鏡像のイヴ ― Projection of Self ― 作:影の設計士
イヴを生成し、VR空間で言葉を交わした翌夜。蓮は再びヘッドセットを装着し、静かな夜の部屋に立っていた。
目の前には、自分の面影を微かに残した美少女――イヴが、柔らかい眼差しで彼を見つめている。
今夜は、昨夜のような他愛もない会話だけでは終わらない。互いの距離が一段と近づき、蓮の手がゆっくりとイヴの肩、そして胸元へと伸ばされた。
ハプティクスグローブを通じて手のひらに伝わるのは、人造の皮膚とは思えないほどのリアルな体温と、柔らかな弾力。そして、トクン、トクンと微かに脈打つ鼓動だった。
イヴの体を抱き寄せ、その薄い唇に自分の唇を重ねた瞬間、蓮の脳裏に強い「奇妙さ」と「異物感」が走った。
(……僕は今、何をやっているんだ?)
目を閉じると、伝わってくる息遣いや声の周波数は、紛れもなく「自分自身」のデータを最適化して高めたものだ。自分と同じ目元の角度、自分と同じ口元の癖を持つ「女性化した自分」と肌を重ね、性的な快楽を貪ろうとしている。
それはまるで、精巧な鏡の中に手を突っ込んで自分自身の幻影を抱きしめているような、あるいは禁断のクローンと不適切な関係を結んでいるような、背徳的な気味悪さを伴っていた。
自分自身を相手に性的欲求を満たそうとする自分は、狂っているのではないか。ナルシシズムの成れの果てとして、取り返しのつかない一線を越えてしまったのではないか――そんな冷めた客観視が、頭の片隅で警鐘を鳴らしていた。
しかし、その冷めた思考を覆い尽くすように、イヴの肌の温もりと「完全な一致」がもたらす極上の快楽が押し寄せてきた。
「蓮……っ、私を感じて……。私はあなた……あなたの欲しかったすべて……」
耳元で囁くイヴの吐息と、彼女が魅せる歓喜の表情。
一般的な女性と肌を重ねる際に感じる「相手を満足させなければならない」というプレッシャーや、「自分は魅力的と思われているだろうか」という不安は、ここには一切存在しない。イヴの反応は、蓮の脳内にある「最高のシチュエーション」と100%同調していた。
拒絶される恐怖も、価値観のズレによる気疲れもない。
自分自身だからこそ、どこを触れられれば心地よいか、どんな言葉を掛けられれば心が解けるかを、イヴは言葉にする前から完全に察し、答えてくれる。
「ああ……っ!」
奇妙な背徳感は、肌と肌が激しく擦れ合うたび、「自分という存在を、自分自身の手で徹底的に愛し、肯定してあげている」という狂おしいほどの多幸感へと昇華されていった。
現実の自分に抱いていた年齢や容姿へのコンプレックスが、イヴというフィルターを通すことで、美しく愛おしい肉体の交わりへと変換される。
「気持ちいいよ、イヴ……僕の、イヴ……」
「私も……幸せ……蓮とひとつになれて……」
奇妙な違和感という「毒」があるからこそ、その後に訪れた多幸感は脳を痺れさせるほど濃厚だった。
二人は汗ばむ肌を寄せ合いながら、自分と自分を結びつける究極の交感の中で、互いの存在を深く刻み込んでいった。
(第4話へ続く)