貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
「アーク、貴方の戦果を称え、ここに銀剣一級十字章を授けましょう」
「は、この度は、身に余る勲章をいただき、誠にありがとうございます」
我らが麗しき女王陛下。その手に握られた勲章が俺の右胸の軍服に付けられる。
王国内では卑しい兵種とされる空戦騎士に勲章が与えられるという事自体が稀だ。特に一級ともなると俺が初の受賞者である。
女王陛下の空戦騎士隊への熱い期待を示してると言える。
彼女の意図は何となく察するが、それ以上は考えないことにした。
「ふふふ、少し硬いですよ? 私と貴方の仲ではないですか」
「はは……公の場ですのでやむを得ないんですよ」
実際、女王陛下……マグダレーナとは旧知の仲だ。
彼女とは遠い親戚で、幼少期はよく遊んだものだ。
幼馴染とも言い換えることができるだろうか? まぁ小さい頃から悪戯が大好きな腹黒い奴だが。
「まぁ、悲しいですねぇ。昔のようにマグダレーナお姉ちゃんとは呼んでくれないんですか?」
「小さい頃の話ですよ、それに、今は記者がいますし、私事を語るべきではないかと」
あらあら、と困ったように彼女は笑みを浮かべる。
窓から差し込んできた日差しが同性でさえも見惚れてしまいそうな艶やかな金髪を照らし、眩い光を放つ。
何をしても絵になる人だ。……それも計算づくでの行いなのかもしれないが。
「冷たいですねぇ。……貴方は我がヴィスワ王国が誇る光り輝く宝です。光物が大好きなカラスから守れる位置に囲っておきませんとね?」
――ま、そうも言ってられないので前線で戦って貰ってるんですが、と彼女は付け加えた。
王国の有力貴族、王家にも連なる公爵の1人息子が前線で戦うのは客観的に見るとかなりヤバい事なのかもしれない。
……貴族の責務やら投げて空を飛べるのが一番だったが、そうも行かないのがつらい所だな。
「戦争が終わったら、小官の自由は制限されるでしょう。……それまでの間は、空で戦わせてください」
ジュベックと共にどこまでも続く空を飛び続けようと考えたこともある。
貴族と言う地位など捨てて、国さえも捨てて冒険者になって戦うという道を。
――基地で好きな定食のメニューが何だったのか、小さなことから前世の記憶は薄れつつある。それでも、選ばせなかったのは軍属としてのちっぽけな責任感だろうか?
「まぁ、なんて勇敢な方なんでしょうか。貴族の一人息子という地位、他国へ婿入りすれば安泰だというのに、我が王国の空を守るために戦うとは! 正しく貴方こそが英雄ですわ!」
俺の答えなんて最初から分かり切っていただろうに、彼女は大げさに声を張り上げる。そう、周りにいる記者たちにもよく聞こえるように。
作り物の英雄なんて、性に合わないんだがな。
◇◆◇
堅苦しい勲章の授与式が終わる。
そそくさと会場から離れようとする。長居は無用。
ようやく、狭苦しいがそれなりに快適な宿舎に戻れると思った。しかし、そうも行かないようだ。
「あ、『お転婆』のアーク様。ちょっとよろしいでしょうか?」
「なんだ、リコか。ついでにお転婆言うな」
「やーやー、久しいですね。数か月ぶりでしょうか? あ、お転婆については訂正はしませんよ、島の皆が言ってる事ですんで」
最寄りの街の新聞記者の人が気さくに声をかけてくる。彼女とは昔馴染み。貴族としても空戦騎士としても守るべき存在、一市民だ。
「この島の宝である『お転婆』が軍に行った時は本当に何事かと思いましたがね。皆、今度こそアーク様の気が狂ったって心配したんですよ?」
「そんなに……」
「そんなにです。しかも空戦騎士ですよ~? 空戦騎士なんて皆、いい思い出持ってる人はいませんからね。特に老人は尚更です」
「まぁ散々、魔王領がある平原の遊牧空戦騎兵に悩まされてきたしな」
「そーそー。しかも島の貴族の1人息子ですよ? 貴方の傍を密かに狙っていた人達にもノーチャンスじゃないですか。何人涙を流した事か~」
どうせそいつらが狙ってるのは俺の家の資産だろうにな。一瞬口から出かけた言葉を何とか飲み込み堪える。
「それで、何の用だ? 俺も暇じゃないんだが」
「あー。……知ってますか? アーク様の下着、盗まれて転売されてるって」
「は?」
――は?
