ファルムス王国の襲撃に巻き込まれるカナタです。
ジュラの大森林にリムル・テンペストの活躍によって魔国連邦(テンペスト)が急速な発展を遂げ、経済貿易の中心になるかもしれないという流れを見せだしてる、そんな世界の情勢を片隅で――そこだけがまるで別時空のように、穏やかな静寂に包まれていた。
◇
「ふっーーーー」
ザクッーーーーザクッ
乾いた土の匂いと、青草の香りが混ざり合う小さな畑に一直線へと鍬(くわ)を振るう。本来なら片腕ではやりにくい畑の耕しだが、もう片腕になった歴は長いのでこのくらいならば苦なくやれてしまう。
向こうの世からこの世界へとやってきて随分経ったような気がする。向こうでの習慣も忘れずにしつつ、若返った肉体もそのまま何もせずに朽ちさせては勿体無い。こうして畑の世話をしてるだけでも意外と筋力とかの衰えを遅らせれるし、ギルド長としての仕事とかに縛られずにのびのびとやれるので楽しくやれてしまう。
程よく耕せたので振るう鍬を止めて、次は畝作り。形を整え程よく整え、天辺を平らに均していってから中央に種を植える為の溝を作っていく。
形の整った畝は新たに三列。東屋を建てた時に三列作っていたが、もう少し大きくしても良いと思って作ったが、このくらいあれば色々育てられる。それに余ったとしても近場の街に卸せば資金にもなる。どう転んでも損はしないだろう。その最初の三列の畝も、程よく野菜が育ってきているしな。
東屋の隣に建てた小屋に向かい、鍬を置いてから植える野菜の種を持ち替えて、等間隔に植えていって土を被せていく。
三畝に種を植え終えて、首に掛けていたタオルで汗を拭いつつ縁側に向かう。失った分の水分を補給する為に置いておいた茶を手にしてゆっくり飲み干しながら腰を掛ける。
「……ふぅ、しかし疲れたのぅ。ま、これだけ広げてやれば、当分は食材の調達の買い出しで街へと降りる必要もなかろうて」
そのすぐ傍らの縁台――古い木を切り出して作った手製の簡易的な腰掛けに、白き少女がちょこんと足を揃えて座っていた。その視線は出来たての畝の方に向けられている。
(……やれやれ。一歩間違えば世界を滅ぼしかねんというのに、今のところはただの機嫌のいい箱入り娘気取りか。そのままでいてくれれば儂としても肩に力を張らずに済むんじゃがのぅ。まぁ、下手な猛獣とかよりも余程タチが悪いのじゃがな)
内心で苦い溜息を吐きつつも、表面には出さない。
なぜなら、今のこの静かな隠居生活が、悪くなかったからだ。目の前に特大の爆弾がいたとしても………である。
「……ねえ、カナタ」
こて……と首を傾げながら、少女が透き通るような声で呼んできた。
その金色に輝くの瞳は、それはそれは楽しげに細められている。
「なんだ、お嬢さん」
「お野菜、美味しそうに育ってきてるね。でも、虫さんが葉っぱを狙ってるわよ?」
少女がそう言って、ふっと小さく息を吐きながら細い指を野菜が育ち始めている畝の方に向けだす。
パチ……ッ パチ……ッ
瞬間、指先の空間で空気が極限に歪み収束しだし、微弱だが絶対的な破壊力を秘めた極小の雷光が、弾けるように飛来しだす。
それは音もなく、葉の裏に潜んでいた害虫の群れを正確無比に撃ち抜き、周囲の野菜には一切の傷をつけることなく塵へと変えてみせる。
「……おい、頼むから加減してくれ。お主の『極小』の基準はな、人間がやったら一巻の終わりなんじゃよ。畑が丸ごと消し飛ぶわ」
「うふふ、大丈夫だよ。カナタに叱られたくないし、嫌われたくないもの。今の私、いい子にしてるでしょ?」
無邪気にはにかむ少女の姿は、本当にどう見ても人間の幼子にしか見えない。だが、その裏で世界そのものが彼女の機嫌一つで消え去りかねないという事実を、身をもって知っている。
儂は気づいてなかったが、少女は「静かに暮らしたい」と望む儂の願いを思い、その平穏を脅かしてしまう自らの気配を、完璧すぎる程に自らの中に押し殺し、従順に傍らに寄り添っている事を。彼女にとって、この東屋での時間こそが、何よりも代え難い至福のひとときとなってきているのだと。
パキッ、ボキッ――。
その時、静かな畑の空気を切り裂くように、鬱蒼とした森の奥から不穏な音が響いてきた。
重なり合う木の枝が押し折られ、地鳴りのような足音が徐々に近づいてくる。
「……ほう」
その音を聞いて、特に警戒する必要もないが、隻眼でそちらを見、わずかに細める。
草木を掻き分けて姿を現したのは、通常の個体とは一線を画す、禍々しいまでの黒い剛毛と巨大な牙を蓄えた『大猪』。
しかしよくよく見れば、たっぷりと成長して溜め込んだワイルドボアの魔獣となった
ーーーードドドドドッ!!
