貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
カミラ隊長の肩にかかるほどの位置まで伸ばされた緑髪が、ふわふわと揺れ動く。
「泥縄式の空戦騎士の徴兵、君はどう思う~?」
「カミラ隊長。これはあくまで俺の意見ですが……」
クダンスク島。西部の大農場。小麦の一大産地でもある豊穣の土地。
その土地の一部は現在、王国に接収され空戦騎士たちの訓練場に変わっていた。
工兵隊によって急ピッチで建築された物資倉庫を横目に、カミラ隊長の後ろを歩く。
休まず、土属性魔法を使って建設作業を続ける工兵隊の姿を横目で見る。目と目が合った。敬礼を返す。
「いいよ、君の意見を聞かせて」
「正直言って、練度もまちまちですし、連携を行う際に大きな障害になるかと」
「うん、それは私も同じ意見かな~。……戦争前に軍制改革が進んでたらよかったんだけどね」
かつて、陸戦騎士として名を馳せ、勇者の中の勇者とまで呼ばれた彼女。だが、そんな彼女は無力感に打ちひしがれてるように感じた。
「配達人の子達まで動員し、その上で囚人部隊、傭兵部隊問わずに戦力をかき集めている。空戦において重要なのは連携。それを取るのが困難だよ」
「ええ、その通りです」
「まぁ、君もルミを置いて先にさっさと行ってしまう事あるけどね。君の後ろを守ってくれるのは彼女なんだよ? その子を蔑ろにしてるように私には見えちゃうかな~」
「……」
返す言葉が無かった。
あの子に人殺しをさせたくない気持ちもある。が、それ以上に優しい彼女に殺し合いの現場を見せたくないという感情も強い。
「ま、君も君なりに彼女を思いやってるつもりなんだろうけど~、彼女の覚悟を汲んでやりなよ」
雲間に隠れていた太陽が顔を出し、彼女を映し出す。
身長は俺と同じほど。スタイルは……モデル並みと言って良いかもしれない。
ルミが天使像だとするならば、彼女は戦乙女像のような麗しい姿だった。
じっ、と翠色の瞳が俺の目を見据えた。虹彩に宿った光は、こちらを射抜いてるようにも見える。
「……そろそろ、目的地ですよ。隊長。今はそれは置いといて、模擬空戦の事を考えましょう」
「あ、露骨に話題変えた」
むすー、と頬を膨らませる。俺よりも年上だろうに、その仕草は子どものようだった。
「ま、良いや。軍の上の命令に従うとしようか? 泥縄式で集められた面々と言えども、模擬戦を通してお互いの戦い方の理解が進んで、連携も取りやすくなるでしょ?」
軍の上層部は空戦騎士たちの練度不足による被害拡大を知り、ようやく重い腰を上げたようだ。
魔王領軍の動きが停滞してるこの隙を突き、模擬戦を行い、練度向上に努める。
ちらり、と空戦の観戦の為に集まっている空戦騎士達の卵に視線が向かった。彼らは俺と言う偶像をよほど信頼してるのか、キラキラと輝くような視線を向けてくる。そんな英雄を見るような目で見ても俺は普通の人だぞ。まぁそんな事、口が裂けても言えないが。
――君も君なりに彼女を思いやってるつもりなんだろうけど~、彼女の覚悟を汲んでやりなよ。
模擬戦開始20分前だというのに、隊長の言葉が耳に妙に残る。
集中が、普段よりも乱れた。
◇◆◇
『こちらユニコ。相手騎も上がってきたね、数は4。位置情報を念話で送る』
ユニコの闇属性魔法を通して送られてきたイメージ。
戦場を俯瞰する女神の視点。
作戦空域ごとに四角に区切り、その場所に友軍と相手騎が光点で示される。
脳内に直接、分かりやすい情報と言う形で位置データを送れるのは、闇属性魔法使いの特権。
戦争に彼女達が必要不可欠であるという理由がよく分かる。
彼女達は戦場を見渡し、見た戦況を図として味方に共有するための目なのだ。
『各騎油断しないようにね~』
『地獄の闘牛士と呼ばれているぞ、彼女達は。ボクは隊長に守って貰う。君達は存分に暴れてくれ』
2騎ごとの編隊飛行に移行。
相手騎を視認。
数は4。馬具から空戦騎士用の軽キュイラスに至るまで全て黒で統一された空戦騎士隊。
『こちら【プレイヤー】より各騎、聞こえるかな?』
『全騎聞こえてますよ。向こうは二手に分かれるようですが、こちらもそうします?』
『うん、二手に分かれてね。【ビショップ】と【ポーン】で相手のエースを釘付けにして、私と【ルーク】で隊長とその僚騎を仕留めるよ』
彼我の距離は500m、こちらが優速――否。
相手騎である空戦騎士が急上昇。
――速い!
