ミーンミンミンミン
蝉の鳴き声が耳障りな程に鳴き叫ぶ真夏。
1999年8月上旬
杜王町S市内のとあるカフェの前。
夏休みを絶賛満喫中の東方仗助は、かなり広くも閑散としたそのカフェの前をたまたま通りかかった。
何故仗助がたった1人でS市外れのカフェ前に居るのか。
それは単に「夏休みなのにやる事が一切無かった」からである。
夏休みの宿題は、友人の広瀬康一に手伝ってもらい、終わらせたばかり。テレビゲームには少しばかり飽きを感じ始め、遊びに行くにも友人知人は全員予定があった。
今日の朝、やる事も無くリビングでボケーっとしていると、忘れ物を取りに帰ってきた母親の明子に「アンタ折角夏休みなんだから散歩でもして来なさいッ!」と背中を蹴られた。
遠慮の無い蹴りに仗助は少し涙目になった。
読書でもなく勉強でもなく散歩かよ。なんなら旅行でも連れてってくれ。と、喉まで出かかった言葉は、母親の追撃を恐れ飲み込んだ。
折角なら知らない所でも歩くかと、気付けば家を出て、2時間ほど散歩していた時、つい先ほどこのカフェを見つけた。
建物と木々の陰に隠れたテラス席には、人が数名ちらほら座っている程度。
屋外で風に当たりながらそうゆっくり涼める場所は中々見つからない。
「…(穴場見つけちまったか?)」
なんて漠然と考えながら、客席全体を横目で覗いた。
すると突如、異彩のオーラを放つ人物が仗助の目に留まる。
サルヴァトーレフェラガモのパンプスを履いた長い両足を組み、テーブルの上のノートを前に、アイスコーヒーのストローを弄ぶ女性。
サングラスから覗く彼女の眉は皺を作り、赤い唇の端は歪んでいた。
どうも遺憾ながらにどこか困っている様子の彼女は、側から見てもモデルや大女優のようだった。
そのスタイルは勿論ハリウッドの名女優。
髪は腰まであり、ふわふわのウェーブがかかっている。それに加えてレッドカーペットの様な髪色まで、彼女を引き立て演出するのに相応しかった。
気品に溢れているとはこの事だな。と、仗助は思った。
サングラスをかけているせいで、目元が見えないのが心底残念に思えた。
元々入ろうかと思っていた所に、一目奪われる美女の登場。仗助は蜜に群がるカブトムシのように、一目散にテラス席へ吸い寄せられた。
彼女に少し近い席に(閑散としたカフェでわざわざ近くに座るのはどうかとも思ったが)座り、ウェイトレスにアイスコーヒーを一杯頼んだ。
座る際、ほんの一瞬盗み見たノートの中身は、1ページがほとんど書かれていないボディだけの服飾のデザイン画。
もう1ページはフランスかどこかの外国語で書かれた数々のメモだった。
「…(この町にデザイナーなんて居るんだな)」
刹那、険悪な顔をした有名漫画家の顔が浮かびあがる。
「…(居るか)」
仗助はそのまま、小鳥を眺めるフリをしながら女の様子を気配で探った。
暫く気配で感じるに、彼女は自身の荷物とアイスコーヒーを全て抱えて、こちらへ近付いて来る。
「ん?」
こちらへ近付いてくる?
パッと隣を見ると、柔らかな雰囲気になった彼女が、フワッと髪を揺らして立っていた。しなやかで美しい指で、掛けていたサングラスをずらし、仗助と目を合わせると、口を開いた。
「こんにちは かっこいいお兄さん。相席してもよろしいかな?」
ウェイトレスが運ぶ、アイスコーヒーの氷が、カランと音を立てた。
ミーーーンミンミンミンミンミン
ジーッジーッミンミンミンミン
様々な雑音も聞こえないほど、仗助の頭は彼女以外を受け入れなかった。
「…勿論」
これが、東方仗助と、憧れのデザイナー。
大原璃華子のはじめての出逢いであった。
今更ですが恋愛には発展しません。