星野アイに嘘をつかなくていい日を   作:M1tarash1

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今回だけかなり文章少ないです…すみません!


17.物語にいない人

翌朝、俺は職員さんに昨夜のメッセージを見せた。

 

 画面に表示された一文を見て、職員さんは眉をひそめる。

 

「これは……。昨日の男性との関係も含めて、事務所に確認してみるわ。返信はしないでね」

 

「はい」

 

 素直に頷いたものの、胸の中は落ち着かなかった。

 

 俺の知っている未来と、アイの望む未来。

 

 そんな言葉を、どうして見ず知らずの人間が送ってくる?

 

 まるで、俺の頭の中を覗いているみたいじゃないか。

 

「透くん!」

 

 廊下から聞こえた声に、俺は携帯をしまった。

 

「おはよー! 今日、一緒に朝ごはん食べよ!」

 

 アイだった。

 

 昨夜のことなど知らない彼女は、いつも通り笑っている。

 

「おはよう。今日は機嫌いいね」

 

「だって、昨日の面談、楽しかったんだもん! 私、ほんとにアイドルになれるかもしれないんだよ?」

 

「うん。よかったな」

 

「……えへへ」

 

 アイは嬉しそうに笑った。

 

 俺は、その笑顔を見て思う。

 

 今は、これでいい。

 

 分からないことを考えるのは、あとでもできる。

 

 目の前にいる彼女との時間まで、謎の人物に奪わせる必要はない。

 

     *

 

 昼過ぎ、施設の職員さんから呼び出された。

 

「事務所から連絡があったわ」

 

「何か分かったんですか?」

 

「あなたの名前が、事務所の正式な資料に載っていたそうよ」

 

 思わず顔を上げた。

 

「どの資料に?」

 

「そこが問題なの。星野さんのオーディション関係の資料ではなく、社内で管理されている別の記録らしいのよ。ただ、担当者も詳しい内容までは確認できていないみたい」

 

「……俺、事務所に行ったこともないんですけど」

 

「ええ。だから、記録が正しいのかも含めて調べてもらっているわ」

 

 手が冷たくなった。

 

 名前を知っているだけじゃない。

 

 どこかに、俺の名前が記録されている。

 

 俺が知らない場所に。

 

「それと、もうひとつ」

 

 職員さんは言いにくそうに続けた。

 

「事務所の担当者が、以前あなたの名前を聞いたことがあると言っていたそうよ」

 

「誰からですか?」

 

「そこまでは分からない。本人も、かなり前のことだから記憶が曖昧だと」

 

 かなり前。

 

 俺はこの世界に来てから、目立つようなことをした覚えはない。

 

 まして、芸能事務所と関わったことなんてない。

 

 なのに、どうして。

 

「透くん?」

 

 いつの間にか、扉のところにアイが立っていた。

 

「何の話?」

 

「……ちょっと確認してることがあって」

 

 答えかけて、俺は口を閉じた。

 

 隠すつもりはない。

 

 でも、まだ確かではないことを、彼女に不安だけ与える形で伝えたくもなかった。

 

 職員さんが、穏やかに言った。

 

「詳しいことが分かったら、あなたにも星野さんにも説明するわ。今は、確認しているところなの」

 

「……分かりました」

 

 アイは頷いたあと、俺を見た。

 

「透くん、何かあったら教えてね」

 

「うん。ちゃんと話すよ」

 

「約束ね」

 

 小指を差し出される。

 

 俺も小指を絡めた。

 

「約束」

 

 アイは安心したように笑った。

 

 その笑顔を見ながら、俺は考えていた。

 

 俺の名前を知っている誰かは、いったい何を知っている?

 

 そして、なぜ今になって接触してくるんだ?

 

     *

 

 その夜。

 

 俺は自分の部屋で、昔の記憶を探っていた。

 

 この世界に来る前のこと。

 

 前世の自分が、どこまで『推しの子』について知っていたのか。

 

 何度考えても、思い出せるのは大まかな筋書きだけだった。

 

 アイがアイドルになること。

 

 双子を産むこと。

 

 そして、彼女が悲劇に見舞われること。

 

 犯人の名前も、詳しい経緯も、正確な時期も分からない。

 

 そもそも、俺がこの世界に来た理由だって分からないのだ。

 

 そんな俺の名前が、芸能事務所の記録に残っている。

 

 ありえない。

 

 そう思った瞬間、携帯が震えた。

 

 職員さんからの連絡ではない。

 

 また、知らない番号だった。

 

 今度はメッセージではなく、画像が一枚添付されていた。

 

 開くべきか迷った。

 

 けれど、俺は画像を確認した。

 

 そこに写っていたのは、一枚の古い書類だった。

 

 画質が悪く、文字の大半は読めない。

 

 ただ、中央に記された名前だけは、はっきりと見えた。

 

 黒瀬透。

 

 そして、その下に書かれていた日付は――俺がこの施設に来るより、ずっと前のものだった。

 

 息を呑んだ。

 

 画像の下に、新しいメッセージが届く。

 

『君は、自分がどうしてここにいるのか、本当に分かっているのか?』

 

 俺は携帯を握りしめた。

 

 答えられるはずがなかった。

 

 俺自身、ずっと分からないままなのだから。

 

 けれど、ひとつだけ確かなことがある。

 

 この人物は、俺が知らない俺の情報を持っている。

 

 そして、俺に何かを気づかせようとしている。

 

 俺は画像を保存し、すぐに職員さんへ連絡することにした。

 

 もう、一人で抱え込むつもりはない。

 

 それでも、胸の奥に生まれた疑問は消えなかった。

 

 俺は、何者なんだ?

 

 なぜ、この世界に来た?

 

 そして――俺がアイを救おうとしていることも、誰かに仕組まれたことなのだろうか。

 

 答えは、まだない。

 

 ただ、ひとつだけ思った。

 

 この物語には、俺の知らない登場人物がいる。

 

 そして、その人物は俺のことを知っている。




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