「……ホントに?」
「貴族に取り入って、しがらみが増えるのは嫌だし」
それに、彼女はどこか放っておけない。
「なら、あと二人ね」
「何が?」
「学園では、管理しているダンジョンの攻略が必要なの。一パーティは四人以下を推奨されているから、アタシとアンタを除いたメンバーよ」
レオナによると、ダンジョンの攻略タイムを競う試験が導入されているらしい。
「アタシみたいに孤立している貴族か、平民出身を探すことになるから、協力してよね」
「りょーかい」
食事を終え、代金を支払おうとしたが祖父に断られる。
「合格祝いだ。また来てくれればいい」
「ありがとうございます。美味しかったです」
「孫娘のこと、よろしく頼む」
帽子を取り、頭を下げる祖父。
田舎出の子供に対し、貴族がとる行動ではないのだろう。
でも、俺にはこの人を馬鹿にする気にはなれない。
「出来る範囲ですけど、頑張ります」
「ありがとう」
レオナは二階に部屋があるらしく、店で別れた。
ベンさんの伝手で取っておいた宿へ向けて歩きながら、明日について考える。
「貴族の出方を見るしかないか」
成り上ることが目的だが、問題を起こすつもりはない。
それでも、俺以外に特待枠がいるのかで話は変わってくるだろう。
「とりあえず、木材を買いに行くか」
神剣は壊れにくいだけで、いつか限界がくる。
その時に備えて、ストックは作っておかないと。
「しばらくは眠れないな」
今のクオリティを出すには、どうしても一晩は必要だから。
「……日の出が早い」
翌朝。
神剣のストックを作っていたのだが、故郷よりも日の出が早く計算が狂った。
この世界は基本的に、日の出と共に活動を始める人が多い。
王都だと少し勝手が違うようで、定期的に鐘が鳴り時刻を知らせるのだが、宿の朝食は日の出から朝の鐘が鳴るまでしか食べれないとのことだ。
「準備をしないと」
木くずを纏めながら、製作途中のストックと木材を袋に詰める。
今日からは学園の敷地にある寮へ入ることになっているからだ。
背嚢と袋を背負い、食堂へ向かう。
店主に部屋の木くずについて処分するよう頼み、朝食を摂る。
「パンと干し肉にスープ」
物足りない顔を浮かべると、店主から「露店で串焼きを買いな」と言われてしまう。
懐に余裕のない俺は腹を鳴らしながら、学園へ向かい歩いた。
学園に到着すると、試験を行った場所へ向かうよう指示を受け、新入生の列に混じって歩く。
既に噂は広まっているようで、周囲から特待枠として注目を集めている。
誰も話しかけてこないが、視線を集める中で入学式は行われた。
「我が言葉は意思を持ち、汝の耳へ向かう」
お立ち台に上る爺さんが詠唱した。
「聞こえる者は挙手を」
耳元で声が聞こえ、背中がむず痒い。
使われたのは拡声の魔法なのだろうか?
周囲の人間が手を上げたのを確認して、学園長の有難い話。在校生代表の言葉と続いていく。。
「どこの入学式も同じだな。お偉いさんの話が長い」
思わず、心の声が漏れる。
「……不遜だな」
耳元で声が聞こえた。
「え?」
周囲の騒めきと視線が俺に向けられている。
「特待枠とはいえ、流石は平民。礼儀を知らぬ」
声の主は、お立ち台で話していた在校生代表。
名前は確か……
「特待枠でなくとも、俺は第三王子なのだがな」
サムドラ……サムドラ・ドラケン。
本人も言っているように、王国の第三王子。
ダラダラと冷や汗が吹き出た。
やらかしてる! 王族の挨拶に私語とかやらかしたよ、俺!
どうする、どうする? 謝るべきか?
謝っても手打ちとか言われたら詰みじゃね?
「あー……申し訳ございません」
王子の言葉を無視しても事態は好転しないと思い、まずは謝罪する。
サムドラ王子は俺を見つめ、暫く黙った。
いや、こっわ。
何の沈黙? どんな方法で手打ちにしようか考えてるわけ?
「こういった場で話す機会に乏しくてな。少々長話が過ぎたかもしれん」
あ、これ助かったパターンだわ。
王子が良い人でよかった。
「趣向を変えて、俺と模擬戦をしようか、特待」
あ、これ詰んだわ。