店長!注文は「バンド」です。   作:桑原伸

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第十三話「店長!注文は『バンド』です」

今日は、ゴールデンウィーク最終日。

私は、東京から来たやよいさんと待ち合わせ、特急電車で地元へ向かっていた。

大学に入学してから一か月。新しい生活にも少しずつ慣れてきた。私は県内の国立大学に進学したけれど、実家から通うには遠く、一人暮らしを始めていた。

カナリア・コーストのみんなも無事卒業。やよいさんは東京の大学へ進学し、彼女も一人暮らし。奈央は地元の会社に就職し、育美ちゃんは地元の大学に通っている。

高校時代なら、学校に行けば当たり前のように顔を合わせていた四人も、今ではそれぞれ別の生活を送っている。

それでも、ゴールデンウィークに帰省するなら、一か月ぶりにみんなで会おうという話になった。

 

待ち合わせ場所はメイプル&ローズ。あのお店に行くのも、卒業式の日以来だ。

今日は、四人で楽器を持って集まることにしていた。

何か予定があるわけではない。ただ、久しぶりに顔を合わせたら、お店で少し演奏できたらいい。

そんな気持ちだった。

 

☆★☆★☆★

 

メイプル&ローズの前に、一台のスクーターが止まった。

「育美!」

ヘルメットを外した奈央が、ちょうど店の前にいた育美に声をかけた。

「奈央! 久しぶり!」

「いやいやまだ一か月ちょっとじゃん。でもまあ元気だった?」

「うん。奈央は?」

「元気だよ。仕事にも、だいぶ慣れてきたかな」

奈央はスクーターのヘルメットを手に、にこにこと笑った。

「それ、通勤にも使ってるの?」

「そうそう。こっちは車がないと何かと不便だからね。軽自動車も考えたんだけど、まずはスクーターで」

「なんか、社会人って感じだね」

「まあね。ちゃんと働いてますから」

奈央が胸を張ると、育美は笑った。

「私はまだ大学生だからなあ」

「大学生だって、いろいろ忙しいでしょ?」

「それはそうだけどね」

二人は近況を話しながら、お店の扉を開けた。

「いらっしゃいませ。あら育美ちゃんと奈央ちゃん」小森さんが声をかけてくれる。

「お、久しぶりだね。いらっしゃい」

カウンターに座る杉山さんが、二人に気づいて声をかけた。

「こんにちは、杉山さん」

「江川なら奥にいるよ。早田さんと悠木さんも、来るのかな?」

「はい。そろそろ着くと思います」

二人がテーブル席に着いたところで、店の扉が開いた。

 

☆★☆★☆★

 

「こんにちは」

やよいさんが先に入り、その後ろから私も店内へ入った。

「沙織! やよい!」

育美ちゃんが立ち上がる。

「久しぶり!」

「みんな、元気そうね」

私たちは顔を見合わせた。四人がそろうのは卒業以来だった。

「やよい、東京の大学って、どうなの?」奈央が尋ねる。

「どうって、普通よ。授業に出て、課題をこなして、一人暮らしだから家事もやってる」

「最後のが大変そう」

「慣れればどうってことないわ。沙織も同じようなものじゃない?」

「うん。大学は県内だけど、実家から通うには遠いから一人暮らしを始めたわ。生活のことは自分でやらないと」

「二人とも、もう立派な一人暮らし組だねえ」育美ちゃんが感心したように言った。

「育美ちゃんは大学、どう?」

 私が尋ねると、育美ちゃんは少し表情を明るくした。

「楽しいよ。高校と違って、授業を自分で選ぶところもあるし。あとね、小森さんと同じ大学なんだよ」

「えっ、そうなの?」

「うん。小森さんは先輩だから、大学のことをいろいろ教えてもらってるの」

「へえ。お店だけじゃなくて、大学でもつながってるんだ」

「そうなの。履修登録とか、最初はよく分からなくて。小森さんに助けてもらっちゃった」

「それは心強いね」

高校時代には、お店で働いている小森さんと、先輩後輩になるなんて考えてもいなかった。卒業して環境が変わると、人とのつながり方も少しずつ変わっていく。

 

