寮へ戻ると、建物の前に寮母が立っていた。
「おかえりなさい、二人とも」
「春風さんちーっす! 寮の前で突っ立ってどうしたんすか?」
「二人を待ってたのよ。実はね、それぞれの寮では毎年新入生の歓迎会をやるのが伝統になっているの」
「歓迎会?」
「ええ。この寮に新しく住む人を先輩たちが祝うの。顔合わせも兼ねているわ。ただ、この寮は成績優良者が入れる寮と違って設備やサービスがまったくないから、みんなすぐ出ていっちゃうんだけどね……。とりあえず入って」
春風さんに案内されて中へ入る。一階にある『食堂』と札のかかった部屋に入ると、三人の男女がすでに座っていた。
「おう、来たか?」
「……」
「いらっしゃーい。ようこそロクロク寮へー」
それぞれが思い思いに挨拶をしてくる。
リオたちがその様子に少し驚いて固まっていると、背が高く、着崩した制服の上からでも分かるほどに筋肉のついた赤髪の先輩が、こちらに近寄ってきた。
「おう、返事はどうした?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「おう。俺は鬼塚 弾(おにづか だん)だ。ダンでいい。で、こっちが俺と同級生の一影 静(いちかげ しずか)。シズカでいいぜ」
「……(ペコリ)」
こくりと頭を下げてきたのは、ダンの後ろに隠れるようにしていた小柄な少女だ。リオたちもつられて挨拶を返す。
少女の首を覆うように巻かれたチョーカーが印象的で、緩いウェーブのかかった髪とアメジストのような大きな瞳は、まるで精巧な人形を思わせる。
何よりも特徴的なのが服装だ。
普通の制服ではなく、ゴスロリ衣装のような服を着ている。
そんな彼女は話ができないのか、持っていた電子スケッチブックに『よろしくね』と書いて見せてくれた。
「おう、顔合わせは済んだな。じゃあ中に入れや。一杯やろうぜ」
ダンがそう言ってリオたちの背中を押そうとした時、テーブル席から声が飛んだ。
そこには研究者のような服を着た少女が一人、座っている。
「あー、ちょっとちょっと! ダン君ってばー。僕もちゃんと紹介してよね。僕は機織 ねおん (はたおり ねおん)。気軽にねおんって呼んでね、よろしくー」
「おう、ねおん。来てたのか。悪かったな」
「いいよいいよー。気にしないで。それより今度、僕の実験に付き合ってね!」
「げっ……」
ねおんと呼ばれた先輩の「実験」という言葉に、ダンの顔が露骨に引きつる。
どうやら、あまり良い思い出がないらしい。
ねおんはダンの反応を気にも留めず、改めてリオたちに向き直った。
「改めて、ようこそロクロク寮へ! みんな、どうせすぐに出て行っちゃうと思うけど、いる間だけでも仲良くしてね!」
「ロクロク寮、ですか?」
「うん。だってここ、第六十六寮でしょ? で、ここに来るのはみんな『ロク』でもない奴らばっかりだから、それと掛けて『ロクロク寮』! いいでしょ?」
ロクロク寮という響きに、リオは不思議な親しみを覚えた。
不吉な『第六十六寮 煉獄』という名称より、よほど人間味がある。悪くない。
「いい呼び名ですね。俺は桜蘭リオで、こっちが――」
「藤原アキラだ! 先輩方、よろしくお願いしゃっす!」
アキラは満面の笑みで、改めて先輩たちに向かって元気よく挨拶をした。その快活な声に、食堂にいた三人の先輩たちもそれぞれ反応を返す。
「おう、 元気がいいな。お前、気合入ってるじゃねえか」
「うっす! ダン先輩もよろしくっす!」
「……(コクリ)」
ダンが歯を見せて笑い、シズカは無言のまま小さく頷くと、じっとアメジストの瞳でアキラを見つめた。
ねおんはアキラ達の様子を興味深そうに眺め、ひらひらと手を振り挨拶をする。
「よろしくねー、アキラちゃん! その元気いいねー。僕の実験にも積極的に協力してくれそう!」
「ねおん。新入りを実験台に使うのは止めろ。アイ先輩だって、この間の実験で悶絶してただろうが」
