イタリア出張中、璃華子の主な宿泊先はミラノのホテルである。
そんなミラノ中央駅行きの列車内
依頼の第一段階を終えた璃華子は、列車の個室の中、右手にペンを持ち、デザインブックを開きながら1人で揺られていた。
車窓から見える空は、やや薄暗くなってきている。
しばらく浮かんだデザインに夢中になっていたが、ふと、視界の端に人影が映る。璃華子はハッと気付くと少しだけ目を見開いた。
バッ!とそちらを見ると、そこには斬新な服を着た奇妙な男が座ってこちらを見ていた。
「ボナセーラ(こんばんわ) 健康状態は良好ですか?」
「……ボナセーラ…ええ勿論。きっとこの列車内にいる誰よりも」
璃華子は、突然現れた変質者にも大きく動揺せず、淡々と答えた。
それを聞き、男は満足そうに頷いた。
「…一瞬で情報を処理する頭脳!知的!やはりキミがピッタリだ!オレに協力してくれるね?」
名をメローネ…彼の意味不明な言葉を黙って聞いていた璃華子は、軽く目を閉じ、膝の上で開いていたスケッチブックをパタリと閉じて、その愉快さに遂には笑った。
「…ハッハハ、フフフ!…おっと、失礼?ウフフフ、わたしでよければ付き合いますよ。…しかし…」
「……どうした?質問ならなんでも言ってくれ。なんたってキミは重要な母胎であり大切な母親だ」
メローネの意味不明な気味の悪い言葉に、璃華子は思わず微かに眉を顰める。
「……いえ。大したことでは…ただ一つ、わたしの最終はミラノ」
「…嗚呼!もちろん!キミがオレの質問に積極的に答えてくれたなら、むしろ余裕を持ってお届けするよ」
「あら。そうですか?ならどうぞ、遠慮なく」
璃華子は無造作に下ろしていた髪をサッと右側に集めると、両手を重ねて上品に座り込んだ。
メローネはペロリと舌なめずりをして璃華子を見つめる。
「…協力的で助かるなあ。さて、早速だが質問するよ。お名前は?」
「…大原璃華子。純日本人」
「ウゥーン日本人ッ‼︎アジア系だとは思っていたがディ・モールト良いッ‼︎それに素敵な名前だ…血液型は?」
「A型」
「ふーーむ良いネ。身長と体重は?」
「171cm。50kg」
「誕生日は?」
「8月14日。今年28になったばかりです」
メローネは信じられないとでも言いたげな顔で璃華子の全身をくまなく凝視した。璃華子は頭を傾けてお淑やかに笑っていた。
「…ホントに?……いやあ日本人はやはり若く見えるなあ、いやあ、にしても…ウゥン」
「フフフ、お気に召さない?」
メローネは聞こえるか聞こえないかくらいの声量で「いいや、今回の任務に若根特有の荒々しさは重要じゃあないからな……」と呟いた。そしてまた気味の悪い、断固とした目的を思い出した様に笑った。
「フフフフッやはり理想的だねキミは…アアー、いや、璃華子さんは」
「無理に名前を呼ばなくても良いですよメローネさん」
「そう?いーやなに。スムーズで良いねッ‼︎」
「質問は以上?」
「そうだね…嗚呼!最後にひとつ。キミのスタンドは?」
刹那2人の瞳がガッチリとかち合った。
今まで夢中で何かに向き合っていたメローネは、璃華子の微かな動きも逃すまいとジッと見つめた。
しかし、璃華子は少々困り眉になり、聞いたこともなければ見当も付かない。と言った顔で、メローネを見つめ返した。
「?…、ウウン…何です?そのスタンドって言うのは」
「ふむそうか。…ああいいや良いんだ。これは単なるオレの興味であって、あってもなくても…どちらでも…」
メローネは流し目でジットリと璃華子を見つめた。
璃華子はそのなんとも言えない気持ち悪さにも動じず、スッと背筋を伸ばして座っている。
「ご協力感謝するよ マードレ」
数時間後 ミラノ中央駅
完全に列車が停止し、旅行客や現地の人々がゾロゾロと降りてくる。
車上から地上へスッと足を下ろした璃華子は、トランクケースを片手に、無表情で颯爽と列車から去っていった。