ため息をついたリオの様子に気が付いたティーちゃん先生は、あたふたしながらも、リオにフォローを入れてくれた。
「あはは……えっと……。あ、もしかして受験の時に異界産の魔道具持ってなかったかな? そーゆうの持ってると、機械が誤作動起こしちゃうんだよねー」
「え? いや特に何も……」
「そ、そうなんだ……ごめんね……」
AIでありながら人間味あふれる姿で謝罪するティーちゃん先生。
その様子を見て、リオは実はかなり厄介なことではないかと思い始めた。成長値がマイナスということは、自分は成長しないということなのだろうか。
彼の内心を察したのか、ティーちゃん先生は一層声を明るくした。
「え、えっとね! 成長値って異界に潜れば潜るほど上昇するからガッカリしなくていいよ! がんばればちょっとの差くらいひっくり返せるからね! ほらほら元気だして! はいみんな拍手!」
クラスメイトから送られるまばらな拍手が、かえって彼の心に刺さる。
しょげた様子を隠さず席に戻るリオの耳に、近くの席のアキラから「ドンマイ」と囁きが届いた。そのささやかな慰めが、今はありがたかった。
その後も自己紹介は続いたが、やはりマイナスの成長値を持つ者はいない。
そうしているうちに、やがてアキラの番が来る。
「あたしは藤原 章。戦闘も回復もできそうな第二世代の万能型能力を目指そうと考えてる。成長値は82、よろしくな」
アキラの快活な自己紹介と高い成長値に、リオは羨ましく思う。
もしチームを組んだとしても、自分では壁役くらいしかないのかもしれないな、などと考えながら自己紹介を眺めていた。
そうして自己紹介が一巡する。
どうやらロマンと引き換えに大きなリスクを伴う第一世代を希望するのは、リオの他に数名がいる程度だった。あとはクラスの半数以上がバランスの良い第二世代を希望し、残りが第三世代といったところだろうか。
命がかかる以上、当然の選択と言えるだろう。
「はいはーい。これで皆自己紹介終わりかな! 他のクラスのメンバーと組むことも多いと思うけど、同じクラスでも交流を深めて情報交換をしっかりしてね!」
自己紹介が終わり、ティーちゃん先生がウインクをして、授業の終わりを告げようとする。
「じゃあこんなとこで今日は終わりだよー。かいさー……、あそうだ。制服の機能について先に説明しとくね。
皆の制服ってカメラ機能がついてるんだ! 君たちの徽章のとこね」
彼女が指さす胸の徽章を見て、リオは先ほど開いたウィンドウにカメラの項目があったことを思い出す。
「それ、異界に入るときは自動でオンになるからね。あ、盗撮に使うのは駄目だよ!」
「あの、先生。カメラはオフにすると問題があるんでしょうか……」
男子の一人が不安そうに尋ねると、ティーちゃん先生は「直接は問題ないよ」と安心させるように答えた。
「設定でオフにできるよ。ただトラブルがあったときに証拠になるから、探索中はカメラはオンにしておくのが無難かな。ドライブレコーダーと同じような物だね! あ、撮影した動画を外に配信したい人は学園に申請してね!」
どうやら、ダンジョン配信専門サイト『Otherworld Tube』、通称Otubeへのアップロード機能まで搭載されているらしい。一見ただの制服だが、異様に高性能なようだ。
他にも、徽章は取り外して付け替えができること、いろんな証明書として使えることなどを説明していく。
こうして、今日は解散となった。
教室のあちこちで、興奮冷めやらぬ生徒たちが異能について語り合っている。
アキラもまた、そばにいた女子生徒と語りあっていた。
その喧騒の中、リオは一人静かに席を立つ。
早く寮に戻り、今日の出来事を整理したい。とりわけ、あの不可解なマイナスの成長値と、謎の実績値についてネットで調べようと思っていたのだ。
「リオ!」
リオが教室を出て廊下を歩き始めたところで、後ろから聞き慣れた声をかけられる。振り返ると、少し不満そうな顔をしたトウカが小走りに近づいてくるところだった。
「なんだ、トウカか。そっちも終わったのか?」
「もう! なんでリオとクラスが違っちゃうのかなあ。せっかく同じ学校に来たのに!」
ぷう、と頬を膨らませるトウカにリオは苦笑する。
アキラの話では探索はクラスに関係なくチームを組むらしい。
それなら、そこまで気にする必要もないだろうに。
そう考えながら、彼は少し不機嫌なトウカに向かい合った。
「まあ、仕方ないだろ。それより、そっちのクラスはどうだった? 面白そうな奴はいたか?」
