1999年 9月上旬
至って平和な杜王町では、夏の面影をまだまだ残しつつ、暦は遂に9月に突入していた。段々と、この町にも秋風が吹き始めている。
ぶどうヶ丘高校一年生の東方仗助は、後2週間に迫る中間テストに向け、休み時間も放課後もテスト勉強に当てていた。
何故、出来ることでも全力にはならず、上手く手を抜くはずの東方仗助が、こんなも勉強勉強となっているのか。
それはこの夏休み、ずっと憧れていたデザイナーに出会い、そんな彼女に「勉学に励め」と一言言われたからである。
まあ実はそれだけでは無い。
(いくら仗助でもそんなにチョロくはない。はずだ)
1番は、ずっと憧れていたデザイナーである大原璃華子に「仗助くん、成績が良ければ学校始まっても遠慮無く使うんだけどなあ」とポツリと言われたからだ。
もちろん言った本人に戦略的意図は無いし、普通は聞こえないほどの独り言だったはずだ。
だが仗助の耳が地獄耳なのか、璃華子の発言は1ミリも逃さないと思っているのか、その言葉はしっかりと仗助に届いていた。
《このままだとテスト期間なんかになった暁には、頭の悪い学生さんは勉強しなさい!と毎度邸宅への出入りを禁止されてしまう!》
イタリアへ行った璃華子を思い、璃華子ロスになりかけていた仗助の思いは、ひとまず、勉強へと矛先を変えたのだった。
とはいえ、そう簡単に璃華子への想いが消える訳もなく、放課後は璃華子の家の前を通って帰るのが日課になっていた。(なんて気味の悪い日課だ)
「(せんせーの家の前通ったら、今日は息抜きに、あのカフェでゆっくりしよ)」
と、かつて2人が出会ったカフェのことを考えていると、璃華子の家が見えてきた。
「…あ?」
家の前に、1人の男が佇んでいる。
男の耳元で個性的なピアスが揺れ、仗助の方を向こうとした。
仗助は男の正体を察すると、ゲッ!と顔を顰めた。
「…まさか」
家の前に佇む男は、岸辺露伴。
職業漫画家の、漫画のためなら何でもするイカれた男だ。漫画なんて読まない東方仗助とはどうも合わない性格をしている。
「?………!…仗助ッ?何故ここに…なんだ?学校帰りか?おまえの家はここらじゃあ無いだろ」
ちなみにこの男、仗助に1度家を燃やされている。
それも、直接的な原因は自分のせいだが、キッカケは仗助というなんとも言えない大事件である。
それ以外にも色々とあり、仗助と露伴は出会ってからずっと犬猿の仲というやつだった。
「…あんたこそ。璃華子せんせーになんか用すか。せんせーなら今イタリアだけど」
「ハンッ!今度はイタリアか…アイツまた……ッてア?おいおいおいおい仗助……なんでおまえが璃華子の事情を知っている」
仗助はそれを聞いてピタッと止まった。
今この人せんせーのこと呼び捨てにしたか?
「アッ!?露伴てめえ今せんせーのこと璃華子っつったかッ!?」
「ああ?ああ。おまえこそ何だそのせんせーってのは……というかそうだ…なんで璃華子の事知っているんだよおまえは」
「…そりゃあこのおれが璃華子せんせーの助手だからに決まってるでしょう」
仗助は目を瞑り頬を掻き、少し恥ずかしげに言うが、口端はニヤニヤしていて自慢を隠しきれていない。
返答を聞いた露伴は、一瞬だけ目を見開いたかと思うと、ジトっと呆れた様に仗助を見つめた。
「………ハッ!アノ璃華子の助手だぁ~~?馬鹿も頭だけにしろよ仗助ッ‼︎」
「んだとッ!?露伴てめえまた…」
「おっと止まれよ仗助。話を聞けまずは。ぼくは前に一度…助手やらアシスタントやらの話を璃華子に出した事があった………ああ勿論この璃華子の家でな……だが
『…助手?やだなあ露伴。あたしがそんなノイズ態々取り入れる程の神様にでも見えるのかな?駄作を作れと言われたならまだしも』
……なんて言われたんだぞッ‼︎仮にもHERMESだのBrioniだのの工房から来た手伝いとかならまだしも………野原にテキトーに伸びてる狗尾草程度のお前が助手なんてなれる訳無いだろッ!」
露伴は突然凄い剣幕で言い切り、ゼェゼェと息切れを起こしている。
それを黙って聞いていた仗助はポカンとしており、しばらくしてようやくそれらを飲み込めたのか、複雑そうな顔になった。
「………露伴アンタ…せんせーに呼び捨てで呼ばれてんの?」
そんな深刻な顔して言うもんじゃあない。
パチクリパチクリ……
露伴は目を2回ほど瞬かせ「ハッ?」と少々裏返った剽軽な声を上げた。仗助の言葉に絶句し、口をあんぐり開ける。
「……………おいおいおいおいおいッそこじゃあ無いだろう仗助」
仗助も露伴も、互いに別の意味で頭を抱える。
露伴は、仗助が璃華子の助手になった経緯はなんなのか。一体仗助は璃華子に何を任されているのか。
知りたくても仗助の思考がまともに働かないせいで話が聞けない。
(ヘブンズを使いたくても、成長したクレイジーDに止められるか、使えても体重の増減で気付かれ、また暫くペンを握れなくなるのがオチである)
仗助は、璃華子は露伴とどんな関係なのか気になってそれ以外に何も浮かばない。露伴は凄い剣幕で何か言っているが、関係がどうなっているのかわからない限り内容は入って来ない。
2人して頭を悩ませた末。
互いに顔を歪ませながら覚悟を決めた。
無言で、それは2人の間で既に決まっていた事だったが、露伴が顔を歪めながら言葉にする。
「…チッ!………気に入ってるロイヤル・コペンハーゲンの皿を今すぐ割れと言われるより最悪だ……クソッ…何も言わないアイツのせいだ。仕方ない…順に、ゆっくり、事実を聞かせろ仗助」
「………露伴こそ。璃華子せんせーとの関係…せんせー自身のコト…知ってる事…洗いざらい全部!話してもらうぜ」
「…………奢らないからな」
「チッ」
「ハ?」
「「…」」
2人は無言になり、一息おくと、杜王町市民定番のCafe des Magotsへ向かって並んで歩き出した。
犬猿の2人は、璃華子のために(…せいで?)初めてたのしいたのしい茶会を開く事となったのだった。
再度言いますが恋愛には発展しません。
仗助の思いは全て敬愛によるものです。