ここには初投稿の作品ですので、生温かい目で見守ってください。
主役は女子高生ガールズバンド。けいおんみたいにお茶してばかりではなく、ぼっち・ざ・ろっくのように学外で活動したりはしません。
バンドをちゃんと楽しくやりたい、女子高生と新しい音楽との向き合い方を始めた元プロとの物語です。
ステージの向こうから、野太い声で歓声が上がっている。照明が落ちると客席から一段と大きな声が飛んでくる。
やがてステージ中央に、今日のイベントの目玉らしいボーカルが姿を現した。人気の声優さんらしい。
俺はドラムセットに座ったまま、その様子を横目で確認する。
客席から見れば、俺たちバックバンドもステージの一部だ。だが、俺の目線の先にあるのは観客ではない。
タブレットに表示された譜面。そして、イヤーモニターから流れてくるクリック。
イントロ、八小節。その後、歌が入る。Aメロは八小節二回。サビ前にフィル。サビ頭でクラッシュ。頭の中で、譜面に描かれてあることを目で追って確認する。
別に難しい曲じゃない。ドラムだけを考えれば簡単な部類だ。ただ、間違えるわけにはいかない。
『クリックがエイトカウント入ったら、始めてください』
イヤーモニターに、ディレクターの声が入る。俺はスティックを軽く握り直した。
そして、曲が始まった。
決められた場所でフィルを入れ、決められた場所でクラッシュを叩く。
一曲終われば、次の曲。次の声優が出てきて、また歌う。そのたびに、タブレットの譜面をめくる。俺は今日ここに来るまで、どの曲も一度も聴いたことがなかったし、別に聴きたいとも思わなかった。
そんな曲を叩く。それが仕事だからだ。
曲が終わる。客席から歓声と拍手。俺の耳にも拍手は届くが、俺はそれを特別意識することなく、次の譜面を確認した。
そして、また次の曲が始まる。そんなことを十二曲繰り返して、ステージが終わった。
立ち上がり、バンドメンバーと共に、ステージを降りる。
「お疲れさまでした」
スタッフに声をかけられ、軽く頭を下げる。
「お疲れさまです」
今日の仕事は終わり、ケースにスティックをしまう。さて、撤収も一仕事だ。
ギャラは悪くない。普通のアルバイトなんかと比べるまでもなくずっといい。問題は次の仕事が決まっていないことだった。
今回の仕事だって、実に三か月ぶりだった。
三か月。
昔の俺なら、一週間も仕事が空けば、それだけで不安になっていたと思う。今は、もう慣れてしまった。というより、諦めに近い。
俺は四年前まで、バンドをやっていた。Velveteen Blue。
八年近く続けたバンドは、それなりに評価もされた。
オシャレでセンスのいい曲。少しメッセージ性の強い歌詞。ボーカルの伸びやかなハイトーン。今どきのデジタルサウンドを前面に出すタイプじゃなかったが、そこが逆に俺たちの個性だった。
CDも出した。ツアーもやった。フェスにも出た。アリーナクラスの大きなステージに立ったこともある。だから、まったく売れなかったというわけでもない。ただ、最後までトップには届かなかった。
俺たちが活動していた頃は、CDから配信へと音楽の売り方が変わっていく時期だった。
CDの売り上げは思うように伸びない。配信にも曲を載せた。動画サイトにチャンネルを作って、ミュージックビデオも公開した。それでも、何かひとつ、俺たちには足りなかったのだと思う。
そして、俺が二十九歳のとき作曲を担当していたキーボードの佐藤が抜けることになって、バンドは解散した。
それから四年間、俺はサポートドラマーとして仕事をした。
ツアーのバック。スタジオ。急にドラマーが必要になったときの、いわゆるトラの仕事。それに、バンド時代に作詞もやっていたから、印税も多少は入っていた。
だから、すぐに生活ができなくなったわけじゃない。
でも、三十三歳になった今。ドラムの仕事は、ほとんど来なくなった。今日の仕事だって三か月ぶりだ。俺は、もうプロの世界から足を洗おうと思っている。問題は、その後どうするかだった。
印税だけで暮らせるほどの額じゃない。それに、いつまで入ってくるかもわからない。仕事を探さなきゃと思いながら、俺はしばらく、たいして何もしない日々を送っていた。
★☆★☆★☆
今日も目が覚めた時には、すでに日は高かった。目覚めの一服をつけたときに枕もとのスマホが鳴った。画面を見る。杉山さんだった。
「もしもし」
『江川か? 今、暇か?』
「暇ですよ。暇だから電話に出てるんですけど」
『そうか。じゃあ、仕事しないか?』
「仕事?」
『店、やってくれないか』
「……店?」
杉山さんが言っている意味が、すぐには理解できなかった。俺がよく知っている杉山さんは、音楽業界にいた頃の話だ。