女王陛下と言葉が重なった。
部屋の温度が5度ぐらい下がった気がする。おかしいな、まだ冬じゃないはずなのに。
「少しいいでしょうか?」
「は、はい? 陛下? いやはや、まさか木っ端記者の私にお声がけいただけるとは驚きですね」
女王陛下の糸目が開かれる。
「詳細を。下手人を特務に追わせますので」
「え、えーと、数日前から怪しげな露天商が彼の下着を高値で売ってまして……」
「すぐにその者を捕らえましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってください。女王陛下」
そんなに下着を盗まれて大騒ぎする事か?
いやまぁ確かに下着の枚数が減ってるのは気になってたが、別に新しいの買えばいいし。
「アーク。なんでしょうか? 私はちょっと忙しいんですけど」
「えーと、その犯人捜し、俺にやらせてくれませんか?」
――マグダレーナお姉ちゃんが動いたら人死にが出そうだし。とは言えなかった。
「……なるほど、下手人の処理は自分でしたいと。良いでしょう。お任せします」
別に殺すつもりは無いんだが……。まぁ意図は知りたいな。
◇◆◇
「捕獲して逆さ吊り、水攻めにしましょう」
「随分と気合が入ってるな、ルミは。ボクはちょっと怖いよ」
「まぁ、王都だと貴族の男性の下着が盗まれて転売される事件が頻発してたからね~。結構大きな問題になったんだよ?」
俺一人では捜査しきる自信は無かったから同じ小隊の面々に声をかけたが、逆効果だったかもしれねぇ……。
ルミはやたらと気合入ってるし……。
「アーク、母に任せなさい。……絶対に見つけ出してこの手で生まれてきたことを後悔させてやるわ」
情報を聞きつけた母上もやたらと気合が入っている。そんなに……。
「いや、別に下着ぐらい新しいの買えばいいだろ? そんなに怒る必要あるか……?」
「ありますよ、アーク君。男性が付けていた下着ですよね? それは男性に触れる機会が少ない女性にとっては高値で取引されるものなんです」
「しかも、それが希少な貴族の下着だったのならば市場価値は更に高まるわ。そして何より私の息子を知っての狼藉なのが許せない、許しがたい」
まぁ使った事のある下着を転売されるのはあまりいい気分にはならないが……。
「アーク、これからは空戦騎士達の宿舎じゃなくて、家で暮らしなさい」
「あー……それは……いいだろ? 宿舎の方が緊急出動の時にも対応しやすいし」
まぁそれも理由だが別の理由もある。
あの屋敷にいるとなーんか息苦しくなるんだよなぁ、部屋は広いのに閉じ込められてるというか。
宿舎の部屋は俺の屋敷の自室に比べるとちっぽけなものだが、こっちの方が過ごしやすい。
「はぁ……まぁいいわ、下手人を探し出すわよ」
見つけ次第殺るぞと言わんばかりに盛り上がる彼女達。あっ、ちょっと引く……。
宿舎の会議室に集まって殺気立っている彼女達。盛り上がりに水を差すようにドアがノックされた事に、俺は救いを見出してしまった。
「あ~……すいません、多分下手人はうちの隊所属の馬鹿ですね」
黒い軍装に、顔を覆い隠す犬を模した仮装用の仮面。王国の特務。
体から僅かに漂う騎獣の臭いから察するに、空戦騎士。
「貴女は確か……」
「執行猶予空戦騎士小隊隊長の『プレイヤー』です。本名を名乗らない無礼をお許しください、公爵」
「40番代の……いいわ。……それで、誰なの? 犯人」
「それは――」
要約すると、元は腕利きの傭兵にして空戦騎士がいた。が、性癖を拗らせてしまう。
その性癖と言うのは貴族の男性フェチ。
そして、高貴な身分の男性専門の下着泥棒になり、王都で大騒動を引き起こす。
最終的には衛兵隊によって捕獲され、牢獄にぶち込まれることになった。
が! 戦争勃発によって編成されることになった囚人部隊に配属され、王都での決戦を生き延びた後にクダンスク島に落ち延びてきた、らしい。
で、彼女も性癖を満たすために下着泥棒を再開したという訳だ。俺をターゲットにして。
「さっさと処刑するべきじゃないかしら? そいつ。貴族の男性のものを盗むって事はそう言う事なのよ? 『女は皆、獣』であるという事は格言として知られてる事だけど、そいつは害獣ね」
腕は立つんですよね~、『ポーン』は。という囚人部隊の隊長の言葉を聞き流す。そして、改めて考え直してみる。
