貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
「あー……今回はルミ、ユニコの護衛を頼むよ。私がアークの横で飛ぶし」
ようやくの傷も言えたので出撃の許可は貰ったが、俺の心は晴れなかった。
空中空母【ストーム】の食堂。普段は乗組員たちでごった返している、今は小隊のミーティング会場となったそこには重苦しい雰囲気が漂っていた。ルミと俺の目と目が合うことは無い。……先日はあんなことがあったからだろうなぁ。
「……了解しました、ユニコさんの護衛はお任せください」
「うんうん、まぁ色々あったんだろうけど、頼りにしてるよ」
「あー……改めて今回の任務の説明をするね~。任務の内容はクダンスク島の海軍艦隊と合流しようとしているダンツィヒ都市連合艦隊を護衛する事」
クダンスク島への魔王領軍の本格侵攻が近いと察したヴィスワ王国軍司令部はダンツィヒ都市連合へ増援を要請。クダンスク島が落ちた場合、西部に回されていた戦力が差し向けられる事を恐れたダンツィヒ都市連合はその要請を受諾。戦列艦4隻とフリゲート艦16隻からなる艦隊がクダンスク島へと派遣されることになった。
が、クダンスク島へ合流するためには敵の航空優勢下にある海域を通らざるを得ず、魔王領軍も全力で合流を阻止するべく妨害を行ってくるだろう。
魔王領軍の攻撃部隊から友邦、ダンツィヒ都市連合の艦隊を守るのが我々の役割という訳だ。
合流さえできれば、敵の艦隊を艦隊決戦によって撃滅できる可能性が高まる。ヴィスワ王国にとっては絶対に今回の作戦は成功させたい。
だからこそ、空中空母【ストーム】に俺達を含む精鋭が集められた。
「まぁ、君達も知ってはいるけど! 今回の作戦は絶対に失敗できない! 失敗したらクダンスク島での地上戦になるからね」
……俺の今生の故郷だ。何としても阻止する。敵を1人もクダンスク島に上陸させない。敵の戦列歩兵に陸地を踏ませる訳にはいかん。
「……ルミ、そしてアーク。君達2人の間に、何があったのかは想像する事しかできない。だが君達は軍属であるという事は忘れないでくれよ? 命がかかってる戦場だよ? 君達の間にできた確執によって、誰かが命を落とすかもしれない」
こほん、とカミラ隊長は一つ咳払いして、目を合わせない俺達2人へと視線を向ける。
「2人とも、喧嘩するなとは言わない。殴り合って絆が深まることはあるだろう。でも生き残れ。その為にわだかまりは、今回は間に合わないにしても早く解消してね?」
珍しく、鋭い視線を向けてくるカミラ隊長の言葉に俺とルミは頷くしかなかった。
◇◆◇
眼下にダンツィヒ都市連合の艦隊を捕捉。艦隊は帆に風を受けて順調に海路を進んでるように見える、が……魔王領軍の連中も我々を素通りさせてくれなさそうだな。
『こちらユニコ! 敵の空中空母1隻、空中フリゲート艦3隻、更に空戦騎士多数がこちらの空域に向かって来ているのを確認した! 位置情報を君達に転送する!』
ルミがピッタリと後ろについて護衛されてるユニコの方へと視線を向ける。俺から見てはるか上空。彼女から空中からの攻撃によって艦隊を撃滅しようとしてる敵空中艦隊の情報が送られる。方位135度。
『まぁ、出てこないのが一番だと思ったけど~、予想通りと言うべきか出てきたね。アーク、君の援護は任せてね~』
自らの背丈ほどはありそうな大剣を背中に背負っている、今回の僚騎へと視線を向けた。普段と勝手は違うが、カミラ隊長も陸戦騎士として名を馳せた人物。頼りにするとしよう。
こちらでも目視で敵打撃艦隊を捕捉。空中フリゲート艦に輪形陣で護送されて突き進む敵空母、及び敵空戦騎士編隊。敵の空戦騎士隊のワイバーンには樽爆弾が装備されている。このまま爆撃で水上艦隊に打撃を与えるつもりだな。
『こちら傭兵空戦騎士【波風】戦闘団隊長! ここは任せろなのです! 敵の空中艦隊の打撃は任せたいのですよーっ!』
俺達と同じように空に上がった傭兵の空戦騎士隊が敵の攻撃部隊を抑えるつもりらしい。ならばここはお言葉に甘えさせて貰うとしよう。
ジュベックの横腹を拍車で叩く。手綱を握りしめる。目標を見据える。空中で空母を護衛するかのように展開している輪形陣の一角、敵フリゲート艦。
彼の翼が目いっぱい広げられて、そのまま羽ばたく。宙に羽が舞う。風を切る音が響いた。一気に加速、距離を詰める。
『敵騎接近! 空母に近づけるな、てーっ!』
敵の狙いがこちらに集まる。狙い通り。砲列甲板に搭載された艦載砲の照準がこちらに向けられる。
こちらの網膜を焼くかのような炸裂光。少し遅れて炸裂音。
馬首を斜め上45度方向に向けて急旋回、及び急上昇! すぐ下を敵の散弾が通っていった。
甲板に搭載されたパックルガンがこちらに向けられているのを確認。彼我の距離は400m。
『あの敵騎は友軍を何人も屠ってきた危険人物だ! 生け捕りなんて考えるなよ、確実に殺せ!』
更に注目が集まる。エースと言う肩書は便利だ。本命を隠すための目隠しになる。甲板に搭載された迎撃用のパックルガンが火を噴いた。
樽の輪郭をなぞるようにバレルロール。相手の目測を外すことによって、敵の弾幕をかいくぐる。肉薄する。敵のマストのすぐ近くへと接敵する。
『テンペスト!』
【触媒】に魔力を込める。不気味な唸り声が響く。嵐が巻き起こる、敵のマストをへし折り、甲板に設置された迎撃用の火器を薙ぎ倒す。――露払いは十分だろう!
