貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
ヴィスワ王国が鹵獲した敵の空中輸送艦。空中で空戦騎士たちの止まり木となるべき改装された艦のデッキへと上がる。空中空母とでも呼ぶべきかもしれない。
空が地上よりも近く感じる。少し、心臓が高鳴る。
魔力を溜め込んだ鉱石、マナ鉱石に刻まれた【刻印】。それによって浮かぶ空中艦。
文字通り空を飛ぶ船と言うべき輸送艦が俺達を乗せ、敵空域を進む。
マナ鉱石によって浮力を得て浮かんだ後は、通常の軍艦のように帆で風を受けて推力を得る。まさしく空に浮かぶ軍艦だ。
「天馬ではなく、船に乗って空を進むというのは少し新鮮ですね」
デッキから手が届くほどまで近づいた雲へと視線を向けていたルミが、そう漏らした。
ふわり、と吹いた風が彼女のシルバーブロンドの髪を浮かび上がらせる。
「一つ気になったんですが、この空中艦を量産して空戦を行えば最強なんじゃないですか?」
――空戦騎士よりも何倍も武装を詰めますし。
その意見はもっともだ。
だが、その案には大きな問題がある。
「良い質問だな。ルミ。だがそれには2つの欠点がある」
「と、言いますと?」
「一つは、この空中輸送艦を量産するには同規模の戦列艦を建造する場合の5倍のコストがかかるという事」
コスト面の問題はいかんともし難く、先王の時代から空中艦隊の構想はヴィスワ王国でも存在したが、結局その構想は実現することは無かった。
試験用に量産された空中艦も存在した。が、敵の空戦騎士によって全て撃墜、あるいは鹵獲された。
「で、二つ目。これが一番重要な問題なんだが――」
――空中艦を飛ばすのに必要なマナ鉱石。その鉱床の大半は魔王領が抑えてる。
高価な空中艦を建造したとしても、それを飛ばして戦力化するのに必要な燃料は彼らが抑えているのだ。
事実、彼らが寒冷な土地でこれほどまでの規模の軍隊を動員できたのは、採掘されたマナ鉱石を他の大陸に売って利益を得ていたからに他ならない。
我々が【触媒】にも使用するマナ鉱石はドワーフ商人から仕入れているものだが、それも戦況次第だな。
「戦争が始まった理由の一つも、このマナ鉱石が理由なのさ。魔王領と以前からどちらが所有するかで揉めていた係争地でマナ鉱石の鉱床が発見された」
「あー……歴史あるあるですね。悲しいことに」
「そう、悲しいことに人はそこに自分が欲しいものがあると独占したがるのさ」
戦争の引き金を引くのはどの世界でも自分勝手な奴らだ。そしてそいつらは大体自分が正しいと信じている。
そしてその正しさと言うのは勝者の側にある。我々は現在は劣勢。正しさを証明する事は現段階ではできない。
「今回の作戦は重要だぞ、ルミ。敵の哨戒網を破壊し、防戦一方だった我々が反転攻勢するための糸口を作り出す」
「……ええ、貴方の背中はわたくしが守ります」
……そんなに俺、危なっかしいって思われてるのかな? ルミの目にはやんちゃな息子に向けられるような母性の光が宿っていたような気がする。
気のせいだと良いが。
「ですが……また、血が流れますね」
彼女の小さな呟き声は、吹き付ける風によってかき消された。
◇◆◇
『敵の哨戒網に引っかかったらしい。迎撃が来る前にさっさと撃墜するよ!』
ジュベックの首筋を撫でて、空中空母の甲板から飛び立つ。空へと。艦ではなく、相棒の翼で飛び上がる。
空中空母『ストーム』を眼下で視認。止まり木はある、心置きなく戦える。
