貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
窓から差し込んできた朝日。それが俺の顔を照らす。
忌々しい朝日によって惰眠を貪っていた俺の意識は現実へと引き戻された。腕に違和感。誰かが抱き着いている?
瞼を開ける。横を見る。
横には可愛らしい少女の寝顔。特徴的なエルフ耳がピコピコ動いた。
なんでこんなところに居るんだよ、ルミ。
横ではすぅ、すぅ、と可愛らしい寝息を立てているルミの姿。おかしいな。こいつ部屋を間違えたのか? いや、鍵は閉めていた筈だが。
それにしても愛らしい寝顔だ。天使の寝顔と言ってもいい。少々起こすのが気が引けるが、腕に抱き着かれたままだと起き上がる事もままならない。頬に指を埋める。ぷにぷにほっぺだ。んぅ、と寝苦しそうな声が彼女の口からは溢れた。構わず、そのぷにぷにほっぺを何度も押す。
彼女もほっぺが何度もつんつんされてしまったせいで意識が現実に引き戻された様子で、ゆっくりと瞼を開けた。目と目が合う。
「おはよう」
「おはようございます、アーク君」
着崩されることになった寝間着から柔肌を覗かせて、彼女はゆっくりと上体を起こした。この光景だけ切り取って見れば絵になる光景なんだが、俺が気になってるのはそこじゃない。一番気になってる所がまだ聞けていない。
「なんで俺の部屋で俺に抱き着きながら寝てたの???」
「変態が襲撃してこないかを警戒してです。わたくしが貴方を守る、と決めましたので。鍵はピッキングして開けました」
「どこでピッキングなんて技術を……。というか、そんな襲撃してくる変態なんてい……いたわ、下着泥棒」
脳裏を過るのは腕利きだから許されているに過ぎない、あの黒髪の空戦騎士の姿。男性の下着に対して並々ならぬこだわりを持つ変態空戦騎士。
「しかし、俺を守る必要はないぞ。別に下着を盗まれたぐらいで気にすることは無いし」
あまりにも無防備すぎる。そう言いたげに、ふるふる、と彼女は何度か頭を振った。
「下着だけじゃなくて! 貴方の貞操を狙う人もいておかしくないんですよ! 戦闘以外の時も、わたくしに守らせてください!」
「それいる……?」
前世の価値観的に、年頃の女の子とベッドを一緒にするというのはどうなんだろうか? やましい事が無いにしても、だ。後それと貴族の面子的にヤバい。変な噂が流れてもおかしくないのだ。
「クノール家という大貴族の息子が手当たり次第女に手を出してるという、その噂が流れるのもヤバいから勘弁してくれ」
「……むぅ。……そういうことなら、妥協します」
不承不承と言った様子で頷いたルミの頭を軽く撫でる。妹みたいだな~こいつ。俺の前世の妹もやたらと世話を焼きたがったし。
んぅ、とルミの口からは小さく声が溢れる。心地よさそうにすりすり、とこちらの手に頭を押し付けて更に撫でろと言いたげだ。
――そんな平和な朝の時間を打ち砕くように、警鐘が鳴り響く。空襲警報!
「こんな時に、ですか!」
「すぐに出るぞ、ルミ! ついに魔王領の連中が仕掛けてきやがった!」
◇◆◇
『全騎上がったかな? こちらユニコ。敵騎の数はおよそ20騎! 哨戒に上がっていた筈の空戦騎士達からは連絡が取れなくなった、全騎撃墜された模様!』
哨戒に上がっていた空戦騎士達は、傭兵の中でも腕が立つ連中だったはず。それが敵襲の報告もできずに殲滅? 相手は20騎程だというのに? 少し引っかかるな。
『各騎に通達。哨戒に出てた子たちは腕が立った筈だよ。皆、油断はしないようにね』
『今回の空襲、先の空中輸送艦隊襲撃の報復でしょうかね?』
『多分ね~』
胴体下部に火薬が満載した樽を抱えているワイバーンを捕捉。彼我の距離は800m。進行方向上にあるのは……造船所か!
