貞操観念逆転世界の空戦騎士 作:らいらいてー
「作戦は成功と、見事な戦果です。アーク。貴方に『レッドアネモネ』という二つ名を与えた甲斐があるというものですよ」
哨戒網に打撃を与えるという任務を終えたアークを待ち受けていたのは、母親付き添いでの女王陛下への報告だった。
彼女はいつもの調子で、美辞麗句を並べてアークを褒め称えたが、肝心の彼の方は辟易とした様子だった。
その横では一言一句聞き逃すまいと記者たちが並んでいるのだから、褒められても嬉しさは半減するだろう。
「彼の為に新しい勲章を作るべきでしょうか? 合計撃墜数は二桁を超えていますからね。これはもう英雄として大々的に売り出す必要があるでしょう」
「女王陛下。あまりアークを調子に乗せないでください。それに、彼ばかり持ち上げれば他の将兵の士気にも関わるかと」
くるくる、と金色の髪を指で弄る。そしてあらあら、と困ったような声を漏らす。絵を描ける記者が、彼女の姿をスケッチする。
先王に従い、様々な場所を転戦し、姉妹同然の深い絆で結ばれていたリネは、やはり彼女の事が好きにはなれなかった。
元は特務の元締めと噂されるほどの腹黒さだったが、王の位についてからはより腹黒さが増した気がする。
「では、今回は勲章の授与は取りやめて……ふふ、その代わりに私が直々に膝枕して労いましょうか?」
「いえ、結構です」
「昔はお姉ちゃんって呼んでくれてたのに……よよよ、アークが私の事を拒むようになってお姉ちゃん悲しいです」
「陛下、記者や近衛が見てる前ですよ」
「なら、お姉ちゃんってまた言ってください。そうしたら許しますよ」
茶番だ。リネはそう心の中で断じた。
わざとらしく嘘泣きをし始めた女王の姿を見て、記者、そして彼女の護衛である近衛兵達から和やかな笑い声が漏れる。アークは困ったように頬を掻いた。
彼女はこうして、人に友好的な仮面を被っているのだ。
だが実際はどうだ? アークを戦争の英雄として祭り上げ、分かりやすいイコンにしようとしている。
お姉ちゃんと呼ぶことを拒否するアークの手を彼女は握りしめる。指を絡め合わせるように。やたらとうちの息子に触りたがるなこの女。と、リネは内心舌打ちした。
この女は曲者だ。クノール家一番の宝であるアークを狙うハゲタカなのだ。
おどけてみせる女王の姿を見て、和やかな雰囲気が漂う広間。しかし、その広間の中で、リネだけは笑っていなかった。
「ああ、背中に火傷を負ったらしいですね? すぐに治療を受けたみたいですけど、万が一があります。今はゆっくり休養してください。それとも私の膝で休養する方がいいですか?」
――あ、それは結構です。
無慈悲なアークの言葉に、少しだけしゅん、と女王陛下が落ち込んだように見えた。
◇◆◇
限界高度まで加速する。縦方向にロール。そのまま背面飛行。
眼下に広がるのはクダンスク島の港街。
風が俺とジュベックを撫で、ジュベックも自由に空を飛ぶことに心が躍る事を示すようにその筋肉に熱が籠る。
空戦機動の練習。戦争が始まる前からの日課。
背面飛行からの急降下。風を切る音が響く。そのまま下方向への逆宙返り。天馬の運動性は空戦に適した騎獣の中でも随一。その運動性は現実の戦闘機で例えるならば零戦に近いかもしれない。
最高速度でも魔王領の主力空戦騎獣であるワイバーンに勝る。運動性ならばこちらの方が圧倒してる。ワイバーンの一番の利点は長距離を移動できるスタミナ、そして様々なものを積載可能な事だろう。
ペガサスが零戦ならば、ワイバーンは運動性は低いが様々な作戦が行えるP-38に近い。まぁ、ペガサスは長距離の飛行には向かないから単純な比較はできないが。
45度。斜め上方向に馬首を向けて急旋回。速度エネルギーを位置エネルギーに変換。高度を取る。
防空戦ならばワイバーン相手にも天馬に乗った空戦騎士は優位に立てる。問題は……竜、ドラゴンに乗ってる空戦騎士だ。
脳裏に思い浮かぶのは、先の空戦で戦った腕利きの竜騎士。気難しい竜を乗りこなす事ができる空戦騎士は強い。空戦において最強だ。
その体躯もあって運動性は低いが、ドラゴン自体の攻撃力もさることながら、とにかく速い。本気でドラゴンが飛べばペガサスの最高速よりも5割は速い。
