貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
高度を落とす。
心地よい風から少しずつ遠ざかる。
俺の気持ちを代弁するかのように、物悲しげにジュベックが嘶いた。
【触媒】にマナ鉱石を入れることによって作り出された人工の光源。
そして島を照らす月明かりだけが空を飛ぶ俺たちの道標だった。
島の海岸線沿いに作られた、空き地の雑草を刈って作っただけの場所。
そこが着陸地点。
その着陸地点に降りる。
第5艦隊はほぼ壊滅、この島に大陸から撤退できたのはごく一部のみ。
だが、最善は尽くした、敵騎を撃墜したことによって少しでも味方艦が生き残れた、そう考えよう。
「アーク君、お話が」
「ルミ、大分疲れただろう? 俺も疲れた、話は後にしよう」
……分かりました、と答えて彼女は去っていく。
そうとも、俺も、ジュベックも疲れた。
特にジュベックの方は鼻息も荒く、陸地に着陸すると同時にその場にへたり込んだ。
無茶させて申し訳ない、後で彼の大好きな角砂糖でも与えるとしよう。
「あー……アーク、明日、君の屋敷に作られた臨時司令部に来いって君の母が言ってるぞ」
普段は頼もしい、通信担当のユニコの言葉が疲労によって重くなった俺の足を更に重くさせた。
◇◆◇
――住み慣れた屋敷の広間、現在は臨時の王宮として俺の家であるクノール家が貸し出している。
広間に設置されたソファに座っている母上の目が怖い、こちらを射殺さんばかりだ。
――ちょっと母上、すぐ傍に陛下がいるんですからそんなに睨まなくてもいいじゃないですか。
と軽口を叩けるような雰囲気ではない。
「何故、危険な前線に出て戦ったのか聞かせてくれるかしら? アーク」
「えーと……友軍が危機的状況に陥っていまして……」
「貴方自分の立場分かってるの!? クノール家を継ぐ権利がある唯一の直子なのよ!?」
怒鳴られる。予想通り。
父上の顔は知らない、俺の父親は俺が生まれてすぐに流行り病で亡くなった。
母上は父上を深く愛していたらしく、再婚しなかった事もあってこの家と領地を継ぐ権利があるのは俺だけだ。
だからこそ社交界ではやたらと貴族の女からアプローチを受けた。
まぁ、婿入りして貴族の役割を果たすことになったら間違いなく空を自由に飛べなくなるから理由つけて断ってきたんだが。
俺はクノール家にとっては他家の関係を強化し、そして、その家を取り込むための資産だ。
その資産が一歩間違えれば死ぬかもしれない戦場に出たのだから母上の怒りようもまぁ分からんでもないんだが……。
「まぁまぁ、リネ公。アークはよくやってくれました、戦意が落ちていた我々にとっては彼の大戦果は吉報です」
「……空戦において敵騎を5騎。確かに、空戦騎士の練度において魔王領に劣る我々からすれば、大戦果ではあるのです、が――」
「それでも男性、特にアークが前線に出るのは私は反対です。以前から申し上げていた事ですが」
母上の言葉を聞いてうーん、と困ったように声を漏らす。
そして、床まで届きそうな金髪を指でくるくると弄び、女王陛下はこちらに糸目を向けてきた。
西洋人形を思わせる整った容姿だ。
「――現実問題、彼の力さえも頼りたいほどに戦力が足りてないのはリネ卿、貴女もご存じですよね?」
そう、ヴィスワ王国軍には圧倒的に戦力が足りない。
精強な陸上騎士隊で知られた騎士団の大半は王都の決戦に敗北したことによって瓦解。
統廃合が繰り返された結果、12個あった騎士団の内2つしか残ってない。
「それはそうなんですが……くっ……!」
「まぁ、既に手は打ってます『スポンサー』から傭兵団を紹介されましてね、続々とこの島に集結しております」
「……中央大陸のベアルン傭兵団ですか」
「ええ。彼女らも空戦騎士を有しております。ですが、それでも戦力が足りない。空戦騎士の再編が終わるまで、今暫くはアークには空を飛んでもらいましょう」
「ただ、先の戦いで疲労したでしょう? 今日は休んでいいですよ、アーク」
ありがとうございます、と女王陛下に一礼して席を離れる。
