アンコールを求める声が、視聴覚室に満たされている。
俺はドラムセットに座ったまま、客席を眺めていた。
いや、参ったな。アンコールなんて、まったく考えていなかった。文化祭のステージは、予定していた曲を演奏して終わるつもりだったのだが。
客席からは手拍子とともにアンコールの声が上がり続けている。そんな中、マイクを持った長谷部さんが話し出す。
「みんな、ありがとう! アンコールまでしてもらえるなんて、思ってなかったです!」
そう言って一度、客席に頭を下げる。
「それで、どんな曲をやろうかと思ったんですけど……ね、沙織!」
そこで、長谷部さんは早田さんに視線を向けた。
ん?一体こいつらは何をするつもりだ?
早田さんが自分のマイクで話し出す。
「実は、最後にもう一曲、皆さんに聴いていただきたい曲があります」
彼女は一呼吸置いてから、こちらを見た。
「今回サポートでドラムを叩いてくれた江川さん。その江川さんが以前、プロとして活動していたVelveteen Blueというバンドの曲です」
客席がざわついた。
おいおい、そんな話、俺は聞いてないぞ。
「曲のタイトルは、Winter is coming soon。そして、今日は特別なゲストにも来ていただいています!」
これは、なにが起こっているんだ?
早田さんが客席に向かって手招きをする。
「種村さん!」
え!まさか、あいつも来ていたのか。俺は、スティックを持ったまま固まった。
長谷部さんの声に、客席の後方にいた敦美が「ワタシ?」と自分を指さす。
「はい、ステージまでお願いします」
敦美は観客の間を縫うようにしてステージに向かって歩いてくる。
敦美は少し驚いた顔をしていたが、すぐに事情を察したらしい。ステージの端に出てきた長谷部さんに手を引かれてステージに上がってくる。
その時、悠木さんがドラムセットの俺のそばまでやってきた。
「江川さん」
「……おい、これはいったい何が起こっている?」
「私たち、学校ではずっと練習していたんです。この曲」
「は?なんだと?」
「四人でアレンジも考えて、合わせてきました。だから、どうしてもやりたいんです」
悠木さんは、いつもの冷静な表情だった。
「お願いします」そう言って、まっすぐ俺を見る。
なるほど。そういうことか。
俺が曲を変えてもらった理由も種村との関係も、こいつらは知っている。そのうえで、この曲をやるために練習してきたというわけだ。
俺が何を思うかまで考えているのか、それとも単純にこの曲が好きで、どうしてもやりたかっただけなのか。どちらにしても、ずいぶん大胆なことをしてくれる。
長谷部さんが敦美を連れてセンターに戻り、ステージに上がってきた敦美を紹介した。
「何と今日は、スペシャルゲストが来てくれています! Velveteen Blueのボーカリスト、種村敦美さんです!」
客席から、ひときわ大きな歓声が上がった。敦美は笑顔で、客席に手を振った。
長谷部さんが敦美にマイクを向ける。
「種村さん、この曲Winter is coming soonについて教えてもらえますか?」
「そうね。この曲はCDでは発売されていないけど、動画配信サイトではミュージックビデオで配信されているわ。それで作詞が江川君なのよ」
「そうなんですか!」
「ええ、彼はこんなおじさんだけど、恋する幸せな女の子の気持ちを書かせたらいい詩を書くのよ」
「ますます意外です!びっくり」
長谷部さんは、驚いた顔で俺を見る。客席からも、驚きの声が聞こえてきた。
「それで、種村さん。Winter is coming soonよかったら、一緒に歌ってもらえませんか?」
長谷部さんの問いかけに、敦美は一瞬、俺の方を見た。その目には、何かを確かめるような色があった。
俺は何も言わなかった。いや、なにを言ったらいいのか、全く思いつかない。
敦美は、ふっと笑ってから、長谷部さんを見ていった。
「いいわよ。特別サービスね」
また客席が沸いた。ここまで来たら、もう逃げられない。俺は悠木さんに向き直った。
