貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
――第5艦隊旗艦【シコルスキ】甲板。
第5艦隊を率いるプラスノ提督は続々と集結しつつある残存艦隊へと視線を向けた。現在の時刻は夜間。空に浮かぶ3つの月が光源となっているが、それでも暗い。見張り員には夜目が利くものがついている。だが、それでも彼女は不安だった。
海兵たちの士気が下がっている。目に見える程に。
撤退に次ぐ撤退。敗戦に次ぐ敗戦。そもそも、海軍の人間の大半は大陸側の出身の人間である。故郷が魔王領軍に制圧されているのだ。小さな勝利の積み重ねによって持ち直していた士気も、新造艦が進水前に撃沈されたことによって落ち切った。今はまだ公然と抗命することは無いが、それでも厭戦気分が高まっている。
まぁ要するに負けが込んで自信を持てなくなっているのだ、彼女達は。
「艦長、酒は足りているか?」
「すぐ近くに港はありますし酒の補充はできてますよ。ですが……近頃自棄酒するやつが増えましてねぇ、昨日なんて酔いつぶれた奴が海に落ちるなんて騒ぎがありましたよ?」
「敗戦が近づいてると誰もが現実逃避したくなるという訳か。君も少し酒臭いぞ?」
「あ、バレました? 実はさっきまで飲んでました」
航海中でもないんだから酒飲むなと一瞬言いかけたが、何とか提督は堪えた。今ここで艦長の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。
「うちの空戦騎士隊は頼りになるようでなりませんからねぇ。大陸からの脱出作戦の時にも艦を守り切れずに何隻か沈みましたし。なーにがエースですか、エースだったら我々を守ってみせろって話ですよ。ひっく」
「我らが麗しい女王陛下お得意の宣伝戦略だろうさ。だが、【レッドアネモネ】だったか? アーク・クノールの腕は確かだろうさ。実際に作戦を幾つか成功に導いてるしな」
「英雄1人で戦況をひっくり返せるんだったら軍人は要らないんですよ」
まぁそれはそうなんだが。戦争は英雄譚に描かれるようなものではない。1人の英雄で出来る事など、限られている。戦場では確かに有効に機能するだろう。だが、戦線と言う面で見れば戦局に及ぼす影響など限られている。
「次の海戦では我々はこのままだと華々しく玉砕することになるでしょうな。提督。子どもたちへの遺言は記しましたか? 遺産分配で揉めると面倒ですよ」
「艦を下りる気はないんだな」
「誇り高いヴィスワ王国海軍の死に花を咲かせてやりますよ」
「死ぬつもりで戦うな、生きるつもりで戦え。第一――」
戦争はまだ終わってないのだから、と言葉を続けようとした所で見張り員の叫び声が聞こえた。内容はシンプル。哨戒に上がっていた空戦騎士隊から敵ワイバーン騎士隊を捕捉。空襲だ。
「――海軍にトドメを刺しに来たか! 眠ってる連中を叩き起こせ! 防空戦闘用意!」
◇◆◇
「通信担当! しっかり各艦と連絡を取ってくれよ!」
敵襲の報を受けて、湾内のヴィスワ王国艦隊の動きが慌ただしくなる。錨が上げられ、帆に風魔法が使える人間が風を当てることによって船が推力を得て動き始める。急速に戦列が整えられる。戦列艦を中心に置いた輪形陣。対空戦騎士陣形。
広範囲に念話を飛ばすことができる闇属性魔法使い、そして航海士たちがいい働きをした。各艦は綿密な連携を取り、対空陣形を整える。士気は下がってはいるが、彼女達もクダンスク島まで戦い抜いた歴戦の海の勇士たちだ。
『こちらフリゲート艦【マグナート】一等航海士! 我が艦の見張り員が敵空戦騎士隊を捕捉! 11時方向! 彼我の距離およそ2500m! 数は……目算で100騎! 恐らくはもっといるでしょうな!』
ちっ、と舌打ちを1つ。向こうも本気で空襲を仕掛けてくるつもりだ。味方の空戦騎士隊はまだか? いや、先の敗戦の結果を鑑みるに、彼女達に頼り切る訳にはいかない。
「砲列甲板! 射角を限界まで取れ! 第一斉射! 照明弾! 空を明るくしてやれ!」
提督の指示が飛ぶ。信号旗が掲げられる。赤、赤、赤。戦闘開始。それと同時に、念話を通して提督の指示が伝えられる。陣形を組んだ艦隊、全艦合わせて300門を超える大小さまざまな砲が空へと指向される。
――夜の海を砲火が照らした。
放たれたマナ鉱石を加工して作られ、一定の高度に達すると閃光を放つ照明弾が空中で次々と炸裂する。炸裂した照明弾に直接目を焼かれた様子で、湾内に迫ろうとしていた敵騎兵のうち何騎かは力なく海へと堕ちる。
「各艦砲列! 次弾はキャニスター弾! 装填が完了するまでは甲板の旋回砲、パックルガンで迎撃戦闘を行え! 第一斉射は号令と同時に、第二射以降は自由射撃!」
