翌朝。ベッドから這い出たリオは、眼をこすりながら共同の水場へと向かう。
早朝の水場はひんやりとした空気が漂っており、すでに先客がいた。トウカとアキラだ。
「おはよう、二人とも。早いな」
リオが声をかけると、歯磨きをしていた二人が振り返る。
仲良く色違いのお揃いのパジャマ姿だ。
トウカが着ている少し大きめのそれは、アキラの予備なのだろう。
女子同士、昨晩のうちにすっかり打ち解けたらしい。それは、どこか微笑ましい光景にも見えた。
「おはよう、リオ。アキラったら、まだ眠たいみたいで」
「ん、おはよー、リオ……ふぁ〜あ……」
ぱっと顔を上げてにこやかに応えるトウカの隣で、アキラはほとんど目を閉じたまま歯ブラシを動かし、大きなあくびと共に舌足らずな挨拶を返す。
リオもまた蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗いながら尋ねる。
「そういえばトウカのクラスも、今日は能力相談の日なのか?」
「うん。私も、リオやアキラと一緒に潜りたいから……二人をちゃんとサポートできるような、魔法系の第二世代にしようかなって考えてるんだ」
「そうか……」
トウカの言葉を聞いて、リオは前世の記憶を呼び起こす。
彼がダンジョンコアだった頃、深層にまで到達する探索者たちは、誰もが卓越した個の力を持っていた。支援役が皆無だったわけではないが、その真価は異能そのものよりも、豊富な知識や経験に裏打ちされた状況判断能力にあった。
それを踏まえるなら一つの能力に特化するのもいいが、あらゆる状況に対応できる汎用的な能力を目指す方が理に適っている。
それを伝えようとリオが口を開こうとした、その時。
「……魔法系って、不意打ちに弱いって聞いたことあるぞ」
顔を洗い終えたアキラが、タオルでごしごしと顔を拭きながら口を挟んだ。
眠気はすっかり吹き飛んだらしい。
「ダンジョンってのは、潜れば潜るほど厄介なモンスターや嫌な罠が増えるんだろ? アタシたちを助けてくれるのは嬉しいけどさ、支援に特化しすぎて自分の身も守れないと、逆に足手まといになっちまうぜ?」
「アキラの言う通りかも……。うーん、もう一度考えてみるね」
アキラの忠告に、素直に頷くトウカ。
彼女なら先生と相談して、立派な職業を選ぶだろう。
そう考えたリオはアドバイスの代わりに気になっていた事を口にした。
「ちなみにトウカの成長値はどのくらいなんだ?」
「あ、あのね、それが実は……うまく測定できなくて……測定不能だったの」
(ということはもしかして、俺と同じマイナスの値なのか? ここに来て仲間に出会えるなんてな)
「なんでも、成長値が1000を超えると、今の測定器じゃ正確な数値が出なくなるみたいで……」
「ああ、そっちか……」
どうやらリオの予想とは真逆だったらしい。プラス方向での規格外。
この理不尽な才能の格差社会に、リオは心の中でため息をつく。
(俺だけ落ちこぼれ……。いや、ここはポジティブにとらえよう。これも前世じゃ味わえない刺激的な経験だ。これはこれで悪くない。そう、悪く……ない……。はぁ……)
一方で、一人で静かに感慨にふけるリオの隣では、アキラが目を丸くしていた。
「おいおい、数値1000超えって……凄腕の探索者並みじゃねえか! どうやってそこまで上げたんだよ?」
「うーん……それが、まったく心当たりがないんだよね」
落ち込むリオとは対照的に、不思議そうに小首をかしげるトウカ。
悔しそうに沈むリオ。
圧倒的な才能を前に打ちのめされ、リオにとっては世知辛い朝のひとときとなったようだ。
結局、トウカは今日の個別面談で適性をよく相談して決めることになった。
水場での雑談を終え、それぞれ自室で制服に着替えた三人は、連れ立って校舎へと向かう。トウカの教室は廊下の一番奥に、リオとアキラの教室は階段を上がってすぐの場所にある。
「じゃあ、また後でな」
アキラがひらひらと手を振る。
「うん、アキラも、また後でね。……リオも、また」
「ああ」
リオとアキラが教室へ向かうその後ろ姿を、トウカはどこか不安そうな、寂しげな目で見送っていた。
「はーい、みんな席についてー! 今日は待ちに待った、大事な能力相談の時間だよー! 順番に名前を呼んでいくから、呼ばれた人は指定された空き教室に来てねー!」
授業が始まり、ティーちゃん先生の明るい声が教室に響く。
一方、生徒たちの顔には期待と不安が入り混じった緊張の色が浮かんでいた。
未来を決める第一歩だ。誰もが自分の希望する能力について意見をもらうべく、自分の番を待っている。
面談はスムーズに進み、回復系、防御特化、派手な魔法使い……それぞれの希望に対し、 ティーちゃん先生が的確なアドバイスを与えていく。
そうしてリオの番がやってきた。
「失礼します」
「やっほー、リオ君! 昨日ぶりだね! さ、座って座ってー」
指定された空き教室のドアを軽くノックし、落ち着いた動作で中へと入る。
快活な笑顔で迎えられ、促されるままリオは椅子に腰を下ろす。
「それで、希望の能力はもう決まってるかな?」
「はい。身体強化系の能力で、第一世代か第二世代を考えています」
「なるほど、身体強化かー! 地味だけど生存率が高い、良い能力だよね! シンプル・イズ・ベストって感じで、先生も好きだよ!」