大きく顔を振るってから、大きな巨体とは思えない速度で一直線に畑めがけて突進し始めてきた。
「……あら?躾のなってないイノシシね…」
小さく聴こえた声の方を向くと、少女が小さく眉をひそめだす。
不機嫌そうに金色の瞳を光らせ、少女の細い指先に、ジリジリと世界を焼き尽くすほどの黒い稲妻が纏い始めた。
「カナタのせっかく作ってた畑とお野菜を踏み荒らそうとするなんて……悪い子」
その声色の底には、慈悲のかけらもないのが宿っていた。うん、大変にマズイ。このままでは、大猪どころか周囲の山ごと消し飛ぶのは確実である。ついでにこの東屋もタダでは済まない。良くて半壊、悪くて………また一から建て直してある。
「待て、お嬢さん」
それだけは避けたいので静かに、しかし有無を言わせぬ落ち着いたトーンで制す。その声を聞いてちょっとムッとする少女。
慌てることなく、縁側の立てかけておいた一本の刀に視線を向けて手にする。
この世界に来てから、とある街の武器屋で「これならどうにか使えそうだ」と思い手に入れた、見慣れぬ製法の刀。かつて愛用していた太刀のような頭身以上の長さもなければ、持ってる時の感触も遠く及ばないが、今の老いて錆びついた儂の肉体と合わせるには十分すぎる代物である。
「……せっかくの害獣じゃ。無駄に消し炭にしてしまっては、今日の夕餉(ゆうげ)のオカズが減る。それに、お主のその派手な雷で畑の土を焼き払われたら、儂の苦労が一発で水の泡じゃ。ついでに東屋すらも吹き飛ぶわい」
「……うーーん、でも、あんな汚いのが畑に近づくのが許せないわね」
「まあ、そう怒るな。あれで美味い鍋料理にしてやる」
「……そう、それなら美味しのお願いね?」
こちらの言葉をようやく聞いてくれて、指先に溜めてた雷を霧散させる。
それを見て小さく息を吐いて、直線上の畑を守るように前に出ながら腰に刀を差し、右腕で刀の柄に手を掛ける。
ーーーードドドドドッ!
大地を揺らし、巨大な大猪が牙を剥き出しにして変わらず突撃してきている。あの巨体から放たれる突進圧力は、並の冒険者とかであればそれだけで恐怖に足がすくむほどのものだろうな。
まぁ…………儂からしたらがむしゃらに突進してくるだけの、タダの大きな肉の塊だがな。単体で挑んで来るなんぞ、同じ猪でもファンゴと共に群れを成してるドスファンゴよりも御しやすい。
ただ、静かに腰を落とし、刀の柄に添えられた右の五指に力を込める。
(――それに………世界が異なろうと、モンスターの急所は変わらんよ)
チャキンーーーー
刀の鯉口を切った時、魔猪は目と鼻の先までやってきた。口を大きく開けて、大きな牙を剥き出しにしながら喰らおうとしてくる。
ズパァン……ッ!
