貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
「で、我々は都市連合の艦隊が合流するのを許した挙句、空中空母『ヤン』、更には空中フリゲート艦『ポプラ』が撃墜された訳か。特に空中空母が撃墜されたのが痛いな」
クダンスク島に立てこもるヴィスワ王国軍残存の掃討を命じられ、西部方面の指揮を執るマグス・テルミ大将は報告書に一通り目を通した後、一つ溜息をついた。ふわり、と彼女の長い赤髪が揺れ動く。
そして、周囲を見回す。各歩兵連隊の連隊長。そして空戦、陸戦騎士隊の指揮を執る千騎長。その他補給担当の幕僚、皆渋い顔をしていた。
建造中だった戦列艦を撃沈してヴィスワ王国海軍の圧力を削ぐことには成功し、相手の戦意を萎えさせることには成功したが、西部方面と言う戦域全体で見れば作戦が順調とは言い難い。
黒の4と呼ばれるミレー百騎長は、疲れた様子のマグス大将を眺めながら、口を閉じる。男性の身である以上、意見を求められるまでは口を開くわけにはいかない。
特に前線指揮官の代表として末席を汚してる以上、下手に目立つと他の指揮官から睨まれかねない。軍に所属して長い彼なりの処世術だった。
空中輸送艦が強奪された際には陸上に設置された空中艦の整備拠点の警備が全体的に見直されることになって余剰兵員の余裕が無くなった。ただでさえ魔王領軍は侵略軍であり、征服地からは歓迎されてないというのに、だ。そのせいで各地で活発化しているレジスタンス運動の対応には苦慮することになっている。
「ミレー百騎長。前線の士官としての意見を聞きたい。補給物資は届いているか?」
「小官が属する駐屯地には届いておりますな。ただ、空中輸送艦が輸送中に襲撃されて堕とされたこともあり、補給が滞っている部隊が出ているのも確かです」
空中輸送艦の撃墜も戦線を複数抱える魔王領軍には大きな痛手であった。空中輸送路への攻撃の対策として大規模な船団を作る事になり、どうしても小回りが利かなくなったのだ。辺境と呼べる交通の便がよくない場所においては空中輸送艦によって補給ができるかどうかが死活問題に直結するというのに、小回りが利かないのは致命的だ。だが、1個連隊の為に空中輸送艦を何隻も集めるのは非効率が過ぎる。
その為、要塞化された物資集積所に物資を集積させ、物資輸送用のドラゴンを活用して空輸を行うという方法を取ってはいるが、それはそれで山中や森林に潜むレジスタンスの攻撃の的となり、被害が増えている。
戦いが長引けば長引くほど、輸送は滞り前線の兵士が飢えることになる。対応に苦慮してることを示すように、軍議に参加している補給担当の幕僚は憔悴しきって目の下にクマまで作っていた。
「我々の弱点を的確に突いてくるエース。『レッドアネモネ』だったか? こいつは無視できんな」
ふぅー、と長い溜息をマグス大将はついた。彼によって討ち取られた空戦騎士の親族や仲間。その一部は彼の首を血眼で探してるという。実際、彼によって受けた被害、そしてそれによる影響は西部方面軍全体で見ても看過できるものではない。
「湾内で敵艦隊にトドメを刺せなかったのは痛い。ダンツィヒ都市連合の艦隊と合流されたのも痛い、が。向こうも追い詰められてるのは確かだ。手負いの獣に反撃の機会を与える訳にはいかん。――数日以内に第2、第3、第6艦隊、第8艦隊が集結する。集結した全戦力を持ってクダンスク島に総攻撃を仕掛ける。増援が更に合流しないうちに戦争をさっさと終わらせよう」
方面艦隊は3個艦隊によって編成される。既に布陣している2個艦隊を合わせて2個方面艦隊。戦力では圧倒していると言えた。
決戦を挑まざるを得ない。兵站と言う足元が不安定な状況だからこそ、時間をかけるわけにはいかないのだ。時間をかければ増援が来る可能性がある以上、短期決着を望む。戦争が長引けば長引くほど不利になる魔王領軍に無理攻めするしかない状況とも言えた。
作戦概要……艦隊の総力を持って敵の残存艦隊を叩き潰し、制海権を得た後に艦砲射撃と空中支援を受けながら歩兵隊が上陸するという作戦を聞きつつ、黒の4は敵のエースへと思いを馳せた。レッドアネモネ。ちらりと先の戦いでは顔を合わせただけだ。自分と同じ男性のエース。どうしても彼が気になって仕方ない。
前回は任務を優先したが、全力で空戦を挑んだら、きっと心が躍る戦いになるだろう。ミレーは、戦争は嫌いだが空戦は心の底から愛していた。空で戦い武勲を積めば積む程に生活が豊かになる。そして強敵のと戦いは心が躍る。彼にとっての空戦騎士という地位は、部族に飼われての種馬生活よりも自分に適したものであると信じていた。