「仕方ない。やってやるが、お前ら後で言うことがあるからな」
「当然、覚悟の上です」悠木さんは、少しもひるまなかった。
そして、みんなの方を振り返る。
「江川さん、OK出ました!」
四人の顔が、一斉に明るくなった。
まったく、とんでもない連中だ。
俺は苦笑しながら、ドラムの椅子に座り直した。
「じゃあ、アンコールを聴いてください!」長谷部さんがマイクをスタンドに戻す。
「恋する女の子が、素敵な冬を迎える曲。Winter is coming soon!」
客席から拍手が起こる。
俺はスティックを構え、四人の様子を確認した。
東田さんがギターの位置を確かめ、早田さんが鍵盤に手を置く。長谷部さんはギターを構えながら、敦美に目を向けた。悠木さんはベースを抱え、こちらをじっと見ている。みんな、準備はできているらしい。
この曲は叩くのは五年ぶりくらいか?しかし、一度体に入れた曲は、すっと頭に浮かんできた。
俺は、ゆったりとしたハーフタイムシャッフルを刻み始めた。
♪ドン、ドタッドン、ドンタッ♪ ♪ドン、ドタッドン、ドンタッ♪
落ち着いたリズムが、ステージを包む。
早田さんのピアノが、グリッサンドで滑らかに駆け降りてから、上のキーボードで軽やかで楽しげなメロディを奏で始める。
そうそう、このイントロだ。レコーディングからMVの撮影終了まで何度も演奏したフレーズだ。
ただ、目の前で鳴っている音は、記憶の中にあるものとは少し違っていた。
長谷部さんがマイクから離れ、種村に歌い出しの合図を送る。
種村は小さく頷き、息を吸った。その声が、ステージに広がる。
Aメロは、落ち着いたメロディが中心になる。
バックで鳴っているギターは二本。それぞれが違う役割を担っていた。
長谷部さんのコードを刻むギターがリズムを作り、東田さんのギターが単音のフレーズをパーカッシブに弾いている。二つの音が重なって、シャッフルのリズムに軽やかな跳ねを加えていた。
以前、プラスティック・ラブを演奏したときにも感じたが、こいつらはギター二本の使い方をよく考えている。
Bメロに入ると、キーボードの音色が変わった。ストリングスの音が加わり、曲に広がりが生まれる。
ただ原曲をなぞっているわけじゃない。曲のどこを生かして、どこを変えるのか。それを自分たちで考え、音にしている。
そしてサビ。敦美の伸びやかな高音が、会場に響き渡った。その歌声に寄り添うように、コーラスが加わる。原曲にはなかったアレンジだ。
声の重ね方も、入るタイミングも、しっかりまとまっている。しかも、コーラスが敦美の歌を邪魔していない。むしろ、その声を引き立てていた。
こいつら、しっかり考えて練習してるじゃないか。俺は思わず、口元を緩めた。
間奏に入ると、まず早田さんのピアノが前に出た。流れるようなフレーズを弾き終えると、東田さんのギターが続く。二人とも、まったく不安を感じさせない演奏だった。それに、とても楽しそうな顔をしている。
演奏することそのものを楽しんでいる。それが、音から伝わってきた。
曲は二番へ進む。ここはBメロから始まる構成になっている。
敦美がマイクを長谷部さんに譲る。長谷部さんが歌い始めた。
練習では歌っていたのだろう、落ち着いた歌い方だ。敦美とは声質も違うが、それがかえって曲に変化をつけている。途中から敦美が長谷部さんの歌に即興でハーモニーを重ねた。
二人の声が、きれいに重なる。俺は思わず、感心してしまった。
やばいなこれは、原曲よりアレンジがいいかもしれない。こいつらは、この曲を自分たちのものにしていることがわかる。
次は、ベースとドラムのソロの掛け合いだ。悠木さんが、こちらを見た。強く鋭い視線。
このパートをどう演奏するか、あらかじめ決めていたのだろう。俺がどう応えるか、待っている。
俺は目を合わせ、小さく頷いた。ベースのフレーズに合わせて、ドラムで応える。
悠木さんが、さらに一つフレーズを返してくる。今度は、少し強めのフィルを入れた。