『既に造船所の防空担当には避難誘導を行うように指示を出しておいたよ。でも、造船所が破壊されるのは避けて。乾ドッグの中で戦列艦を新造してるからね』
流石はカミラ隊長。判断が速い。味方の避難誘導は進んでる、なら俺がやる事は1つだ。
『ルミ、背中から離れるなよ!』
了解! と、威勢のいい言葉が念話越しに聞こえた。
敵騎を見据えた後、周囲を見回す。囚人部隊も上がっているようで、【ポーン】の姿も見えた。
漆黒の軍装が朝日に照らされて光沢を持ち、光り輝いてるようにも見える。彼女の空戦能力も頼りにしよう。
ジュベックの横腹を拍車で叩き、手綱を握りしめる。翼が限界まで広げられ、そのまま速力を得るために羽ばたいた。羽が宙を舞う。
距離を詰める。彼我の距離はおよそ250m。4騎編隊。敵指揮官騎に狙いを定める。
肩の傷は多少痛む。だが、戦闘に支障は無し!
『――血塗られたアネモネ!』
ランスを構える、爆装をしていて、動きが鈍い敵。狙われてることに気がついた敵騎は爆弾を投下して身軽になるが、遅い。正面から突っ込む。ヘッドオン。
彼我の距離は150m。100m、50m。距離を一気に詰める。相手の焦る顔が見える。気にはしない、飛び込む!
回避機動を取ろうとして高度の優位を捨てようとした相手を掴み取る。ランスが背中に突き立てられ、相手の胴体を貫く。血がぶちまけられる。
そのまま彼女は鞍から滑り落ち、海面へと真っ逆さま。撃墜1。
『隊長!? 隊長がやられた!』
『落ち着け、お前が指揮を引き継げ!』
動揺が走る。敵にとっての死神であるエースの肩書はこういう時に役立つ。指揮官が討ち取られ、浮足立った敵騎に襲い掛かる。
爆装部隊への襲撃を受けて、護衛担当の空戦騎士達がこちらへと殺到しようとする、が――。
『こちらは抑えますので、造船所を狙う敵騎の撃墜をお願いしますね』
殺到しようとしてきた敵騎兵の進行方向上に爆炎が生み出される。爆炎が炸裂し、榴弾のように火の粉が敵騎に襲い掛かった。爆装してない敵騎の動きは早く、回避行動をとるが、思わぬ妨害によってこちらに向かう事はできないだろう。
『助かった、【ポーン】』
横槍を入れてくれた彼女へとお礼の言葉を述べ、インメルマンターン。上方向に馬首を向けて上昇した後に背面飛行。その後は横にロールして水平飛行。次の目標との彼我の距離は250m。こちらが上。
任務を続行するためにこのまま造船所に突っ込み爆撃するべきか、それとも爆弾と言う荷物を捨てて空戦に挑むべきか。その逡巡が命取り。
敵斜め上に付く。急降下。ランスを構える。狙いは相手ワイバーンの翼。
騎手が短銃を引き抜いて引き金を引こうとするが、遅い。
重力と加速を乗せた一撃がワイバーンの翼を貫く。手ごたえあり。翼からは血が飛び散る。
施設破壊用の大型樽爆弾を装備した敵ワイバーンは、そのまま浮力が維持できなくなったことによって海面へと真っ逆さまに堕ちた。
撃墜2。
『爆装したワイバーンの第二陣が来るぞ! 各騎注意!』
ユニコの声が念話によって脳に響き、その直後に彼我の位置を示す戦場の俯瞰図が流し込まれる。
続けざまに2騎撃墜された爆装部隊は第二陣に合流するべく後退を開始。合流を許す理由はない。
『ここからは飛ばすぞ、ついてこい、ルミ!』
『いっつも飛ばしてるじゃないですか! こっちはついていくのでやっとですよっ!』
無音詠唱。ウィンドワルツ。俺の意図を察して呆れた様子で嘶くジュベックの首筋を撫でる。翼が折り畳まれて空気抵抗が少なくなる。