ティーちゃん先生はにこやかに頷くと、「……あ、その前に、ちょっといいかな?」と空中に半透明のウィンドウを呼び出した。
「昨日の測定結果のことなんだけどね。成長値だけど、あんまり気にしなくていいからね!」
先生はリオのフォローのため、測定器の仕組みを説明し始めた。
ごく微量の魔素を当て、その反射率で成長値を測る仕組みらしい。
測定時に異界産の魔道具など、近くに強い魔素を発するものがあると、数値が狂うそうだ。
そして成長値そのものもスタートダッシュが有利なだけで、ダンジョンに潜れば伸びていくという。
「これから異界に潜って魔素を浴びていけば、定期検査の時に更新されてプラスになると思うから、きっと多分大丈夫だから!」
安心させようと必死にフォローしてくれる先生に、リオは内心で感謝しつつ、静かに首を振った。
「考えてもしょうがないですし、俺は気にしてないんで大丈夫です」
「そ、そう? それならいいんだけど……。よし、じゃあ能力の説明に戻るね! リオ君の希望する身体強化系なら習得難易度は低いし、すぐにモノにできると思うよ!」
ティーちゃん先生は気を取り直したように、ウィンドウに身体強化系の能力リストを表示させる。
「まずなにより、地に足のついた能力を選択したことが偉いよ! 中にはね、自分のキャパシティを考えずに、コストが重すぎるレア能力ばかり欲しがる子もいるんだ」
先生は、いきなり高度な能力は宝の持ち腐れになっちゃうから注意だね、と苦笑いを浮かべながらそう言った。
「テレポートとか時間操作とか、派手な能力に憧れる気持ちは分かるんだけどね。ああいうのを現実に使いこなすには、それこそ異界の深層まで潜り続けて、血反吐を吐くほど魔素を吸収しないと無理だから。君の判断はとってもクレバーだと思うよ」
先生はそう言うと、リストの項目を指し示していく。
過去に実際に生徒が取得した異能や職業、その一覧のようだ。
「第一世代の能力は、育てばなんでも応用できる可能性があるけど、育つのに時間がかかるの。だから最初は筋力だけ、瞬発力だけみたいに、一点集中で鍛えるのが効率的! 第二世代だと『グラップラー』みたいに、特定の戦闘スタイルに特化したものを習得する方法もあるよ」
提示されたのは、肉体を巨大化させる『肉体変化』など、どれも堅実で強力な能力ばかりだ。しかし、リオはそれらすべてに丁重に首を横に振った。
「ありがとうございます。俺のイメージにあるのは全身強化に近いものですが、少し思い描いてる方向が違うので、これをベースにカスタマイズしようと思います。」
「もうそこまで決めてたんだ? ……うん、そっか!」
先生は少し意外そうな顔をしたが、すぐに楽しそうに頷いた。
「リオ君には何か、具体的なビジョンがあるんだね? 素晴らしいよ! 自分でよく考えて選ぶのが一番だからね!」
『肉体強化』系の能力なら、万が一失敗してもリカバリーは簡単だろう。
そう判断したティーちゃん先生は、軽く手を叩く動作をして、表示されていたウィンドウを消した。
「能力の方向性が決まってるなら今日はもう十分だね。他に何か質問はある?」
「あ、一つだけ。『実績値』って何ですか?」
「ん? 寮の先輩から聞いたかな? 普通は異界に潜り始めるまで非表示のはずなんだけど……」
先生は不思議そうに首を傾げたが、すぐに説明を続ける。
「まあいいや。実績値っていうのは、その人が異界にどれだけ潜っていたか、それを示す数値のことだよ。これで学食や売店、他にも都市内なら大体どこでも買い物ができるよ。この制服を着て異界に潜らないとカウントされないから注意してね」
「給料の代わりみたいなものって事ですか」
「そうだよ。直接現金に交換もできるけど、レートは悪いから都市内で使うのがオススメだね」
今朝登校前に確認した時点で、実績値の数値は増加し続けて三桁を超えていた。
それを伝えるべきか否か、リオは考える。
(故障してるなら交換してもらおうかな……。いや、だけど勝手にお金が溜まるようなもんだしな……)
学食で実績値を使えるのはいろいろと美味しい。快適な学食ライフのために黙っておこう、そう考え、これ以上は聞かないことに決めたリオ。
「ありがとうございました」
「うん、いいよいいよー。じゃあ次の人呼んできてね」
教室に戻った後は手持ち無沙汰になったリオ。やることもなく窓の外を眺めていると、不意に声をかけられた。
「リオ、面談どうだったよ?」
興味津々といった顔で、アキラが隣の席に腰を下ろす。
「予定通り身体強化で話を進めた。アキラはどうするんだ?」
「あたしは回復役として動ける職業がないか相談するつもりだ。でも、ただの回復役じゃ深く潜るのは厳しいって話も聞くからさ、その辺も詳しく聞いてみようと思ってな」
「それなら期待できるぞ。ティーちゃん先生はかなり詳しく具体例をたくさん出してくれるから参考になる」
「お、そりゃ助かるぜ! ……あたしの番が来たみたいだな。じゃ、ちょっと行ってくるわ!」
アキラは威勢よくそう言うと面談室へと向かっていく。
しばらくして戻ってきた彼女は、実に満足そうな表情を浮かべていた。
「おかえり。どうだった?」
「おう、ばっちりだ! オリジナルの職業だからまだ秘密だけどよ、能力をモノにしたら見せてやるよ」
アキラは悪戯っぽく笑いながらそういった。どうやら彼女も自分だけの能力を見出したようだ。