貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
「しかし、アーク様。こんなボロボロな眼鏡のフレームを使って伊達眼鏡を作る必要はありましたかね?」
クノール家お抱えの職人に依頼していた眼鏡を受け取る。あの女医の眼鏡だ。伊達眼鏡として改良されたそれを受け取り、付けて鏡を確認する。似合わないな。だがそれでいい。あの人に救って貰った命である事を忘れないように今後は付け続けると決意した。
「それと、このワイバーンの鱗。艶もありませんし別のにした方がよくないですか?」
「うるさいな、これが良いんだよ。俺の大切な相棒だった奴の形見だ」
「これが形見、ですかぁ……貴族が身に着けるものではないですが……」
おずおず、と職人から差し出されたそれを受け取る。老ワイバーンの鱗に穴が開けられ、紐が通されることによって作られたペンダント。職人の技でピカピカに磨き上げられ、渋い光沢を放つ。だが、貴族が身に着けるにしては、少しみすぼらしいものかもしれない。だが、そんな事は関係ない。身に着ける。
職人に代金を渡した後に、そのまま店を後にする。後ろから元々変わったお方だったが、最近はそれが酷くなったなと言う声が聞こえたような気がするが気にしない。言わせておけばいい。
街へと出る。厩舎へと続いている石畳の上を歩く。周囲を見回してみると、慌ただしく行軍訓練をしている者達と目が合った。魔王軍の上陸が近い事から、市民たちを訓練しているのだ。
15歳以上のこの街に住む市民たちは全員軍事訓練を受けることが義務付けられた。反発も大きかったが、それ以上に無抵抗でやられるつもりは無いのだろう。続々と志願者が集まり、戦闘訓練が行われている。
……焼け石に水だ。大砲も、腕の立つ魔法使いも彼女達の部隊に配備されている様子はない。そして装備も旧式の火縄銃が装備されていればいい方で、大半は倉庫の奥深くに眠っていたクロスボウ、あるいは弓などを装備している。
空戦騎士どころか、魔王領軍の屋台骨である戦列歩兵と交戦することになれば一瞬で彼女達は潰走することになる。軍の上層部もそれを理解してない筈がないだろう。
彼女達の役割は、敵が上陸してきた際に重要な部隊を守るための壁の役割だ。
「いよいよ末期戦って感じがしてきたな」
独り言を呟き、足早にその場を離れる。本気で火縄銃で空戦騎士の突撃を止められると思っている彼女達からは目を逸らす。その目は、戦場の現実を知っていないかのようにキラキラと輝いてるように見えたのだから。
◇◆◇
厩舎。ジュベックはそこに居た。俺が落ちた後に、しっかりと逃げ切って生き残った相棒を労うように、その首筋を撫でる。感触を確かめる。お前の元に戻ってきたぞ、ジュベック。
「色々なものを失ったよ。お前の友になるかもしれなかったワイバーンも。それと命の恩人も」
だが、お前は残ってくれた。それは救いだ。少なくとも俺にとっては。親愛の意味を込めて首筋にキスする。だが機嫌が悪かったらしく、耳を絞られながら睨まれた。無茶したのが気に入らないらしい。
「はは、そんなに怒るなよ」
角砂糖を差し出すと、少し逡巡した後にぱくり、と齧り、食べ始めた。少しだけ機嫌がよくなったらしく、ゆらゆらと尻尾が高く上げられて振られる。
「アーク君。ここに居たんですね。ジュベックはアーク君が居なくなったせいで、ずーっと塞ぎこんで食事も喉が通らなかったんですよ」
ルミが近づいてくる。どうやらルミも、自分の相棒である天馬と交流していたようだ。顔を舐め回されたのか若干天馬の涎の匂いが漂っている。
「本当に心配させてしまったな……申し訳ない」
「勿論わたくしも心配しましたわよ。ですけど、貴方の無茶は今に始まった事ではありませんからね」
「それもそうだな……心配させたお詫びだ、何かご馳走するよ」
ジュベックを軽く撫でた後に、ルミの方を向き直る。天使像を思わせる彼女の口角が、優しく吊り上がった。
まだ行軍訓練をしている民兵たちを横目に、甘い香りが漂う屋台へと向かう。そう言えば前にもここに来たことがあるな。屋台の店主にポンチェックを注文し、2つ貰う。1つはルミへと渡して、頬張る。
「うん、やっぱりあの屋台のポンチェックは美味いな。今度はしっかり味わって食べるようにな、ルミ」
「わ、分かってますよっ」
頬を赤らめながら、ぱくり、と頬張るルミの方へと視線を向けた後に、こちらも熱々のポンチェックを頬張る。サクッ、と小気味いい音が響き、甘味を舌の上で転がす。
甘味を摂取したことによって頭がさっきまでよりも回り始める。さて、次の決戦、間違いなく黒の4が出てくるだろう。彼に勝つには、どうすればいいだろうか?