これ転生元の価値観で考えてみると確かにヤバい事なのではないか? と。分かりやすいように言えば嫁入り前の貴族の子女の下着を盗んで回っている泥棒だ。
うん、母上がお怒りになるのも納得だな。別に俺は気にしてないけど。
で、重要な情報だな。腕利きの空戦騎士、そして下着泥棒。
俺と同じように空が好きな奴だとするなら、奴が行く場所は……。
◇◆◇
クダンスク島、その最高峰『ゾルトン』山。山頂。
この場所ならば風をより感じられて、地上を見下ろすことができる。
――読み通りだ、山頂に人影が見える。
ジュベックの馬首を軽く叩き、高度を下げさせる。
風が俺とジュベックの肌を打つ。それが心地よい。
高度を下げていくと、山頂で黒いペガサスの横で立っている人影の輪郭がしっかりと確認できた。
「お前が『ポーン』か?」
「おや、貴方が噂の重荷を背負わされた空戦騎士さんですか」
随分な挨拶だ、彼女の目の前に降り立つ。馬上から彼女を見下ろす。
黒い長髪が、風に揺られて揺れ動いた。
「言っておきますけど、もう盗んだ下着は全部売り払ったんで手元にないですよ。ついでに売り払って得たお金ももうありません――残念でしたね?」
ナイフぺろぺろするやつ本当に居るんだ……。
懐から取り出したナイフを舐めて相手も臨戦態勢。力づくで取り返しに来たと思ってるらしいな。
「あー……もうお前が犯人だって色々な奴にバレてるから観念した方がいいぞ」
「そうですか、ですけど悔いはありませんよ。美味しかったですし」
何に使ったのか凄く気になるが深掘りしたら世の中の深淵に触れそうな気がしたので触れないようにする。
とは言え、彼女の傍にいる黒い天馬が彼女に懐いてるあたり、本当の意味で悪いやつでは無さそうな気がするけど。
「あー、自首する事を勧めるぞ。王国軍は現在戦力不足。まともに戦える空戦騎士も少ないんだから、お前も原隊に復帰できるだろう」
「もう少し下着を盗んで売りさばきたかったですが、潮時ですか」
「売りさばいて得た金はどうしてるんだよ」
「……カードの借金返済に使いました」
嘘だな。前髪で隠されてるが、わずかに見える赤い目が泳いだ。まぁ、実際に何に使ってるかについては触れないでおくか。
「じゃ、俺に付いてきてくれ、お前のこわーい上官や母上、後、俺の同僚のルミが待ってるぞ」
観念した様子で、彼女は自分の愛馬へと跨った。これで一件落着か。
彼女が空を愛する人で良かった。じゃなかったらここまで来たのが無駄足になったからな。
「――いい風ですね、私はここの風が大好きなんですよ」
「その意見には同感だな」
「で、1つ疑問に思いました。……貴方の戦果は聞いてますよ『レッドアネモネ』の空戦騎士、として国が売り出そうとしてる事も」
その上で、です。とか彼女は言葉を区切る。
冷たい北風が、俺と彼女の間を通り抜ける。
「――貴方はそれで満足なんですか? 国からの期待、そして周囲からの羨望、更には重責も背負う事になるんですよ? 貴方の空はこれからも戦い続けると狭くなって、翼も重くなると思うんですが」
「……」
「答えられませんか、当然ですよね。ですけど、いつか答えられるようにならないと、飛べなくなりますよ」
……エースとしての重責、国の英雄としてのプレッシャー、か。……それを背負って飛び続けることができるかどうかへの問いは、俺にはまだ答えることはできなかった。
「まぁそれはそれとしてさっさと叱られにいくぞ。極刑にならないように俺からも口添えしてやるし」
「是非ともお願いします。前科があるんで次やったら海に沈めるって隊長から言われてますので」
「そいつは怖いが、自業自得では?」
「ククク……まぁそうなんですけど! でも軍属だと男性と触れ合う機会はほぼないんですよ!? 明日死ぬかもしれないんですから多少のストレス発散ぐらいは許してくれたっていいじゃないですか!」
彼女を連れて、空へと舞い上がる。
ジュベックの首筋を撫でる。彼は俺が英雄として祭り上げられたとしても、離れずに居てくれるだろうか?
この日の風は、どこか冷たいように感じた。
結局、彼女を宿舎へと連れ帰るとルミや母上、彼女の隊長から殴る蹴るの暴行を受けた。まぁ自業自得なんで同情はできないが。
一応口添えはして、極刑は避けられた、が、自由時間は限界まで減らされて空戦の際以外は営倉での生活を余儀なくされたようだ。
「アーク君、また変態に狙われたら私が守りますから」
後、ルミが俺を戦場以外でも守るという変な使命感が芽生えたらしい。