自重と最高速を活かしての一撃離脱戦法に徹されたら勝ち目は無い。という事を我が身を持って思い知ることになった。
例えるならばP-47。硬い、速い、強い、三拍子揃った強敵。数があまり多くないのが救い。魔王領軍の中でもドラゴンを乗りこなせる腕利きの騎手は数えるほどしかいない。と言われてる。
だが、実際に交戦することになった以上、対抗策は考えないといけない。考えないと死ぬのはこっちだ。
今まで見せた手札は次、レッドドラゴン使いの彼女と交戦したら通じないだろう。どうしたものかな。
ジュベックの肌を撫でる。熱い。ぶるるっ、と休ませろと言いたげに嘶く。
「はは……そうだな、考えても仕方ない。ちょっと休憩してどう堕とすか考えるか」
◇◆◇
街の外れ。アネモネの花が咲き誇る花畑を見つけた。降下する。
ゆらゆらと揺れ動く色とりどりのアネモネに、おお……と思わず声を漏らした。人目に触れることがほぼないだろうに、ここに存在する花はここに花開いたことを示すように咲き誇る。
花を傷つけないように、花畑から少し離れた位置にジュベックと共に降り立つ。
花畑の中心に存在する丘。花を見渡せる位置に見慣れた姿があった。
「奇遇だな、ルミ。こんな所で会うなんて」
彼女の傍には、純白の天馬の姿はない。どうやら、1人で歩いてここまで来たらしい。
「おや……アーク君じゃないですか。奇遇ですね、ふふふ」
スケッチから視線を逸らし、こちらに微笑みかける少女。彼女の隣に俺も腰を下ろす。
「スケッチしてたのか?」
「ええ、時間がある時はこうして、色々なものをスケッチするのが好きなんです」
「へぇ、なら花以外にどんなものを描くんだ?」
「そうですね。人です。後は鳥。人は、空戦騎士の皆ですね。……スケッチする事で、その人が存在したという証を残すことができます」
花のスケッチを行っていた手が止まる。スケッチブックの紙が捲られる。
そこには、カミラ隊長やユニコだけではなく、戦死した空戦騎士も描かれていた。
彼女のしなやかな指が、戦死した彼らの頬に触れる。まるで、そこに存在したという事を確かめるかのように。
「はははっ、俺は描いてくれなかったのか?」
「描こうにも、貴方は何時も忙しそうにしてるじゃないですか。機会が無かったんですよ」
全くもう。と、小さく頬を膨らませる彼女は、まるで小動物のように見えた。
その姿が面白くて、思わず吹き出してしまうと、ますます彼女の機嫌が悪くなる。
すまない、口いっぱいまでドングリ詰め込んだリスを連想してしまったんだ。
「悪い悪い。俺の事をスケッチして良いから許してくれ」
「本当ですか? では、描かせて貰いますね?」
絵として誰かが存在したという証を残すのが好きな彼女は、俺を見ながらスケッチブックに鉛筆を走らせた。
「わたくし、小さい頃は鳥に憧れてたんです。白鳥さんですね」
「奇遇だな、俺も小さい頃から鳥に憧れてたぞ」
「貴方が鳥に憧れた理由は何となく分かりますよ、空を自由に飛び回りたいからなんですよね?」
「よく分かったな」
「……わたくしは違います。自分の意志で空を飛んで、誰にも縛られない彼らに憧れてたんです」
……厳密に言えば彼らも生存本能と言うものに縛られてはいるが、それは口には出さない。
特に白鳥は編隊を組んで飛ぶ。彼らなりの生活の知恵と言える。
「だから、貴方にはちょっと憧れちゃいます。運命に流されるのではなく、自分の意志で空を飛んでるんですから」
流されるのではなく、自分の意志で。逆らう。風に逆らって飛ぶ。空戦機動を連想する。――ブガチョフのコブラ。相手が後ろに付いた時に馬首を上に向けて意図的にスピンさせ、優速を誇る相手をオーバーシュートさせる戦法。
いや、ダメだ。天馬でやるにはジュペック、そして俺への負担も大きいし、何より仕留め損なった時のリスクが高すぎる。速度エネルギーを大幅に失う事になる。
頭を振って、その考えを振り払う。
怪訝な表情を浮かべたルミの目をもう一度見据える。
「そんなに高尚なもんじゃないさ、空を飛ぶという自分の欲求を満たすために戦争を利用している」
「自覚あったんですね、よかったです。……何か悩みでもあるんですか?」
「うーん、先の戦いだとドラゴンと交戦しただろう? 天馬で何とか対抗する方法を考えてるんだが……」
「逃げる、ではダメですか?」