思い出す。思考を巡らせる。以前、赤竜に跨って戦う騎士と交戦した。その時はルミが囮となる事で注意を引き付けて、そのまま撃破に成功した。が、もし黒の4と交戦することになったらルミも長時間持たないだろう。すぐに撃墜される可能性も高い。よってこの作戦は無しだ。
――だから、貴方にはちょっと憧れちゃいます。運命に流されるのではなく、自分の意志で空を飛んでるんですから。
ふと、以前のルミとの会話の内容が脳裏を過る。……だが、あの空戦機動は速度と言う空戦において一番重要な速度を失い、失敗すればいい的になる。そもそも曲芸飛行であり、前世でも乗ってる機体の関係でやった事もない。知識として知ってるだけのマニューバだ。リスクが高すぎる。よってこの作戦も無し。
「ルミ。黒の4と戦う場合はどんな作戦を取る?」
「逃げます。味方が居る所まで」
「だよな。……となると、味方の連携を密にするべきか」
結局、黒の4対策には凡庸な作戦を取るしか無かった。つまり、艦隊決戦で黒の4がやってきたら対空射撃による援護が望める味方艦の上まで後退するという作戦だ。
「……不安ですか?」
「ああ、不安だ。勝てるイメージがまだ湧かない」
「アーク君。思うがままに飛んでください。そちらの方が貴方らしいですよ。わたくしも、サポートいたしますので。背中はお任せください」
「……ありがとう、ルミ」
その後ルミと別れた俺は、ジュベックと共に万が一の時に備えて奥の手となり得るマニューバを練習したが、意図的に失速を作り出すという無茶な空戦機動をしたせいでジュベックに振り落とされそうになった事は余白に記しておきたい。
◇◆◇
集結地から出発し、西進を始めようとしていた海軍、空戦騎士、そして上陸部隊の各員に魔王からの演説が届いた。
西部方面艦隊旗艦【ブリヤート】見張り台に立ち、緊張した面持ちで海を眺めている水兵は魔王からの言葉に耳を傾けている。海面を埋め尽くす大艦隊。これほどの艦隊が集結するのは、去年の観艦式以来である。
集結した艦隊の艤装もまちまちである。それは、魔王領軍は各有力部族の連合軍であるという性質を示していた。
『おはよう、諸君。勇敢なる草原の民である諸君。どうか私の話を聞いてほしい』
演説が始まる。これから自分たちが歴史を作るのであるという覚悟を決めて、魔王の言葉に傾聴する。
『既にヴィスワ王国軍の主力は王都での決戦に敗れた事によって壊滅し、残った残存はドワーフ商人たちの力を借りてまで醜く抗おうとしている』
ここに来るまでに、戦死していった同郷の者達の顔を一瞬思い浮かべる。激戦に次ぐ激戦で、少なくない数の同族が討ち取られた。
『諸君らの役割は、彼らの継戦する意志を打ち砕く事である。勇敢に戦った者達の魂は草原に還っただろう。彼らの死を無駄にするべきか? いや、否だ。先に死んだ者達の死を無駄にしないために、我々は勝たねばならない』
北方草原のカリスマである魔王の言葉は、不思議と水兵の心に響いた。ああ、魔王様は雑兵の犠牲も忘れていないのだと。
『敵艦隊を撃滅し、クダンスク島に諸君らの部族の旗を立てよ。我々の領土はヴィスワ王国の領土だけではなく、世界へと広がる事になる。勝って、栄光を掴み取ろう。諸君らの勇敢なる戦いぶりは、子孫たちに語り継がれる新たなる伝説となるだろう』
既に艦隊の至る所から歓声が響いている。そうとも、我々こそは北方草原における勇者たちなのだと。海兵、そして補給担当の者達、戦列歩兵に至るまで全てが戦士なのだ。
『さぁ、勝ちに行こう。既にそのための準備は整ってる、後は結果だけだ。全将兵。死ぬのを恐れるな。前へと進め。斃れる戦友の亡骸を踏み越えて勝利へと突き進め!』
その結びの言葉に、ひと際大きな歓声が響いた。
集結したばかりでロクな連携訓練を行えていなかったが、それでもこの瞬間だけは全将兵の気持ちが一致したのだ。この戦争に勝つぞと。
◇◆◇
魔王領軍西進の報告を聞いた女王は近衛を率い、旗艦へと乗り込むことになった。提督が苦笑いしながら女王を迎える。
各戦列艦に乗り込み、整列した徒歩騎士達へと視線を向ける。馬に跨って戦う事を是とする騎士達であるが、今回の役割は違う。
「しかし、意外ですな。まさか陛下自ら、この艦に乗り込んでくるとは」
「この戦い、負ければヴィスワ王国の滅亡ですよ? 王自ら出ないわけにはいかないでしょう」
古参の徒歩陸戦騎士隊を率い、整列させているリネへと視線を向ける。長い黒髪を纏めてポニーテールにして銃弾さえも防ぐ重鎧を身に着けていた。その鎧は、彼女が歴戦であることを示すかのように無数の傷が刻み込まれている。
