今日は、ゴールデンウィーク最終日。
私は、東京から来たやよいさんと待ち合わせ、特急電車で地元へ向かっていた。
大学に入学してから一か月。新しい生活にも少しずつ慣れてきた。私は県内の国立大学に進学したけれど、実家から通うには遠く、一人暮らしを始めていた。
カナリア・コーストのみんなも無事卒業。やよいさんは東京の大学へ進学し、彼女も一人暮らし。奈央は地元の会社に就職し、育美ちゃんは地元の大学に通っている。
高校時代なら、学校に行けば当たり前のように顔を合わせていた四人も、今ではそれぞれ別の生活を送っている。
それでも、ゴールデンウィークに帰省するなら、一か月ぶりにみんなで会おうという話になった。
待ち合わせ場所はメイプル&ローズ。あのお店に行くのも、卒業式の日以来だ。
今日は、四人で楽器を持って集まることにしていた。
何か予定があるわけではない。ただ、久しぶりに顔を合わせたら、お店で少し演奏できたらいい。
そんな気持ちだった。
☆★☆★☆★
メイプル&ローズの前に、一台のスクーターが止まった。
「育美!」
ヘルメットを外した奈央が、ちょうど店の前にいた育美に声をかけた。
「奈央! 久しぶり!」
「いやいやまだ一か月ちょっとじゃん。でもまあ元気だった?」
「うん。奈央は?」
「元気だよ。仕事にも、だいぶ慣れてきたかな」
奈央はスクーターのヘルメットを手に、にこにこと笑った。
「それ、通勤にも使ってるの?」
「そうそう。こっちは車がないと何かと不便だからね。軽自動車も考えたんだけど、まずはスクーターで」
「なんか、社会人って感じだね」
「まあね。ちゃんと働いてますから」
奈央が胸を張ると、育美は笑った。
「私はまだ大学生だからなあ」
「大学生だって、いろいろ忙しいでしょ?」
「それはそうだけどね」
二人は近況を話しながら、お店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。あら育美ちゃんと奈央ちゃん」小森さんが声をかけてくれる。
「お、久しぶりだね。いらっしゃい」
カウンターに座る杉山さんが、二人に気づいて声をかけた。
「こんにちは、杉山さん」
「江川なら奥にいるよ。早田さんと悠木さんも、来るのかな?」
「はい。そろそろ着くと思います」
二人がテーブル席に着いたところで、店の扉が開いた。
☆★☆★☆★
「こんにちは」
やよいさんが先に入り、その後ろから私も店内へ入った。
「沙織! やよい!」
育美ちゃんが立ち上がる。
「久しぶり!」
「みんな、元気そうね」
私たちは顔を見合わせた。四人がそろうのは卒業以来だった。
「やよい、東京の大学って、どうなの?」奈央が尋ねる。
「どうって、普通よ。授業に出て、課題をこなして、一人暮らしだから家事もやってる」
「最後のが大変そう」
「慣れればどうってことないわ。沙織も同じようなものじゃない?」
「うん。大学は県内だけど、実家から通うには遠いから一人暮らしを始めたわ。生活のことは自分でやらないと」
「二人とも、もう立派な一人暮らし組だねえ」育美ちゃんが感心したように言った。
「育美ちゃんは大学、どう?」
私が尋ねると、育美ちゃんは少し表情を明るくした。
「楽しいよ。高校と違って、授業を自分で選ぶところもあるし。あとね、小森さんと同じ大学なんだよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。小森さんは先輩だから、大学のことをいろいろ教えてもらってるの」
「へえ。お店だけじゃなくて、大学でもつながってるんだ」
「そうなの。履修登録とか、最初はよく分からなくて。小森さんに助けてもらっちゃった」
「それは心強いね」
高校時代には、お店で働いている小森さんと、先輩後輩になるなんて考えてもいなかった。卒業して環境が変わると、人とのつながり方も少しずつ変わっていく。