「あれはアイちゃんの希望どおりで成功だよー。ネット越しなら会話もできるし問題ないって」
ねおんが実験をしたいといい、ダンがすかさずそれをたしなめる。
そのやり取りを見たリオは不穏な単語の連発に一瞬で警戒心を抱く。
詳細は不明だが、関わらない方が賢明だろう。そう考えたリオは、ねおんから距離を取るように、そっと後ずさった。
そうして、一通り挨拶がおわった彼らに対し、寮母の春風は笑顔で語りかける。
「さて、と。改めて二人ともようこそ。本当はもう一人、アイちゃんって子がいるんだけど、今はちょっと会えないから、今度紹介するわ。
それじゃあ、ささやかながら入寮祝いを始めましょうか。遠慮しないで食べてね。といってもコンビニで買ってきたものなんだけど」
春風がにこやかにテーブルの上のジュースやお菓子を指し示すとほぼ同時に、彼女の胸ポケットに入っていた携帯電話の着信音が、部屋に響き渡る。
「あらあら、ごめんなさいね。ちょっと失礼するわ……はい、春風です。……ええ、そうですか。はい、寮のほうは問題ありませんけど……。あら、まあ、そうなんですか。随分と急ですねえ。……はい、はい、分かりました。ちょうど今、新入生の歓迎会の最中なので、ええ、今から来られるなら是非……」
春風さんは少し驚いた様子だったが、電話の相手と穏やかに話を終えた。そして、こちらに向き直り優しく微笑む。
「みんな、ちょっといいかしら? 驚かないで聞いてね。……突然ですが、新寮生がもう一人増えることになったわ。なんでも、もうこちらに向かっているそうよ」
「えっ!?」
「まじっ!?」
リオとアキラの声が重なる。先輩たちも互いに顔を見合わせ、驚いた様子だ。
「へえ、面白れぇな。この時期に、しかも今日いきなり転寮希望とはな」
「ロクロク寮も人気出てきたのかなー? 被検体……じゃなくて、新しい仲間は多い方がいいから助かるー!」
ダン先輩が腕を組んで唸る傍ら、ねおん先輩は手を叩いて楽しそうだ。シズカ先輩は、相変わらず表情を変えずに寮母の方をみているが、心なしか瞳に興味の色が浮かんでいるように見える。
評判の悪い寮に、しかも入学式当日に希望して来るなんて、どんな物好きなのだろうか。リオがそんなことを考えていると、タイミングを見計らったかのように、玄関の方から呼び出しチャイムの音が聞こえてきた。
「あら、噂をすれば。もう来たみたいね。少し見てくるわ」
春風さんが席を立つと、食堂にいる全員の視線が、自然と部屋の入り口へ向けられる。やがて玄関のドアが開く音がして、春風さんに続いて一人の女子生徒が息を切らしながら食堂に入ってきた。
肩で息をして、額には玉の汗が滲んでいる。
その顔には見覚えがあり、リオは思わず目を見開いた。
「はぁ、はぁ……。は、初めまして! 新しく入寮させていただくことになりました、東山 透香です! その……荷物が届くのは明日以降になると思うんですけど……! よろしくお願いします!」
息を切らしながらも、トウカはその場にいる全員に向けて深々と頭を下げた。
教室で別れた時とは比べ物にならないほどに必死だ。そのただならぬ様子に、先輩たちは目を丸くしている。隣のアキラも、呆気に取られたように呟いた。
「お、おいおい、マジかよ。東山さんじゃねえか」
「おいトウカ、いきなりどうしたんだ、ここに……?」
リオとアキラ、二人の反応を見て先輩たちの興味はさらに掻き立てられたようだ。
「え? なになに!? 二人の知り合い? すごーい! どういうことー?」
「まあ、誰が後輩になろうと俺には関係ねえが……。なんでまた、こんなにわざわざウチに来たんだ?」
「……?」
ねおんが目を輝かせて詰め寄り、ダンが状況を把握しようと問いかける。
シズカも不思議そうに首を傾げていた。
リオも先輩たちと同様の疑問を抱いていた。つい先ほど、彼女は女性専用の綺麗な寮に入ると言っていたはずだ。なぜここにいるのだろうか?