先王に従い、数多の戦いで戦功を立てた陸戦騎士。勇敢なる戦いぶりから【向こう見ず】
とまで呼ばれた彼女だったが、息子が生まれてからは内政に勤しむようになった。その為、彼女の戦いぶりを知るのは古参の陸戦騎士に限られる。マグダレーナも彼女が戦う姿は見たことは無かった。
「リネ公爵。まさか貴女も乗り込んでくれるとは、感謝してもしきれませんね」
陰謀家である女王が最前線に出る事に訝しんでるような目を向けているのに気が付いたマグダレーナは、一つ苦笑いを浮かべた。
「私は自分が腹黒いという事は自覚してます。ですけど、こういう時こそ王が自ら出ないといけないでしょう? 母上と似たような事をしてしまってるようで少し癪ですがね」
「……いえ、それでこそ我々の王です」
「なんですかぁ~? こんな時になって突然。私の事を王だとは認めてなかったでしょうに」
「……」
「今も認めてないって顔してますが、まぁいいでしょう。陸戦騎士の練度は我々が大きく勝っており、まさか海上戦において重鎧を着こんだ騎士を連れてくる。そんな事をするなんて、敵も予想はしてないでしょう」
リネは珍しく、優しい微笑みを早口になったマグダレーナに向けた。その微笑みを見て、気まずくなったらしいマグダレーナは何度か咳払い。近衛の闇属性魔法使いに指示を出す。全軍への訓示を行うのだ。
『諸君。大陸から逃げ出してクダンスク島に身を寄せることになった諸君。まずは女王として礼を述べましょう。ここまでついてきてくれてありがとうございました』
傾聴する。リネも、提督も、そして水兵たちも。
『認めましょう、我々は追い詰められていると。折角の金食い虫の軍隊を養っていたのに投資した価値は無かったかもしれませんねぇ? ですけど、我々の背後、そして正面にはまだ守るべき人々がいるという事は忘れないでください。クダンスク島の民です。そして我々の帰りを待つ大陸に取り残された皆さんの家族です』
投資した価値がないという言葉に、提督の眉が顰められるが、構わずに女王は言葉を続ける。
『そしてこうなってしまっては私の王家も金食い虫であったと認めざるを得ませんねぇ。国を守るという義務を果たせず、ここまで追い詰められてしまったんですから』
それについては同意と言いたげにリネは俯いた。
『ですが、そんな我々にも守るべき人、そして帰りを待つ人々が居ます。金食い虫である我々の義務を果たすべき時は、今しかありません。そして、我々は勝利すると信じています。接敵さえできれば、ですがね。なぜ我々が遊牧民の侵攻から国を守る事が出来ていたのか? それは陸戦騎士隊の練度と質です』
いつの間にか、陰謀家で腹黒として知られる女王の演説を聞き、将兵達が聞き入り始めていた。
『でーすーがー! 私は死にたくありません! 恐らくは皆さんも一緒でしょう! 敵を殺すな、とは言いません。ですが、皆さん生き残るために最善を尽くしてください。全ては生きてこそですよ? 死は全ての機会の損失ですから』
生き残れ。その言葉に圧倒的大軍を前にして、不安に駆られていた将兵達の目に光が宿る。帰りを待つ家族。あるいは夫。もしくは娘、もしかしたら息子。兵士たちにも帰りを待つ人たちがいるのだ。
『兵士諸君。私は貴方たちが義務を果たすことを期待します――ただし、死ぬのではなく、生きて義務を果たすと信じてますよ?』
その結びの言葉を聞き、弾けるような大歓声が空から、そして海を征く艦艇から響く。リネも得物を振り上げ、古参の陸戦騎士達と共に雄たけびを上げた。
ここに、世に名高きクダンスク島沖海戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
魔王領軍戦力
西部方面軍艦隊旗艦115門級戦列艦【ブリヤート】以下戦列艦24隻 フリゲート艦60隻。
空戦騎士322騎。
輸送艦20隻には戦列歩兵10個連隊と12個砲兵中隊が分乗。上陸戦力は2万人。
ヴィスワ王国軍戦力
連合艦隊旗艦105門級戦列艦【シコルスキ】以下戦列艦12隻、フリゲート艦40隻。
通商破壊に出ていた艦艇まで呼び戻し、傭兵の艦まで含めての文字通りの全戦力である。
空戦騎士約180騎。内、ヴィスワ王国軍空戦騎士112騎。傭兵空戦騎士48騎。都市連合空戦騎士20騎。空戦騎士も他の地域の防空は捨て、全戦力が集結。
【赤薔薇】騎士団100名、【向日葵】騎士団100名、【彼岸花】騎士団100名、女王直属親衛騎士団50名、古参徒歩騎士50名 各戦列艦に分乗。
上陸予想地点に展開された歩兵連隊は15個。その内12個歩兵連隊はクダンスク島で編成された速成連隊。その他雑多な民兵隊を含めて5万人。