悠木さんが笑った。こいつ、最初からこれをやりたかったんだな。
俺も、つられて笑ってしまった。もう余計なことは考えられない。ただ、目の前の音を聴き、四人の演奏に応えている。それだけだった。
最後のサビに入ると、コーラスが再び加わり、四人の歌声が会場に広がる。
長谷部さんと敦美が一本のマイクを分け合いながら歌っていた。
その姿を見て、俺はふと思った。この曲を、またこんなふうに演奏することがあるとは。
もう二度と、人前でやることはないと思っていた。別に曲そのものが嫌いになったわけじゃない。自分で書いた歌詞も曲の仕上がりも、当時の自分なりに納得していたはずだ。
けれど、曲ができた時期に重なったバンド内の軋轢は、思っていた以上に俺の中に残っていた。そして、バンドは解散し、この曲を演奏する機会もなくなった。
いつの間にか、曲そのものよりも、曲に結びついた記憶の方を意識するようになっていたのかもしれない。
だが、今は違う。俺も演奏の中にいる。曲は、今もちゃんとここにあった。
エンディングが近づく。最後のフレーズを、四人が丁寧に合わせていく。俺も、余計なことはせず、全体の呼吸に合わせてドラムを刻んだ。歌が終わりエンディングに入ると、長谷部さんがマイクに向かって声を上げた。
「江川さん、種村さん。一緒にやってくれてありがとうございます!」
そして、客席を見渡す。
「そしてみんな! カナリア・コーストの高校最後のライブを、最後まで聴いてくれて本当にありがとー!」
最後の音が伸びていく。その音に重なるように、客席から拍手が沸き起こった。
演奏が終わっても、拍手は鳴りやまなかった。
俺はスティックを下ろし、四人の顔を見た。みんな、いい顔をしていた。敦美も、笑顔で客席に頭を下げている。俺はその姿を見ながら、胸の奥にあった何かが、少しだけ軽くなったような気がした。
★☆★☆★☆
控室に戻ると、扉を開けた高橋君が、興奮した様子で「サイコーでした!」と声を上げた。
その声に、長谷部さんが笑った。
「ありがとう!」
四人とも、まだ息が弾んでいる。俺と敦美も控室に入った。
「突然のことで驚いたわ。でも、みんなの演奏はとてもしっかりしていたし、安心して歌えたわよ」敦美が四人に向かって言った。
「本当ですか?」長谷部さんが、嬉しそうに尋ねる。
「ええ。ちゃんと音を聴き合って、呼吸を合わせているのが分かったもの」
敦美はそう言って、早田さんと東田さんにも笑顔を向けた。四人は、顔を見合わせて喜んでいる。
だが、俺は腕を組んで、そんな彼女たちを眺めていた。
「お前ら、ちょっといいか」
俺の声に、四人が一斉にこちらを向いた。
「なんで、こんなことをしたんだ?」
自分でも、少し声が厳しくなっているのが分かった。
「俺は、あの曲はやりたくないって言ったよな?」
「すみません!サプライズを仕掛けました!」東田さんが、勢いよく頭を下げた。
「いや、そういう問題じゃ……」
俺は言いかけて、言葉を止めた。
早田さんが、少し遠慮がちに口を開いた。
「でも、私たち、あの曲が大好きなんです」
俺は早田さんを見る。
「だから、どうしても種村さんの歌で、江川さんのドラムでやりたかったんです」
その言葉に、敦美が頷いた。
「私も、歌えてよかったわ」
俺は、思わずため息をついた。
「まったく、お前らは……」
何と言えばいいのか、分からなかった。
怒るつもりでいたはずなのに、あの演奏を思い出すと、どうにも調子が狂う。
「でも、正直驚いたよ。ここまで演奏を仕上げていたとは思わなかった」
四人が、少しだけ顔を上げた。
「ちゃんと練習したんだな」
「はい!」長谷部さんが、はっきりと答えた。
俺は、つい笑ってしまった。
「結果としては、俺もやれてよかったと思ってるよ」
そして、敦美の方を向いた。
「お前の歌でやれてよかったよ」
種村は、一瞬、目を見開き、それから、柔らかく笑った。
「……そう。私もよ」
それ以上、言葉を交わす必要はなかった。