照明弾によって浮かび上がった敵空戦騎士達の輪郭。その輪郭が輪形陣を組む艦隊へと向けられる。急降下体勢。第一波28騎。
「引き付けろ、引き付けろよ、まだ撃つな……!」
樽爆弾を投下するべく、敵騎が投下コースに入る。甲板で最大射角まで高らかに対空火砲を構えている乗組員たちの額に汗が浮かぶ。その汗が甲板へと滴り落ちた。
「撃て!」
提督の号令が下ると同時に、一斉に甲板に搭載された雑多な火砲が火を噴く。3ポンド未満の旋回砲、あるいは魔王領軍との戦闘で鹵獲されたパックルガン、更には雑多なマスケット銃。あるいは魔法。
投射された火力は空戦騎士達を捉える。急降下爆撃コースに入っていた敵騎が次々と落とされる。斉射による撃墜数は10騎を超えた、残りの10騎も爆弾を捨てて回避行動を取る。回避するために投下された爆弾が旗艦のすぐ傍に落ちて、海中で盛大に炸裂し巨大な水柱を立てた。
だが、残り8騎はなおも各艦に迫る。
――最初に犠牲になったのは、輪形陣の外側に位置していた32門級フリゲート【マゼッパ】だった。投下された樽爆弾は甲板をぶち抜き、そのまま弾薬庫に到達。激しい炸裂音。その直後、火薬に引火したかの艦は巨大な火球となり、傾斜。そのまま海に沈んでいく。海に沈んでいく【マゼッパ】からは火に包み込まれた乗組員たちがもだえ苦しみ海へと飛び込み、すぐさま地獄絵図となる。
その次に32門級フリゲート艦【ボフダン】が集中爆撃を受け、弾薬庫に引火することは無かったもののメインマストがへし折られ、航行不能となる。艦隊に動揺が走る。
「クソっ! 味方の空戦騎士隊は何をしてる! また艦がやられたぞ!」
『第二次攻撃隊接近! 数は24騎! 狙いはこちらです!』
「旗艦から沈める気か! 敵の判断力も優れてるな!」
第一次攻撃は大きな損害を受けたことによって敵の作戦が変わったようだ。まずは旗艦【シコルスキ】を撃沈し、艦隊の動揺を更に広めようと、第二次攻撃隊が攻撃コースに入る。
提督の額に、じんわりと嫌な汗が浮かんだ。
「砲列、再装填が完了しました! いつでも撃てます!」
「よし! 攻撃コースに入った敵騎の鼻っ面に叩き込んでやれ!」
【シコルスキ】の三層に及ぶ砲列甲板。片舷に存在する全ての火力が真っすぐこちらへと突っ込もうとする敵騎へと向けられる。一斉射撃の号令を受け、放たれる。ズタ袋に詰められた散弾の嵐が敵騎へと襲い掛かる。
最も火力を指向することができる側面から突っ込もうとしてた勇敢だが無謀な空戦騎士8騎はワイバーンごとひき肉に変えられるが、砲列が向いてる事を察し急上昇した残りは急降下体勢。
旗艦へと真っすぐ向かう。
次々と爆弾が投下される。合計16騎による絨毯爆撃。黒色火薬が満載された1つ60キログラムから100キログラムほどの樽爆弾はまともに直撃すれば木造艦に致命的なダメージを与えられる。
「まずい……! 総員退か――」
そう叫びかけた所で、【テンペスト】と、詠唱音が聞こえた。
投下された爆弾が、空中で突如発生した嵐と竜巻に飲み込まれて、吹き飛ばされていく。
「最高位の風魔法!? 使える奴は何者だ!?」
甲板の見張り員がそう叫ぶ。提督も空を見上げる。空を駆ける空戦騎士達の姿を。赤いアネモネの馬具。
「レッドアネモネか!? 奴が助けに来てくれたかっ」
爆弾を投下した敵騎が、横槍を入れてきた空戦騎士達に殺到する。だが……あるものは正面から槍で貫かれ、またある者は風魔法によって撃ち落とされた。
「……あの莫大な魔力……いったい何者だ? 黒の4の魔力量に匹敵するのではないのか?」
「いや、それよりも見ろ! あの空戦機動、誰もやつを捉えられないぞ!」
常人の魔力量では、1日に魔法は数度しか使えない。しかも大技であればあるほど魔力の消耗量は多くなる。だというのに、我々の空で戦う空戦騎士は大技をいくつも使ってるというのに、汗1つ流してないではないか。むしろ、敵騎を次々と撃墜している。
赤いアネモネの馬具に向かった敵騎の内、8騎が撃墜されると、不利を悟った第二陣は後退を開始。
「第三陣接近! 24騎! いえ、第一陣の残存と合流したのか、32騎!」
空で暴れまわるヴィスワ王国のエースが煩わしく思ったのだろう。身軽となった第一陣残存8騎が先陣を切る形になりつつ、爆装した24騎が後衛となり、艦隊を守るかのように盾になった彼と、その僚騎へと殺到した。
◇◆◇
『今回ばかりは、無謀すぎます!』
思わず悪態をつく。後衛の空戦騎士達から放たれた様々な属性の攻撃魔法を彼の背後にピッタリとくっ付くかのように飛びながら、フレアを展開して打ち消す。
魔法が打ち消されると同時に、敵騎の集団へと彼は飛び込んでいきました。前衛、およそ8騎!
