講堂の壇上に立つホログラムの少女――ティーちゃん先生が、元気な声を張り上げた。その姿はまるで、そこに本当に実在しているかのように生き生きとしている。
「オーケー! 私はAIだけど、異界に関する知識なら、そこらの先生よりずっと詳しいから安心してね! よろしく!
本当なら今日はオリエンテーションだからすぐ終わりにする予定なんだけど……。
今後のことにもつながるし、せっかくだからさっきの演武について説明するよ! 中等部で習ったことのおさらいにもなるけど、我慢して聞いてねー。あれは異界を探索することによって発現する特殊能力、通称『異能』! これは、みんな知ってるよね?」
ティーちゃん先生の言葉を補足するように、後ろの黒板――黒板だと思われていたそれは、精巧なスクリーンだった。そのスクリーンの画像が変化し、異能に関する様々な情報が表示されていく。その大半は中等部で習うものだ。
異能は、かつて超常現象として認識されていたこと。
長年にわたる研究の結果、ダンジョンとの関連性を見つけ、その発現方法をある程度体系化するに至ったこと。
その確立時期や特性によって、異能は『第一世代』『第二世代』『第三世代』に区分されていることなどだ。
先ほどの三人の演武者は、それぞれ異能の世代を代表する探索者であったらしい。
「さっき演武をしていた三人とも違うやり方なのに、同じ的当てをしてたのに気づいたかな? それはね、それぞれの世代の特徴を分かりやすく見せるためなんだ」
ティーちゃん先生はそう言うと、最初の演武者の映像をスクリーンに映し出す。
「最初にナイフを投げてた人、 あの人の能力は『投擲変化』っていうんだ。これは『第一世代』の能力だよー」
第一世代。それは異能研究の黎明期に確立された、最も原始的な能力体系だ。個々人の持つ強いイメージや願望を、『スキル』として直接的に具現化する。理論上その可能性は無限大だが、極端な一点特化型になりやすい。特に発現初期は応用が利かず、汎用性に乏しいことから、最も生存率の低い世代とも呼ばれている。
「あの人は今でこそ、どんな物でも――それこそ水や空気だって投げられるし、軌道を自在に変えたり、燃やしたりもできる。けど、能力が発現したての頃は、投げた物の軌道をほんの少しだけ曲げる程度の力しかなかったんだって。すごいよね」
ティーちゃんが感心したようにそう言うと、続いてスクリーンが二人目の演武者の姿に切り替わる。
「じゃあ次に『第二世代』の説明に移るよ!」
第一世代の研究から発展した第二世代では、個人の潜在能力を単一のスキルではなく、より包括的な『職業(クラス)』という形で引き出すことに成功した。第一世代に比べて高い汎用性と応用力を持ち、安定した能力体系として広く定着している。
「二人目の演武者は『忍者』だね! 投擲という一点だけ見れば、第一世代の専門家には劣るかもしれない。けど、『忍者』として自分を定義することで、より幅広い応用力を獲得したんだ。だから、火遁の術みたいな炎を操る技も、変わり身の術みたいな移動や防御の技術も使える。やろうと思えば、第一世代の能力を疑似的に再現することも可能だよ。まあ、第一世代の得意分野と比べると劣化版になっちゃうけどね」
ティーちゃん先生の説明が一区切りついたところで、一人の生徒がおずおずと手を挙げ、それに対してティーちゃん先生は笑顔で答える。
「あの、質問いいですか? なぜ忍者が火を吹けるのでしょうか。本来の火遁の術とは、そういうものではないと思うのですが……」
「いい質問だね! それはね、さっきの演武者の人が、『忍者の使う火遁の術とはこういうものだ』って強くイメージして、認識したからだよ! つまり、その人がこれまでの人生で触れてきた物語や経験が、能力の形に大きく関わってくるんだ!」
彼女の説明によれば、異界探索に有効な『職業』のイメージは、生徒たちが慣れ親しんだ ゲームや漫画、アニメといった創作物の影響を色濃く受けるそうだ。
「今まで君たちが見てきた中で、『この職業、カッコいいな』とか『こんな風になりたかったな』って憧れたものがあれば、それを目指してみるのも面白いかもね! まあ、中にはイメージが先行しすぎて、逆に使い物にならない職業もあるけど……。そうならないためにも、先生に相談してくれれば、しっかりアドバイスするからね!」
ティーちゃん先生は元気いっぱいに笑うと、再度スクリーンを切り替える。
次に映し出されたのは、中心から放射状に無数の線が伸びる、蜘蛛の巣のような図形だった。
「さて、お次は『第三世代』だよ! まあこの学園だと少し不人気だね!」