そこへ、奥から江川さんが出てきた。
「お、久しぶり。みんな元気そうだね」
「江川さん!」育美ちゃんが嬉しそうに声を上げる。
江川さんが、私たちがレジの横にまとめておいたケースに目を向けた。
「あれ君たちの?今日は楽器を持ってきたんだね」
「はい。せっかく四人で集まるから、ちょっと演奏できたらいいなって」育美ちゃんが答えた。
「久しぶりに合わせてみたいね」奈央も頷いた。
「そっかそっか、なるほど。じゃあ、演奏してもらわないとな」杉山さんは、待ってましたとばかりに言った。
「せっかく楽器も持ってきてるんだし。文化祭でやった四曲でよければ、俺が叩くよ」江川さんが言う。
「いいんですか?」
「あぁ。もちろんやれるさ」
私たちは顔を見合わせた。
四人で少し演奏するって思っていたけれど、江川さんもドラムを叩いてくれるなら、文化祭のときの曲をもう一度演奏できる。
「じゃあ、やろうよ!」育美ちゃんが笑った。
「うん。せっかくだし」私も賛成した。
「よし、決まりだ」杉山さんは満足そうに頷いた。
「それならせっかくだし、お客さんにも聴いてもらおう。ライブにしようじゃないか」
「ライブって、今からですか?」奈央が目を丸くした。
「そうだよ。ここはお店なんだから、お客さんにも楽しんでもらわないと」
杉山さんは、いつもの調子で話を進めていく。
「開演は午後七時にして八時の閉店までに終わっていればいいさ。今からなら、練習する時間もあるだろう?」
「まあ、四曲なら……」やよいさんが考えるように言った。
「でも、せっかくだから、もう一曲やりたいな」育美ちゃんが言った。
「もう一曲?」 江川さんが尋ねる。
「『Winter is coming soon』です。アンコールじゃなくて、ちゃんと最後の曲として」育美ちゃんが答えた。
「ただ、ライブにするならリハーサルはやっておきたいと思うのだけど……」
私はさすがにぶっつけ本番のライブはちょっと自信がない。
「じゃあ、これからスタジオで合わせちゃおうよ。スタジオに電話してみるね」やよいさんがすぐに答えた。
「じゃあ、全部で五曲のちょっとしたライブになるな」江川さんが言う。
「いいね、いいね。さすがに女子大生は肝が据わってるねぇ」杉山さんが手を叩いた。
「私は、JDじゃなくてOLですよ~だ」奈央が笑う。
「そうだったね。かわいいからつい」杉山さんがニヤリと笑う。
「やっぱりオジサン丸出しですよオーナー」小森さんが突っ込んでくる。
店内に笑いが起こった。
こうして、私たちは当日午後七時から、メイプル&ローズでライブをすることになった。
☆★☆★☆★
小森さんが「そう言えば、まだあったはず」と言いながらカウンターの下から一枚のボードを取り出した。
「あ、これ、去年のミニライブのときに使ったボードですよね」
ボードには、去年の告知が残っていた。
『本日19時より、カワイイ女子高生バンドのミニライブがあります!』
「懐かしいなあ」奈央が覗き込む。
「これ、まだあったんですね」私もあのときのことを思い出す。
「それで……と」
小森さんはマジックペンを手に取ると、告知の「女子高生」の部分に大きくバツをつけた。そして、その上に「ガールズ」と書き込む。
「はい、これで今年も使えます」
「小森さん、そこだけ直すんですか?」やよいさんが尋ねた。
「だって、もう女子高生じゃないでしょう?」
「確かに」 私は思わず笑った。
「本当はオジサンが一人紛れ込んでるけど、ガールズバンドでいいでしょ」
小森さんは、何事もなかったようにボードをカウンターに立てかけた。
「俺は、紛れ込んでるのかよ。仕方ないから目立たないように叩くよ」
「江川さんは音で目立つから大丈夫ですよ」私は笑いながら言う。
「店長、ライブをやるなら私も閉店までいた方がいいよね?」小森さんが江川さんに尋ねる。
「あぁ、その方が助かるよ。ライブ中もオーダーが来るだろうし」