四人は、互いに顔を見合わせていた。
「これ、私たちの高校生活三年間で、最高の思い出になったんじゃない?」東田さんが言った。
「うん。絶対に忘れられないライブになったわ」早田さんも頷く。
「最後に、こんなことができるなんて思わなかったです」長谷部さんも、まだ興奮が冷めない様子だった。
「まあ、あれだけ無茶をしたんだからね」悠木さんが、少しだけ意地悪そうに言う。
「でも、成功したよね?」
「うん、ドッキリ大成功!」
俺は返す言葉に困った。まったく。最後まで、この調子かこいつらは。
★☆★☆★☆
空が茜色に変わり始め、文化祭も終了の時間を迎えた。
校内では、各教室や展示の片付けの音が響いていた。視聴覚室では、PA業者が機材の撤収に取りかかっている。
「今日は本当にありがとう」
種村さんが、私たちに向かって言った。
「こちらこそ、ありがとうございました!」四人で揃って頭を下げる。
「また会いましょう。楽しかったわ」
笑顔を残して、種村さんは校舎を後にした。
高橋君と江川さんは店から持ち込んだ機材を片付け始めた。
ほどなくして、高橋君のお父さんがワゴン車でやってきた。
「江川さん、機材はどこに積めばいいですか?」
「ありがとう。ドラムから運ぼうか」
二人にお父さんも加わって、機材を車に積み込んでいく。
「私も手伝います」
やよいさんが言うのを私はエレピのスタンドをたたみながら見ていた。
「いいのか? 片付けとか、まだあるんじゃないのか」
「私は、こっちが先に終わったので」
そう言って、ケーブルが入ったかごを持って車に向かう。そのまま江川さんと高橋君やお父さんと一緒にメイプル&ローズに向かうことになった。
「じゃあ、後でね!」
私は育美ちゃんと一緒に手を振った。
「うん。また後で!」
奈央も、自分のクラスの出し物を片付けるために戻っていった。
器材がほとんどなくなって閑散とした視聴覚室を見渡すと、高校生活最後の文化祭が終わったと実感する。
★☆★☆★☆
後夜祭が始まるころ、校庭の片隅に四人で集まっていた。
「いやあ、最高だったね!」奈央が、満面の笑みで言った。
「お客さんも盛り上がってくれたし、アンコールまであったし」
「サプライズも成功したしね」やよいさんが、少し得意そうに言った。
「江川さんには、あとで怒られたけど」
「まあ、最初から怒られることは覚悟していたしね」
「でも、最後はやってよかったって言ってくれたじゃない」育美ちゃんが言った。
「そうね。種村さんも喜んでくれたし」
四人は、しばらく今日のライブの話をしていた。
演奏中に客席から聞こえてきた歓声。曲の最後に広がった拍手。思い切って仕掛けたアンコール。そして、種村さんの歌声と江川のドラム。どれも、忘れられそうになかった。
「これで、本当に高校生活も終わりに近づいたんだね」
「まだ卒業まで時間はあるよ」やよいさんが答える。
「そうだけど、これからは進路も違うし、今までみたいに練習できるとは限らないでしょ?」
「その前にまずその進路。自分の希望をかなえないといけないよね」育美ちゃんが頷いた。
四人が軽音部でバンドを組んだのは、高校に入ってからだ。
卒業すれば、それぞれ別の道に進む。今と同じように四人で集まり、バンドとして練習を続けたり、ライブをやるのは簡単ではないだろう。
「でも、音楽は続けたいな」奈央が言った。
「うん。私も」やよいさんも頷く。
「それぞれ別々の場所に行っても、たまには一緒に演奏できたらいいよね」
育美ちゃんの言葉に、私は小さく笑った。
「そのためにも、まずは目の前のことを頑張らないとね」
「そうだね!」
四人は、また笑顔を交わした。
文化祭の終わりは、バンドの終わりを意味するのかもしれない。 けれど、今日の演奏が、四人の音楽の終わりになるわけではない。それぞれの道に進んでも、音楽を好きな気持ちは変わらない。
私は、みんなと話しながらそう思っていた。
★☆★☆★☆
閉店後のメイプル&ローズ。