後方でつむじ風が生み出される猛烈な爆風が俺とジュベックを打ち出す。
彼我の距離500m、320m、150m。俺が下。見上げる形になる。
『なっ!? こんなに早く追いついてき――』
下から突き上げるように急上昇。同時に【触媒】に魔力を込める。イメージする、空を切り裂く風の刃のイメージ。
『ウィンドカッター!』
風の刃を投射。敵騎から見て下から放たれた風の刃。合計18枚。それが敵騎を爆弾ごと細切れにした。
撃墜3。
『ひぃぃぃぃぃ! ば、化け物ぉ!?』
海へと真っ逆さまに堕ちる騎手を横目に急上昇。からの背面飛行。後続と合流しようとしていた敵騎を眼下に捉える。
彼我の距離50m。ランスを握りしめて、風を纏わせる。
投射。風の加護を受けて加速したランスは、そのまま恐怖で顔を歪ませていた騎手の胴体を貫き、血をぶちまけさせた。
撃墜4。
『馬鹿な! 1分も経たずに1個空戦小隊を殲滅だと!?』
更に動揺が走る。この機を逃すことは無い。どうやら指揮官の散開指示が遅れてるようだな。10m間隔でV字体列となり密集し、塊になって飛んでいる。
――いい的だ。
イメージする。風によって嵐を巻き起こすイメージ。【触媒】に魔力を流し込む。不気味にマナ鉱石で作られた【触媒】からは唸り声が響いた。魔法によって、現世の理が歪められる。
『テンペスト!』
――その瞬間、散開が僅かに遅れて密集隊列を取ってしまっていた敵1個空戦小隊の中心。そこで局所的な嵐と竜巻が発生し、その嵐が彼女達を飲み込んだ。
撃墜8。
『各騎警戒! 速いのが来るぞ! 数は……1騎!』
ユニコの警戒に従い、空を見上げる。雲間から姿を現す。黒竜に跨った空戦騎士。彼我の距離は600m。その手に握られているのはランス。身に付けられたキュイラスは歴戦であることを示すかのようにボロボロ。そして何より特徴的なのは、俺と同じ男性だという事だ。
『友軍の救援にやってきたが、少し遅かったか』
『――黒の4!』
ユニコの焦りの感情が、念話越しにも伝わった。
敵騎が急降下――速い!?
ならばっ!
無音詠唱。つむじ風のイメージ。風を味方に付ける。後方につむじ風を発生させる。ウィンドワルツ!
爆発的な加速。だというのに!
『くっ!? 追いつけない!?』
『ふむ、少しは遊んでやってもいいが……今は任務だな』
距離が離される。加速しても追いつけない! 早い、速い、疾い! 俺よりも!
黒竜が翼を限界まで広げて羽ばたく。加速する。俺を置き去りにするかのように一気に! 黒色の弾丸のように一直線に目標に向かう。標的は――造船所か!?
ドラゴンが下腹部に抱えているのは巨大な樽爆弾。造船所を破壊して火災を発生させるには十分な大きさ! あれを向かわせるのは危険すぎる!
傭兵によって構成された空戦騎士隊1個小隊が彼の前に立ちふさがる。前方、上方向、下方向、側面から魔法を放ち、彼に集中砲火を浴びせようとする。だが――。
正面から水の槍を放った空戦騎士の1人は彼の握る長大な槍によって天馬ごと貫かれ、力なく海へと堕ち、残りの3騎も瞬く間に堕とされた。海面に4つ、落下したことによって発生した水柱が生み出される。その間30秒!
『させませんよっ!』
黒の軍装の空戦騎士。【ポーン】が立ちふさがる。彼女が時間を稼いでくれるな俺も追いつける! 拍車でジュベックの横腹を叩く。更に加速させようとする。何としても追いついて、撃墜してみせる!