『――ウィンド・トラベラー! よーし、2人で相手を追い込むよ! 元冒険者の力を見せてやるんだからっ!』
相手騎の背中に搭載された【触媒】が唸る。
嵐が巻き起こる予兆を示すかのように、【ビショップ】と呼ばれる彼女から風が唸る音が響いた。
相手の空戦騎士2騎が加速する。まるで風の加護を受けているようだ。
『ルミ、来るぞ! 散開!』
『っ!』
彼女の息を飲む音が聞こえる。ルミが乗る純白のペガサスから無音詠唱によって放たれた魔法を打ち消す光弾が放たれた。彼女1人を守るなら十分だろうが、俺までは守り切れないだろうな。
横腹を軽く拍車で2回叩く。
彼の鼓動が高鳴ったのを鞍越しでも確認。――やる気だな、ジュベック!
羽が折り畳まれて急降下。
体に襲い掛かる重力と言う大地の女神の熱い抱擁に耐え、地面スレスレまで下がる。
その直後、先程まで俺達が飛んでいた位置に爆炎が巻き起こった。
火属性魔法の爆炎榴弾! 開戦の合図を告げるかのような爆音が空を震わせる。
演習用の【触媒】が使われている。だが、迫力は凄まじいな。
『今のを避けますか、やりますね――実力は誇張されてる訳では無さそうです』
『――【ポーン】か』
全て黒で統一された軍装を身に着けた囚人部隊の空戦騎士。
通常なら死罪である罪を重ねつつも、生き残れた理由は何か?
――それは戦争に強いからだ。
『今すぐ助けに――』
『おっと、君の相手はこの私だよ』
ルミの方は……不味いな、こいつの相方に背後を取られて追いかけ回されてる。
こちらを助ける余裕は無さそうだな。
『ルミ、暫くは耐えてくれ。……すぐに片付けて助けに向かう!』
『期待して良いんですか!? そんな事言われちゃうと期待しちゃいますよっ』
ああ、期待しろ、なんたって俺は――。
『――エースだからな!』
そうとも、俺はエース。崩壊しかけの王国軍の希望。
そう、自分を鼓舞する。
相手は歴戦、だが、勝てない相手ではない!
『果敢ですね。ですが――黒の4程ではない』
彼我との距離350m。
相手騎が急降下姿勢。ランスチャージの構え。
漆黒の天馬の羽が限界まで広げられ、自重を活かしての急降下攻撃。
相手空戦騎士が迫る。
冷や汗が滲む、呼吸が浅くなる。
集中する。見据えるは相手騎の槍の矛先。
――一瞬の閃き。
短銃を引き抜く、狙いは相手の頭。
装填されているのはコルク弾、死にはしない、が!
引き金を引く。パンっ、と小気味いい音が響く。弾丸が空気を切り裂く音が響いた。
反応の良さが命取りだ、相手騎はほんのわずかに馬首をずらし、回避機動を取る。
一瞬しか相手の動きが鈍らない。だが、それで十分!
僅かコンマ数秒。その隙を突く。
馬首を斜め45度方向に向ける。急降下して得た位置エネルギーをもう一度高度に変換。
急激な方向転換、眩暈がするが歯を食いしばり堪える。
すぐ左横から風を切る音。槍の矛先は俺を捕らえるには至らない。
『変態の癖に、やるじゃないか』
『こう考えることはできませんか? 強いからこそ許されていたと』
軽口を叩く。それと同時に【触媒】に魔力を充填。
脳内でイメージを描く。相手を切り裂く、つむじ風のイメージ。
『ウィンドカッター!』
言葉を口に出す、詠唱。
イメージが言葉という条件付けによってより鮮明になる。
俺の前方に、風の刃が生み出された、数は28枚。
風が不可視の刃となり、宙を舞う。
しかしながらも、風の加護を受けて加速している彼女を捕らえることはできない。
目視で誘導される風の刃が、回避される。
上方向にターン、インメルマンターンからの下方向にバレルロールしながらのターン、スプリットSもどき! やはり腕がいいな!
