入学式に使われていた広場が、サムドラ王子の指示で設備が片づけられていく。
「何やってんのよ!」
周囲の人間を押しのけて来たレオナに背中を叩かれる。
「まさか聞こえるなんて思ってなかったんだ」
神剣のスペア作りで夜更かししたのがダメだったか。
睡眠不足はよくないね。
にしても、特待枠として王子から注目されていたのか?
後悔しても遅い。今は王子との模擬戦をどう切り抜けるかが重要だ。
「サムドラ王子について知ってるか?」
「王位継承権が低いから、自由奔放とは言われてるけど」
レオナはどうも、貴族の社交場と無縁だったようで、市井の人レベルの話しか分からないらしい。
「王族や高位貴族が特待枠じゃないのは、理由があるの」
「なんだって?」
「広範囲に影響する加護は、安全の面から禁止。高位の人達は十分に加護を使えず試験を受けるのよ」
「……つまり、手加減してるのか」
であれば、新入生が見守る今回の模擬戦でも、加護を本気で使う可能性は低いな。
「これってさ。勝つのはマズいか?」
俺の問いにレオナは黙る。
「勝てば不敬と言われる可能性は……否定できない。でも、負けていいとは思わないわ」
「なんでさ」
「王立学園は初代国王が造ったの。特待枠が無様を曝せば、王家の顔に泥を塗ったと難癖を付けられかねない」
……めんどくせぇ。
お約束なら圧勝して、俺スゲーって場面だろ。
勝っても負けても文句が出るなら、本人へ直接聞くしかない。
レオナへ背を向けて、王子の下へ向かう。
「もうじき準備が終わる。用意はいいか?」
「王子様。一つ、いいでょうか?」
「なんだ? 模擬戦の撤回は認めんぞ」
ギロリと睨まれるが、圧が凄い。
日本のサラリーマン人生と今生の平民生活で、王族と接したことないんだぞ。
何が不敬に値するかも分からないというのに。
覚悟を決め、尻の穴を締める。
「模擬戦で勝った場合と負けた場合、自分はどうなりますか?」
「お前が勝てば、先の行動については不問とし、有事の際に一度だけ可能な範囲で助けてやる」
おっと。王族の権力を使えるなんて破格じゃないか。
俺の反応を観察したあと、王子は負けたときについて話した。
「負ければ俺に忠誠を誓え」
……どうしたものか。
平民から王子直属の部下というのは、魅力的だ。
だが制限が多そうなんだよな。
やりたいことに影響出そうだし、村にもおいそれと帰れないだろうから困る。
勝つしか選択肢はないな。
「さて、ルールを決める。試験と同じく、広範囲に影響を与える加護は禁止だ」
王子が視線で同意を求めて来たので、首肯する。
「殺しは無し。時間も限られているので十合で決着が付かねば、お前の勝利で構わん」
そう言ってサムドラ王子は付き人が持ってきた剣を受け取った。
鞘や柄にはこれでもかと装飾が施され、価値のある品だと一目でわかる。
剣を抜きながら、王子は周囲の人間へ話す。
己の加護を強めるためだろう。
「諸君らも知っての通り、王家の人間は龍神の寵愛を受けている。そしてこの剣は炭鉱族の名工に作らせたものだ」
剣が光を反射して輝いている。
いいね。俺の神剣で何本分の価値があるんだろうか。
「特待枠……名は?」
「ナイディスです」
「ナイディス。その木剣に云われはあるか?」
ここだ。
ここで周囲の人間を巻き込んで、加護の力を上げる。
「これはただの木剣ではありません。遥か昔、消え去った世界樹の枝を元に、神代の文字を刻み、長い年月をかけて神剣となったもの」
俺の言葉に王子はニヤリと笑う。
「意図の分からぬ模様と思ったが、まさか神代の文字とは」
やっぱり、思った通りだ。
加護が強い人ほど、相手の加護を否定しない。
前世での、神話を嘘と言えない人達と同じなんだ。
それを否定することは自身や一族の過去を否定することだから。
王子が信じてくれれば、周囲も同調する。
「始めよう。先手はくれてやる」
「アルコン団長の剣と打ち合ったこの神剣。ただの木と侮ることなかれ!」
腰を沈めたサムドラ王子へ肉薄し、神剣を振る。
しかし、王子は俺の剣筋を読み、剣で防いだ。
鍔迫り合いでは、体格の劣る俺が不利と判断し、距離を取る。