なーんかあの人の目が怖くて苦手なんだよなぁ~。
「……アーク、待ちなさい」
「ん? なんでしょうか、母上」
「貴方が空を飛ぶのは私は反対だけど……よく戻ってきたわ、そこは褒めてあげる」
母上は、少し不器用な人だ。
◇◆◇
去っていくアークの背中に、女王の視線が向けられ続けていた。
アークが退出した事によって、クダンスク島の領主と、女王、そして女王の護衛だけが残される。
「うーん、貴族としてはまだまだ落第点ですね」
「すいません、不出来な息子で……」
「貴族というよりはどちらかというと戦士ですね~、しかも空が大好きな、誰に似たんでしょうか?」
くるくる、と指で光の反射率の高い髪をいじくり、くすくすと女王は笑みを浮かべる。
先王【勇敢王】そっくりの容姿であるが、その性質は正反対だ。
戦いよりも謀略を好むこの女王は、リネは苦手だった。
「幼少期にペガサスの仔馬を与えたのが失敗だったかもしれませんね」
「いえいえ、今回はそれが上手く働きそうですよ。戦力になってますし」
ソファから立ち上がる。
彼女が身に着けたコントゥシュ。実戦にも耐えうるよう、アリアドネの糸を編み込んで作られた頑丈さと肌触りを両立した上等な衣服。
その分厚い布地越しにも分かるほどに実った乳房が大きく揺れ動き、髪がゆらゆらと揺れ動く。
「彼の戦果をこの島の記者たちに、密偵を使って流させておきました」
「は……?」
「おや? 意図が分かりませんか? 敗戦に敗戦を重ねている我々には分かりやすい英雄が必要なんですよ」
だから彼にはそうなって貰う、そう呟いて、宮廷お抱えの金細工師を呼び出し、幾つか指示を出す。
「長らく卑しい兵種とされてきた空戦騎士に付いているイメージを払拭しないといけませんからねぇ――いい機会ですし勲章も与えましょうか」
「……待ってください、陛下。息子はまだ婿入りさえしてないんですよ?」
ノン、ノン、と女王は指を振り、それ以上の言葉を封じた。
「母親として、息子の身を案ずる気持ちは分かりますよ? リネ公」
ですが、と前置きを一つ入れて、山羊のような細目がうっすらと開けられる。
「――我が国の苦境は貴女もご存じですよね? 英雄が必要なんですよ」
ま、その為にはもっと活躍して貰って、更に名を広げて貰わないと困るんですけどね、と付け足し、部下に持ってこさせた紅茶を一口。
「……その為に、息子を戦場に出し続けるつもりですか?」
「ええ、希少な男性の空戦騎士が活躍する、しかもその人は我が王国に残された最後の拠点の領主の息子」
「……っ」
「良いシナリオとは思いませんか? 民衆はドラマティックなものを好むんですよ」
――先王は作り出された英雄というのが嫌いだったって言う古い価値観を持ってましたがね。
その言葉をリネはしっかりと聞いた。
「……我々が支援しなければ王国の残存戦力も戦えなくなる。その事はどうか留意しておいてください」
「ええ、分かってますよ、勿論。ですけど~、彼は相変わらず空が大好きみたいですので、好都合ですよね?」
「あの子はまだ戦場の本当の悲惨さを知りません」
「これから知っていけば良いんですよ、ああそれと、リネ公、記者たちに向けて会見もしたいのでその会場のセッティングもお願いしますね」
戦果の宣伝。追い詰められたこちらの軍には必要な事であるという事はリネも理解していた。
だが、作られた英雄に、そしてそれに息子がなるということはどうしても納得できなかった。
「リネ卿。まずは戦争に集中しましょう。まずは勝たないと意味がありませんから」
そう言って、彼が今日も飛んでいるであろう空へとその翠色の目を向ける。
その目には、燃え盛る黒い情念の炎が宿ってるようにリネは見えた。
◇◆◇
俺の愛馬ジュベックの厩舎。
その入り口に、ルミが立っていた。
改めて見ると、彼女の容姿は森林の民であるエルフ出身らしく整っている。
透き通るような白い肌に、肩にかかる位置で切り揃えられたシルバーブロンドの髪。そしてツン、と尖ったエルフ特有の耳。
背丈は俺より頭一つ分ぐらい小さいぐらいだろうか?