『……アーク君、やはり貴方は戦うべきではないのでは? 今回は前衛は隊長たちに任せて後衛を担当するべきかと思いますが』
『ルミ、またその話か……。でも、俺以上に腕が立つ空戦騎士は中々居ないと思うぞ?』
『それは、そうなんですが……』
『おしゃべりは禁止! 敵哨戒騎をユニコが捕捉したよ! 出撃して! 今はアークにも頑張って貰わないと、ねっ!』
ルミの言葉を遮るように聞こえてきたカミラ隊長の言葉に従い、敵騎を目視で確認。
数はおよそ8騎。哨戒の為、闇属性魔法の使い手だけで編成された空戦騎士隊。
数も情報通り。今は女王陛下の情報収集能力に感謝だな。
『数が多い、が! 艦からの支援射撃を活かしながら減らすよ!』
敵騎の闇属性魔法によって、ユニコの広域探知が妨害されている。今回の戦いはいつも以上に目視での確認が必要になりそうだな。相手を見据える。見逃さないように、しっかりと。
空中空母『ストーム』に搭載された12ポンド砲が、退避行動を取ろうとしている敵騎の退路に向けて威嚇するように散弾を投射。
ズタ袋に詰められていた金属がバラまかれ、敵騎の集団を怯ませた。
どうやら敵は砲火に晒されるリスクよりも、こちらを掃討した方が早いと判断したらしく、反転。
こちらを撃墜する気らしいな。いい敢闘精神だ。流石は草原の戦士。
だが、その勇敢さが命取りだな。俺達の任務は、お前ら哨戒騎の撃墜なのだから。
『各騎、散開!』
『来るぞ、構えを取れ!』
『相手の精神を揺さぶってやるっ!』
敵騎が散開。こちらに迫る敵数は4。
彼我の距離はおよそ500m。正面から相手と向き合うヘッドオン。
頭痛が走る。相手の闇属性魔法による妨害。
集中力が乱される。だが、小手先の技術だ。歯を食いしばる。ジュベックの横腹を拍車で叩き、加速する。加速が風力となって俺の肌を強く撫でた。
『ぐぅ……!?』
『大丈夫か? ルミ』
頭に直接送り込まれるかのような強烈なノイズ。人の悪意とも言えるそれを叩きつけられ、ルミから苦悶の声が聞こえる。
悪意をぶつけられる事には慣れてないようだな。俺がフォローする必要がありそうだ。
正面から向き合う事になった敵騎が短銃を引き抜いた。彼我の距離30m。狙いは先頭に立つ俺とジュベック。
銃口の向きを確認。樽の輪郭をなぞるようなバレルロール。弾丸が風を切る音を響かせる。だが俺を捕らえるには至らない。
射撃を指揮していた敵の隊長騎に狙いを定める。ランスを握りしめる。
短銃を捨て、サーベルを引き抜いての接近戦を挑もうとしてるようだが、遅い。
激しい衝突音。相手ワイバーンの頭を貫き、そのままの勢いで相手の胴体を串刺しにする。
ランスを引き抜く。力なく相手の隊長騎は堕ちていった。
撃墜1。
『しまっ!? 隊長ーっ!?』
動揺し、動きが鈍った相手に次の狙いを定める。容赦はしない。
彼我の距離は150m、相手が下。
無音詠唱。ウィンドワルツ。風をランスに纏わせる。
攻撃、移動として使うにも適してない、だがそれで十分。
風の加護を受けたランスを、動揺して動きが鈍った敵騎に投擲。
投擲された槍が風の加護を受けて迫る。その音はまるで罪人に振り下ろされる処刑人の斧のようだった。
騎獣であるワイバーンの胴体を貫く。血がぶちまけられた。
空戦騎士の翼が貫かれたことにより、彼女はそのまま海面へ向けて真っ逆さま。
次の標的に狙いを定める。少し離れた場所で、盛大に水しぶきが立つ音が響いた。
撃墜2。
