1999年 8月25日
長くも短い夏休みは遂に終わりを告げ、今日は多くの学校で始業式の日である。この愛すべき杜王町には、朝から元気な生徒たちの声が響き渡っていた。
こんな爽やかな朝に似合わず。どこか落ち込んだ様子の東方仗助は、友人の虹村億泰を連れて、学校に向かう道を歩いていた。
この2人は家が近くで、出会ってからいつも朝一緒に登校している。
始業式の今日も、並んで正門を抜けるのだった。
「仗助くん!億泰くん!おはよう!」
昇降口で靴を履き替えていると、もう1人の友人である広瀬康一が、離れたところから大きく手を振って駆け寄ってきた。
「おお 康一。はよ」
「おう康一!元気そうじゃあねえか!」
「まあね!……ちょっとちょっとッ!なんか2人とも身長伸びた!?見なくなって1ヶ月も経ってないのに!」
康一は自身の伸びない背と、まだまだ伸びていく2人の友人との差に、少しショックを受けていた。
3人で話しながら、教室に向かうため階段を上がる。
「…あー…そーかあ?」
康一の言葉に対する仗助の返答は、あまりにもポヤポヤしていた。
ついさっき出会ってから、ずっとどこか元気が無い仗助の様子に、康一は首を傾げた。
「…ねえ…仗助君ってば一体どうしたのさ。そんな無気力な…寝起きってワケでもないでしょう?宿題…は、7月中に一緒に全部終わらせたよね」
「…アー、まあなァーそれはマジに助かったぜ康一」
「??」
康一はお手本の様な疑問符を浮かべた。
自慢の頭が綺麗にセットしてあるから寝起きでは無い。
宿題はとっくの昔に終わっていて、先生に詰められる嫌な予感もない。
全く想像ができない仗助の落ち込み具合に、康一はますます困惑した。
見かねた億泰が康一の耳元に近付き事情を説明する。
「…なんでも仗助ぇ、スンゲー仲良い知り合いが居るらしくてよ、その知り合いが…今日の10時だったかあ?イタリア行きの飛行機に乗るんだと。時間的に見送り行けねーっつって、朝からずうっとこんななんだよ」
仗助がこんな様子じゃあこっちまで調子狂うぜ。と言われ、仗助は隣でより一層深いため息をついた。
「イタリアかあー…気軽に会いにも行けないし、そりゃあ残念だったね…」
「……だろ?せめて見送りくれーはしたかったのによォ…」
仗助はガックリと肩を落とした。あまりの落ち込みに、空気がドンヨリ湿っているような気までする。そのうちキノコでも生えてきそうだ。
億泰がそれを一見すると、パッと康一の方を見て言った。
「待ってりゃ1ヶ月後帰ってくるらしいけどな」
「仗助君???」
仗助が落ち込んでいる理由を話していたら、気付けば康一のクラスについていた。
康一は「荷物を置いたらB組行くよ!」と言ったが、直後朝の予鐘がなってしまったので、仕方なくそこで友人たちは別れ、各々のクラスへ入って行ったのだった。
10時頃のこと 体育館で行われた始業式
皆夏休みで体内時計が狂ってしまったのか、はたまた先生の話がつまらなすぎるのか。殆どが椅子の上で眠りこけていて、頭が見えない。
仗助の隣に座っている億泰もそうだ。
きっと起きた時首がイテェとでも言い出すのだろう。
「…」
仗助は、周りの皆がスピスピ寝息を立てている中、ずっと起きていた。イタリアへ出発した璃華子のことを悶々と考えていたからである。
体育館に設置されている大きな時計の秒針は10時27分を指していた。
とっくに飛行機は飛び立ち、日本アルプス上空を通過している頃だ。
もう飛び立ってしまったものは仕方ない。
突然仗助の頭の中はフッと冷静になり、どうしようもねえから寝よう。と諦めて目を閉じた。
結局そのあと、仗助が深い眠りに落ちる寸前になって、先生の計50分にも及ぶ話が終わった。
意識が落ちるかという気持ち悪い所で無理矢理覚醒させられたせいで、式の後、別の意味でドンヨリし始めたのは、彼の友人たちだけが知っている話である。