「うーん、普通かな。リオの方はどうだったの?」
「そうか。俺も普通だな」
「そうなんだ。一緒だね! あ、ちょっと話は変わるんだけど、リオってどこの寮になった? 私、荷解きがまだ全然終わってなくて。ほら昨日って午後のバスで来たから、よその寮とかまだ全然見れてなくてさ」
「俺か? 俺は……まあ、古びた雑居ビルみたいなところだ」
具体的な寮の名前を出そうとして、そもそも覚えていない事に気が付く。
あの古びた建物の外観と、アキラから聞いた「最下級」という評価を思い出したが、さすがにそれをそのまま伝えるのは躊躇われ、彼は言葉を濁した。
「もし、荷解きが大変なら手伝うぞ? 俺の方は昨日で終わったからな」
「えっ!? ……ううん、大丈夫! ほら結構荷物が多くなっちゃったし、私もいちおう女の子だからね? いろいろ見られると恥ずかしいっていうか」
「ああ、そうか。すまない」
忘れがちだがトウカも女の子だった。配慮がたりなかったようだ、反省しなければ。
そうやって、リオが自らの配慮のなさを反省する一方で、トウカはどこか嬉しそうにはにかんでいた。
「そうそう! 私はね、『第三寮 睡蓮』っていう女性専用寮なんだ。それでね、荷解きが終わったらこっちにあそ――……」
トウカが頬を染めながらなにかを伝えようとした、その時だった。
「おーい、リオ! 帰ろうぜー!」
背後から、底抜けに明るい声が飛んできた。アキラだった。
アキラはリオとトウカをみて、面白いことを見つけたような顔をした。
「お? リオの知り合いか? こいつが噂の?」
「ああ、紹介するよ。こっちは幼馴染の東山トウカ。こっちが――」
「藤原アキラだ! よろしくな、東山さん!」
アキラは歯を見せて笑い、迷いなくトウカに手を振って挨拶する。元気で裏表のない笑顔だ。
彼女の笑顔を、トウカは一瞬、探るような目で見つめ返す。わずかな間の後、彼女はどこか硬い笑顔で挨拶に応じた。
「……東山透香です。よろしく、藤原さん。えっと……リオとは、クラスが一緒なの?」
「アキラで良いぜ、よろしくな! リオとはクラスも寮も一緒だから遊びに来たら顔出してくれよ!」
「……ぇ?」
アキラの屈託のない言葉にトウカの笑顔がピシリと固まったのを、リオは見逃さなかった。彼女の目が、ほんのわずかに細められる。その目にはわずかな焦りと、疑いが宿っていた。
「寮も……一緒? どこの寮?」
「ん? ああ、一番ボロいとこ! なんつったっけな……たしか『第六十六寮 煉獄』だっけか。まあ、行けばわかるって! ボロボロだからよ!」
アキラは寮の悪評など全く気にしていない様子で、あっけらかんと答える。その態度とは対照的に、トウカは何か言いたげな表情でリオとアキラを交互に見ており、リオと話していた時の笑顔が嘘のように、彼女の纏う空気から明るさが消えていた。
「へえ……そうなんだ。リオ、寮って隅っこにある古いビルみたいな寮のこと?」
「ああ、そこで間違いないぞ、多分」
「ふーん……」
トウカは顎に手を当て、何か考え込んでいる。その視線は明らかにアキラに向けられていたが、当のアキラは全く気づいていない。早く寮に帰りたそうにそわそわしているだけだ。
「じゃ、そういうわけだから! また明日な、東山さん! 帰ろうぜ、リオ!」
アキラはそう言って、リオの背中を軽く叩く。
トウカは、去っていくアキラの背中を、どこか値踏みするような、それでいて少し不安そうな、複雑な眼差しで見送っていた。
「じゃあな、トウカ。また明日」
リオが声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げ、いつもの笑顔を作って手を振る。
「……うん。またね、リオ」
新しい環境で知り合いが増えるのは良いことだ。リオは現状の異様さに気が付きはしたものの、さして気にも留めずにアキラと共に寮の方向へ足を向けた。
――そういえば、ダンジョン探索で一緒にチームを組まないか、って伝えそびれていたな。
歩き出してからダンジョン探索に誘いそびれたことを思い出し、リオはトウカのほうへ振り返る。
彼女はすでにリオたちを見ていなかった。俯き、顎に手を当てて深く考え込んでいる。その横顔は、先ほどまでの少女らしい表情とはかけ離れた真剣なものだった。
考え事の邪魔をしてはいけないだろう。リオはそう判断し、声をかけるのをやめる。
彼女の思考がリオとアキラの二人へ向けられていることに、彼は気が付かなかった。