「あー、ミレー百騎長。大規模作戦開始前に、軍内の規律の引き締めを頼む。我が軍は敵地での『現地調達』は認めてはいるし推奨もしている。だが軍上層部に届け出をせずに『現地調達』を行ってる連中がいるらしい、『見せしめ』にしてくれ」
マグス大将の言葉に、こくり、とミレーは言葉数少なく頷くのだった。
◇◆◇
ユニコから近くの酒場に誘われたルミは断る理由を見つけられなかったため、彼女の傍にちょこんと座る。そして、運ばれてきた酒杯を傾けていた。中身はちょっとぬるいエール。少し酒精が抜けていたこともあって、少しだけ眉をひそめた。
「で、だ。なんで彼と揉めてるんだい?」
「それは……彼が自分の戦う理由を見失って、運命に束縛されてるからです」
ルミは語る。彼にとっての空が方々からかかるプレッシャーによって、彼を縛り付けていると。そんな姿を見るために自分は彼の背中を守っていた訳ではないと。
「それって君自身が彼への理想を押し付けてるって事じゃあないかな?」
ルミからの話を聞いたユニコは、ゆっくとぬるいエールを酒杯を傾けて飲む。ふりふり、と彼女の魔族特有の先端がスペードの形をした尻尾が揺れ動いた。
そしてツマミとして持って来られた羊の串焼き肉を頬張る。こちらの方は彼女の口に合うようだったらしく、機嫌が良さそうにゆらゆらと尻尾が揺れ動く。
「理想を押し付ける、ですか」
「うむ。他人に君はこうあるように、と君は押し付ける癖があるね。若干束縛しがちなのではないかな? 人を」
顎に手を当てて思案する。ルミの整った横顔を見つつ、店の店主にもう一本串焼き肉を持ってくるように注文した。一緒にエールがいかがですかと聞かれたが、そちらは断る。
「……こんな事、初めてです。彼に不自由な目にあって欲しくなくて、それならば苦労が多い空よりも地上に降りて、安全に過ごして欲しいって思ったのは」
ルミ自身も、誰かに理想を押し付けてしまうという事は初めてであったため、困惑してるようだ。目が泳ぐ。ルミにとっても、アークは特別なのだろう。
「うーん! 君なりにアークを思ってる事はよく分かるよ? まぁアーク自身も君を思ってはいるんだがね。戦場で人を殺したことはあるかい? 君は」
「……いえ、ありませんね」
「アークなりに、気を遣ってるのさ。君が戦場で人を殺めて、業を背負わないようにね。君に攻撃してくれと指示を出したことは、彼は無かっただろう?」
「……ええ」
ユニコに諭されると、自分を尊重してくれていたのに、自分は逆にアークに理想を押し付けてしまっていた事に恥を覚えたらしく、その顔が俯いた。
「ま、君はまだ若いんだ。エルフの中でもかなりの若手だろう。ボクから見れば赤ちゃんみたいなもんさ。若いんだから、君もアークもどんどん成長し変わっていく。彼も変わったからねぇ。いい方向にも、悪い方向にも」
「一応、神殿からは一端の神官と認められてるんですけど」
「そんなに頬を膨らませても怖くなんてないさ。でも、そうだね。悪い事をしたと思ったのなら、君から謝るべきじゃないかな」
少しの逡巡。あるいは自分も間違っていた事を認めるのを拒否するかのように何度か頭を横に振る。が、最終的にはユニコの言葉に、ルミは小さく頷くのだった。
◇◆◇
豪奢な、貴族用の軍装を付ける。実用性皆無な装飾ばかりが施されたマントが今日は重く感じた。仮面もつけて、顔も見えないようにする。舞踏会用の仮面。王都での催しの時は毎回付けていたが、久方ぶりに付けると気分が重くなった。
やってきたダンツィヒ都市連合のお偉方をもてなすための社交パーティー。そこに俺は貴族の息子として参加することになった。この雰囲気嫌なんだよなぁ。初対面の連中から向けられる品定めするかのような目線。
何度も向けられても、慣れることは無い。
「いやはや、先の戦いは勇敢な戦いぶりでしたな! アーク卿!」
「はは……小官よりもカミラ隊長の事を称賛してやってください。小官のやった事など、微々たるものです」
「勿論、カミラ卿にも勲章を与えますとも! 我々を救ってくださった英雄ですからな!」
ペルーン提督が興奮気味に俺達を褒めたたえるのを横目に、集まったお偉方の方へと視線を向ける。ドワーフは背丈が低い。俺の胸ほどまでの背丈しかない。頭身も5頭身ほどであるが、グラマラスな女性が多いように見えた。
