貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
――クノール家の屋敷、臨時王宮。
先の戦闘による被害報告を聞くことになった女王、マグダレーナは頭が痛そうに眉間を抑えた。建造中だった90門級戦列艦。反攻作戦の要となるはずだった巨艦は建造設備ごと灰燼に帰した。熟練工などが迅速な避難によって無事だったのが唯一明るいニュースである。
軍需大臣であるエルフの女性は、顔を青ざめさせる。ズレかけていた眼鏡をくい、と指で押し上げ、眉間を抑えたマグダレーナに声をかけた。
「陛下。新造艦を作る設備も我々にはもはやありません。新しく建造設備を作るとなると、かなり時間がかかるかと」
「ええ、ええ。分かってますよ。貴女の言いたいことは。少なくともこの戦争が続く間は、今ある戦力でやりくりせねばならないという事ですよね?」
残存艦隊は大陸からの撤退に成功した第5艦隊の一部。その他各地から撤退に成功した雑多な艦艇。海戦の主力となる戦列艦の数は6隻に、フリゲート艦が25隻。その他補助艦艇が幾つか。魔王領軍の1個方面艦隊にさえ満たない戦力である。
それを新造艦で補い、少なくともクダンスク島周辺の制海権は維持して上陸への抑止力として扱い、時間を稼ぐという方針だったがその方針はご破算となった。
中央大陸のドワーフ商人も、今は国が保たれてるからこそマナ鉱石などの軍需品も輸入できているが、目に見える成果が無ければその支援も打ち切られるだろう。1人のエースによって及ぼされる戦況の変化は微々たるものである。北方のドワーフ商人――ダンツィヒ都市連合とは同盟関係にあり、資源の融通もしてくれてるが、魔王領軍の侵攻に晒されている彼らに頼り切りなのは危険すぎる。
「えー、ダンツィヒ都市連合に私の名で手紙を書いて、余剰の艦隊を派遣するように依頼してください。向こうもこちらが倒れたら戦力が集中することになるでしょうから、支援はせざるを得ないでしょう」
――北方のドワーフ商人に借りを作ることになるのは気に食いませんがね。独り言のようにそう呟かれたのを、軍需大臣は聞き逃さなかった。
こほん、と一つ咳払い。女王の糸目が僅かに開かれて、軍需大臣を見据える。
「正直に聞きましょう。軍需品を統括する貴女の意見を聞かせてください。この戦争、後何か月戦えますか?」
「数か月ですね。物資の残量的に。それ以上はこの島では食料は取れますが、硝石などは手に入りづらいですので継戦は難しいかと……。それだけではありません」
「と、言うと?」
「士気です。今は我々は国土奪還という大義名分のため、士気が高いですが。戦線が膠着するだけでは彼らの士気も保てなくなります」
民衆、そして兵士の士気の問題は深刻だった。特に劣勢の国家においては死活問題だ。
「兵士の忍耐力と物資が尽きる前に分かりやすい戦果を挙げる必要があると。商人達が我々を投資する価値があると示すために、兵士たちが我々なら勝てると確信させるために」
――ギャンブルに元手無しで挑戦する気分ってこんなんなんですねぇ。女王はため息交じりにそう言った。
◇◆◇
厩舎からジュベックと共に空へと上がる。じめっとした風が俺を撫でた。空を見上げると分厚い雲が存在している。先行きが見通せない。民衆たちの気持ちを代弁してるかのような雲だ。
『あー、あー、こちらユニコ。聞こえるよね? 今回の任務は哨戒任務。ボクの事は置いていかないでくれよ、護衛として頼りにするし』
『分かってるよ。ユニコ』
『本当か~? 本当に分かってるのかい? ルミも毎回置いていかれそうになるって愚痴ってたよ?』
『……善処する』
『善処するんじゃないんだよ、護衛任務ならボクから離れずに付きっきりで護衛してくれよ』
ジュベックの手綱を握り、ユニコの天馬の傍にぴったりと寄せる。先の戦いで撃墜された傭兵たちの穴埋めをしないとな。……それと、彼女を置いていくことは無いようにしないと。
『しかし、見たまえ、あの造船所跡地。まだ戦列艦の残骸が撤去されてないな』
指定空域へと向かう途中で、焼け落ちた造船所の跡地が見えた。燃え落ちた戦列艦の残骸が無残に散らばる。そして、戦列艦を建造することもできる見事な造船所だったと言うべきかもしれない造船設備は完膚なきまでに燃やし尽くされ、跡形もない。
