翌朝、リオは真新しい制服に袖を通し、入学式が行われる体育館へと向かった。
念のため学校へ向かう直前に隣の部屋に声をかけてみたが、返事はない。
もう先に行ってしまったのだろうか。
世間一般では、男女が連れ立って歩くことに照れを感じる場合があるという。
アキラも、もしかしたらそういうタイプなのかもしれない。
そのあたりの機微がわからず、もどかしく思いながら歩いていると、後ろから息を切らしたアキラが猛ダッシュで追いついてきた。
「はぁ、はぁ……。おい! 置いていくなんて酷いじゃねえか!」
「いや、俺はちゃんと声をかけたぞ。返事がないから、てっきり先に行ったのかと」
「そ、そうだったのか? すまねえ、なんか昨日はワクワクしちゃって、全然寝付けなくてさ……」
アキラはバツが悪そうに視線を泳がせ、照れ隠しのように鼻の下を指でこする。
昨日の暴走スクーターの件といい、この少女は豪快に見えて意外と子供っぽいところがあるらしい。
「まあ、間に合って良かったじゃないか」
「走ってきたから少し汗かいてるんだぜ、ちっともよくねえよ……。まあ、しいて言うなら、お前と同じクラスで良かったぜ」
アキラは襟元をパタパタとあおぎながら、不意に笑ってそう言った。
その言葉の意味が繋がらず、リオは小首をかしげる。
「ん? そうなのか?」
「ほら、体育館の入り口んとこ。デカい看板出てるだろ」
アキラが指差す先には、クラス分けの名簿が掲示されていた。
目を凝らすと、確かにリオとアキラの名前が同じクラスに並んでいる。
「トウカは……同じクラスにはいない、か」
「トーカ? 誰のことだ?」
「俺の幼馴染なんだが、別のクラスになったみたいだ。アキラは知り合いとか来ているのか?」
「いや、あたしも同級生の知り合いはいねえ。なんだ? そのトウカってやつと一緒に探索すんのか? それならクラスなんてあんま気にしなくてもいいと思うぜ?
探索者学校なんて、座学は午前中だけで、午後はみっちり探索だからな。ダンジョンに潜っちまえばクラスの垣根なんて関係ねえし、大抵は何度か一緒に潜ってみて、相性のいい奴と組むもんなんだってよ」
それならトウカとも一緒に潜る機会があるかもしれない。
そう考えたリオは、アキラにトウカを紹介することに決めた。
「じゃあ、後で俺の知り合いを紹介するよ」
「おう。……って、変な奴じゃねえだろうな?」
「大丈夫だ。どこにでもいる普通の女の子だよ」
「女の子!? お前に!? マジか! ……へへっ、そりゃ楽しみだ! これからよろしくな!」
アキラはなぜか急にニヤニヤと楽しそうな顔になると、鼻歌交じりで体育館の中へと入っていく。
何故、彼女の機嫌が急に良くなったのだろうか? リオはしばらく考えたが、答えはでない。
(とりあえず機嫌が良くなったのはいいことだ。今の俺にわからない事はまだまだあるからな)
リオはダンジョンコアだった影響なのか、一部の欲求が眠っていることを知っている。
人間関係の機微でわからない事は、そのあたりに関係しているんだろうと結論づけた。
そのような事を考えていると、いつの間にか周囲がざわつき始めていることに気がついた。
「あの人が生徒会長……貴族の顔……」
「この学園の最強、最も迷宮踏破に近い存在……」
「あの凛とした立ち姿。なんて綺麗なんだ……」
リオが周囲の様子に気づいた時には、どうやら入学式が始まっており、生徒会長による祝辞が述べられていたらしい。完全に聞き逃してしまったようだ。
両親が貴族であるにもかかわらず、リオはその世界に疎い。
ゆえに生徒会長がどれほど凄い人物なのか、想像もつかなかった。
壇上の方へ目を向けるが、すでに挨拶は終わった後だった。こちらとは隔離された一角、少ない生徒たちが座っているその場所に、長い黒髪を揺らした美しい女子生徒が戻っていく。
(あの人が生徒会長だったのか。凄い人なら、ちょっと見てみたかったな……)
リオはそう思いながら、その後姿を見送っていた。
その後、式は滞りなく進行し閉会が宣言された。
これから誘導されて、それぞれの教室に案内されるのだろう。
生徒たちはそう考えしばらく待っていたが、先生たちが一向に案内する様子が見えない。
しばらく時間が経ち、生徒たちから小さなざわめきが聞こえ始めた頃、一人の教師が壇上へと上がった。その後ろには、さらに三人の人物が控えている。
「新入生の皆さん。普通の学校であればこのまま各教室へご案内するところですが、その前にお見せしておきたいものがあります」
壇上の教師が、マイクを通して語りかける。
「これからお見せするものは異界を探索することで手に入れることのできる特殊能力、『異能』です。ネットで動画を見たことのある人もいるでしょう。