「いい腕だ。師匠の名は?」
「ナッツ。村で駐在騎士をしていました」
「ナッツか……覚えておこう」
攻守が切り替わり、王子が攻めてくる。
俺のように一撃必殺を狙うのではなく、連撃で攻めてきた。
神剣で受けても鍔迫り合いにならず、刃の上を滑らせてまた切ってくる。
「七……八……九」
十合目前に王子は攻撃をやめ、距離を取った。
攻めようかと思ったが、防戦一方で剣を握る握力が限界を迎えていた。
今のうちに、少しでも回復しなければ。
「なるほど。平民で特待枠を取れるのも納得だ。俺の護衛でも五合と持たん。神剣頼りではないようだな」
「光栄です」
「俺のような人間は加護が強すぎてな。おいそれと使えんのだが、お前には遠慮しなくてもよさそうだ」
不敵な笑みを浮かべるサムドラ王子の圧が増す。
これは、ヤバイかも。
「我はサムドラ・ドラケン……この血に宿りし龍神の寵愛、そして我が名に刻まれた海神よ! 万物を砕く力をこの一振りに!」
王子の剣に水が集まり、ドラゴンの顔になって刀身にまとわりつく。
その姿は、ドラゴンで出来た渦潮だった。
「眼前の敵、ナイディスが持つ神剣を……噛み砕け!」
王子がその場で剣を振ると、切っ先からドラゴンの顔が伸び迫ってくる。
あの詠唱からして、俺ではなく神剣を狙った一撃。
イメージしろ。自分があの水龍を切り裂く姿を。
「フッ!」
一閃。
神剣は水龍を斬って……いないが、逸らすことには成功した。
「……この模擬戦。お前の勝ちだ、ナイディス」
サムドラ王子は俺から背を向けると、拡声の魔法を使って周囲の人間に解散してクラスに戻るよう指示を出す。
職員に誘導される形で、新入生がぞろぞろと移動を始めた。
俺に向けられる視線を気にする余裕はなく。
腕が痺れて神剣を離せない俺の下へ、レオナが走ってきた。
「ナイディス! やるじゃない!」
「ありがとう。これ、助けてくれないか」
レオナに協力してもらい、何とか神剣から指を離す。
「凄いとは思っていたけど、王族の一撃を防げるなんてね」
「手加減してくれたお陰だよ。神剣じゃなくて俺を狙っていたら、逸らしても死んでた」
あの一撃は、神剣の先端に向かっていたから、防げたんだ。
胴体に来ていたら、腕を失っていたかもしれない。
「それに、加護を本気で使ってないから、本当の意味で勝てたなんて思ってない」
「……そうね。上には上がいるもの。アタシもアンタも、ここからよ!」
とにかく、置いて行かれないうちに移動しよう。
そう思って歩き始めると、一人の新入生が立ち止まっていた。
「どうかしたのか?」
「い、いえ。その……」
おどおどしながら、その新入生は頭を下げる。
「お願いします! 友達になってください!」
「えっと」
「誰よアンタ」
レオナが俺の前に出る。
「ぼ、ぼくはコレオ・ファルカータ……です」
「ファルカータって、武門の名家じゃない」
コレオと名乗った少年は武門の出身らしいのだが、とてもそうは見えない。
筋肉は無いし背筋も伸びていない。
体の前でモジモジさせている手は剣タコが見当たらないのだ。
「その、剣は苦手だから魔法を少し」
「それで? 何の用よ」
コレオを威嚇するレオナを下がらせ、話しかける。
「コレオ、君のクラスは?」
聞けばコレオは、俺やレオナとクラスが違うらしい。
だから正門前で集合することにし、その場は別れた。
立ち去るコレオを見て、レオナは鼻を鳴らす。
「どう思う?」
「話をしてみないと、分からないね」
「武門出身の魔法使いなんておかしいわ。加護を捨ててるようなものよ」
レオナの言うことは最もだ。
だけどあの様子は、何か訳ありだと思うんだよな。
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彼の英雄譚を聞く上で、多くの人が最初に知るのは入学式についてだろう。
王国の第三王子であったサムドラ・ドラケンから、特待枠で合格したことに納得できないと言われたのだ。
そこで彼は力を証明すると提案し、サムドラ王子の加護による一撃を無力化した。
多くの研究者は彼の神剣が、王国の建国よりも古い時代に生まれた物だと考察している。