プロモーターやイベントの仕事をしていて、俺たちがバンドをやっていた頃から、何度も仕事を紹介してくれた。
その後、結婚を機に業界を離れ、地元に戻ったと聞いていた。
『喫茶店だよ。メイプル&ローズって言うんだ』
「喫茶店……」
『俺がやってる店。親父が持ってるビルの一階でな』
「それ、俺に何をさせたいんですか?」
『俺と二人で店の切り盛り全般だよ』
「俺にそんなことできるんっすかね?」
『できるかどうかは、これから覚えればいい』
ずいぶん簡単に言ってくれる。けれど、俺には他に当てもなかったし、結局、俺は喫茶メイプル&ローズで働くことになった。
最初の一年は、杉山さんからいろいろ叩き込まれた。コーヒーの淹れ方。料理。食材の仕入れ。在庫管理。経理。
俺が今までやってきた音楽とは、何の関係もないことばかりだった。
最初は戸惑ったけど、一年もやっていればなんとかなる。そして一年が過ぎた頃、杉山さんは店の仕事から少しずつ離れていく。
親父さんから不動産業を引き継ぐことになったらしい。
「俺もそろそろ、こっちを本気でやらないとイカンのよ。だから、江川、店長頼むわ」
そう言って、杉山さんは笑っていた。
そして三十五歳の俺は、喫茶メイプル&ローズの店長だ。音楽をやめた俺が、喫茶店の店長。人生というのは、何が起きるかわからない。
店は、街の中心部から少し外れた場所にある。周りにはオフィスビルから車のディーラーやら飲食店。後は、大学と高校。
店内は木を基調にした落ち着いた雰囲気で、昼時には近所の会社員や学生が来る。夜は八時にはラストオーダーにしてる。
その店の片隅に、小さなステージがある。
ドラムセット。ギターアンプ。ベースアンプ。電子ピアノ。どう考えても普通の喫茶店に置くようなものじゃない。
杉山さんが音楽関係の知り合いから譲ってもらったり、閉店したライブハウスから買い取ったりしたものらしい。
普段は、ほとんど使わない。半分以上インテリアみたいなものだ。
それでも、たまに杉山さんの昔の知り合いが来て、そこで演奏していくことがある。俺もたまに叩く。ドラムがいないから頼むよと言われれば、曲を知らなくても、動画サイトで一回聞けば合わせるくらいはできる。
そのくらいが、今の俺にはちょうどよかった。
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四月。新しい学年が始まった日、軽音部の私たちは、部室と言うかたまり場にしている第二音楽準備室に集まっていた。
音楽準備室と言っても、元はPC室だったらしく、机やら古いパソコンが雑多に置いてある半分倉庫みたいなところ。
「やっぱり、ドラマーがいないのは痛いよね」
私は、ペットボトルの紅茶を飲みながらつぶやく。窓から入ってくる春の風に、私の長い黒髪が少し揺れる。
部室には女子が四人。去年まで、この四人に一人の先輩男子を加えた五人でバンドを組んでいた。バンド名は、カナリア・コースト。
ギターボーカルが長谷部育美ちゃん。リードギターが東田奈央ちゃん。ベースが悠木やよいさん。
キーボードが私、早田沙織。そして去年までのドラムが内田先輩だった。
だが、その内田先輩はこの春に卒業して東京の大学へ進学したのだ。
「でも、新入生にドラムいるかもしれないじゃん」奈央が、いつもの明るい調子で言った。
「いるといいけどね」育美ちゃんが言う。
「去年だって、軽音に入った一年生の中にドラムやる子がいたじゃん」
「今年もきっといるって」奈央は、まったく心配していないようだった。
やよいさんがベースのケースをバタンと閉じる。
「いなかったら?それに新入生が三年とバンド組みたいと思う?」
「そのときは、沙織のシンセで打ち込み」
「えー」私は少し嫌そうな顔をしてみんなを見た。
「いいじゃん。去年もそういう曲もあったし」奈央は相変わらず楽天的だ。
「私は、やっぱりドラムは生でやりたいかな」育美ちゃんが言った。
「私も」やよいさんもすぐに続く。
「やっぱり、生ドラムがいいわよね、ドラマーが見つかるのを祈りましょう」私は、打ち込み回避に念押しする。
「他人事だなあ」奈央が笑う。
去年の文化祭。四人は内田先輩と一緒に体育館のステージに立った。今度の文化祭が高校生活最後の文化祭になる。だからこそ、もう一度やりたかった。
「とりあえず、新入部員が来てから考えようよ」育美ちゃんが言った。
「そうだね」
「お~い、お前ら、もう閉めるぞ帰れ帰れ」
「じゃあ、今日はもう帰ろうか」
部室にやってきた顧問の子安先生に鍵を返して、四人は校舎を後にした。