後ほど各教室で担任より説明がありますが、これからの皆さんの探索活動において、まさに核となる力です。何よりもまず、その目で直接、この力を焼き付けていただきたいと思います」
そういうと、後ろにいた三人のうち、二人が前に出てきた。
二人とも男性で、一人はスーツ姿、もう一人は黒装束を纏っている。その姿は忍者のようだ。
「それでは特殊能力を用いた演武を開始します」
合図と共に、最初に動いたのはスーツ姿の男性だった。
いつの間に取り出したのか、両手に数本の投げナイフを持ち、それらが一瞬にして放たれた。
まっすぐ飛ぶかと思っていたナイフは、空中で不可解な軌道を描き、まるで意思を持っているかのように縦横無尽に飛び回る。
次に、助手が放り投げた複数の的が宙を舞う。その瞬間、空中を舞っていたナイフ群が突如として方向を変え、一つの的へ集中的に攻撃を仕掛ける。
その後、一つの的を貫いていたナイフは意思を持っているかのように分散し、空中を舞う複数の的の中心をそれぞれ正確に貫いていった。
「すげぇ! あんなの見たことねぇぞ!」
後ろの席に座っていたアキラが、ひときわ大きな声で叫んだ。
リオもまた、その光景に目を奪われていた。
リオやアキラだけではない、ほかにも会場のあちこちから、どよめきと感嘆の声が上がる。
「すごい、これがダンジョン探索で得られる力なのか!?」
「私も使ってみたいなあ」
そのような感嘆の囁きが会場中から聞こえてくる中、スーツ姿の男は深々と一礼すると、静かに壇上の隅へと下がっていった。
興奮の熱がまだ残る中で、スーツの男に代わって黒装束の忍者が構える。
彼もまた、放り投げられた的が宙を舞うのを確認すると、懐から手裏剣を取り出し、流れるような動きで次々と手裏剣を放りなげた。
先ほどのナイフほどではないものの、手裏剣は空中を自由に、かつ不規則に動き回り、的へと吸い込まれてゆく
そして全ての手裏剣が的に命中したタイミングで、忍者は深く息を吸い込んだ。
そして、次の瞬間。
忍者の口からは激しい炎が吹き出した。
業火は空中で的に纏わりつき、跡形もなく焼き尽くしていく。
的が灰になったのを見届けると、忍者は印を結び、ポンッという軽い音と共に煙幕に包まれて姿を消した。煙が晴れた後には、彼の着ていた黒装束だけが残されており、会場は先ほど以上の興奮の渦に叩き込まれる。
「あの忍者もすげーな!」
アキラの、子供のようにはしゃぐ声が聞こえてくる。
リオもその声に内心同意していた。
それほどまでに忍者の動きは見事に会場の人間の心をつかんでいた。
そして、最後の一人が静かに前に進み出る。
最後に登場したのは、意外にも、清らかなシスター服に身を包んだ女性だ。彼女は両手を 胸の前で広げ、何か祈りの言葉のようなものを紡ぎ始める。すると、彼女の周囲に、キラキラと輝く光の粒子が集まり始めた。
「魔法!?」
「直接見るの初めて!」
遠くの席から、誰かの興奮した叫び声が聞こえた。
その声に呼応するように、シスターの周りに集まった光が形を変える。燃え盛る赤い火球、硬質な茶色の土塊、渦巻く水球。それらが次々と生成され、空中を舞い、新たに放り投げられた的を、いとも簡単に粉砕していく。
シスターは流れるように様々な術を繰り出し、用意された全ての的を砕き終えると、静かに頭を下げた。
「皆さん、いかがでしたか? これが得られる特殊能力、そのほんの一部です。より詳しい内容については、各教室にて担任の先生から説明があります。それでは、これより各クラスへ移動してください」
教師の指示で移動が開始されるまで、いや移動が始まってからもしばらくは生徒たちの興奮がしばらく収まることがなかった。
リオもまた、先ほどの光景を思い返し、胸が高鳴っているのを感じている。
その得難い感情の動きに満足していると、アキラが目をキラキラと輝かせながら、興奮気味に話しかけてきた。
「すっげえなあ! あれがダンジョンの力ってやつかよ!」
「ああ、凄かったな。いい経験になった」
「何言ってんだよ、お前! これからあたしたちが、あの力を身につけていくんだぞ! まだまだ始まったばっかりじゃねえか!」
演武の衝撃について彼らだけでなく他の生徒たちも、興奮気味に語り合っている。
そんな喧騒の中、効果音と共に黒板の前に立体映像が浮かび上がり、生徒たちはそちらに注目した。
やがて、羽根の生えた妖精のようなキャラクターの姿が浮かび上がると、彼女は可愛らしくお辞儀をする。
「皆さん初めまして! 私がこのクラスの担当を務める人工知能、ティーチャーVer3.2だよー。このクラスでは私が座学の知識を教えまーす!
気軽に『ティーちゃん』って呼んでね。今は演武を見てきたところかな?」
教室の生徒たちは、突然現れたAI教師に驚きつつも、数人がこくりと頷く。
頷いた生徒の方を見て、ティーちゃん先生はニッコリと微笑んだ。