『馬鹿な!? 我々は草原の戦士だぞ!? 幼少期からワイバーンと慣れ親しんでいたのに、こんな――』
数秒の間に、一気に僚騎が2騎も落とされたことにより、動揺が広がる。戦場で動揺するという事は死を意味する。
これで、ルミへの狙いが俺へと向けられた。計算通り。
『――ウィンドカッター』
次の標的。彼我の距離は350m。こちらが下。相手は逃げるように高度を取る。
自らの周辺に風の刃を生み出す、投射。
風、そして肉を切り裂くのに適した刃が合計、28個投射される。
回避機動を取る敵騎を僅かに追尾。響く断末魔。
撃墜3。
『化け物めぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
上昇していた残りの敵騎が急降下体勢。狙いは的の大きいジュベックか。
悪いが、やらせはしないぞ。
『スピアー・オブ・ザ・ウィンド』
敵騎は斜め上から迫る。彼我の距離はおよそ110m。
急旋回。馬首を斜め上に向ける。相手と目と目が合う。憎悪と恐怖が混じった視線を、こちらに向けていた。
動きが鈍りそうになる。だが、責務を果たす。
風の槍を投射。向かってきた敵の前面で炸裂。暴風が巻き起こる。
相手を仕留めるのには至らないが、勢いを削ぐことに成功。
猛烈な風圧に一瞬目を閉じたな、それがお前の命取りだ。
彼我の距離10m。短銃を引き抜く。引き金を引く。横方向にロール。
何かが鞍の上から崩れ落ちる音がした。
撃墜4。
『た、助かりました、アーク君』
『まだ飛んでるようだな、安心したよ』
俺から見て、左上の方向を見る。隊長たちは、味方艦の援護射撃を受けつつ、残りの哨戒騎との戦いは有利に進めてるようだ。
隊長たちも、雲の中へと敵騎を逃すまいと追い詰めてはいるようだな。
……だが、あの雲の中から殺気を感じる。
――雲の中にドラゴンのシルエットが浮かび上がるのを確認。急降下。降下角から察するに、狙いはルミ!
速度エネルギーを高度エネルギーに変換! 急上昇! ジュベックが無茶な機動によって消耗したのかその肌に汗が浮かぶ!
ルミを狙っていた敵騎も俺と言う妨害が入った事で、狙いを俺に切り替えたようだ。相手の騎竜は、片目が無かった。
『会いたかったぞぉ! 我が夫にして好敵手!』
『っ! 夫になったつもりは無いんだがね!』
炎の槍が放たれる、合計6本。意志を持つかのように宙を自在に動き、俺を取り囲む。
そして全方位から迫ってきた。
進行方向上から放たれたのは戦列艦を一撃で燃やし尽くす赤竜のブレス!
どうする!? 回避は不能!
――壁を壊してでも道を作れ! それが我々〇〇〇の役割である!
かつての上官の訓示の言葉が脳裏をよぎる。そうか、壁が作られたならそれを破壊すればいい!
無音詠唱。精度は度外視してウィンドカッターを生み出す。狙いは右上方向から迫る炎の槍。
放たれる。風の刃が炎の槍とぶつかり、炎に飲み込まれる音が響く。
生み出されたウィンドカッターは5個、4個まで飲み込まれたが、最後の1個がフレイムランスの軌道を逸らした。
壁の一角が崩れる。右上方向に馬首を向けて、ジュベックの羽を限界まで広げさせて斜め方向にロール!
背中スレスレを炎の槍がすり抜け、炎が肌を焦がした。激痛が走る。ジュベックは無事だ。
『今のを回避するのか! 中々やるのぅ! お主! 昂ってきたのじゃ!』
『夫って呼ぶ割には殺す気満々だな!』
『殺してから夫にする。そうすれば誰にも取られることは無いからのぅ』
ヤンデレかな?