瞬間、魔猪の側面へと身を翻しながら抜刀。極太なその首を真下から斬り上げる。
剣圧によって発生した、凄まじい風圧が周囲の木々の葉を散らし、突進していた巨大な魔猪の動きは、徐々に畑の目の前で停止しだす。
数歩だけ勢いのまま前に動くが、その直後に首がズレ、頭が胴体から地面へとズレ落ちる。その後に胴体も横へと倒れる。そして、振り上げられた刀には一切の血が付いていない。
「ふう……」
終わったのを確認してから静かに息を吐き、刀を振るってから鞘へと納める。まだまだ、この位の首を落とせるぐらいには動けるな。
「……さすがね、カナタ。久しぶりのかっこいいところ、見れちゃったな」
そんなこっちの姿を、どこかとろけるような笑みを浮かべてパチパチと小さな手を叩いた。その瞳には、彼に対する底知れない執着と愛着がたっぷりと湛えられているのが見えた。
「かっこいいも何もないわい。」
少女の褒めてくる言葉に、むず痒く思ってしまい頭を掻いてしまう。本当に無邪気にこっちを……。
改めて死体となった魔猪を見下ろしながら、その大きさに眉間にシワを寄せてしまう。
「……しかし思ったよりも大きいのぅ。これだけの巨体じゃし肉もかなり取れそうじゃな。こりゃ暫くは干し肉の仕込みとかにも追われそうだ」
遠くからでも大きかったから想像はしていたが、流石に大き過ぎる。そのままにしておけばすぐに腐敗してしまうので長持ちさせれるようにしておかねば。
「お嬢さん、とりあえずコレの血抜きせねば食えん。木に吊るすのを手伝ってくれぬか?」
「汚したくないけど、カナタの美味しい料理の為だもの。すぐにやってあげるわ」
こっちが手伝ってほしいと頼むと、ちょっと面倒そうな顔つきをしたがすぐに納得してくれた。縁台からピョンっと飛び降りて死体へと近づいて……
ヒョイーーーー
明らかに重い胴体部分の方を軽々と持ち上げる。しかも片手で。流れ落ちて跳ねてくる血を稲妻で蒸発させて汚れずに済ませながら、そのままトタトタと重さを感じないかのように大木の方へと向かっていく。
(そっちのを儂が運ぼうと思ったのじゃが……本当に分からんな。後、それ何気に便利じゃな)
そう思ってから残ってる頭部を鷲掴みして、どっこいしょと持ち上げてから追うように歩く。
今晩の鍋料理は肉たっぷりな猪鍋となって、胃もたれしそうになりつつも美味しく平らげた。少女に関しては小さい身体のどこに入っていってるのか、美味しそうに儂の三倍以上に食っていたが。
◇◇◇
翌日となって、畑への水撒きを終えたら昨日の猪の干し肉作りである。
(と、そうは言ったが……やはり多すぎるな、これは)
外の縁台に置かれた肉の塊の山を見ながら改めて思ってしまった。昨晩までに解体をし、臓器は手間であったがしっかり下処理しておき、皮は剥いで干してあるが………問題となってるこの食べれる部分の肉たちである。
少女が全部食べるなら良いが、それはある意味処理係にしてそうで却下。かと言って干し肉にしても食べ切れる訳でもなし。
「仕方ないの、捨てるよりも買い取ってもらうとするか」
そういえば、この森林で出来た国を見に行こうと思っていたんだった。なら皮と肉を貰ってもらうのに丁度良いな。
「このくらいを取っておくとして………お嬢さん、昨日の猪の骨は粉にしておいてくれぬか?畑の良い肥料になる」
「ふふふっ、私をそんな風に使うなんて………せっかちなハンターさん」
「何処がじゃ?どこが」
こっちの様子を遠巻きに見ていた少女に声をかけるとよく分からない事を言ってきた。振り向くと既に大きな桶を持って猪の骨の山へとしゃがみこんでいた。
カラーーーーメキャッ!
サラサラ…………
棍棒にでもなりそうな大きな骨を手にし、両手で挟み込んだと思えばあっという間に押し潰す(・・・・)。そして、両手を開いたら見事なまでに骨粉と化して、桶の中へと流れ落ちていくのを見てしまう。
(うむ………見なかったことにしよう)
あんなの見てしまうと、命がいくつあっても足りぬ。寧ろよく生き残ったものだ……そう思いながら、後ろで聞こえてくる音を無視するように肉の処理をしていく。
「ふふふっ………良い肥やしになりなさい」
幼い声なのに物騒な言葉も聞こえない。聞かなかったことにする。
時間は掛かったがようやく肉の処理を済ませる。編んで作った籠に肉と処理した臓器や皮を入れていく。
少女の方の骨の作業はとっくに終えていた。見事なまでに猪の骨は残らず骨粉となり、桶三つ分となった。
「では、儂はコレを卸しに行ってくる。留守は頼むぞ?」
背中に籠を背負ってから、縁台に座ってぷらぷらと脚を揺らしてる少女へと声をかける。