『その軍装。王都での戦いで会ったな』
『いかにも。今回は逃げませんよ』
炎の槍が生み出される。次々と放たれる。数は合計25本。【触媒】がダメになる寸前まで酷使して生み出した無数の炎槍。ある程度は追尾する事も可能な殺意を持った炎の弾幕が造船所に向かって飛び込もうとする敵騎に向かう。
『腕はいいな、だがまだまだだ』
――嘘だろ……?
ドラゴンの頭が空へと向かう。翼が目いっぱい広げられる。炎の槍が殺到してるというのに恐怖をまるで感じてないかのように上方向に急旋回。そのまま斜め横方向へ樽の輪郭をなぞるようなバレルロール。炎の槍の弾幕が彼を捕らえることはできない。
ドラゴンでペガサス並みの運動性!? 騎手の力量もさることながら、ドラゴンの方も化け物だ。
追いつけるのか? 俺の腕で。ジュベックで、あの男を討ち取る事はできるのか? 普段ならできるはずの勝利のイメージ。エースとして絶対に必要な能力。それが今はできなかった。
『――今のを避けますか!?』
そのまま急降下。槍を構えた。狙いは……【ポーン】の天馬! 彼女も回避機動を取ろうとするが、回避する方向を先読みしたかのように、槍が突き出された。
突き出された槍は、【ポーン】の漆黒の天馬の脳を貫く。
バランスが取れなくなった彼女は、天馬と共に海へと落下した。
『作戦成功。各騎、撤退しろ』
造船所。戦列艦が建造されている乾ドッグめがけて敵騎は急降下。ドラゴンの胴体に搭載されていた大型の樽爆弾が投下される。
――一呼吸置いた後に、爆発音。巨大な爆炎が造船所全体を包み込んだ。
◇◆◇
「すみませんね、手伝って貰って。貴方も疲れてるでしょう?」
「……いや、これぐらいは手伝わせてくれ。黒の4相手に、俺は何もできなかったんだしな」
クダンスク島、その最高峰『ゾルトン』山。山頂。
山の頂からは、消火が終わったものの、焼け落ちた造船所がよく見えた。冷たい風が俺と、そして【ポーン】を撫でる。防衛目標は完膚なきまでに破壊され、建造されていた戦列艦は灰燼に帰した。
敵空戦騎士隊は爆撃を成功させた後に撤退。こちらの被害は甚大。
特に、囚人部隊で最も腕が立つ【ポーン】は愛馬を失い、新しい天馬があてがわれても連携訓練のために長期の離脱は必至。状況は最悪と言っていい。
彼女が穴を掘るのを俺も手伝う。スコップを山頂の地面に埋める土を掘り起こす。【ポーン】は愛馬が先に海へと堕ちて、波がかき消された場所に堕ちた事によって一命を取り留めた。
穴を掘り終える。そこに、彼女の愛馬の鬣が収められた箱が置かれた。
命を救われたことに感謝の意を示すように、彼女は敬礼する。
「あの子と、ここで風を感じるのが大好きだったんです」
「……」
「……どんなに苦しい時でも、惨めに逃げ帰る時でも、あの子――シルフと一緒でした」
ルビーのような赤い瞳の輪郭が歪む。そちらの方を見ないようにするために、目をそらした。
俺は、無力だ。黒の4を止める事もできず、彼女の相棒が失われるのを見てるだけしかできなかった。
エースの名が聞いて呆れる。
……だが、まだ戦争は終わってない。今回の敗北は確かに大きい敗北だが、ヴィスワ王国はその継戦能力の全てを喪失してるという訳ではない。
俺の力は、まだ要る。
敵を堕として、仲間を鼓舞するために戦う。そう、決意を固めている俺の傍にジュベックが近づいてきて、心配そうに鼻を寄せてきた。