ドワーフ。この世界に暮らす種族の1つ。手先が器用で職人気質な者達が多い。そして、その技術力を売り込む能力に長けている。商人として成功する者も多く、大商人達による寄り合い所帯の面を持つダンツィヒ都市連合の指導者層の大半もドワーフだ。で、軍の指揮官もドワーフを務めることが多い。彼女も、そのうちの1人だろう。
「ところで、です。アーク卿。まだ卿は婚約は済ませてないと聞きましたが、本当ですかな?」
「ええ、まぁ……国もこの様子ですからね、それどころではないのです」
その答えを聞いた提督の目が輝く。まるで親から離れた子うさぎを見つけた鷹のような眼光だ。
「ならば、私の娘はいかがでしょうか? そろそろアーク卿も婚約に適した年齢の筈、婚約候補は多い方が――」
「おっと、ここにいたのかな~? アーク。ちょっと外で風でも当たらない?」
ドワーフの提督の熱弁を遮るように、カミラ隊長が入ってきて俺の手を掴んで引っ張り出す。前世だとこういうのは男性の役割だったはずだが、今回ばかりはカミラ隊長に感謝することにした。
◇◆◇
「やー、災難だったね。アーク」
カミラ隊長と共に、屋敷のテラスから夜空、その次に街を眺める。夜空の方は華やかなパーティーとは裏腹にどんよりと曇っており、月明かりを見る事すらできない。そして、街の方もダンツィヒ都市連合の艦隊が合流した事によって、いよいよ決戦が近づいてる事を察してか、普段よりも殺気立ってるように見えた。
「この手のパーティーではよくある事です。王都でもしょっちゅう娘を婚約者候補として押し付けようとしてきましたよ。特に男爵位の連中」
「ま、彼らも必死なんだろうさ。家の格を高めるためにもね~」
貴族の男性、しかも高位貴族の息子は他家からすれば婿として取り込めばステータスとなり得る。つまりこれだけ高貴な男を取り込んだんだから自分の家は凄いという一種のトロフィーみたいな扱いだ。まぁ、彼らなりに他の貴族から舐められないようにするために必死なのは何となく分かる。
「昔、王都に出仕した時に貴族の娘に夜這いをかけられそうになったこともありましてね」
「あはは、大人気じゃんアーク!」
「笑い事じゃないですよ、隊長。何度も言ってるとは思いますが、彼女達が欲しいのは俺じゃなくて俺というトロフィーを手に入れることによって得られる名声とクノール家の財産だ」
貴族、大貴族と言う立場は何をするにしても面倒だ。飢えることは無いが、自由とは程遠い。空は違ったが。
「いやいや、私も下級貴族出身、というか騎士階級の生まれだからさ~。大貴族には憧れがあったんだよ? 大貴族になれば何でも思い通りにできるーっていう、幻想!」
「そんな夢を打ち砕いてすいませんね」
「まぁ現実はそんなもんだよね。あはは、お互いままならないよね~」
カミラ隊長がテラスにもたれかかる。行儀が悪い。それを咎めようとしたが、先にカミラ隊長が口を開いた。
「そう、ままならない。戦争の前からずーっと空戦騎士を増やそうって上に提案してたけど、結局それは通らなかった。で、今になって戦果を挙げれば周りは掌を返したかのように私達を英雄だって持ち上げる」
「……」
「空を守る人がもっといたら、犠牲者はもっと減らせただろうね。あるいは空戦騎士が多かったら、それが抑止力となって戦争さえも起きなかったかもしれない」
「そう、ですね……俺達の手から零れ落ちていった命も多いですし」
カミラ隊長は空を覆いつくす分厚い雲を見上げ、小さく溜息をついた。
「全てを救える、と思えるほど傲慢でもないよ。空戦騎士と言うカードがあればそれを元に交渉して、戦争も避けられたかもしれない、と言うのも幻想だとは分かる。過去に戻ってどうこうできる訳でもないしね」
「カミラ隊長は、戦争は嫌いなんですね」
「ん? ああ、嫌いだとも。戦争なんて起こせば起こすだけ不幸になるし、巻き込まれることになった人たちは業を背負う。得するのなんて、一部だけさ。あ、今のはオフレコで頼むよ? 軍部の偉い人にこれ以上睨まれたくないからね」
戦争には常に勝者と敗者がいる。敗者になった人間の末路は、常に悲惨なものだ。それについてしっかりと考えたことはあっただろうか?
「あはは、まぁ、色々と思う所はあるみたいだけど~。君も、私も、罪人だよ。地獄行きさ」
「随分はっきり言いますね」
「変に取り繕っても仕方ないだろう? でも、まぁ……先に楽になった人たちの為に、生き残ってしまった私たちは戦い続けるしかない。いやぁ、色々な人の恨みを買う事になるね。軍人だから仕方ないけどさ」
ぽつり、ぽつり、と雨が降り始める。その雨足はどんどん強くなっていって、地面を大粒の雨が叩く。まるで女神が業を重ねる俺達を哀れむかのような雨だった。