そこへ、奥から江川さんが出てきた。

「お、久しぶり。みんな元気そうだね」

「江川さん!」育美ちゃんが嬉しそうに声を上げる。

 

江川さんが、私たちがレジの横にまとめておいたケースに目を向けた。

「あれ君たちの?今日は楽器を持ってきたんだね」

「はい。せっかく四人で集まるから、ちょっと演奏できたらいいなって」育美ちゃんが答えた。

「久しぶりに合わせてみたいね」奈央も頷いた。

「そっかそっか、なるほど。じゃあ、演奏してもらわないとな」杉山さんは、待ってましたとばかりに言った。

「せっかく楽器も持ってきてるんだし。文化祭でやった四曲でよければ、俺が叩くよ」江川さんが言う。

「いいんですか?」

「あぁ。もちろんやれるさ」

 

私たちは顔を見合わせた。

四人で少し演奏するって思っていたけれど、江川さんもドラムを叩いてくれるなら、文化祭のときの曲をもう一度演奏できる。

「じゃあ、やろうよ!」育美ちゃんが笑った。

「うん。せっかくだし」私も賛成した。

「よし、決まりだ」杉山さんは満足そうに頷いた。

「それならせっかくだし、お客さんにも聴いてもらおう。ライブにしようじゃないか」

「ライブって、今からですか?」奈央が目を丸くした。

「そうだよ。ここはお店なんだから、お客さんにも楽しんでもらわないと」

杉山さんは、いつもの調子で話を進めていく。

「開演は午後七時にして八時の閉店までに終わっていればいいさ。今からなら、練習する時間もあるだろう?」

「まあ、四曲なら……」やよいさんが考えるように言った。

「でも、せっかくだから、もう一曲やりたいな」育美ちゃんが言った。

「もう一曲?」 江川さんが尋ねる。

「『Winter is coming soon』です。アンコールじゃなくて、ちゃんと最後の曲として」育美ちゃんが答えた。

「ただ、ライブにするならリハーサルはやっておきたいと思うのだけど……」

私はさすがにぶっつけ本番のライブはちょっと自信がない。

「じゃあ、これからスタジオで合わせちゃおうよ。スタジオに電話してみるね」やよいさんがすぐに答えた。

「じゃあ、全部で五曲のちょっとしたライブになるな」江川さんが言う。

「いいね、いいね。さすがに女子大生は肝が据わってるねぇ」杉山さんが手を叩いた。

「私は、JDじゃなくてOLですよ~だ」奈央が笑う。

「そうだったね。かわいいからつい」杉山さんがニヤリと笑う。

「やっぱりオジサン丸出しですよオーナー」小森さんが突っ込んでくる。

店内に笑いが起こった。

 

こうして、私たちは当日午後七時から、メイプル&ローズでライブをすることになった。

 

☆★☆★☆★

 

小森さんが「そう言えば、まだあったはず」と言いながらカウンターの下から一枚のボードを取り出した。

「あ、これ、去年のミニライブのときに使ったボードですよね」

ボードには、去年の告知が残っていた。

 

『本日19時より、カワイイ女子高生バンドのミニライブがあります!』

「懐かしいなあ」奈央が覗き込む。

「これ、まだあったんですね」私もあのときのことを思い出す。

「それで……と」

小森さんはマジックペンを手に取ると、告知の「女子高生」の部分に大きくバツをつけた。そして、その上に「ガールズ」と書き込む。

「はい、これで今年も使えます」

「小森さん、そこだけ直すんですか?」やよいさんが尋ねた。

「だって、もう女子高生じゃないでしょう?」

「確かに」 私は思わず笑った。

「本当はオジサンが一人紛れ込んでるけど、ガールズバンドでいいでしょ」

 小森さんは、何事もなかったようにボードをカウンターに立てかけた。

「俺は、紛れ込んでるのかよ。仕方ないから目立たないように叩くよ」

「江川さんは音で目立つから大丈夫ですよ」私は笑いながら言う。

 