「了解です。じゃあ彼にメッセージして、ライブに来てもらおうっと」
「え、デートとかじゃなかったんですか小森先輩?」
「ん?いいのいいの。ただどっか食べに行こうっていうだけだったから、予定変更っと」
「それと、お店では先輩じゃなくていいよ育美ちゃん」
「ありがとうございます!」
「ライブ、楽しみだね。あ、いらっしゃいませー」
小森さんは、ちょうど入ってきたお客さんに挨拶して、仕事に戻っていった。
☆★☆★☆★
それからは、慌ただしい時間になった。
やよいさんが高校の時に使っていたスタジオに電話すると、夕方までの時間で予約が取れたという。私たちは五曲の曲順を確認し、どこを重点的に練習するかを相談した。
文化祭で演奏した四曲は、以前何度も練習している。けれど、半年ぶりに四人で合わせるのだから、感覚を取り戻す必要はあった。
そして、最後に演奏する「Winter is coming soon」。
曲自体は、学校で練習していた。アレンジも考えていた。それでも、江川さんのドラムと合わせたのは、文化祭のアンコールの一度だけだ。リズムや曲の展開をもう一度確認しておきたい。
「五曲目が一番時間かかりそうね」やよいさんが言った。
「うん。ちゃんと練習してからやりたい」私も頷いた。
杉山さんは、知り合いに連絡しているのだろう。さっきからスマホにかかりっきりだ。私たちもそれぞれ友達にメッセージを送る。急な告知だから、どれだけ集まってもらえるかは分からないけど、地元に残っていると聞いている友達に、もし来れたらと打って送る。
せっかくライブをするのだから、できるだけ多くの人に聴いてもらいたかった。
江川さんもスマートフォンを取り出し、誰かにメッセージを送っていた。相手の名前は、画面を見ただけでは分からない。
☆★☆★☆★
夕方四時になり、私たちと江川さんは音楽スタジオに入った。半年ぶりのスタジオの雰囲気は変わらなかったけど、受付の子は知らない子だった。
部屋に入り、久しぶりに楽器を構える。文化祭のころの感覚を思い出しながら、まずは四曲を順番に演奏していった。二回もやると感覚が戻ってきた。
「よし、次は『Winter is coming soon』ね」やよいが言った。
私は鍵盤に手を置き、育美ちゃんがマイクを持つ。奈央もギターを構えた。
江川さんのドラムからイントロが始まる。曲の展開を思い出していく。
この曲を最後に演奏するなら、一番盛り上がるようにしたい。私たちは、演奏しては、気になったところを話し合う。江川さんは、必要なところだけ短く声をかけてくれた。
何度か繰り返すうちに、演奏が落ち着いてきた。
「最後、五曲通してやりましょう」私はみんなに伝える。
最初の曲から最後まで、止まらずに演奏する。終わったとき、私たちは顔を見合わせた。
「うん。これならいけそう」
「久しぶりにしては上出来じゃない?」奈央が笑った。
「本番はお客さんもいるからね。気を抜かないようにしないと」やよいさんはそう言いながらも、少し安心した顔をしていた。
終了時間が来た。私たちは急いで機材を片づけてスタジオを出ると、外は夕暮れになっていた。
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午後七時。メイプル&ローズの店内には、そこそこ数のお客さんが集まっていた。
杉山さんの知り合いの人、中には去年も来てくれた人もいるみたい。私たちが声をかけた友達も五人来てくれた。急でびっくりしたけど、文化祭のライブ以来だから楽しみだと言ってくれる。
カウンターには、小森さんが親しげに話しかけている男性がいる。あれはきっと彼氏さんだな。
急な告知だったから、店内がいっぱいというわけではない。それでも、演奏を楽しみにしてくれている人たちがいる。
カウンターの近くには、あのボードが立てかけられていた。