28枚中27枚は回避され、残りの1枚は彼女が懐から抜き放った刀身に魔力が込められたナイフが切り裂き、打ち消された。そのナイフは飾りでは無かったんだな。
だが、高度を下げさせて回避行動に集中させる事には成功!
『狙い通りだ、一気に行くぞ!』
手綱を握り、首筋を撫でる。ジュベックが待ってましたとばかりに空気を震わせんばかりの勢いで嘶いた。
加速、加速、更に加速。
相手は風の加護を受けてると言えども、高所を取ったこちらが有利!
馬首を相手騎に向ける。少しずつ降下して高度を速度に変換。
彼我の距離210m。
『低空領域へ誘い出されましたか――乗ってあげましょうか? 貴方の狙いに』
左後方から滑り込むように、相手騎の後ろに付く、相手騎が急旋回!
こちらの背後を取るつもりか、運動性に優れたペガサスの定石!
『ああ、ドッグファイトとしゃれこもう!』
相手騎を逃すものか。
右方向に急旋回して逃げようとする相手騎にこちらも急旋回によって無理矢理追いつく。
そのまま左旋回! からの空中で樽を描くかのような機動! バレルロール! 地面スレスレでの危険な飛行!
無理に追いかけるのは止め、急上昇、速度エネルギーを高度に変換、回避機動を終えた直後の彼女に再度襲い掛かる。
急旋回を繰り返す彼女にも凄まじい負荷がかかるはずだろう。だというのに、表情一つ変えない。
『――ついて来れますか?』
『追いつくさ、お嬢さん!』
空中でこちらを誘うように相手騎はロール、そのまま地底へと続く洞窟へと飛び込む。
こちらを飲み込もうとするように開かれた蛇の口の中。
僅かな光源しかない洞窟内を進む。彼我の距離はおよそ200m。
うっすらとだが彼女の輪郭が闇の中に浮かび上がった。
地面と天井までの高さはおよそ50m。少しでも力加減を間違えたら上半身と下半身とが不幸せな離婚を迎える。
天井に溜まった水が零れ落ち、俺の頭へと落ちる。水か、冷や汗か、どちらと分からないものが頬を伝った。
風の流れから、石柱がどこにあるかを掴む。
『おっと、やりますね! この洞窟の中を付いてくるなんて!』
奇襲効果を期待し、無音詠唱で放ったウィンドカッター。数は12枚。だと言うのに、この闇の中で相手に回避され、鍾乳洞の壁に11個の傷跡を残すだけで終わる。
傷つけられたことに怒るように、鍾乳洞の中の空気が震える。冷や汗が頬を伝う。
――世界は広い、エースと呼ばれるほどの空戦騎士が大勢いる!
放ったウィンドカッターの内残り1枚。
その1枚は、こちらの狙い通り彼女の進行方向上の頭上の洞壁に着弾。
壁を切り裂き、落石を発生させる。
落ちてきた石が相手の天馬を打ち、その口から嘶く音が響いた。
……騎手を狙うつもりが、天馬に当てちまった。後で謝らないとな。
光が見える、出口。
出口から脱出する、相手騎は!?