「店長、ライブをやるなら私も閉店までいた方がいいよね?」小森さんが江川さんに尋ねる。

「あぁ、その方が助かるよ。ライブ中もオーダーが来るだろうし」

「了解です。じゃあ彼にメッセージして、ライブに来てもらおうっと」

「え、デートとかじゃなかったんですか小森先輩?」

「ん?いいのいいの。ただどっか食べに行こうっていうだけだったから、予定変更っと」

「それと、お店では先輩じゃなくていいよ育美ちゃん」

「ありがとうございます!」

「ライブ、楽しみだね。あ、いらっしゃいませー」

小森さんは、ちょうど入ってきたお客さんに挨拶して、仕事に戻っていった。

 

☆★☆★☆★

 

それからは、慌ただしい時間になった。

やよいさんが高校の時に使っていたスタジオに電話すると、夕方までの時間で予約が取れたという。私たちは五曲の曲順を確認し、どこを重点的に練習するかを相談した。

文化祭で演奏した四曲は、以前何度も練習している。けれど、半年ぶりに四人で合わせるのだから、感覚を取り戻す必要はあった。

そして、最後に演奏する「Winter is coming soon」。

曲自体は、学校で練習していた。アレンジも考えていた。それでも、江川さんのドラムと合わせたのは、文化祭のアンコールの一度だけだ。リズムや曲の展開をもう一度確認しておきたい。

「五曲目が一番時間かかりそうね」やよいさんが言った。

「うん。ちゃんと練習してからやりたい」私も頷いた。

 

杉山さんは、知り合いに連絡しているのだろう。さっきからスマホにかかりっきりだ。私たちもそれぞれ友達にメッセージを送る。急な告知だから、どれだけ集まってもらえるかは分からないけど、地元に残っていると聞いている友達に、もし来れたらと打って送る。

せっかくライブをするのだから、できるだけ多くの人に聴いてもらいたかった。

江川さんもスマートフォンを取り出し、誰かにメッセージを送っていた。相手の名前は、画面を見ただけでは分からない。

 

☆★☆★☆★

 

夕方四時になり、私たちと江川さんは音楽スタジオに入った。半年ぶりのスタジオの雰囲気は変わらなかったけど、受付の子は知らない子だった。

部屋に入り、久しぶりに楽器を構える。文化祭のころの感覚を思い出しながら、まずは四曲を順番に演奏していった。二回もやると感覚が戻ってきた。

「よし、次は『Winter is coming soon』ね」やよいが言った。

 

私は鍵盤に手を置き、育美ちゃんがマイクを持つ。奈央もギターを構えた。

江川さんのドラムからイントロが始まる。曲の展開を思い出していく。

この曲を最後に演奏するなら、一番盛り上がるようにしたい。私たちは、演奏しては、気になったところを話し合う。江川さんは、必要なところだけ短く声をかけてくれた。

 何度か繰り返すうちに、演奏が落ち着いてきた。

「最後、五曲通してやりましょう」私はみんなに伝える。

最初の曲から最後まで、止まらずに演奏する。終わったとき、私たちは顔を見合わせた。

「うん。これならいけそう」

「久しぶりにしては上出来じゃない?」奈央が笑った。

「本番はお客さんもいるからね。気を抜かないようにしないと」やよいさんはそう言いながらも、少し安心した顔をしていた。

終了時間が来た。私たちは急いで機材を片づけてスタジオを出ると、外は夕暮れになっていた。

 

☆★☆★☆★

 

午後七時。メイプル&ローズの店内には、そこそこ数のお客さんが集まっていた。

杉山さんの知り合いの人、中には去年も来てくれた人もいるみたい。私たちが声をかけた友達も五人来てくれた。急でびっくりしたけど、文化祭のライブ以来だから楽しみだと言ってくれる。

カウンターには、小森さんが親しげに話しかけている男性がいる。あれはきっと彼氏さんだな。

急な告知だったから、店内がいっぱいというわけではない。それでも、演奏を楽しみにしてくれている人たちがいる。

 