『第三世代』。それは、それまでの世代とは発想を転換し、「人間」という、より大きな括りで能力を捉えるものだ。人間が本来持つ多様な可能性に着目し、あらゆる状況に対応できるよう汎用性を極限まで高めた能力体系。そのために採用されているのが『スキルツリー』という形式である。
「様々なスキルが段階的にパッケージ化されていて、みんなにはこのスキルツリーって呼ばれてる図が配布されるんだ。例えば炎魔法を使いたければ、『火球』『火炎放射』『火壁』って感じで、順番にスキルを成長させていくことができるんだよ。これなら無理なく確実に能力を習得できるし、第一世代や第二世代じゃ難しい、全く異なる系統のスキルを複数取ることも可能だね」
各スキルには効果や使用イメージを固めるための参考動画まで用意され、個人の希望に応じてツリーをある程度カスタマイズすることも可能という、至れり尽くせりのシステムだ。
一見すると非常に便利に思える第三世代だが、ティーちゃん先生は人差し指を立てて注意を促す。
「でも明確な欠点もあるんだ。スキルツリーによる能力の画一化の弊害なんだけど、さっきのシスターが見せた火球は、基本的に同じ威力や大きさしか出せないの。
強敵に合わせて威力を調整したり、形を変えたりっていう柔軟な対応が難しいんだ。だから、比較的安全な浅い階層での生存率はすごく高いんだけど、本当に危険な深層まで到達できている人は、ほとんどいないんだよ」
ティーちゃん先生は、三世代それぞれの特徴をまとめるように言葉を続けた。
「探索を専門としない学校だと、第三世代だけを採用しているところも多いね。『あんまり深く潜るつもりはないな』って言うなら、第三世代が一番安全かな。第一世代は……よっぽど『どうしてもこの能力が欲しい!』っていう強い意志がある人向け、って感じだね」
最後にティーちゃん先生はオススメは第二世代だよと言い、話を終える。
生徒たちはこれが今後の人生を左右する重要な決断だと理解し、真剣な雰囲気になっている。
そこでティーちゃん先生は場の空気を切り替えるため、パンっと手を叩いた。
「さーて、基本的な説明はここまで! それじゃあ、次は君たちのことを教えてくれるかな? 自己紹介タイムだ! それぞれ名前と所属寮、あとはもし現時点で『こんな能力を覚えてみたいなー』っていうのがあれば、教えてくれると嬉しいな!」
ティーちゃん先生は明るくそう言った直後、思い出したようにポンと手を打った。
「あ、そうそう、言い忘れてた! 実は受験の時に、みんなが魔素をどれくらい効率よく吸収できるか、こっそり測定させてもらってたんだよ。
君たちの制服には高性能端末が組み込まれてて、成長値って名前で情報が転送されてるはずだから、後でチェックしてみてね! 特定の動作で起動するよ!」
そういった後、ティーちゃん先生は「こうっ!」と叫びながら可愛らしく手を振っていた。
どうやら、オーケストラの指揮者のように手を振る動作をおこなうことで眼の前に画面を呼び出せるらしい。
リオも先生に習ってその動きを試してみると、目の前にウインドウ画面が表示される。
名前:桜蘭リオ
異能:未定
成長値:‐1 (Errorのため実測値不明)
実績値:62
「……ぇ?」
想像以上に低い成長値と、実績値と呼ばれる謎の数値にリオは一瞬固まる。
「参考までに、平均値は大体60くらいかな? 最初に潜るときは、この数値が高いほど異能が成長しやすいって言われてるから、自分の適性を知る参考にするといいね! 成長値については以上だよ!
次は自己紹介だねー。名前が『あ』のひとからやってねー。まずは――」
リオは我に返り、質問をしようとしたがすでに次の話へと移っている。
どうやら自分で色々と確かめるしかないようだと考え、彼はため息をついた。
最初の女子が自分の成長値を話したのを皮切りに、なぜか自己紹介で数値を話す流れが出来上がってしまっていた。
リオが他人の自己紹介を聞く限り、成長値の数字は低くても40程度であり、マイナスという値は出てこない。
やがて自己紹介がリオの番になると、彼はゆっくり立ち上がって自己紹介をした。
「俺の名前は桜蘭リオ。能力は『身体強化』を中心とした能力を希望していて、第一世代か第二世代にしようとおもっている。成長値は-1。皆よろしく」
リオの両親が有名だからだろうか。苗字を聞いた途端に教室にざわめきが広がるが、その後に続く成長値マイナスという言葉にティーちゃん先生を含めて皆黙り込んでしまう。
(……やはり、かなりの外れなのかもしれない。これでは自己紹介ではなく事故紹介だな、ははは……はぁ)
くだらない駄洒落を言おうとして心のなかだけに留めるリオ。
こうして、前途多難な学園生活が始まった。