『これ以上は止めです、この子が疲れちゃいましたからね。天馬が疲弊してる状態で戦っても勝ち目はありませんから。それに、この子もダメージを受けてますからね、早く治療してあげないと』
そう言って、彼女は降参の意志を示すように、高度を落とした。
……少し拍子抜けしたが、何はともあれ相手騎は撃墜判定だな。
『それと、人生の先輩として一つ忠告です――無茶しすぎで、周りに心配かけちゃいますよ?』
『忠告ありがとう……忘れないよ』
『ええ、忘れないでくださいよ? 私を倒したんですから、貴方もエースです。ですけど、1人で飛んでる訳ではありません。私だって、この子と飛んでいるんですから』
『……天馬に当ててしまってすまない』
『いえ、気にしないでください。模擬戦ですのでお互い様ですよ』
地上へ降りた彼女が黒い天馬の首筋を撫でる。
前髪のせいで彼女の目は見えなかったが、その表情は笑ってるように見えた。
残った相手騎に視線を向ける。ルミはまだ粘ってるようだな。よし。
【ポーン】がまだこちらを抑えてると信じてるようだ。その思い込みを突く。
急上昇、高度をどんどん上げる。
雲が見えてくる。その中に突っ込む。視界は不良だが、まだユニコが飛び続けている。それを示すように、脳に相手騎の位置の俯瞰図のイメージが送られた。
視界は塞がれているが、相手騎の位置が分かる。俺から見て350m下。
狙いを定める、生み出すのは風の槍。
【触媒】に魔力が流し込まれる。
ルミもユニコからの位置情報の共有を受けて、こちらの意図を察したようだ。
敵騎をこちらが狙いやすいように誘い出してくれた。
――いいフォローだ、助かる!
『スピアー・オブ・ザ・ウィンド』
前面に作り出された槍を投射。
風が渦巻く音を響かせて放たれた槍は、ルミを追いかけ回す相手騎の背後から迫る。
標的は【ビショップ】。背後から迫る風の槍に直撃する寸前で気が付いたようだ。だが、回避がワンテンポ遅れる。それが致命的だ。
『なっ!? 【ポーン】がやられたの!? うっそっ! 黒の4と相対して五体満足で逃げ切った凄腕なのに!?』
『待ってましたよっ! アーク君!』
追いかけ回されていたルミの歓声が聞こえる。それからワンテンポ遅れて、相手騎兵に直撃する寸前で風の槍は炸裂し、念話越しに彼女の悲鳴が聞こえた。
◇◆◇
「流石はヴィスワ王国が誇るトップエースです! あの変態をぶちのめしちゃうなんて! 将来の夢を貴方にしていいですか!?」
「性別すら違うだろ」
「サイン! サイン貰って良いですか!? お守りにしますので!」
「そこまでの事したか!?」
【ポーン】の僚騎が撃墜判定を貰った後は消化試合だった。
数的有利を活かして残った相手騎の掃討戦。【ポーン】ほどの腕利きは居なかったこともあって、掃討自体はスムーズに進んだ。
そして、降りて休憩してる所に押し寄せてきた空戦騎士の卵たちに囲まれて揉みくちゃにされている俺に救いの手を差し伸べてくれたのがカミラ隊長だった。
「ちょっとこの子借りるね」
と言って、腕を引っ張られて抜け出させて貰えた。後ろからは空戦騎士候補生たちのブーイングが響くが、彼女は気にしてる様子はない。
ただ、カミラ隊長の顔色は優れない。元々白い肌が不健康な色になっている。
「で、模擬戦は見事に勝利を収めた訳だけど~、悪い知らせが一つあるよ」
「と、言いますと?」
「敵の大艦隊が西部に集結しつつあるという報告が特務機関から上がってきたよ」
敵艦隊の集結の意図は明白。いよいよ総力を持ってヴィスワ王国最後の拠点を踏みつぶしに来たのだ。
「幸いなことに、母港から出発した敵艦隊が大陸側の港に集結し終わるまではまだ時間はあるだろう、けど――」
そう、彼女は区切り、言いづらそうにこう続けた。
「激しい戦いになるよ、これまで以上の激戦になる。それは覚悟してね?」
彼女の強張った表情を見る。やはり不安なのだろう。だが、それでも俺はあえて、こう言うべきだ。そうするべきだ。
俺達のやりとりを見ていた、新米の空戦騎士達の羨望の眼差しが俺への背中に突き刺さっている。俺はそんなに立派な人間でもないんだがな。
「隊長、俺と言うエースがいるんですから、頼りにしてください。全員で生きてこの戦争を終えましょう」
「ふ、あはは! 言うようになったじゃないか! 偉いぞ男の子!」
虚飾を重ねる度に、俺の肩が少しだけ、ほんの少し、重くなった気がした。