カウンターの近くには、あのボードが立てかけられていた。

『本日19時より、カワイイガールズバンドのミニライブがあります!』

去年は「女子高生」だったところが、今年は「ガールズ」になっている。それを見て、私は小さく笑った。

私たちはもう高校生ではない。でも、こうして四人で楽器を持って集まり、音楽を続けている。

 

「そろそろ始めようか」杉山さんの声に押されステージに上がる。

江川さんがドラムに座り、私たちはそれぞれの位置についた。

 

「こんばんはカナリア・コーストです。今日は突然の告知にもかかわらず、来てくれて本当にありがとう。それでは、聴いてください」

育美ちゃんが挨拶をして、最初の曲が始まった。

音が店内に広がる。

奈央のギターがリズムを刻み、私の鍵盤が曲を彩る。育美ちゃんの歌声が店内に響き、それをやよいさんのベースが支える。そして、江川さんのドラムが、私たちの音をしっかりとまとめてくれた。

 

一曲目が終わると、拍手が起こった。私たちは軽く顔を見合わせ、次の曲へ進んだ。

二曲目、三曲目、四曲目。 文化祭で演奏した曲を、あのときとは違う場所で、違うお客さんたちに聴いてもらう。客席から手拍子が起こる。曲が終わるたびに拍手が広がった。

 

最後の曲の準備に入る。育美ちゃんがマイクを握り直した。

「最後の曲は、私たちにとって思い入れのある曲です。聴いてください。『Winter is coming soon』」

江川さんのドラムがゆったりとしたリズムをきざみ始める。

私は鍵盤に手を置き、イントロを奏でる。奈央のギターとやよいさんのベースが重なり、育美ちゃんの歌声が店内に広がった。スタジオで練習した感覚を思い出しながら、私は鍵盤を弾き続けた。

 

一番が終わり、ピアノとギターのソロに入る。私がピアノソロを弾き終わり、奈央がギターソロを始めた時に店の扉が開くのが見えた。

あれは種村さん。店内へ入ってきて、客席の端で足を止めた。

育美ちゃんが種村さんを見つけると、ぱっと表情を明るくし、種村さんに手招きをする。

種村さんは一瞬戸惑ったような顔をしたあと、小さく笑った。そして、育美ちゃんに促されるままステージへ上がった。二人が並んでマイクの前に立つ。二番が始まった。育美ちゃんと種村さんの歌声が重なる。

 

客席では、小森さんも、隣にいる彼氏さんも、杉山さんも、店に集まった人たちも、ステージを見つめていた。メイプル&ローズの小さなステージに、演奏する私たちがいる。

それぞれ違う生活を始めた私たちが、今この場所で、また一緒に音楽を奏でている。

店内いっぱいに、音が広がっていた。

 

☆★☆★☆★

 

俺は、ドラムを叩きながら、店内を見渡した。

彼女たち四人はそれぞれ別の道を歩き始めている。

地元で働く子もいれば、地元の大学へ進んだ子。遠くの大学へ進学し、一人暮らしを始めた子もいる。

これから先、四人が以前のように集まる機会は少なくなっていくだろう。

それでも、音楽がなくなるわけではない。

それぞれの生活があり、それぞれの場所がある。その中で、またここに集まることがあれば、こうして一緒に演奏することもできる。

バンドという形を続けるかどうかは、彼女たちが決めればいい。ただ、音楽をやりたいと思ったとき、ここには演奏できる場所がある。メイプル&ローズは、これからもそういう場所であり続けたい。

 

そして、自分もまた、ここで音楽と関わっていく。誰かが楽器を持ってやって来る。誰かが演奏したいと言う。そんな時には俺がドラムを叩けばいい。今は、それで十分だった。

 

長谷部さんと敦美の歌声が重なり、四人の演奏がそれを支える。客席の人たちが、音楽に合わせて身体を揺らしている目の前の光景を見ながら、俺は思った。

 

ここには、音楽がある。これからも、きっと。そして、時にはこんなオーダーが来るだろう。

 

「店長! 注文は『バンド』です!」

 

「了解。すぐ行くよ」俺はきっとそう答える。

 

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