その疑問に、トウカは少し顔を赤らめながらも、まっすぐにリオたちの方を見て、はっきりとした口調で答えた。
「だ、だってリオと……、あ、えっと、知ってる人たちと一緒の寮が良かったから……! さっき二人からここの寮の話を聞いて、すぐに第三寮の入寮手続きを取り消して、こっちに転寮の申請をしてきたんです! 間に合ってよかった……!」
彼女の発言で、食堂に一瞬の沈黙が落ちる。
隣では、アキラがポカンと口を開けたまま、爆弾発言をしたトウカと、その理由であるはずのリオを、信じられないものを見るように交互に見つめていた。
やがて、沈黙を破ったのはダンの豪快な笑い声だった。
「あのエリートが集まる第三寮を蹴って、わざわざウチに来たってか? そりゃまた豪快だな!」
「うわー! ドラマみたい! 若いっていいねー! 熱烈ー!」
「……」
ダンが腹を抱えて笑い、ねおんが手を叩いてはしゃぐ中、シズカはスケッチブックに『すごい行動力……』と書き込んでいた。その口元が、僅かに緩んでいるように見えたのは気のせいではないだろう。
「しかし、まさか、俺たちと一緒にいるためだけに、寮まで変えてくるなんてな」
「リオ……」
リオはその突拍子もない行動力に呆れつつも、どこか納得していた。
リオは、期待に潤むトウカの瞳を見つめると、トウカが期待のこもった目で見つめ返しているのがわかる。
(そういえばトウカは、昔から時々、よく分からないタイミングでとんでもない行動力を発揮する奴だったな。トウカ、お前の知りたいことは分かっている。ちゃんと答えよう)
「そうか。驚いたけどよろしくな。俺もトウカに話があったんだ」
「リオ……」
「トウカ……」
言いそびれていた事を伝えよう、そう考えリオはトウカの目をまっすぐ見つめた。
周囲も静かにその様子を見守っている。
「トウカもダンジョン探索のチームに誘う予定だったんだ。寮が一緒なら話が早くて助かる。明日のオリエンテーションが終わったら、俺とアキラのチームに加わって三人で一緒にどうだ?」
「…………うん! よろしくね、リオ!」
その返事に満足し、リオは「これでよし」と頷く。
だがリオの思いとは裏腹に、なぜか再び食堂は静まり返っていた。
先ほどの驚きの沈黙とは違うのは、氷のように冷たい複数の視線が矢のようにリオ一人に突き刺さっている事だろうか。
「うわ……」
やがてアキラが引いたような声を漏らす。
「マジかコイツ……」
それに続くように、ダンが心底呆れたように呟いた。
「ボクネンジンのロクデナシだなんて凄いや! あー、でもロクロク寮にはピッタリの人材かも?」
ねおんは面白そうに、しかしどこか憐れむような苦笑いを浮かべている。
『……(じーっ)』
シズカは、ただ無言でリオにジト目を向けていた。
先輩たちだけでなく先ほどまで穏やかだった春風さんまでもが、どこかあきれたような生暖かい視線を向けてくる。
この状況にリオは困惑した。何か決定的にまずいことを口走ってしまったらしい。
(……なにか、なにかやらかしたか? 俺はただ、一緒の寮なら探索チームに誘う事が合理的だと思っただけなんだが……?)
「はぁ……しょうがねえな。あたしが何とかしてやるよ」
冷や汗をかいて狼狽えているリオの様子を見かねてか、アキラは小さくため息をつくと、彼にだけ聞こえるようにそう呟き、硬直しているトウカの傍へ寄った。
「そっかー、マジであたしたちと一緒が良かったのかー。東山さん……、いやトウカはいい子だなー、よしよし」
「……ちょっ! 藤原さん、頭撫でるの、やめっ!」
「あたしの事はアキラでいいって。なんならここの先輩方も名前で呼んで欲しいってよ。トウカだけ苗字呼びはちょーっと浮いちゃうんじゃねえか?」
アキラは馴れ馴れしくトウカの肩を抱くと、何事か耳元で囁き始めた。その言葉はリオには届かなかったが、トウカの顔が青くなったり赤くなったりと忙しなく変わっていく。
「え? そ、それは……うう……」
「心配すんなよ、――だろ? ――からさ、な?」
「え? いや、その……。はい……」
やがて、何かを諦めたように、しかしどこか安堵したように、トウカは最後にこくりと小さく頷いた。
その様子を眺めていたダンが、パンッと手を叩いて場を仕切り直す。
「まあ、理由はどうあれ、新しい仲間が増えるのはいいことだ! なあ、お前ら!」
その声にハッとしたように春風さんがトウカに向き直り、優しく声をかけた。
「そうね。トウカちゃんも、ようこそ第六十六寮へ。大変だったでしょう、これが終わったらゆっくり休んでね。お部屋は203号室を用意できるけど……」
「あたしの隣の部屋か。じゃあトウカはあたしから色々説明しとくんで、任せてください、春風さん!」
「あらそう? じゃあアキラちゃんにお願いしようかしら。助かるわ」
春風をフォローするように、アキラがすかさず手を挙げ、トウカの部屋案内を買って出た。
春風さんだけでなくシズカやねおんも、どこか面白がるような表情を浮かべながら笑顔でトウカを迎え入れた。
「よし、それじゃあ新しい仲間が三人になったところで改めて、入寮祝いと行こうじゃねえか!」
ダンの威勢のいい声が、再び食堂に響き渡る。
その声に促され、お菓子やジュースに手が伸び、ようやく歓迎会らしい賑わいが戻ってきた。
こうして、リオとアキラ、そして予想外の転寮者であるトウカを加えた三人の新入生と、一癖も二癖もある先輩たち、そして全てを温かく見守る寮母との、波乱に満ちた寮生活が、その幕を開けた。