天使像を思わせる容姿は前世だったら人、特に男性の視線を釘付けにしたに違いない。
「よぉ、ルミ。こんな所で会うなんて奇遇だな?」
「貴方を待ってましたよ、アークさん」
「先の戦い、人を殺すことになりましたよね。……気に病んでるんじゃないかって思ってきましたが、杞憂でしたでしょうか?」
ああ、そう言えばそんな話もしてたような気がするな。
「……まぁ、確かに思う所はあるかな。彼女達にもきっと帰る場所もあっただろうし家族もいただろうしな」
「ええ、彼らもこの世界を生きる人でした。戦争というのは、尊い人命が奪われる場所なんです」
「……」
「わたくしは、少しでも誰かを救うために空戦騎士を志しました。結果として、貴方の命を守ることはできました、が」
――肝心な、貴方がなぜ戦うのか、その理由を聞けてないのです。そう、彼女を続けた。
「なぜ戦うか、か」
思わず、その言葉を呟いてしまう。
「ええ、貴方は男性。つまり、本来ならば庇護される対象でもあるんです。貴族という地位もあるんですよ。それなのに、なんで戦うのかわたくしには理解できないんです」
安定した生活を望むのなら、天馬の背から降りてどこぞの大貴族に婿入りするのが一番良いのだろう。男性はこの世界においては貴重な資産。特に貴族の息子ともなればその価値は計り知れない。
だが、それでもあえて言おう。
「空が好きで、空で戦うのが好きだから。それじゃあダメか?」
「はっきり言って好きな物の為とは言え、命を賭けてまで戦うその精神性はちょっと理解できませんね」
「おっと、手厳しいな」
「命を奪い、奪われの世界なんですよ? しかも、これからの戦いは勝ち目は薄いです」
「まぁそれはそうなんだが」
実際西端の島に追い詰められてる時点で、ほぼ国家としての機能は消滅してると言って良い。
「だが、誰かがやらねばならないし、俺には戦う力がある、なら、戦うべきだろう? それに空も好きだ」
――それに侵略者に好き勝手されるのは気に入らないしな。
「ま、死ぬつもりは無いから安心してくれ。婿入りしたら自由は奪われるんだ、それまでは好きにしてもいいだろ?」
「……そうですか。ふふふ」
「なんで笑ってるんだ?」
「いえ、巷によく居る英雄思考の人だったら殴ってでも止めるつもりでしたが……貴方なりにしっかり考えてるのが分かってよかったです」
「まさか、それなりに考えて空を飛んで人を殺してるぞ」
「貴方が殺されないように、わたくしも最善を尽くしますよ。……わたくしが守りたい人の中には貴方も入ってるんですから」
「そいつはどうも」
「それと、貴方に少しだけ憧れちゃいます。私は神殿で定められた生き方しかしてきませんでしたから……それでは」
エルフの体からは甘い花の香りがすると聞いたことがある。
なるほど、確かにその通りだ、こちらの横を通り抜けて去っていく彼女からは確かに花の匂いがした。
◇◆◇
ジュベックの横腹を拍車で蹴り、空へと飛びあがる。
先ほどまで居た厩舎が急激に遠ざかり、俺は空で自由になる。
「な~、ジュベック。これから俺たちはこの島だけじゃなくて色んな場所を飛ぶことになる」
ぶるるっ、と酷使するのは勘弁してくれと言いたげにジュベックが嘶くが、残念だが、そうはいかない。
彼の首筋を撫でていき、耳元で囁く「ははっ、これからが本番だぞ! この空全てが俺たちの居場所だ!」
急上昇、そのまま背面飛行。
今日は天気がいい事もあって、遠方までしっかりと眺めることができる。
この世界に俺を転生させた神がいるんだったら感謝したい事がある、パイロットとしては必要不可欠な天性の視力を与えた事。
それについては感謝の言葉を述べたい。
「ん……? 見た事無い船だな」
大型のガレオン船、数はおよそ5隻。
うち1隻は60から70門ほど大砲を搭載してる、戦列艦だろうか。
だが、艦首の形状がヴィスワ王国で使われている艦よりも少し違う、あの様式は中央大陸で多用されていたものだったはずだ。
艦隊旗艦に翻る旗は黄色の布地に斜めにした白い十字、右上に4つ星。
馬首を旗艦の方へ向ける、ペガサスで空を進む。
見張り台で見張っている見張り員と目と目が合う。
「そこの空戦騎士……って男なの? 配達は頼んだ記憶ないよ?」
「残念だったな。手紙を届けに来た訳じゃない。俺はこの島の領主の息子だ」
「えぇ~? 領主の息子? ヴィスワ王国だと空戦騎士は卑しい兵種だって聞いたけど~?」
――空戦騎士は囚人や傭兵の仕事である。
その言説は軍の保守派を中心に昔から語られてきた事だ。
まぁ長年、魔王領が本拠地とする【北端】の平原諸民族の脅威に晒されてたせいで空戦騎士自体に拒否感があったのだろう。
「ケツに火がついてそうも言ってられなくなってきたのさ」
「やっば、もしかして自分たち敗北寸前の所に雇われた?」
ピコピコと特徴的な兎の耳を動かして、顎に手を当てて真剣に考え始めている。
こほん、不安にさせるような事言っちまったかもしれねぇ。
「あ、でも~、自分みたいな底辺の傭兵でも男の子と戦えるのは嬉しいかも? ねーね、うちの艦に降りてきてよ~」
「え、降りてどうするんだ?」
「――これから死ぬかも知れないでしょ? 死ぬ前にせめて少しでも男体に触れたいんだ」
「嫌だって言ったら?」
「上官に実情が思ったよりもヤバいからさっさと引き上げようって言う」
拒否権は無さそうだった。
傭兵の連中に揉みくちゃにされることになった、が、収穫はあったと思おう。
揉みくちゃにされている間に分かった事は3つ。
1つ目は輸送用のドラゴンを連れてきてるという事
2つ目はオリハルコンの重鎧と、接近戦用の大剣が用意されていたという事。重装剣兵を投入するつもりだろうか?
3つ目が想像していたよりも傭兵団の戦力は多いという事、規模としては
これほどまでの規模の傭兵団に伝手を持っているのはダンツィヒの商人達ぐらいだけだろう。
次の作戦は大規模なものになるな、そう独り言を呟いて、解放された俺は日が沈み始めたクダンスク島を空から見るのだった。