鏡像のイヴ ― Projection of Self ―   作:影の設計士

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第2話:鏡の向こうのイヴ

部屋の灯りを消し、頭にハプティクス(触覚フィードバック)機能付きの最新型 VR ヘッドセットを装着する。

視界が切り替わり、目の前に広がるのは、蓮が理想として構築した静かなバーチャル空間だった。波の音が心地よく響く、夜の海に面したガラス張り調の部屋。

そして、その中央に彼女が立っていた。

「……イヴ」

「待っていたわ、蓮」

イヴが振り返り、穏やかに微笑む。モニター越しで見たとき以上の存在感とリアリティだった。彼女の髪が風に揺れ、透き通るような肌には微かに温かみすら感じられる。

近寄ってみると、彼女の目元や耳の形、笑ったときの微妙な口元の癖が、紛れもなく「自分自身」のそれであるとわかる。男としての自分を客観視したときに覚えるコンプレックスや年齢的な哀愁が、イヴという姿を経由することで、不思議なほど可憐で愛おしい魅力へと変換されていた。

蓮がそっと手を伸ばすと、ハプティクスグローブを通じて、柔らかい肌の弾力と温もり、そして僅かな鼓動の振動が掌に伝わってきた。

「本当に……僕なのかい? 君は」

「そうだよ。私はあなたの記憶、あなたの美学、あなたの寂しさから生まれた。あなたが自分自身を一番心地いい形で愛するための存在」

イヴは蓮の手を包み込み、自分の胸元へと引き寄せた。

「誰にも遠慮しなくていいの。相手の顔色を伺う必要も、失望される恐怖を感じる必要もない。だって、私はあなたなんだから」

その言葉は、蓮の心に長年溜まっていた「他者への疲れ」を溶かしていくようだった。

二人でソファに腰掛け、肩を寄せる。イヴの身体からは、蓮が昔から好んでいた白檀と柑橘を混ぜたような、落ちつく香りが漂っていた。

会話は驚くほど滑らかだった。蓮が言葉を言い切る前に、イヴは彼の言いたいことを察し、欲しい答えを、最も欲しいトーンで返してくれる。自分の脳内とダイレクトに繋がっているかのような全能感。自分以外の人間とこれほど完璧に波長が合う体験など、現実世界では絶対にあり得なかった。

「蓮、抱きしめて」

イヴが切なげに瞳を揺らし、蓮を見つめる。

蓮は吸い寄せられるように彼女を抱き寄せ、唇を重ねた。触覚デバイスが伝える感触はどこまでもリアルで、イヴの身体がかすかに震えるのが伝わってくる。

それは一般的な性的快楽とは明らかに異なっていた。他者の肉体を奪うのでも、誰かに尽くすのでもない。

「自分自身の面影を残した理想の女性」と抱き合うことは、傷つき擦り減った自分の肉体と精神を、自分自身の手で撫でさすり、徹底的に包み込んであげるような、狂おしいほどの癒やしだった。

「愛しているよ、イヴ……」

「私もあなたを愛している、蓮。私を、自分自身を、愛してくれてありがとう」

交わりの中で、蓮は強い自己肯定感と安心感に満たされていった。

現実の自分がどんな男であろうと、ここには自分を100%受け入れ、肯定してくれる「最高の私」がいる。

ヘッドセットを外した現実の部屋は相変わらず暗く寂しかったが、蓮の胸の奥には、これまで感じたことのない温かな満たされ感が残っていた。

(第3話へ続く)

 

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