『隊長、頼みましたよ!』
太陽の光を背にして、俺と言う目くらましに注意が向かっていた敵の意表を突くかのように、隊長が天馬の限界高度から急降下。急降下して勢いを付けて、その手に握られた手投げの焼夷弾を迎撃火器が無くなり、無防備となった甲板へと投下。甲板へと叩きつけられた焼夷弾が炸裂し、瞬く間に敵艦が炎に包み込まれる。
炎に包み込まれた敵艦が高度を落とし始める。もう戦闘する能力はない。
『共同撃沈1って事で良いかな? アーク』
『見事でしたよ、隊長!』
敵の空中空母を分厚い対空攻撃で守っていた輪形陣の一角が崩れる。敵空母への道が開かれる。敵に動揺が走ったようで、統制が取れていた対空射撃に乱れが生じる。
『俺が先導します!』
乱れた対空射撃の隙を突き、飛び込む。すぐ近くで榴弾が炸裂し破片が撒き散らされるが、怯むことは無い。目標は敵の空中空母。フリゲート艦よりも一回りも二回りも大きい。ここで堕とせれば敵の作戦を大きく遅滞させることができるはずだ。
敵艦直上。彼我の距離はおよそ50m。高低差は30m。降下、袋の中から爆弾を掴む。そのまま起爆剤であるマナ鉱石に魔力を流し、投下する。投下された爆弾が甲板へと突き刺さり、大きな炸裂音を響かせた。俺の落とした爆弾は甲板に穴を開け、隊長の爆弾は敵の旋回砲を1つ潰す。
やはり、ワイバーンやドラゴンに積載できるほどの樽爆弾でなければ、艦船に大きなダメージを与えることは難しいか。
再度急上昇、ならば次は魔法でマストをへし折る。
再攻撃の準備へと取り掛かろうとした所で、隊長からの悲鳴が念話を通じて聞こえてきた。
『っとと!? これはまずったかも!?』
カミラ隊長は陸戦騎士上がりだ。普通の馬には乗り慣れていても、天馬には乗り慣れてない。それが仇となった。
相手がヤケクソ気味に放ったパックルガンの弾幕。それを避けるために敵空母の甲板スレスレで回避機動を取っていた隊長がそのまま鞍から滑り落ちてしまった。落下先は敵の空中空母の甲板。5m程自由落下し、そのまま甲板へと転がる事になった隊長の姿に俺は唖然とすることしかできない。
――敵地のど真ん中に取り残されたのだ。
彼女を振り下ろした天馬の方はまだ彼女が乗ってると思ってるらしく、そのまま宙を爆走している。自分の主を振り下ろした事に気が付くのは暫くかかりそうだ。
咄嗟に、友軍を頼りにするべく周囲を見回す。しかし、傭兵の空戦騎士団は敵直掩と、攻撃部隊を迎撃するので手一杯であり、ルミとユニコはそもそも主戦場から遠く離れた場所にいる。時折飛んでくる敵の魔法攻撃はルミの光魔法によって打ち消されてるのが見えた。
この場で隊長を救うために動けるのは俺だけという事だ。
『あー……。まぁ、心配いらないよ、アーク。この程度の敵、私の敵じゃないから』
どうやら俺が心配してる事が伝わったらしく、彼女からの念話が聞こえてきた。そして、背中に背負っていた大剣が構えられる。その大剣の剣の腹には、彼女の代名詞である薔薇が彫刻され、それには青い塗料が塗られていた。あの剣自体が、マナ鉱石を加工して作られた【触媒】としても使える大剣だ。
『青薔薇の陸戦騎士か! 各員取り囲め、こいつを討ち取れば武人として名を上げられるぞ!』
甲板へと取り残されることになった隊長へと、空母乗組員たちが雑多な得物を構えて取り囲む。数は30人。30人に取り囲まれながらも、彼女は不敵に笑みを浮かべた。
勇敢な兵士の1人が、短い槍を構えて正面から突っ込む。突き出す。突き出された槍は軽々と横薙ぎに振るわれた大剣によって穂先を彼女の首ごと吹き飛ばす。血が噴き出て甲板を彩った。
『雑兵だと私の相手にはならない、このまま艦の操舵室を破壊して火を放つよ。ただ、火砲は何ともできないから援護よろしくね』
彼女の事を何と呼んだだろうか。陸戦騎士最強。王都の決戦においては徒歩従士隊を率いて王国軍全体が劣勢な中、敵の歩兵戦列を3つ突破した剣士。