「行ってらっしゃい。お土産は美味しい甘味が良いわね」
「しれっと注文しよる」
こっちに声をかけてくるが、しれっと甘いものを買ってくるように注文してくる。これは買ってこないと不機嫌になるな。
他にも良さげなのあれば買っておくかと思って新しく出来たという国………
東屋を出発してから一時間程経って、ようやく街が見えてきた。通常なら後三時間くらいは走るほどの距離だったな。儂だから一時間で来れたようなものか。
「ほぅ………中々に栄えているな」
街の中への入ると、見たことない造りな建物だらけと賑わう人々に感心してしまう。確かブルムンドという国も良き町並みであったが、この国のはよく整備されておる。流通としての路もしっかりしているようだしな。
「さて……感心してる暇はないな」
じっくり眺めていたいが、先ずは鮮度が落ち切らない内に肉を卸しに行かねば。
「すまぬ。肉と皮を卸したいのだが、店はどこにあるか分かるか?」
「あ!テンペストは初めてですか?それならこの先にあるーーーー」
通りにいた街の住民らしい人に声をかけると、丁寧に教えてくれた。ふむ、見た感じゴブリンという種というものだな。視界に入る街を見渡せばゴブリンだけでなく他にも色んな種が数多く歩いている。それがこうして平穏に過ごしている…………。この街の指導者が良き人格者なのだろう。
案内してくれた相手に礼を言ってから肉屋へと赴く。
「すまぬが、かなり大きな猪を狩ってしまってな。多すぎる故に買い取ってもらえぬか?」
「おぉ!これはファングボアの肉ですね!この皮も綺麗な……ッ!分かりました!待っててください!」
肉屋で店員に籠の中を見せながら話しかける。すると、中身の肉や皮、臓器を見ては喜んできて、パタパタと奥へと向かう。そしてすぐに戻ってくる。
「どうぞ、こちら買い取りの金額になります!」
手にしていたのは少し額が多いような金貨や銀貨の入った袋。
「む?何やら多い気がするぞ?」
「いえいえ!この上品な肉……さぞかしかなり肥えたボアだったのでしょうし、傷のない皮なんて良い防具とかになりますから!」
店員が説明をしながら渡してくるので、これは渋ったりしたら相手に余計負担かかるだろうな。
「そうか、それなら受け取ろう」
そう言って硬貨の入った袋を受け取る。そうだ、甘味とかも買っていかねばいかんな。そうでないと、留守してる少女が膨れるしの。
「すまぬが、このあたりで甘味とか売ってそうな店を知らぬか?」
「甘いものですか?それなら西側の市場とかがおすすめですよ」
「そうか、ありがとうの」
店員に例を言ってから西側の方へと歩いていく。
「うーん……あのおじいさん何なんだろう?」
「ん?どっした?」
「いや、今のおじいさん……耳が尖ってるからエルフかなって思ったんだけど、指が四本だし、脚がなんか細くて……どんな種族なんだろうって」
肉屋から去った後に、そんな会話が肉屋でされていたなんて知らず……。
店員に教えてもらった市場に着くと、甘味を売ってそうな市場だけでなくいくつかの調味料等も売られている市場もチラホラ。
「色々あるのぅ…どれ、いくつか見て買っていくとするか」
そう思い品定めするように各店の出されてる品を見ていく。
「ふむ……コレとコレを頂こうかの」
「はいよ!毎度ありがとうございます!」
気になった調味料や食材、そして少女に頼まれた甘味を買ってそろそろ戻ろうと思っていた時。
ーーーーワァァァ……ッ!
「………む?」
何やら叫び声が小さく聴こえてきた。その直後に不快な匂いが鼻につく。………鉄と生臭いのが混ざった匂い、血の香りを。
ガチャガチャッ!
直後に鳴り響いてくる金属が擦れる音。其方を向くと血のついた剣を手にした武装した兵士たちがやってきていた。
その漂わす雰囲気は、悪意に満ちているのを感じとれる。その時、兵士たちがやってきた方向の路地が目に入る。
平和そうに楽しくしていたゴブリンたち住民が、血だらけとなって倒れてるのを。
(…………………………あ゙?)
あ奴ら………ナニをした?武器を持たず、人に危害を加えていない人々に………ナニをした?
そんなの、今にも襲おうとしてる現状から容易に察しれた。虐殺だ。それも一方的に、無抵抗な者たちを。
戦いで倒れるならまだ分かる。それは互いの意地のぶつかりとかなのだから。だが………これは最早【生態系そのものの調和を乱す】行為。
そんな横暴を見逃すほど…………儂は愚かでもない。
近くで倒れる音がして、そこには親子であろうゴブリンたちが。それに向かって剣を振りかぶる兵士。兜を被っていて顔は見えなくても分かる。あの内側では、笑っているのだと。
ただ静かに………右腕を伸ばす。