職を失う事になって茫然自失として空を見上げている造船工と目が合う。彼女の目はこの曇天のようにどんよりと曇っていた。
俺達と交代するように哨戒に出ていた囚人部隊の姿もちらりと見えた。3人。【ポーン】が居ない。
『久方ぶりの大敗北。上も下も大騒ぎさ。それだけ新造艦への期待も大きかったんだろうね』
『……俺がもっとしっかりしていれば……』
『んー、まぁ黒の4は王都での戦いでも大暴れした恐るべきエースだからね。そこまで君が気に病む必要はないよ。ただ、次また黒の4が出てきたらヤバいだろうね』
まだ、黒の4を倒すイメージが心の中で湧かなかった。あの鋭い空戦機動。そして天馬よりも圧倒的に速い騎竜。そして何より、奴は魔法を一回も使ってないのだ。光属性の魔法を使うらしいが、魔法を使わずにこちらを圧倒した。
こんな経験は前世でパイロット駆け出しのころに教導隊の先輩に模擬空戦でボコボコにされた時以来だ。
『……まぁ、次の戦いで彼が出てこないことを祈るとしようか。哨戒任務を開始するよ』
ユニコの言葉で、俺の意識は現実に引き戻された。いつの間にか、指定の空域へと到着していたようだ。空は相変わらず分厚い雲が覆っている。冷たい風が吹く。ぽつぽつ、と雨が降り始めた。
『んん? 降ってきたようだね』
そして、瞬く間に雨量は多くなる。ざぁざぁと大雨が降り始めて、俺達に雨が襲い掛かる。冷たい雨風が俺の顔面を打ち、思わず小さく「いてっ」と口から声が溢れてしまった。このまま飛び続けるのは危険だな、雷でも落ちたら即死しかねない。
『哨戒飛行を停止。陸へと降りよう、雷でも落ちたらあの世行きだ』
『あ、それボクも思ってたことだよ。そうだね、近くに島があるみたいだしそこに降りようか』
下方向へ視線を向ける。少し離れた位置に、ぼんやりと島のシルエットが浮かび上がった。
◇◆◇
「島の植生的に、人が住んでない無人島みたいだね。ではどうして人が住んでないと思う?」
「んー……街から離れていて不便だからか?」
「それも半分正解だがそうではない。この島には水が湧き出る場所が無い、と推測される。つまり空から降り注ぐ雨水だけが水源となるね」
島へと降り立った俺達は、たまたま見つけた手ごろな洞窟の中に入った。勿論ジュベックや、ユニコの天馬と一緒にだ。洞窟の外へと視線を向けると、まるで女神が泣きはらしてるかのように大粒の雨が地面を打つ。
「人が住むには、適してない場所という事だよ。ここでは農業も出来ないし、牧畜をすることもできない。彼らを養うための水が無いからね」
「なら漁労は?」
「クダンスク島からそう遠く離れてないのにわざわざここに漁労の拠点を作る必要はないのさ」
「見捨てられた土地だな」
「そう、見捨てられた土地にボクたちは降り立ってしまった訳だ」
火打石を使い、洞窟内に落ちていた乾燥した木くずを使って火をおこす。キュイラスを脱ぎ、衣類を枝木に引っ掛けて温める。
ユニコの腰からは彼女が魔族との混血である半魔族であることを示すように尻尾が伸びており、ふりふり、と所在無さげに振られた。その身長は俺の胸ほどしかなく、ぱっと見だと年端も行かない少女にしか見えない。だが、俺達の小隊の中では最年長だ。
そんな、見た目的に俺よりも明らかに年下にしか見えない、しかしながらも50歳は超えてるだろう彼女の口が開かれた。
「君。今まで生きてきて挫折した事はあるかい?」
「……何度か」
前世も含めると挫折した回数は数えきれない。
「ふむ。だが本当に挫折した事は無いように見えるね。ボクは本当の意味で挫折した事は何度かあるよ。本当は王都大学の魔法学の教授になりたかったんだけど、実績が足りないという事でなれなくてね。仕方ないから大学の司書になったのさ」
んぅー、と下着姿になったまま伸びをして、こちらを温める火へと視線を向ける。彼女の整った横顔の輪郭が火によって照らされ、浮かび上がった。
「自分の夢を妥協して司書になったのに、戦争に巻き込まれた。趣味で天馬に乗ってたことに目を付けられて軍から徴兵されてね。好きな事を出来なくなった。で、その上で王都で暴れまわる黒の4を見てね。心がへし折られたよ、ボクにはあんな飛び方はできないってね」