勇者の中の勇者と謳われた彼女を討ち取るべく兵士たちが襲い掛かるが、涼しい顔をしてまた1人、また1人と血だまりの中へと敵を沈めていく。
俺も負けてはいられないな。
彼女を味方ごと吹き飛ばそうと向けられた旋回砲へと視線を向ける。取り回しのいい3ポンド榴弾砲。いくら彼女と言えども、砲撃を受けたらひとたまりもない。まぁ、撃たせはしないが。
詠唱する必要もない。詠唱を省き、つむじ風をイメージする。ウィンドカッター。つむじ風が宙を舞い、敵の旋回砲と乗組員を切り裂く。血反吐を吐いて、砲手は崩れ落ちて、彼女のすぐ横に切り裂かれた旋回砲の残骸が転がった。
『どうしたの~? 15人斬り倒されたぐらいで、ビビっちゃったの?』
彼女を取り囲んでいた乗組員たちの内、およそ半分は血の海に沈み、残りの半分は顔を青ざめさせた。包囲する人員の数が減ったことによって、綻びが生じた囲みを突破し、そのまま一気に操舵室を目指す。
操舵室前にはマスケット銃を構えて戦列を組む乗組員が複数人。航海士と思わしき士官の号令の元、眩い閃光を放ち弾丸が放たれた。
だが、弾丸が彼女を捉えることは無い。地面を蹴って跳躍。ミズンマストを蹴って姿勢を制御すると共に、それを蹴り抜いて加速。一気に戦列へと飛び込む。
即席の戦列歩兵の列に大穴が空く。そのまま操舵室へと彼女は飛び込んだ。
操舵室から戦闘音。悲鳴がいくつか。
『敵の艦長と艦隊指揮官を討ち取って、操舵室に火をつけたよ~ このまま脱出するから空中でキャッチお願いね』
操舵室の壁が大剣で切り裂かれて穴が開き、そこから彼女が飛び出す。指揮官が討ち取られ、混乱が生じたことによって操舵室の火は艦全体へと広がり始める。
返り血まみれになった彼女をキャッチするべく、高度を落とす。俺の方めがけて彼女は艦から飛び降りた。
それと同時に、激しい爆発音。弾薬庫に引火したらしく、敵の空中空母は破片を撒き散らかしながら1つの火球となる。
自由落下する彼女を空中でキャッチ。俺達のすぐ横を残骸が落ちていった。
空中空母が残骸になったことによって敗戦を悟ったらしく、敵の残存艦隊と空戦騎士が撤退を開始。風に乗って傭兵部隊の連中から勝利を祝うかのような雄たけびが聞こえてきた。
「隊長、俺と同じぐらい無茶しますね?」
「あはは、君がいたから無茶できたんだよ……ねぇ」
隊長の視線が、海へと落ちて盛大な水柱を立てて沈むことになった空中空母の残骸へと向けられた。
「沢山人が死んだよ。今回の戦いも。人を殺すというのは誰かを不幸にするのと一緒なんだー。君はそれについて、何か考えたことはあるかな?」
「……」
「まぁ、そんな事考える余裕なんて無かったよね。戦争なんだから。私たちがやらないと誰かが死ぬ。割り切りは大切だね。……でも、まぁ。私含めて、戦争に参加した人達は何かしら報いを受けるんだろうね。で、その報いを、今日は彼女達が受けることになった」
隊長の目が、どこか遠い場所へと向けられた。
「私達の番が来るのは、いつになるだろうね?」
◇◆◇
ダンツィヒ都市連合の艦隊は被害を受けることなくクダンスク島のヴィスワ王国軍艦隊と合流した。その光景を、俺はジュベックの背中の上から見ることになった。
目に見えて士気が上がっている。絶望的だった戦況に光明が見え始めたのだから、士気が上がるのも納得だ。しかも、敵の空中空母も沈めたという朗報まである。空中艦は貴重であり、空中空母は空中艦の中でも希少な大型艦だ。次の大規模な戦闘では、魔王領軍も空母を失った事によって頭を抱えることになるだろう。
さっきの隊長の言葉を思い出す。戦争に参加した人は、何かしら報いを受けると。今回の戦いは、たまたま我々の番では無かったと。
では、俺が報いを受けるのは何時なんだろうか?
無意識に、ジュベックの首筋を俺の手は撫でていた。いかんな、戦争もまだ終わってないのに、報いがどうたらと考え込んでしまうとは。
気持ちを切り替えようと空を見上げたが、その空は援軍の到着で湧く湾内とは打って変わり、一雨来そうなほどにどんよりと曇っていた。