槍も手放し、魔力の消耗も激しい。魔法は使えて残り4回。
劣勢だが、勝ち目は無いわけではない。相手は高度と言う位置エネルギーを速度に変換したばかり。
こちらが上だ。
そして、相手が低空領域での格闘戦が苦手なドラゴンである以上、次の手は分かる。
――狙い通り、羽を目いっぱい広げて羽ばたかせての急上昇!
『ふふん! 詠唱無しの魔法で傷もつけられんぞ!』
ウィンドカッターを詠唱無しで放つ。威力には期待できない。
急上昇し始めて速度が落ち始めた騎竜に当たるが、鱗によって弾かれた。
だが、空気の流れが変わる。風が逆巻く。注意が逸れる。
『ならばこれはどうだ!? ウィンドワルツ!』
以前見せた手。風に乗っての急上昇。それを見越していたかのように、敵騎が炎の槍を無音詠唱で上空へ放った。
だが、狙いはそれじゃない。
本命はこっちだ。
急上昇しようとしている敵騎を頭から抑えつけるようにつむじ風が巻き起こる。
僅かに速度が遅くなる、気流が大きく乱れた。
小さな風が風を呼び、そして嵐を生み出す。本命は――。
『テンペストォ!』
詠唱。【触媒】の限界を超える寸前まで魔力が流し込まれる。
騎竜と、騎手である彼女の周辺を渦巻く風が牙を剥く。
局所的な大竜巻が発生する、頭上から彼女を押し付けるかのように!
『むぅぅぅぅぅぅ! まだまだぁ!』
敵騎手が襲い掛かる大竜巻から自分と相棒を守るように炎の障壁を展開。大竜巻とぶつかり合い、激しい衝突音が響く。
なけなしの魔力を【触媒】を通して、サーベルに込める。最後の魔力!
――あくまで魔法は見せ札、足を止めさせるための布石。本命はこれだ!
彼我の距離は50m!
半ば祈るように、注意が逸れた彼女の騎竜の背に搭載された【触媒】に狙いを定める。腕が悲鳴をあげる程まで限界まで振りかぶり、投げつける!
風を切る音を響かせ、くるくると回転して向かったサーベルの刀身は、彼女の【触媒】へと突き刺さった。
【触媒】が破壊されたことによって相手からの念話が聞こえなくなった。が、大竜巻に巻き込まれる前に騎竜を操り、急降下して加速し離脱。
離脱する間際に。
「ふっ……ふふっ! ますます欲しくなったぞっ! アネモネっ」
と、彼女の叫び声が聞こえたが、追いかける余力は、こちらには無かった。
――撃破1。
◇◆◇
「酷い火傷です……! 光属性、なおかつ回復魔法が使える人が居なかったら跡が残ってましたよ!」
「ジュベックが無事だからヨシ! ――あいたたたた!?」
「なーにが、ヨシ! なんですか! 死ぬ気なんですか!?」
背中の火傷は思った以上に酷かったらしく、母艦に戻ったら激痛でその場に崩れ落ちそうになった。
戦闘で分泌されるアドレナリンの凄さと、それが切れた時味わう地獄がどういうものなのか知った。
戻ってきたルミに背中の火傷を光属性魔法で治療して貰い、治った場所に軟膏が刷り込まれる。沁みる。痛い。
「はぁ……どうしても降りてくれないんですか? 結構真剣に頼んでるつもりなんですけど」
「必要だろう? この空には俺の力が」
「それは、そうなんですけど……! 自分の身を大切にしてください!」
その言葉には返す言葉が無かった。しかしだねぇ、俺が頑張らないと友軍が死ぬのだから……。
「こうなったら、わたくしが彼の全てを管理する必要があるかもしれませんね……」
ぼそり、と呟かれたルミの言葉は、できる限り俺は聞こえないふりをすることにした。
ルミの言葉には一理あるが、一度背負った以上は投げ出すことはできない。
この空を魔王領の連中から取り返すためにも、戦わないといけない。
そう、決意した俺を見てジュベックは俯き、小さく嘶き、耳を少しだけ絞った。