鳥の気持ちになる。天馬の捕食者であるドラゴンと戦うならどうするべきか。逃げるのではダメだ、立ち向かう必要がある。逃げるわけにはいかない戦いばかりが続くことになるだろうしな。
小さく、こてん、と首をかしげている彼女の目を見据える。吸い込まれそうになる、ルビーのような赤い瞳。
「そうもいかんのだ。戦争だしな」
「これは、わたくしが属していた神殿の神官長の言葉です。……困難が立ちふさがったのならば、他人に頼れ」
「……いつも頼っているさ」
「ならば、もっと頼ってください。……わたくしだって、空を飛び、戦うという覚悟を決めてるんですから」
女神教。隣人への博愛を是としてる宗教。北方においても最大の宗派。
敬虔な女神教の信徒である彼女でさえも、戦うという覚悟を決めている。ならば、その思いを無下にするわけにはいかないな。
「……叶わんな。君には。できれば、危険な目に合わせたくなかった、が。次の戦いでドラゴンが出てきたら、囮になってくれるか?」
「ふふふ」
「何がおかしい?」
「やっと頼ってくれましたね? わたくしの事」
スケッチが完成したようで手が止まる。彼女が微笑みかけた。
「その言葉、待ってましたからね? いつも無理ばかりして、常に先頭に居続けようとするその在り方。エースとしては立派でしょう」
ですが、と人差し指を立てた。
「無理しすぎで、危なっかしくて貴方から目を離すことができないんですけど」
「赤ちゃん扱いかな?」
「手がかかるという意味ではそうですね」
「……」
返す言葉が無かった。
彼女が描いたスケッチには、空で戦う俺ではなく、花に囲まれた俺が描かれていた。
◇◆◇
ジュベックの横腹を拍車で叩き、空へと飛びあがる。今度は1人ではない、ルミを後ろに乗せている。
先ほどまで過ごしていた花畑が急激に遠ざかる、その代わりに雲が近くなる。
ルミが後ろから抱き着いてきた。彼女の甘い花の匂いが鼻腔をくすぐる。
鞍越しに感じるジュベックの鼓動よりも、俺の鼓動の方が早まった気がした。彼は意外と平気そうだが、これは戦闘機動を行ってないお陰だろうな。
「わ、後ろに乗って飛ぶってこういう事なんですね」
「どうだ、乗り心地は」
「ふふふ、悪くはないですね」
風を切り、夕焼けに照らされながら空を進む。
夕焼けが、港街全体を照らして茜色に輝いてるように見えた。
「アーク君が、空で戦う理由が、空が、そして空で戦うのが好きだから、でしたよね」
「ん、ああ、そうだな」
「……それは今も変わってないんですか?」
「……それは」
……最初はそれだけだった。でも、今は違う。俺が飛ぶことに期待してくれる人が居る。
空を飛ぶことを望まれてなかったのに。敵を堕とすことを望まれている。
それは俺の実力を示せてるという証左。だが、以前よりも空が狭く感じるようになったのは確かだ。
茜色に染まる空は、何処までも続いてるように見えた。
「英雄のつもりで飛ぶならば、殴ります」
「手厳しいな……そんなつもりは無いんだが」
俺の初心はブレてない。戦争で戦果を挙げて、空をジュベックと共に飛び続ける。それを陛下たちが利用してるだけに過ぎない。
「貴方がもし、空を飛ぶのが辛くなったり、重いものが背負わされることになって押しつぶされることになったら、わたくし。それにカミラ隊長たちも頼ってください」
「……そんなに俺危なっかしいかなぁ!?」
「危なっかしいですよ、客観的に見て。背中の火傷、跡は残ってませんけど大怪我寸前だったんですよ? 死にたいんですか?」
ルミの手が俺の背中を思いっきり引っ叩いた。いてぇ……。火傷はルミのお陰で治ったが、叩かれたら痛いものは痛い。
「いててっ! 死ぬつもりはねぇよ! 俺が死んだらクノール家の一大事じゃねぇか!」
「そう! 自分の立場をよく理解してるのならばそれでいいです! それに、わたくし達含めて、周りの人間は皆悲しみますよ?」
「好きで無茶してる訳じゃねぇよ必要だからやってる――いてぇ!? また背中叩いたなこの野郎!?」
もう一度背中が叩かれた。小気味いい音が響く。
「無茶しないように飛べって言ってるんですよ!」
「分かった分かった! 分かったからそんなに耳元で叫ぶな!」
背中は痛むが、今日は不思議とよく寝れそうな気がした。