『無謀だが、艦隊を守るためにはこれしかないだろうさ。ボクは隊長と共に爆装した敵騎を少しでも削る! ルミは彼を守ってやってくれよ!』
飛び込んだ彼を取り囲むように8騎が四方八方、上、下、右、左、斜め右下、斜め左下、斜め右上、斜め左上から襲い掛かる。ランスチャージの構え。彼の鋭い空戦機動に、わたくしはついていくのがやっと。
包囲されることになった彼は、そのまま上方向に飛び込み、風魔法を放ち、相手を貫くことで道を強引に切り開いて突破。上方向へと抜けていく。わたくしも愛馬の手綱を握り、歯を食いしばって必死に追いすがる。
必死に彼の空戦機動に食らいつく。もう、置いていかれないように。
1騎、また1騎と彼は堕としていきますが、彼の愛馬の体にはびっしょりと汗が浮かんでいました。無理な空戦機動によって疲労が限界を迎えつつあるようです。更にまた1騎、彼は堕としましたが、明らかに旋回のキレが落ち始めました。
『すまないな、ルミ、ジュベック! もう少しだけ付き合ってくれ!』
『ああっ、もうっ! 今回だけですわよ!』
動きが鈍り始めた彼へと残りの4騎が襲い掛かる。攻撃魔法! 風、火、水、土の槍。彼の背中に迫る。
『エンジェル・フレア!』
彼の背中にピッタリとついて、光魔法を展開。幾つか打ち消されていきます、が……。土の槍はフレアを潜り抜けて彼の背中へと迫りました。
突き刺さる。彼の背中に深々と、突き刺さった瞬間に槍は破裂し、破片が撒き散らかされる。ジュベックの尻にも突き刺さり、血が溢れた。
『アーク君!?』
『――テンペスト!』
激痛に悶えるような苦悶の声を漏らしつつも、更に魔法を放とうとしていた敵騎の隊列の中心で暴風を生み出し、残りの敵騎を吹き飛ばす。
『大丈夫、だ……! 俺はエースだぜ……この程度、なんてことはない!』
……何故でしょうか? 彼が、これほどまでにエースに固執してしまっているのは。我が身を顧みなくなったのは、なぜでしょうか? 英雄志望で飛ぶならば殴ると言ったわたくしの言葉は忘れてしまったんでしょうか?
彼の相棒であるジュベックを労わる様子も見えましたが、連日の出撃によってジュベックも大分疲弊してるように見えました。
戦闘自体は、その後は士気が上がった艦隊の援護射撃もあり、無事に勝利を収めました。空襲を図った敵騎112騎の内、撃墜42。それに対して味方艦隊の被害は撃沈1、中破3。夜間の大空襲の割には、被害は抑えられた方と言えるでしょう。
でも、勝利したというのに、わたくしの心のもやもやは晴れませんでした。
◇◆◇
「湾内での戦いで18騎撃墜。素晴らしい戦果だと思うわ、アーク」
見知った天井だ。俺は自分の屋敷の自室へと戻ってきた。館の中の調度品の配置は変わっていない、俺が館を出た時のまま。
「第5艦隊の提督からも感状が送られてきたわ。貴方の活躍によって、我々の被害は最小限に抑えられたってね。でも……もう許すわけにはいかないわ。僧帽筋と広背筋の断裂。ついでに大小さまざまな裂傷。光属性の回復魔法で治療したと言えど、休養が必要よ」
「それは母親としてのお願いですか? 劣勢である以上、俺もすぐに出たいんですけど」
「命令よ。貴方死にかけたのよ? なんですぐに出撃しようとするの? 館から一生出さないわよ?」
「あ、はい」
「ついでに、貴方の愛馬も暫くは預からせて貰うわね。彼にも治療が必要よ」
実質的な飛行禁止命令だった。……まぁ、実際ジュベックには申し訳ない事したし、少なくとも彼には長期間の休みが必要だ。
彼の尻に突き刺さった土の破片。やはり痛かったんだろうな。……無茶ばかりさせてしまった。俺はともかくとして彼もゆっくり休んでくれると良いんだが。
「貴方が強いのも分かる。そして貴方が味方の希望として、飛ぼうとしてるのも分かるわ。でも、貴方の帰りを待ってる人はいることは忘れないで」
その言葉を聞いて、シミ一つない天井を見上げる。目を瞑る。無理はした、だが、どうしても必要な事だった。これ以上、友軍をやらせないためには。
ただ、空を飛んでる時に不思議と、以前と比べて肩が重く感じたのは、確かだった。