彼女曰く、王都での決戦では黒の4は鬼神のように暴れまわったらしい。突破した戦列歩兵の横列は11、撃墜された空戦騎士の数は21騎。城壁に設置され、防衛の要と期待された最新鋭の48ポンド榴弾砲12門の内、6門が彼に破壊された。
「あまりにも速い、天馬を乗る空戦騎士では1人も追いつけないほどに。……君はそれに遭遇して、心が折られたかい?」
「……まぁ正直、自信は無くしたな」
「そうとも、彼の戦う姿を見れば誰もが自信を失う。恐らく、魔王領軍の空戦騎士達も同じ思いだろう。君はまた彼が出てきた時、自分がエースであると胸を張って戦う事はできるかい?」
「それは……」
俺では、彼に追いつくことはできない。空戦において最も重要な要素である速力では比べるまでもないだろう。
「まぁ君もこれで本当の挫折を味わったという訳だよ! ボクと同じようにね! だが、若者よ。君はまだ死んでない、挫折したとしても立ち上がることができる」
「……」
「負けても立ち上がって、生きてる限りは戦いに挑み続けるのさ。それがこの世界を生きる者の務めであり、先に楽になった子たちへの弔いになる」
「そう、だな」
「よし、闘志を取り戻したみたいだね。よかったよ。うちの隊で一番の腕利きが沈んだままだったらボクも生き残れるのか不安になるからね」
いつの間にか、雨が止んでいた。雲間から差し込んだ太陽の光が、洞窟の入口から入ってきて中を照らす。
ゆっくりと、俺は起き上がった。空へと戻ろう。
「天候も回復したし、哨戒任務を終わらせて戻るとしようか、ユニコ」
彼女は笑顔を浮かべながら頷いた。
◇◆◇
任務を終える頃には、太陽が水平線のかなたに沈みつつあり、太陽の代わりに3つの月が顔を出していた。ゆっくり、ゆっくりと高度を下げる。見慣れた厩舎。そこにジュベックと共に降り立つ。
「お疲れ様です。アーク様」
「ん、ジュベックを休ませてやってくれ、今日は雨に打たれたせいで疲れている」
顔なじみの厩務員に彼を預ける。厩務員にもジュベックは懐いてるようで、すりすり、と彼女の腕に頭を寄せた。そんな彼の首筋を優しく叩き、彼女は厩舎の中へと入る。
俺と同じように厩務員に自らの天馬を預けたユニコと目線があった。
「今日はお疲れ様。君も疲れただろう? もちろん、ボクも疲れた。ゆっくり休もうじゃないか。今日は一杯奢ろうか?」
「……随分と距離が近いんですのね、お二人とも」
いつの間にか、ルミが俺達の方へと近づいていた。ルミのルビーのような赤い瞳がじとー、と俺とユニコに向けられる。いや、別に変な事してる訳じゃないぞ?
そして、ルミが俺の腕に抱き着いてきた。確かに膨らみを感じる双丘が俺の腕に押し付けられる。柔らかい。
「よかったら、わたくしも飲み会をするんだったら連れて行ってもらっても?」
そんなルミの姿を見て、思わずと言った様子でユニコは噴き出してしまった。そして、腹を抱えて笑い始めた。じとー、とルミのジト目がユニコに向けられる。
「いや、いや、すまない! いや~、アーク! 君は随分とルミに懐かれてるようだね!」
「おはようからおやすみまで、わたくしがアーク君を守りますわ」
「すまない、すまない、君のアークを取ろうなんて考えていないよ。だからそんなに睨むな、ついでにもし狙ってるならライバルは多いだろうから苦労するだろうね、ククク」
「……別に、そんなのではないですよ」
俺を狙ってる女性たちが本当に欲しいのはクノール家の財産だろうに。まぁルミの方は恋愛感情やら資産やら狙ってる訳じゃないだろうが。本当に俺の身を案じているのだろう。
「それじゃあ、飲み会にはカミラ隊長も誘おうか」
「あの人、酒癖悪いって軍内でも有名だぞ」
「……ぶどうジュースでも飲んでもらいましょう」
その後、カミラ隊長も呼んで、近場の酒場で飲み会をすることになった。が、テンションの上がったカミラ隊長が酒を飲んでしまって、服を脱ぎ始めて騒ぎ始めたのを見て肝を冷やした。
色々あったが結論から先に述べるとその酒場は出禁になったことから何があったのかは察して欲しい。