俺と杉山さん、小森さんの三人で、文化祭に持ち出した機材をステージの定位置に戻していた。
「文化祭、どうでした?」
小森さんが、ドラムのケースを片付けながら尋ねてきた。
「まあ、ドッキリを仕掛けられたけどな。演奏自体は、いいものになったと思うよ」
「ドッキリ?あの子たちが?」杉山さんが、手を止めてこちらを見た。
「何をされたんですか?」小森さんも聞いてくる。
「アンコールで、俺が昔いたバンドの曲をやることになってな。しかも、敦美まで呼んでいたんだ」
「えっ、種村さんも文化祭に行っていたんですか?」
「ああ。で、その曲を四人は学校でこっそり練習していたらしい」
俺は、ステージの上での出来事を話した。
曲をやると宣言されたこと。敦美が呼ばれたこと。そして、結局、俺も一緒に演奏することになったこと。二人は、話を聞きながら何度も顔を見合わせていた。
「それはすごいですね」小森さんが言った。
「自分たちの演奏だけじゃなくて、店長のことまで考えて、そこまで準備していたんですね」
「あの子たち、なかなかやるねぇ」杉山さんが、少し嬉しそうに笑った。
「きっと、ちゃんと音楽のことを考えているんですね。自分たちが演奏したいだけじゃなくて、店長にも一緒に楽しんでもらいたかったんでしょう」
「……そうだな」
俺は、少し考え込んだ。
確かにあの曲をもう一度演奏することになるとは思わなかった。
あの頃の俺にとってWinter is coming soonは、決して嫌いな曲ではなかったはずだ。歌詞だって自分なりにいい出来だったと思う。ただ、曲ができた時期にバンド内の軋轢があり、自分が作ったものを思うように評価してもらえなかった。そして最後は金の問題。それらが積み重なり、バンドは解散した。
それ以来、この曲を演奏する機会はなかった。いつの間にか、曲を思い出すことが、あの頃のことを思い出すことになっていた。
けれど、今日、四人が演奏した曲は、確かにWinter is coming soonだった。俺が作詞した曲で、敦美が歌っていた曲だ。
そこに今日は四人が考えたアレンジが加わり、俺もドラムを叩いた。
昔のことが消えたわけではない。あの頃の判断が間違いだったと、今さら思うわけでもない。でも今日の演奏も、確かにこの曲の一部になった。
「……俺は、変にこだわっていたのかもしれないな」思わず、そんな言葉が口から出た。
「店長?」小森さんが、こちらを見た。
「いや、ありがたいことに、あいつらのおかげで、少し考えが変わったのかもな」俺は、軽く首を振った。
杉山さんは、何も聞き返さず、静かに頷いていた。
「じゃあ、今度から彼女たちからの注文は、全部サービスしちゃいましょうか」
小森さんが、冗談めかして言った。
「それはダメよ」杉山さんが、即座に答える。
「商売なんだから、ちゃんと注文してもらわないと」
「ですよね」小森さんは、笑って肩をすくめた。
「それに、三年生だからこれから色々大変でしょうね。うちに来てくれるかな」
彼女たちの高校生活は、今日でひとつの区切りを迎えたのだろう。
三年生。もう半年もすれば、それぞれ違う進路に進むことになる。今までのように、四人で集まってカナリア・コーストとして、今の形のまま続いていくことは難しいかもしれない。
でも、あいつらが音楽を続け、別々の場所でそれぞれの道を歩きながら、ときどき一緒に演奏したいと思うなら、そこに俺がいても、いいんじゃないだろうか。
俺は、二人に向かって言った。
「まあでも、バックで叩いてくれって言う注文なら、いつでも受けますよ」
「それ、いいですね」小森さんが、にっこりと笑った。
杉山さんも、笑顔で頷いた。
俺は、片付けを終えたステージを見た。俺も、明日からはまたいつもの生活に戻る。
店を開けて、コーヒーを淹れて、注文を聞く。ドラムを叩く機会は今までどおり、そう多くはないだろう。
それでも。
また、あいつらと一緒に演奏できたらいい。そんなことを、ひそかに思っていた。
次で最終話になります。