『本日19時より、カワイイガールズバンドのミニライブがあります!』
去年は「女子高生」だったところが、今年は「ガールズ」になっている。それを見て、私は小さく笑った。
私たちはもう高校生ではない。でも、こうして四人で楽器を持って集まり、音楽を続けている。
「そろそろ始めようか」杉山さんの声に押されステージに上がる。
江川さんがドラムに座り、私たちはそれぞれの位置についた。
「こんばんはカナリア・コーストです。今日は突然の告知にもかかわらず、来てくれて本当にありがとう。それでは、聴いてください」
育美ちゃんが挨拶をして、最初の曲が始まった。
音が店内に広がる。
奈央のギターがリズムを刻み、私の鍵盤が曲を彩る。育美ちゃんの歌声が店内に響き、それをやよいさんのベースが支える。そして、江川さんのドラムが、私たちの音をしっかりとまとめてくれた。
一曲目が終わると、拍手が起こった。私たちは軽く顔を見合わせ、次の曲へ進んだ。
二曲目、三曲目、四曲目。 文化祭で演奏した曲を、あのときとは違う場所で、違うお客さんたちに聴いてもらう。客席から手拍子が起こる。曲が終わるたびに拍手が広がった。
最後の曲の準備に入る。育美ちゃんがマイクを握り直した。
「最後の曲は、私たちにとって思い入れのある曲です。聴いてください。『Winter is coming soon』」
江川さんのドラムがゆったりとしたリズムをきざみ始める。
私は鍵盤に手を置き、イントロを奏でる。奈央のギターとやよいさんのベースが重なり、育美ちゃんの歌声が店内に広がった。スタジオで練習した感覚を思い出しながら、私は鍵盤を弾き続けた。
一番が終わり、ピアノとギターのソロに入る。私がピアノソロを弾き終わり、奈央がギターソロを始めた時に店の扉が開くのが見えた。
あれは種村さん。店内へ入ってきて、客席の端で足を止めた。
育美ちゃんが種村さんを見つけると、ぱっと表情を明るくし、種村さんに手招きをする。
種村さんは一瞬戸惑ったような顔をしたあと、小さく笑った。そして、育美ちゃんに促されるままステージへ上がった。二人が並んでマイクの前に立つ。二番が始まった。育美ちゃんと種村さんの歌声が重なる。
客席では、小森さんも、隣にいる彼氏さんも、杉山さんも、店に集まった人たちも、ステージを見つめていた。メイプル&ローズの小さなステージに、演奏する私たちがいる。
それぞれ違う生活を始めた私たちが、今この場所で、また一緒に音楽を奏でている。
店内いっぱいに、音が広がっていた。
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俺は、ドラムを叩きながら、店内を見渡した。
彼女たち四人はそれぞれ別の道を歩き始めている。
地元で働く子もいれば、地元の大学へ進んだ子。遠くの大学へ進学し、一人暮らしを始めた子もいる。
これから先、四人が以前のように集まる機会は少なくなっていくだろう。
それでも、音楽がなくなるわけではない。
それぞれの生活があり、それぞれの場所がある。その中で、またここに集まることがあれば、こうして一緒に演奏することもできる。
バンドという形を続けるかどうかは、彼女たちが決めればいい。ただ、音楽をやりたいと思ったとき、ここには演奏できる場所がある。メイプル&ローズは、これからもそういう場所であり続けたい。
そして、自分もまた、ここで音楽と関わっていく。誰かが楽器を持ってやって来る。誰かが演奏したいと言う。そんな時には俺がドラムを叩けばいい。今は、それで十分だった。
長谷部さんと敦美の歌声が重なり、四人の演奏がそれを支える。客席の人たちが、音楽に合わせて身体を揺らしている目の前の光景を見ながら、俺は思った。
ここには、音楽がある。これからも、きっと。そして、時にはこんなオーダーが来るだろう。
「店長! 注文は『バンド』です!」
「了解。すぐ行くよ」俺はきっとそう答える。